22話 バーサクシスター
なんということだ、ゼルに続いてこいつもか……。
俺は目の前に佇んでいるシスターの姿を見て冷たい戦慄を覚えた。
このシスターはゲームデータを任意にセーブを行うためのインターフェイスとしての役割が設定されている。
その他にも高度な回復魔法で重傷を負って戦闘不能に陥ったキャラクターを戦線に復帰させることができるので、最初のうちは主要NPCなんかよりずっとプレイヤーと関わるであろうキャラクターだ。
それがどうだ、今目の前にいるシスターの面相からは慈悲深さが消え去って、無表情に向けられてた瞳からはまるで生気を感じさせないほど虚ろであった。
そして手に持っている異様なほどに大ぶりの六角棍棒は、とてもじゃないが並みの戦士でさえも扱うことは難しい代物で、戦闘を想定されていないシスターでは到底引きずることすら出来ないはずだ。
そう訝しんでいた次の瞬間、シスターは予測を覆すような信じられない動きを見せた。
ブンッ!
不意に空気を裂く音が聞こえる。
シスターが凄まじいスピードでキリリンの間合いに詰め寄り、六角棍棒を下から一気に振り上げたのだ。
すんでのところでキリリンはシスターの攻撃を見切り、上体を後方に逸らして避けて、体勢が大きく崩しながらも逆にその力を利用して腰の剣を同時に抜き放つ。
シスターはそのスキを見逃さずさらに踏み込み、振り上げた棍棒をそのまま地面に叩きつけようとする。
棍棒は低い天井にぶつかり火花を散らし、跳ね返る力が働いたせいで間髪入れずにキリリンの頭上に振り下ろされる。
シスターの攻撃を避けられないと悟ったキリリンは、とっさに膝の力を抜いて剣で迫り来る棍棒を受け止めると同時に、スパンと両足で地面を蹴りつけた。
その動作により、ほとんどの衝撃が地面に吸収されてキリリンの足元の岩に僅かなひびが入る。
「こやつ……ただの人間ではないな」
棍棒を剣で受け止めながらキリリンはひ弱な人間から発せられた攻撃で自分が押されている現実に小さく悪態をつくと、身体を回転させて攻撃を横に反らしながらも鋭い回し蹴りをシスターの腹に見舞おうとする。
前傾姿勢で体勢を崩していたシスターだったが、そのまま腰を落としてキリリンの鋭い攻撃を棍棒の柄の部分で受け止めた。
しかしキリリンのしなやかで重みのある蹴りから発せられる衝撃は、全て受け止めきれなかったのかシスターは防御の体勢を保ったまま後ずさり、その後ゆっくりと棍棒を地面に下ろした。
キリリンとまともに渡り合っているシスターの異様な動きを見て、あの華奢な身体のどこからそんな力が湧き出て来るのか、俺は不思議に思えて仕方がなかった。
そう呆気に取られていたのもつかの間、シスターは狭い通路の壁伝いに疾風の如く駆け寄ってくる。
キリリンは咄嗟に剣でシスターを迎撃しようとするが、シスターは重力を無視するかのようにそのまま壁を蹴り進んでキリリンの横をすり抜けていった。
それを見てキリリンは咄嗟に俺に掛け声を上げる。
「気をつけよ! 次の狙いは貴様だ、トウリ!」
「え、え!? マジで!?」
巨大な棍棒が壁に擦り付けられてバチバチと火花を散らしながら、既にシスターは俺の目前まで迫ってきていた。
こいつ、俺のことを敵として認識しているのか? ってか棍棒をハエたたきの代わりにするようなシスターは聞いたことがねぇ!
