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16話 行商人のメルカ

 金髪の女性と別れた後、俺とキリリンは彼女が指し示してくれた道を歩いていた。


 時はもう日が暮れようとしていて、急がなければ宿を取る前に夜になってしまう。


 俺たちが目指している場所は、代々勇者が生まれてくるとされるオルサの村、少なくとも俺が転生する前にこの世界をゲームとして作った時、確かそう名付けられたはずだ。


 ゲームを始めたプレイヤーは、その村から勇者としてゲームを始めることになる。


 もっとも金髪の女性の話によると今は街として発展し、親しみやすい雰囲気が今や物々しい空気に包まれているようで、俺が知っているオルサの村の様相とはあまりにもイメージが掛け離れてしまっているようだ。


 一体オルサの村では何が起きたと言うのだろうか。


 しばらく歩いているとキリリンはピタリと足を止めてうずくまり、苦しそうに呻き声を上げた。


「う、ううう……」


「キリリン、どうした。……どこか痛むのか!?」


 まさかさっきの戦闘でキリリンは傷を負っていて、今まで耐え続けていたのだろうか。


 そう思って俺は焦りながらキリリンの様子を窺うと、キリリンは顔を歪ませながら腹部を抱え込んでいる。


 ぐぅぅぅぅぅぅぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜…………。


 すると間の抜けたような大きな音がキリリンの腹から発せられる。


「べ、別に腹が減ったというわけではないぞ……」


 キリリンはそう言うと恥ずかしそうに顔を赤らめらせながら目をそらして見せた。


 そういえばキリリンはまだ目を覚ましたばかりで、腹が減っているのだった。色々なことがありすぎてすっかり忘れていた。


 どうやら俺の心配は取越し苦労だったようだ。しかし村についてから食料を調達するつもりでいたのだが、キリリンの体調を見る限り、まだ少しは動けるかもしれないけれど村に到着する前に空腹で倒られかねない。


「仕方ない、ここらへんで一晩休むとするか」


 俺は深くため息をつくとキリリンは血相を変えて抗議の声を上げた。


「ま、まさか貴様、ここで野宿するつもりか!? 妾は嫌だ! ふかふかのベッドで眠りたいのだ!」


「しょうがないだろ。まだお前の体力があるうちに手頃な動物でも捕まえて食料を調達しないと……」


 俺の提案にキリリンは嫌だ、嫌だと両腕を振り駄々をこね始めた。腕を上げるたびに彼女の小さな身体とは不釣り合いな豊かな胸が大きく弾む。


 まぁ、俺もそう言っては見たものの、俺は狩りなどやったことがない。野宿が嫌だと言い張るのだからキリリンもきっとそうだろう。


 さて、どうしたものか……。


 すると道の向こうからキリリンと同じくらいの背丈の人影が近づいてくるのが見える。俺は他人に変な目で見られるのも煩わしいので、とっさにキリリンの耳元で身を隠した。


「あの、どうかしましたか!?」


 なにやら嬉しそうに近づいてくる人影は、背中に巨大なカバンを背負い髪を可愛らしく左右に束ね、年齢はキリリンと同じ程度くらいの少女であった。


 俺はその少女の姿を見て衝撃を受けた。


 彼女の事を俺は知っている。


 少女の名はメルカ。


 俺が転生する前に作っていたゲーム、ラピュセリア・クロニクルに登場する勇者パーティの一人で職業は商人だ。


「どこか具合が悪いんですかぁ!? まさか食あたりとか? だったらいい薬がありますよ!? この『百草霜』なんてどうです? 百草とは色んな薬草、って意味でほんの少し煎じて飲むだけでどんな症状にも効く優れものなんです! それがたったの100ラピア! ……あ、今ちょっと高いと思いました? でも考えてみてください、これ病気とか食あたりとか色んな……」


 メルカはカバンからなにやら怪しげな小瓶を次々に取り出して、うずくまるキリリンに向かってまくし立てるようにアイテムの説明をし始めた。


 どうして彼女がここにいる?


