21話 地下迷宮
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
「……」
皮袋の中で慌てふためく俺とは違い、キリリンはいたって冷静であった。
深い闇の底へ落下しながら、キリリンは地面に対して水平に身体を保ち、両腕と両足をムササビのように広げて、空気の抵抗を一身に受け止める。
彼女は自分の赤い目を一瞬煌めかせると地面の位置を把握し、ぐるぐると目まぐるしい速さで宙返りを始めた。
ドチャッ!
キリリンが右手と右膝、左足裏を地面に接着させて見事な着地を決めて見せると、暗がりの中で生々しく粘着性のある音が鳴り響く。
「こ、ここはどこだ? しかもなんだ、この吐き気を催すような異臭は……」
激しいアクロバティックに当てられてフラフラになりつつも俺は皮袋の外へと飛び出した。
くそ、こんなことになるなら始めから袋の外で飛んでいれば、落とし穴にかからずにすんだというのに。あまりに咄嗟のことだったので判断が遅れてしまった。
俺は心の中で不満を漏らしながらも周囲を見渡すが、暗がりの中で全く何も見えない。
ただ分かるのは何かが腐ったような強烈な臭いが漂っていることと、無数の虫の羽音が聞こえてくることのみであった。
「一体、ここはどこなんだ? 真っ暗で何も見えねぇ」
不安になりながらも空中をやみくもに飛んでいると、そんな俺を見かねてキリリンは言った。
「妾は光のない場所でも周囲を見渡すことができるが、目が見えないと貴様は不便だろう。暗闇の中でも目が効くように魔法をかけてやろうか?」
「ああ、頼む……。目が回ってどっちが上なのかも分からない」
どこかでキリリンの声が聞こえると、俺はクラクラする頭を抱えながら返事を返した。
「承知した。もっとも目が見えない方が貴様にとっては良かったかもしれないがな」
「……ん?」
そう呟きにも近いキリリンの言葉に、俺は首を傾げて見せるが、それに構わずキリリンは小声で魔法を詠唱し始めた。
「フクロウの目」
キリリンの魔法が発動すると、俺の視界の中で薄暗い空間が開けていく。
その瞬間、ぞわぞわと悪寒が背筋を這い上っていく感覚が全身に襲いかかり、俺は思わず「ひ、ひぃっ!」と声を漏らした。
キリリンが今立っている場所は石畳ではなく、積み上げられた人間の死体でできた山の上であった。
周りもよく見ると、さながらゴミの埋立地のようにだだっ広い洞窟の中で、いくつもの死体の山が鬱蒼とそびえ立っているのが見える。
さっきから感じていた吐き気がさらに増長し、俺は遠のきそうになる意識を留めることに必死になった。
死体の山のふもとに行くほど死体が古いのか、さっきから感じていた酷い異臭と虫の羽音は、新しい死体の下敷きになっている腐った死体から発せられたものであることが分かる。
その死体は老若男女問わず、纏っている衣服はさっき馬車の中で見た奴隷達と同様、ボロ雑巾のような粗末な物であった。
俺はふとゼルの言葉を思い出す。
『────実はこの街の地下にモンスターが住み付いているという噂が広まっているのです』
ここにある死体の山は、そのモンスターによって殺された人間たちの亡骸なのだろうか。
しかしよく見てみるとモンスターによって襲われたような外傷はなく、皮と骨だけのガリガリの死体ばかりであったので、衰弱や飢餓による死因がほとんどだと察しがついた。
「と、ともかく、こんなところから早く離れよう! 気味が悪すぎる!」
情けない声を上げながら飛び回る俺に、キリリンは鬱陶しそうに顔をしかめた。
「ふむ、そうだな。妾もどうもこの臭いは辛抱がならぬ。しかし先ほど落ちてきた穴の入り口は、流石に妾の跳躍を持ってしても届かないだろう。飛行魔法が使えればよいのだが、目覚めてからなぜか全盛期のころの調子がまだ取り戻せていないのだ……ん?」
キリリンは忌々しそうに天井を仰ぎ、マントの襟で口と鼻を塞ぎながらも悪態をついて見せるが、何かに気がついたのか不意に周囲を見渡し始めた。
「……トウリよ、何か聞こえてこないか?」
キリリンがこぼした一言に、俺も注意を周辺に向けてみた。
「そうか? ……俺には何も聞こえないけどな。一体どこからだ?」
そんな俺の問いかけに、キリリンは目を閉じて静かに耳を研ぎ澄ます。
「こっちだ。ついて来るがいい」
キリリンは方角の検討をつけると死体でできた急斜面を何度もジグザグに跳躍をしながら、空気が流れて来ている元を探し始めた。
すると岩影に人が二、三人であれば並んで歩けるほどの坑道への入り口があるのを見つけた。
坑道を覗いてみると、その道はゴツゴツとした岩で囲まれていて、所々木材で壁と天井が補強されているのが見える。
