15話 不吉な羽音
「そう言えば紹介が遅れました。私の名は……」
「お嬢様」
金髪の女性が自分の名前を名乗ろうとした瞬間、隣で控えていた赤い魔導師の女の子が遮るように割って入ってきた。
「今は任務中ですよ。あまりお話をされますとお仕事に差し障りがあるかもしれません。……それにこの者達は怪しすぎると思うんです」
緊張の正体は彼女にあったようだ。
よほど自分たちの正体を秘匿にする必要があるのか、睨みつけるような視線を俺に向けながら、赤いローブを着た魔術師はそっと金髪の女性に耳打ちする。
その声はこちらにも微かに聞こえてきているのは、反応を見るためのカマかけなのかもしれない。
だがあれだけ危険を顧みず、命をかけてこの二人を助けた身としては悲しい気持ちになる。
「……この方々は私達の命を助けて頂いたのですよ。それなのに名を名乗らないわけには」
「ですがお嬢様、この者達は素性が知れませんので、先程の得体も知れないモンスター共を裏で糸を引いるかもしれませんよ」
「その言い方は余りに失礼ではありませんか! なんの根拠もなく人を疑うなどとは……」
「だって……」
金髪の女性が必死で魔術師の女の子を諌めようとするも、その魔術師は聞き入れようとはせず、ついには俺を指差しながらこう言い放った。
「だって、あれはどう見ても蚊じゃないですかっ!」
……何も言えねぇ。
その圧倒的な説得力に俺は閉口せずにはおれなかった。
しかしこの異常なまでの嫌悪感は一体なんだろうか。
虫が嫌いな女の子はそれ程珍しいことではない。しかしこの態度は虫が嫌いというより忌避しているかのような攻撃的な態度には疑念を感じざるを得なかった。
まぁ、さっきの異端の件もあるし、俺もあのウジ虫や蜂と同類とみられているのかもしれない。そう考えれば不思議でもなんでもないか。
「…………」
金髪の女性は残念そうな顔で俯くと、俺達の方に向き直ってかしこまりながら頭を下げた。
「先程は付き添いの者が大変失礼をいたしました。今は内密に任務を行なっておりまして、こちらの名前をお教えすることができません。こちらが名乗らないのにお聞きするのは大変失礼なのですが、助けていただいたご恩はいつか必ずお返したく、どうかお二人のお名前をお聞かせいただけないでしょうか……」
その殊勝な態度に心を良くしたのか、俺の隣にいるキリリンはふむ、と小さく頷くと自らを称えるように仰々しく言い放った。
「そうか、ならば心して聞くが良い。妾の名はキルリ……」
「わーーっ!! わーーっ!! わーーっ!! こ、こいつの名前はキリリンっ!そして俺はトウリだ! よ、よろしくな!」
危うく自分の本名を名乗ろうとするキリリンの声を、慌てて俺は大声を上げて遮った。
『なんなのだ貴様、ちょっと様子がおかしいぞ』
『ばっか、お前。魔王の名前を名乗るわけにはいかないだろ。余計に怪しまれるわ』
不満げに膨れっ面を見せながら小声で囁くキリリンに、俺は戒めるように言い聞かせた。
このコソコソとしたやりとりを見て、赤いローブを着た魔導師は表情を強張らせてより一層警戒心を強めているようだ。
「トウリ様とキリリン様。このご恩はいつか必ず……」
金髪の女性は俺たちの名前を深く胸に刻むと改めて畏まって見せるが、こちらとしては辺に勘ぐられないか気が気でないので、さりげなく話題を変えることにした。
「そ、そうだ。礼なんていいからさ、俺たちは今かつての魔王を倒した勇者が生まれた村を探しているんだ。この辺にあるはずだんだがどこか知らないか?」
「私達が来た道を行きますと、確かにかつての勇者が生まれた地があります。ですが、そこはもう村ではありません」
金髪の女性がそう言うとピクリとキリリンの眉が動いた。
俺はと言うと実はその村がもうなくなっているかもしれないと予想はしていた。
この世界は俺がゲームとして作った。だからこの世界で何が起ころうとしているのかもわかる。
破壊神の復活を企んでいる邪教徒がその村を襲い、勇者の末裔を根絶やしにしようとするのだ。
シナリオが正常なであるならば、ゲームのプレイヤーである勇者がその集団を返り討ちにするのだが、この世界における勇者は誰なのか、ずっと疑問に思っていた。