 俺は思いもよらない人物の登場で心は狼狽しきっていた。


 彼女は訪れたオルサの村で勇者達と出会い、破壊神討伐に同行するのだが、彼女の商才でやがて馬車や船などを手に入れることができて、乗り物がないと攻略できないような場所などを踏破することが出来るのだ。


 だが彼女が今ここにいると言うことは、一人で旅立ったと言うことか。そうなると今の勇者が旅立った時にゲームの攻略が不可能になる。


「それがこの、ってあれ? もしも〜し、聞いてますかぁ?」


 楽しく営業トークを弾ませるメルカだったが、客の食いつきが思った以上に悪いと思ったのか、キリリンの顔を覗き込んで話しかけてきた。


「……生憎だが、妾は金を持ち合わせていないのだ」


 それを聞いてメルカは、えぇ〜! っとがっかりしたように肩を落とした。


『お前、金持ってなかったのかよ! 村に着いたらどうやって食料を調達するつもりだったんだ!?』


 思わず俺はキリリンに耳打ちで突っ込んだが、当の本人はこちらを気にする様子はない。


「あ〜あ、なんだ一文無しかぁ……。せっかくいい商売になると思ったんだけどなぁ」


「いや、薬を勧められても、妾は体調を崩したわけではないのだ。……もしよければ少しばかり食料を分けてもらえれば助かるのだが」


「食料かぁ、分けてはあげたいけど、タダでっていう訳にはいかないかなぁ……」


 メルカはんん〜、と少しばかり考え込みながらそう言うと、キリリンをチラチラと視線を配らせた。


「金はないが、これを幾らかで買い取ってもらえないだろうか」


 するとキリリンは自分の懐から、一本の缶を取り出して見せた。


 その缶を見て俺は自分の目を疑った。それは俺が嫌という程見てきた代物だった。


 メルカはキリリンが手に持った缶に顔を近づけて目を凝らし始め、次第に彼女の顔が驚愕の表情へと変わっていく。


「そ、そそそそそ、それは! 伝説の未解明遺物(オーパーツ)の一つ、『REDKILL』じゃないですかっ!?」


 そう、キリリンの手に握られていたのは紛れもなく、俺を転生前に死に至らしめたエナジードリンク『REDKILL』その物であった。


 なぜそんなものをキリリンが持っているのだろうか。


 そう言えば思い当たる節がある。


 まだゲームの試作段階の時に、新人プログラマーがテスト用の回復アイテムとして、好きなエナジードリンクを実装したとかで、メインプログラマーに「テストデータでも実際にある商品を出すな!」と大目玉を食らっていたと話には聞いていた。


 もしかしてそのエネジードリンクとは『REDKILL』のことだったのかもしれない。


 それをキリリンが持っている理由は、テスト用のデータがキリリンのドロップアイテムとして設定されていた、と考えるべきか。


 それにしてもアイテムはゲームから削除されたと聞いていたが、こうして残っているということはデータ自体は残っていると言うことなのだろう。


 しかもメルカがその存在を知っているということは、いくつか世に出回っている可能性がある。


 これはもう訴訟待ったなしだな……。


 俺が青ざめた顔で目を伏せていると、キリリンはドヤ顔をしながらこう続けた。


「そのとおりだ。聞くところによると未知の成分が入っていたり、現在では製造不可能な技術が使われているとかで、これを研究機関に売り込めばそれなりの稼ぎにはなるはずだろう」


 どうだ? とばかりにキリリンは手に持ったアルミ缶をちゃぷりと振って見せると、メルカはあわわわ、と『REDKILL』を見ながらゴクリと喉を鳴らした。


「で、でも、そんなレアアイテム、あたしなんかが手が出せるような代物じゃないし……」


『ここはこいつに恩を売っておいた方がいい。俺の今から言うように話せるか?』


 尻込むメルカを見て俺は、キリリンにゴニョゴニョと耳打ちをする。


 俺の言葉を理解したキリリンは、和やかに微笑みながら話をこう続けた。


「そうだな、これが一商人に買い取りができるほどの物ではないことは知っている。だがこちらとしては当面の旅の資金やアイテムが手に入れば良いのだ。ただ、安く売ろうというわけではないぞ。ここである程度の金額やアイテムが手に入らなければこの話は無しだ。それとこの先どこかで妾に協力をすることを約束できるのであれば、売ってやらなくもない」


 その声にメルカは目をぱぁっと輝かせると、素早く買い取り額を見積もり始める。


「それなら、500、いいえ1,000ラピアでどう!? お金はかさばるからそんなに持ってなくて……そうだ! お腹空いてるんでしたよね? なんならあたしの料理もつけちゃいます! それにこの先あたしに出来ることなら協力は惜しみませんよ!」


 ちなみにラピアとはこの世界における通貨のことで、だいたい100ラピアで10日間そこそこの宿に泊まれて遊んで暮らせるくらいの金額だ。1,000ラピアは決して安い金額ではない。


 メルカの反応を見て調子付いたのか、キリリンはここぞとばかりに要求を突き付け始める。


「……そうだな、あとさっき自分の剣を壊してしまってな。さらに代わりになる剣も付けてくれるならそれで手を打とう」


 するとメルカはにこやかにキリリンの手を両手で握ってブンブンと上下に振った。


「商談成立! なんだかあなたとは良き商友(パートナー)になれそう! あたしの名前はメルカ! よろしくね!」


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