「どうやらここから風が流れる音が聞こえてくるようだ」
キリリンの言う通り耳をすましてみると、たしかに坑道の奥からからごうごうと低い風切り音が聞こえてくる。
しかし通路の奥は暗すぎて最後まで見通すことができない。
「今はこの坑道を進んでみるしかあるまい」
キリリンの提案に、俺はこの先どんな危険が待ち構えているのかと気がひける思いをよぎらせたが、この死体の山の中で過ごすよりずっとマシだと考えて、坑道の中を進むことを決意した。
「そうだな行ってみよう」
かくして俺とキリリンは暗闇の中へと踏み入れた。
──
その坑道はまるでアリの巣みたく立体的に入り組んでおり、さらに道がいくつも分かれていて、俺とキリリンは幾度も行き止まりに差し掛かっては同じ道を行ったり来たりしていた。
「一体いつになったら、外に出られるんだ……」
俺はうんざりして思わず弱音を吐く。
何度目の行き止まりかはもう数えていない。
キリリンもいい加減飽きて来たのか腰に手を当てて大きくため息を吐いた。
さっき来た道を引き返し、上へと続く縦穴を見つけては、キリリンの類い稀ない脚力を活かして跳躍し、また新たな道を進んでいく。
しばらくすると遠くから何やら微かにキン、キンと金属を打ち付けるような音が聞こえてくるのが分かる。
「……何の音だ?」
聞こえてくる音を頼りに道を進んでいくと、その音は幾重にも重なり合い、金属で岩を削る音であることがわかった。
しばらくすると遠くの角から松明の弱々しい灯火で映し出された何人かの人影が蠢いてるのが見え、岩を削る音も次第に大きくなっていった。
「そこに誰かいるのか!?」
キリリンは大きな声で呼びかけてみるも、聞こえていないのかその人影の揺らめきはずっと一定の動きを保ったままだった。
「この妾の呼びかけを無視するとは……。不敬な!」
無視されたことに腹を立てたキリリンはズカズカと人影が映し出された道角に近づいていく。
「お、おい。あまり乱暴なことはするなよ!」
俺はそんなキリリンを慌てて飛んで追いかけるが、角を曲がったすぐのところでキリリンはパタリと足を止めているのが見えた。
「キリリン、どうかしたのか?」
「トウリよ、こいつを見よ。貴様はこれをどう思う?」
「ん? なんだよ」
キリリンが顎で指し示す方向を見てみると、異様な光景を目の当たりにした俺は思わず息を飲んだ。
「こ、これは……」
そこには、さっき馬車で見かけた同じ風貌の奴隷たちが綺麗に並び、一糸乱れぬ動きでツルハシを岩に叩きつけている光景があった。
その動きには一切の乱れがなく、まるで彼らの自意識とは別に存在する、統一の意思系統が彼らを操っているかのような機械的で不自然な動きだ。
「もしかして彼ら奴隷たちがオルサの村を巨大な街へと発展させたのか……?」
あくまで憶測であるが、彼らのように疲れや苦痛を感じる意識を奪われた奴隷たちを大量に動員すれば、オルサのような小さな村も急速に発展させるのも可能であるかもしれない。
そして使い物にならなくなった奴隷たちは、俺たちが落とし穴で落とされた場所に無残にも山積みにされて捨てられるのだ。
試しに俺は、奴隷たちの前で本当に意識がないのか、目の前で飛び回って見せた。
もし彼らに僅かな意識が存在するならば、馬車の中で起きた出来事のように、何かしらの反応は見せるはずだ。
俺はしつこく彼らの前を飛んだり、バーカ、バーカと煽って見せたが、まるで彼らは人間らしい反応を見せることはなかった。
「ダメだ。これももしかして異端によるものなのか……」
俺はため息をつきながらキリリンの元へと飛んでいくと、奴隷たちの動きが何の前触れもなくピタリと作業を中止し、ゾロゾロと列を作りながら一斉に奥の暗がりへと移動していった。
すると奴隷たちが消えていった闇の中から彼らと入れ替わるように、ズルリ、ズルリと何かを引きずるような不気味な音と共に一つの人影がゆっくりとこちらに向かってくるのが見える。
「誰だ!」
俺の声を全く意に介さず、松明の薄明かりに照らされて映し出された人影はまたしても奇妙な様相を呈していた。
そこには白と黒であしらわれた清楚な修道服を身に纏い、その華奢な体とは不釣り合いなほどにゲテモノの巨大な六角棍棒を、いともたやすく引きずりながら歩いている生気のないシスターの姿があった。
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転職活動ですが、なかなか会社が決まりません……。
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