シスターの驚異的な勢いで迫り来るシスターに、俺は半ば反射的に躱す。
しかし攻撃を交わしたことによるほんの一瞬の安堵が命取りになったようだ。
攻撃を外したシスターは壁から飛び跳ねて、反対側の壁にある岩を蹴りつけ、まるで銃の跳弾のような予測のつかない動きで再び俺へと攻撃の狙いを定めてくる。
「し、しまった!」
隙見せてしまった気持ちを切り返すことが出来ず、俺はその場に硬直してしまうほかなかった。
「トウリっ!」
攻撃が迫り来る瞬間、シスターはすんでの所で跳び退いた。
シスターが差し迫るはずだった場所にキリリンの剣がとんでもない速さで突き抜けていき、そのまま闇の中へと吸い込まれていった。
急な方向転換によって地面に伏せるシスターに、キリリンは一気に距離を詰めよりかかと落としを放った。
シスターは獣のような反射神経でその攻撃を躱し、棍棒をキリリンに叩きつけようとするがそれよりも早くキリリンの手刀がシスターの首元に突き刺さる。
その攻撃は確かに急所を突いたのだが、それでもシスターはまったく怯む様子を見せない。
横薙ぎ、突き、振り上げ、振り下ろしと矢継ぎばやに棍棒を振り回すシスターの猛攻に、キリリンは紙一重で見切りながらも反撃を繰り出していく。
そのスピードは次第に早くなっていき、まるで竜巻のように周囲の壁や天井の岩をも飲み込むほどの勢いであった。
ヤバい。このままだとキリリンが不利だ。
キリリンは全盛期の実力を取り戻せていない上に、坑道が崩落しないように力をセーブしながら戦っている。
しかも唯一の武器である剣も失われた状態だ。俺を守ったせいでキリリンは無駄な苦戦を強いられてしまっている。
そして一方あのシスターは何者かに操られているのか、生物特有の意思とか痛みを感じる仕草を全く見られない。
敵に対して殺意を抱くことも、坑道が崩落を気にして躊躇うことも一切ないのだろう。
長期戦になればなるほどキリリンの勝機は次第に低下していく。
しかしこの俺ができることは限られている。
俺が使えるスキルと言えば、視界に入った異端を実体化させるスキル『異端審問』だ。
間違いなく目の前にいるシスターは異端と見ていいだろう。でないとただの人間がキリリンとまともに渡り合えるはずがない。
俺は異端とそうでないものとの違いがだんだんと分かり始めていた。
だが『異端審問』は異端を実体化させるためのスキルであって異端を除去するためのスキルではないのだ。
もし『異端審問』を使って実体化した異端が手をつけられないほど凶暴なヤツで、実体化させた途端に暴れて坑道が崩壊してしまったら……。
そして『異端審問』をかけられたシスターは一体どうなるのか。
俺は昨日出くわしたゴブリンやスライムに寄生した異端のことを思い出していた。
モンスターに『異端審問』をかけた途端に体内から異端が食い破って現れたのだ。
モンスターならともかく俺としても馴染み深いキャラクターをそんな目に合わせてしまうのは気が引けてしまう。
いや、そんなことで迷っているような暇はない。こうしている間にもキリリンは死力を尽くして戦ってくれている。
俺がそんな優柔不断でどうするのだ。
そう自分に言い聞かせてながらも、俺は自分の頭を振って決意を固めようとした。
……そう言えば前回の戦いで異端を倒した後に新しくスキルが解放されたんだった。
その名は確か『霊廟の衛兵』で、効果は……ちくしょう、覚えていない。
俺は自分の不甲斐なさに反吐を吐きたくなるような気持ちになりつつも、慌ててスキル一覧を視界に開き、数多くある解放されながらも俺が蚊であるために封印された役立たずなスキルの中から『霊廟の衛兵』の項目を見つけ出した。
そこには「任意の異端を1体のみ操ることができる」と書かれているのが目に入ってきた。
異端を操れる? またよくわからないニッチな……。
「いや、これじゃん!」
思わず俺は声を上げた。
なんで今まで思い出せなかったのだろうか。
おそらく俺の意識の中で異端は除去するもので、操るものではないから使い所がわからずに意識から外していたのだろう。
その効果の範囲は不明だし異端を除去する目的を先送りにしている感じは否めないが、目の前にいる異端を操ることができれば、当面の脅威は解決できるかもしれない。
考えるが早いか俺はすぐに意識を集中させて、頭の中だけでスキル名を強く思い浮かべた。
霊廟の衛兵……っ!!
すると目の前に光り輝く蜂のようなグラフィックが現れ、それはシスターに向かって飛んでいく。
キリリンとの戦闘のさなか、シスターは自分に向かってくる蜂のことに気づき、それが自分にとって脅威であることを一目で察しのか、今まで感じさせなかった焦りの表情を見せてこの場から逃れようとする。
「そうはさせぬ!」
キリリンはそのシスターの態度からその蜂が彼女にとって不都合な存在であることを悟ったのか、逃げようとするシスターの腕を絡めとり、後ろから羽交い締めにした。
そしてその光り輝く蜂は、身悶えるシスターの胸に自分の鋭い針を突き刺した。
「ぎゃああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」
ビリビリと辺りの空気を震撼させるような雄叫びを上げながら、シスターは身体を激しく痙攣させて、やがてさっきまでの暴走が嘘だったのようにその場にへたり込んでおとなしくうな垂れたのであった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
ひさしぶりにバトルが書けて楽しかったです!
就活の方も一次面接が通って佳境を迎えました。
はやく終えて小説をもっと書きたい……。
今回の内容が良かったと思われた方は評価を、「続きが気になる!」と思った方はブクマをお願いいたします!他にもご意見やご感想などもお待ちしております!
よろしくお願いいたします。<(_ _)>