もしかしたら勇者は現れない可能性も考えられる。そうなると、村は邪教徒の襲撃を受けて滅んでしまうだろう。
「そこは村ではなく、今は街になっています」
金髪の女性の言葉を聞いて俺は唖然となった。
村が街になっている? やはり勇者は存在するのか? いや、例えそうだったとしても村が街に発展するような展開はシナリオにはなかったはずだ。
「その村は急速に発展して街になったのですがどうも様子がおかしくて……」
「様子がおかしい? まさか邪教徒がその街を襲おうとしているのか?」
「邪教徒?」
金髪の女性はキョトンと首を傾げた。
「いえ、確かに邪教徒の動きが活発になってきたのは確かですが、どこかの街を襲うという話は聞いたことがありません」
「そうなのか」
「ええ、ただ町の中が以前のように親しみやすい雰囲気がなくなり、他所の者に対しては非常に警戒しているようなのです……。また町の人が急にいなくなったと思えば、しばらくすると帰ってくるのですが、戻ってきた時にはまるで別人のようにになっていたとの噂も聞きます。お立ち寄りされる際には念のため用心されたほうがよろしいかと」
「町の人がいなくなる、だって……?」
俺は予想外の事態が起きていることに困惑を隠しきれなかった。
俺は自分が知っているシナリオとはその内容が大きくかけ離れていることに、もうこの世界で何が起きているのか分からなくなってきている。
やはりこの世界は俺が作ったゲームとは異なるのか……。
俺がそう訝しんでいると、痺れを切らしたように赤い魔導師の女の子が俺たちの会話に口を挟んできた。
「お嬢様、そろそろ行かれませんと日が暮れてしまいますよ。この道をまっすぐ行くと街道に出ます。そこで行商人の馬車に乗せてもらいましょう。到着した時に料金を支払えば彼らはきっと協力してくれると思います」
「そうですね……。トウリ様とキリリン様、私達は大切な任務を行なっている最中でもう行かねばなりません。大変心苦しいのですが、この辺で失礼させていただきます」
金髪の女性はそう言うとキリリンに向かって右手を差し出し握手を求めてきたのでそれにキリリンは右手を差し出して応える。
彼女の手には一枚の白いハンカチがあって、握手が終わるとそれはキリリンの手に握り締められていた。
『どうかお二人でまた訪ねにきてくださいね』
金髪の女性はキリリンの肩を抱きしめるようにして赤い魔導師に聞こえないくらいの小声で囁く。
「お嬢様、お急ぎください」
「分かりました。……それではお二人の旅に女神の祝福があらんことを」
急かされた金髪の美女は俺たちに小さく旅の無事を祈ると、俺も簡単に返事を返す。
「……あ、ああ、俺たちも二人が無事に任務を終えられることを願っている」
そして金髪の女性と赤いローブを纏った魔導師は、足早に街道を目指してこの場を立ち去って行った。
その二人の後ろ姿を見ながら俺は、予測もできないような事態が今後も起こるのではないかと胸騒ぎを覚えていた。
──
ついにはこの場からトウリとキリリンも立ち去り、辺りは静寂だけが立ち込める。
冷たい風が吹き荒ぶ度に燃え尽きて灰燼となったモンスターや人間の死体が、サラサラと音を立てて舞い上がっていた。
灰燼でできた砂山が風によって侵食されていくと、そこには一人の人間の遺体が現れる。
それは生前、四天導師の一人として讃えられ、風魔法の至高者マライアと呼ばれていた女の遺体だった。
彼女の指には炎系の魔術を完全に無効化することができる指輪がはめられており、そのせいで指輪の主人が朽ち果ててもその効力は発揮され、遺体は灰になるまで焼き尽くされることはなかったようである。
ブ、ブブブ、ブブブブブブブブブブブブブブ…………
遺体から不吉な虫の羽音が聞こえてくる。
そしてマライアの抉られた瞳が急にカッと見開き、その奥では無数の蜂が蠢いているのが見えた。
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さて今回のお話はトウリとキリリンの冒険に立ちはだかる不穏な空気を演出してみましたがいかがでしたでしょうか?楽しんでいただけたなら幸いです!
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