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13話 フォースロッド

「ええい、さっきからちょこまかとっ! このエロ虫め、神妙にせよ!」


「お、おい、キリリン! いい加減にしろよなっ! 俺が死ぬとお前も死ぬんだぞ!」


 俺はたまらずキリリンにそう言い聞かせてなだめた。


 こんな戯れで死んでしまうとは情けないことこの上ない。


「分かっておるわ! しかしお前のその無神経な態度が癪に触るっ! 簡単に他の女の血などを吸いおって! お前は一度死なない程度に痛めつけてやらねば妾の気がすまんのだ!」


 無茶苦茶なことを言いながらながらキリリンは攻撃の手を休めない。いや、その攻撃を食らえば俺は間違いなく死ぬ!


 ……ん?


 俺は先程のキリリンのセリフがふと気になった。


 キリリンが簡単に他の女の血などを吸うことが気に入らない、と言ったのは俺がキリリン以外の血を吸うことがそんなに嫌って意味なのか。


「……もしかしてお前、嫉妬してんのか?」


 キリリンは攻撃の手を休め、しばらく硬直した後、顔を赤らめさせながら喚き散らす。


「う、うるさいわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


「お二人とも、あれを見てください!」


 金髪の女性が叫びならが指を指した。


 キリリンと俺は喧嘩を中断して、彼女の指の方向に視線を向けると、先ほどまでモンスターの死体を捕食していた大量のウジ虫が、岩のような大きさまで膨れ上がり地面に横たわって震えているのが見えた。


 で、デケェ……。なんなんだこの異端(バグ)は。気味が悪すぎる。


 するとあちこちで、巨大なウジ虫の顔からブシャァァァァァァァァァァァァァッ! と緑色の体液を勢いよく撒き散らされるのが見え、巨大なウジ虫の顔を食い破るように大きな昆虫の頭部が新たに飛び出してくる。


 その昆虫の頭はギチギチと顎を鳴らしながら、乱暴にウジ虫の身体食い散らかしながら這い出してくる。


 これは脱皮とかそういう物とは全然違う。内側からウジ虫の身体を食い破って別の生き物が出てきたみたいだ。


 ブ、ブブブ、ブブブブブブブブブブブブブブ…………っ!


 緑を基調にした虹彩の身体を露わにした昆虫は、赤黒い大きな目を周囲に向けながら、背中に生えた2枚の羽を震わせるようにばたつかせた。そして近くにいる岩ウジ虫に臀部から長く伸びた鋭い針をブスリと突き刺す。


 針で突き刺されたウジ虫は何かに操られるようにモンスターの身体を必死で食い散らかすと、瞬く間に自分の身体をぶくぶくと膨れ上がらせ、そしてそのウジ虫の顔面が内部から食い破られて、また新たな昆虫が誕生した。


 見たことにない異様な光景を目の当たりにして、俺には不快に思えて仕方がなかった。


 あれは蜂なのか? だが俺が今まで見てきたどの蜂とも様相が異なる。寄生虫であるウジ虫に卵を産み付けるとか、なんと気味の悪い生態なのだろうか。


 そういった出来事があちらこちらで起こっており、多くの蜂が大量に生まれるといなや、やつらはどう猛な顎を鳴らしながら羽をばたつかせる。ブブブと羽を震わせる音が幾重にも重なってやかましく聞こえて、俺の心のアラートがひっきりなしで鳴り響く。


 キリリンと戯れている間に、なんだか危険な状態に陥ってしまった。


「トウリ、気を付けよ。やつらの敵視がなぜかお前に向いているようだ。お前が死ぬと妾も死ぬぞ」


 さっきお前に殺されそうになった時、俺同じこと言ったよねっ!?


 そう言えば蜂のある種類は蚊を食べると聞いたことがある。ここら一帯では俺は奴らの絶好な餌なのかもしれない。


 ここで俺だけ逃げてもいいかもしれないが、やつらは俺を追いかけてくるだろうから、どうせならここで迎え撃ったほうがいい。


「キリリン、奴らを頼む。一匹残らず始末してくれ」


「分かっておる」


 キリリンは短く息を吐くと恐るべきスピードで一足飛びに蜂に接近し空中で剣を振りかぶると、蜂はなんの抵抗もできぬまま一閃のもとに切り捨てられる。


 キリリンの動きを見越していたかのように別の蜂が彼女の背後に近付き、鋭い顎で攻撃を仕掛けるが、攻撃が身体に触れようとした瞬間、彼女の姿は空中で6体に分裂してそれぞれ別の方向に散って消えた。


 そして目標が分裂したことに戸惑っている蜂を、ふと現れたキリリンが背後から両断する。


 ズドドドドドドドドドドッ!


 あまりの早さに複数の蜂が爆煙が巻き上がると同時にバラバラになって砕け散るように見えた。


 バキンッ!


