18話 闇の気配
「一体何がどうなっているんだ……」
俺はキリリンが携えた腰袋から顔を出して辺りを見回した。
「ここも……、ここも、ここも! 全部違うっ!」
道はレンガが敷き詰められ、高くて美しい建物が所狭しと並んでいる。川も綺麗に整備されていて、洪水が起きても溢れないように路地よりも低い高さで流れていた。そして高い道から人や物が落ちないように黒い鉄の柵が立ち並び、そこには緑の植物があしらわれている。
それはあたかもドイツ文化の影響を受けたヨーロッパ風の街並みにそっくりであったが、その風景を目の当たりにして俺は産毛のような細い手で自分の頭を抱え込むと深く唸りを上げた。
よく見ると道や建物、そして川などのレイアウトは俺が生前にゲームを作っていた時とそれほど変わっていない。
だがもともとオルサの村はのどどかで緑豊かな集落で、周りには高い木々に囲まれ、道は緩やかに伸びるあぜ道が連なり、丘には色とりどりの花が咲き誇る場所であった。
岩や巨木の幹、そして小さな崖の斜面をくり抜き、自然と一体化した住居を至る所に配置して、あたかも指輪を探す物語のずんぐりむっくりな小人族がひょっこり出てくるみたいに親しみのある村に仕上げたつもりだ。
そのようなデザインにしたのにはそれなりにワケがあった。
この村はプレイヤーがゲームを始めて、最初にこの世界と触れ合う場所である。
右も左もわからないような街にいきなり放り込まれ、このようなどこもかしこも似通った高い建物が立ち並んでしまうと、プレイヤーは方向感覚を喪失しゲームの楽しさを知る前に疲れ果ててゲームを離れてしまうのだ。
もしそうなってしまったら、その後にどれだけ心が踊るようなイベントが用意されていようとも後の祭りだ。
だから高い建物などの配置はやめて、カメラの位置を計算しながら木々の一本一本の高さや太さを調整し、建物も決して同じには見せないようにそれぞれ違う形や異なるあしらいを行ない、あぜ道にはそれとなく特徴的な形をしたマイルストーンを置いて細かな所まで配慮したザインを行なった。
それがどうだ。そのコンセプトが街並みから一切感じられない。
しかも街並みは綺麗だというのに空気が淀んでいるというか19世紀のロンドンみたく陰鬱な気配が立ち込めていて、閉塞感のようなものを感じる。
まるでなっちゃいない。いつの間にこの世界はダークファンタジーになったのだろうか。
「貴様は一体何を憤っておるのだ。妾はこういう雰囲気は割と好みだぞ」
俺はおおかた喚き散らすと少し気分が落ち着いてきて、はぁとため息を漏らした。
「まぁ、お前にとっちゃあそうなんだけどな……」
やるせない気持ちで心が沈んでいる俺の横を、一台の馬車が通り抜ける。その馬車はそのまま俺たちの前を通り過ぎて街の中心部へと続く道に沿ってゆっくりと走っていく。
するとキリリンはその馬車に視線を向けながらこう呟いた。
「ところでトウリよ、この辺りでは人身売買の取り引きが盛んに行われているのか?」
「人身売買? 何を言ってるんだ。俺の知ってる限りそんなこと行われているはずがない。ここは勇者が生まれた神聖な場所なんだぞ」
俺の言葉にキリリンはふむ、と唸ると顔をしかめて見せた。
「だとすればおかしい。妾は魔王ということもあって人間の負の感情にはやたら敏感でな……。あの馬車から奴隷の気配が大量に発せられるのをひしひしと感じるのだ。あの様子だと馬車に積めるだけ積んだ感じか。……まぁ妾の知ったことではないがな」
「なんだと!」
言うが早いか俺は皮袋から飛び出し、その馬車をめがけて一直線に向かっていった。
奴隷だって!? そんな設定をゲームに盛り込んだ覚えはない。俺が、いや俺たちがこの世界を作るのにどれだけ時間と労力を割いたことか。それを滅茶苦茶にされたとあればじっとしていられない。
「おい、トウリ!」
「大丈夫! ちょっと馬車の中を確かめてくるだけだ!」
キリリンの制止を聞かずに俺は馬車の後ろに取り付いた。
馬車の分厚い幌は固く紐で結びつけられていたが、小さな虫が通れるくらいの小さな隙間を見つけて俺は馬車の中へと忍び込んだ。
馬車の中は想像以上に暗く、中の様子がまるで見えない。ただ微かな人間の呻き声と鎖を引きずるような音だけが聞こえてくる。
音のする場所の近くにもっと寄らないと……。そう思いながら俺は耳を澄ましながら暗闇の中を飛び回った。
「!? ひ、ひぃぃぃ、あああ、か、か、か、かあああぁああぁぁぁぁ……」
するといくつかの人影が唸り声を上げながらどよどよとざわめき始めた。
「か、蚊だっ! 蚊の音だ! こ、この馬車の中に蚊がいるぞぉおっ! 助けてくれ! 疫病にかかって野垂れ死にしちまうぅぅぅうううぅぅっ!」
その声を皮切りに馬車の中は異常なまでのパニックに陥った。
「出せっ! ここから出してくれっ!」
ガンガンガンガン! と鉄格子を叩く音が幾重にも重なって鳴り響く。俺は驚いて馬車の天井に張り付いた。
すると馬車がピタリと止まり、固く閉ざされた幌が勢いよく開かれた。
突然降り注ぐ光。そこには小太りの御者が生気のない顔つきで馬車の中を覗いている。
天井から下を見下ろすと俺は信じられないような光景を目の当たりにした。
狭い檻の中にボロ雑巾のようにくたびれた衣服を纏い、ガリガリに鳴るまで痩せ細った多くの人間達が、鉄格子の隙間から大量の腕をわらわらと伸ばしながらわめき散らしている。
彼らの形相は悲惨なまでに落ち窪み、首には鉄で作られた首輪を嵌められており、全員が連結するように鎖で繋がれていた。
「蚊だぁ! 蚊がいるうううぅううぅううぅぅっ!」
喚き散らす奴隷達を他所に御者は馬車の中を確認すると、何事もなかったように無言で幌の入り口を閉じた。
阿鼻叫喚に包まれながらも、俺は再び僅かな隙間を見つけて一目散に馬車の中を飛び出した。
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