 蜂を葬ったブロードソードがキリリンの剣技に耐えきれず、音を立てて砕け散る。


「…………」


 キリリンはつまらなそうに折れた剣の柄を見つめるが、そのままそれをポイと捨てると自らの拳で他の蜂を叩き伏せ始めた。


 彼女の活躍は並大抵のものではないが、他の蜂はこうしている間にも自分の仲間を増やし続けているので埒があかない。


 キリリンが魔法を使えばこのモンスターを一網打尽にできるかもしれないが、俺が魔力を供給しているとは言えど、彼女は全盛期の力は取り戻し切っていないようだ。どう見ても自身の力をセーブしながら戦っている。


 どうにかキリリンをサポートできないものか。


 そう考えていたその矢先、後方から金髪の女性の叫び声が聞こえてくる。


「みなさん、下がってくださいっ!」


 その声に俺とキリリンはとっさに振り向くと、金髪の女性の手に『大回復薬(エクスポーション)』が握り締められ、彼女に抱きかかえられて赤いローブを纏った女の子が魔法の詠唱を始めていた。


 モンスターにやられた者の中で、かろうじて一命を取り留めた魔導師がいたらしい。その者を金髪の女性がアイテムで回復させたのだろう。


 しかし余程の重症だったのか、『大回復薬(エクスポーション)』を使用したにも関わらず、身体の傷はそれほど癒ていないようで、意識を保つのがやっとのようであった。


 途端に辺りの空気が灼熱の炎へと転じ、渦巻くように魔導師の杖の前に集まってくる。


 ヤバイ。


 俺はとっさにあの魔法がどのようなものかを瞬時で悟った。


 冗談じゃない、あの魔法をこんな近距離で放つなんて正気かっ!?


 あれはレッドドラゴンですらも焼き尽くす究極魔法の一つ、その名も……


「『核熱魔法(アトミックボルト)』っ!!!!」


 詠唱を終えた赤いローブを着た女の子は魔法を放った瞬間、短く詠唱を行い自分と金髪の女性の周囲だけに魔法のシールドを展開した。


 蜂の群れは爆音と共に凄まじい熱気が渦巻く炎の中で、蜂達の姿形が次第に失われていき塵になるまでになるまで爆ぜていくのがわかる。


「やった!」


 俺は思わず歓喜の言葉を漏らす。


 流石にあれだけの攻撃を受けたのであれば、敵は全滅しただろう。


「トウリっ!」


 咄嗟にキリリンが自分のマントに俺を包み込む。さっきまで存在していた焼き付けるような熱気が、今ではまったく感じなくなっていた。


 しばらくして爆音が鳴り止むと、キリリンは小さくマントを翻し身体を起こした。


「トウリ。大丈夫か?」


 心配そうに見つめるキリリンに、俺は宙を飛び回りながら元気さをアピールした。


「あ、ああ、何ともない! 守ってくれてありがとな!」


 キリリンは安心してホッと胸をなで下ろしたが、すぐに奇妙な気配を察し険しい表情を作る。


 俺も空気がザワザワと蠢き始めるのを感じていた。


「なんだ……?」


 異様な雰囲気に当てられて俺は空を見上げると、空中で灰燼となった蜂達の死体が寄せ集まり、黒々とした霧の柱を作っていた。


 そして黒い霧の柱から触手のように灰の群れが伸びで、そこら中のモンスターの死体に群がり肉をついばみ始めた。


 すぐにその灰の群れは柱の中に吸い込まれていったが、地面を見るとそこにはモンスターの亡骸はなく骨だけが取り残されていた。


「こいつら、まだ生きてたのかよ!」


 俺は絶望の淵に追い落とされる思いがした。


 赤い魔導士は手傷を負った状態で高度な魔法を連発したのがたたったのか、金髪の女性の腕の中で苦しみあえいでいる。


 キリリンの剣技が如何に冴え渡っていようとも、霧のような敵相手であれば正直この状況下で攻撃手段を講じることは不可能だと俺は思った。


「早く逃げろ、トウリ! 妾はなんとか奴らの攻撃は躱せるだろうが、貴様とそこにいる人間共は一瞬で食い殺されてしまうぞ!」


「マジでか!?」


 俺は戸惑いを隠すことができず慌てふためいた。


 確かにあの霧は俺の体よりも小さくそして単純な数の差で俺にはどうも分が悪い。


 キリリンの口ぶりからすると、そこにいる金髪の女性達を守る気は無いのだろう。自分の身を守るのに精一杯だ。


 何か、何か策は残っていないのか?


 そう俺は自問しながら辺りを見渡すと、金髪の女性が1本の杖を持っているのが見える。


 俺はその杖に見覚えがあった。


 たしかフォースロッドといって、剣士でも魔力を使わずに発動できる魔法『終末の業火(ファイナルフレア)』が使えるアイテムで、その効果は目標の近くにいるモンスターに炎系の魔法を放つことができる代物だ。


 その武器固有スキルは、一度でも使ってしまえば砕け散ってしまうので、使い所がわかりにくいクソアイテムとしてプレイヤーから不評を買っていた。


 肝心な威力は使用者の精神力に依存するように設計されていて、人間の精神力では例え上限までステータスをあげたとしてもさほどの威力しか発揮しないのだが、過去に魔王であったキリリンが使えば精神力が人とはケタ違いなので、その莫大な威力であれば蜂の群を一網打尽にすることは訳ないはずである。


「おい、その杖はどうしたんだ?」


 俺は不躾に金髪の女性に話しかけた。


「この杖ですか? これは何かあったときのために護身用にと持たせていただいている物ですが……」


「頼む、その杖を俺たちに使わせてくれないか? それがあればこの危機を脱することが出来るんだよ」


「それは……構いません。ですがこの杖ではあの強力な敵には大して威力を発揮しないかもしれません」


 彼女はそう言うと悔しそうに自分が持っている杖を見つめた。


「大丈夫、詳しいことを話している暇はないが、俺に考えがあるんだ。信じてくれ」


 俺は彼女の青い瞳を真っ直ぐに見つめながら真摯に頼み込むと、彼女は少し考えるようなそぶりを見せた。


 彼女の視線の先には今でもキリリンが黒い霧の注意を俺達から逸らしてくれている。


 自分の腕の中には、一命を取り留めたとは言えど未だに深い傷を負って息を荒げている赤い魔導師の姿があった。


 俺を信じる気になったのかそれともヤケクソなのか、彼女は意を決したように手に持った杖を俺に差し出した。


「分かりました。この危機を脱せるのであればその可能性にかけてみましょう」


「すまない、ありがたく使わせてもらう」


 俺は杖の上で飛び回りながらキリリンに必死で呼びかける。


「キリリン、この杖を使え! この杖には武器固有魔法『終末の業火(ファイナルフレア)』が宿されている!」


 俺の声にキリリンは振り向いた矢先、はっと目を見張らせながら叫んだ。


「トウリ! 後ろだっ!」


 不意に俺の声に振り向いた先にはいつの間にか触手のような黒い霧の塊りが後ろまで伸びてきていた。


「こ、このっ!」


 俺は叫びながら自分の身を翻し、間一髪黒い霧に飲み込まれないで済んだ。


 巨大な黒い柱は俺からみると圧倒的なほどに巨大な塔のようで、まるで3Dのフライトシューティングゲームをしているかのようだった。


 近くでみると大迫力で異様な圧力が一層増す感じがある。


 このまま杖の力を使うと、ここにいる二人にも魔法に巻き込まれるかもしれない。


 そう思った俺はそのまま素早く旋回し、黒い霧との距離をギリギリまで保ちながら、注意をこちらに惹きつけるように空中を飛び回って煽り続けた。


 するとそこら中の黒い霧が何本もの触手となって俺の方にもの凄いスピードで迫ってくる。


「キリリン、今だ! フォースロッドを使え!」


「分かっておる! 『終末の業火(ファイナルフレア)』っ!!」


 キリリンは女性から受け取った杖を掲げながらそう叫ぶと、俺が思っていた以上に強大な炎が何個も空中で出現し膨れ上がっていくのが見える。


 さっきの『核熱魔法(アトミックボルト)』よりも段違いで発せられる熱量に、危険を察した俺はすぐさまキリリンに近づき、彼女のマントの中に身を潜めようと必死で羽根をばたつかせた。


 刹那、空気を震わせるような爆発音とともに、さっきの炎が竜巻のように周囲を飲み込んでいき、灰燼で作られた黒い柱を一網打尽に葬り去っていく。


 俺はキリリンのマントから顔を覗かせると、先程の爆音が嘘のように辺りは奇妙な静寂に包まれていた。


 黒い霧だけでなく周りの木々や地面でさえも灰と化し、辺りはまるで真っ白い砂漠のようだ。


 キリリンの手に収められていたフォースロッドはすでに跡形もなく砕け散っていた。


 金髪の女性は赤い魔導師が展開したシールドによってなんとか難を逃れることができたようだ。


 ……フォースロッド、実装しておいてよかったぁ。


 フォースロッドは開発メンバーの中でも非常にニッチな趣向を好むプログラマーが実装したものだ。


 俺自身はそんな使い所が分からないアイテムの実装に割く工数はないと思っていたのだが、そのプログラマーは仕事の腕自体はピカイチで、彼の機嫌が取れるのであればと思い実装を許可したのであった。


 実際にプレイヤーからの評判は悪かったが、それがこうして日の目を見ることには……。あのプログラマーに感謝だな。


 俺が感慨に耽っていると、視界の片隅に謎のメッセージウィンドウがポップアップしていているのが見えた。


 ──『異端審問(アドミンズセンス)』がランクアップしました。『異端審問(アドミンズセンス)』に新たな能力が解放されました。


前回ブックマークを入れていただいた方、ありがとうございます!

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