12話 キリリンの嫉妬
なんだこの記憶の底に植えつけられたトラウマを想起させられるような光景は。
これは幼い頃に体験したことがあるような既視感を感じる。
そうか、分かった。小学生のころに理科の課題で観察していた、蝶のマユを食い破る寄生虫にそっくりなんだ。
「キリリン! 早くあのウジ虫を倒してくれ! なんか嫌な予感がする!」
「言われるまでもない」
雑魚モンスターに嘲笑されたことによほど腹を据えかねたのか、キリリンは怒りを押し殺したような冷徹な表情で、ウジ虫どもをモンスターごと恐ろしい速さで切り刻んで行く。
彼女の剣筋は余りにも正確で、次々と白いウジ虫はバラバラになって空中に霧散しながら消えていった。
「よしっ! これで大丈夫か……って、うわ!?」
異端を倒したのもつかの間、森の奥から視界を埋め尽くすような数の異端に寄生された魔物がギラギラと赤い目を光らせて俺たちの前に立ち塞がっている。
「こ、これ、ヤバくないか……」
そう俺が躊躇している間に、モンスター達は雄叫びを上げながら一斉に襲いかかって来た。
「く、くそ……! 『異端審問』!!」
俺は無我夢中でスキルを発動し、モンスターの侵攻を食い止めようとする。
『異端審問』の影響を受けたモンスターの群れは、縛り付けられたかのように身体をビクンっと跳ね上げ、泡を拭きながら硬直する。そしてさっきのように大量の白いウジ虫が、宿主であるモンスターの身体を内部から食い破り溢れ返り始める。
「…………」
キリリンは無言に剣を構え直し、たった1回の踏み込みで大量の白いウジ虫をカマイタチのように切り刻んで行く。
どくんっ……!
そして安堵した瞬間、集中力が途切れてしまったのか、俺の身体が激しく痙攣し始めた。
どくん! どくん! どくん! どくん! どくん! どくん! どくん! どくん! どくん! どくん!
流石に『異端審問』を使い過ぎて魔力が枯渇し始めたのか、叩きつけられるような鼓動に、俺は目の前まで死が近づいているのを直感した。
くそ、これだと転生前に死んだのと同じじゃないか!?
「貴様、大丈夫かっ!?」
血盟の契約の影響なのか、主人である俺の異変にキリリンがすぐに気付き、慌てて駆け寄ってくる。
俺、このまま死んでしまうのか……。
いや、俺が死ぬと眷属であるキリリンまで死んでしまう。
俺だけが死ぬ分には一向に構わない……。だが、キリリンを巻き添えにして死ぬ訳にはいかない。
『────たすけて』
頭の中で不意に愛架の声が聞こえてくる。
そうだ、愛架!
あいつはこの世界のどこかで助けを求めている。
俺が助けられないなら、一体誰が彼女を助けるんだ!
だから俺は、ここで、こんなところで、くたばってはいけないんだっ!
意識を失わないように必死で強く意識を集中させて踏ん張ると、不思議な感覚に捉われる。
血が、血が欲しい……。
この感覚、キリリンに魔力を分ける時に感じた感覚に似ている。
俺は朦朧とする意識の中、宙を彷徨った。
「おいトオリよ、しっかりせよっ!」
キリリンの必死の呼びかけもどんどん遠のいて聞こえる。
再びキリリンの血を吸えば体調が戻るのかもしれないが、逆に魔力を持っていかれそうな気がする。
そう考えを巡らせていると後ろの方から、なにやら美味そうな匂いが仄かに香ってくるのを感じた。
その香りの元を辿ってみると、先程俺たちの身を案じていた金髪の女性が怯えるような表情で身をすくめながらこちらを見ている。
「おい、そこの女」
「は、はいっ!」
不意に自分でもびっくりするくらいに乱暴な口調でその女性に言葉を発していた。
突然声をかけられて、金髪の女性はビクンと身体を跳ね上がらせる。
「お前の魔力がどうしても欲しい。お前の生き血を俺に吸わせろ」
「わ、私の血を、ですか……?」
得体も知れない喋る蚊に恐怖しながらも、金髪の女性は問いかけてくる。
「そうだ、お前もそこそこ魔力があるようだな。その祭服で誤魔化そうとしても無駄だ。その服は身につけた者の魔力の気配を断つ効果があるようだが、俺は匂いでわかる。お前の生き血を吸うことで俺はお前の魔力の一部を吸い取ることが出来るはずなのだ」
「えぇ……。嫌、です……」
ドン引きするような表情で身構える彼女に構わず暴言に近いセリフを吐きちらす。
「そんな悠長なことを言っていていいのか? お前もそこに転がっている人間の死体のようになるぞっ!?」
怒鳴られた金髪の女性はハッと表情に緊張が走り、少し考えた後に意を決してぽそりと言葉を漏らす。
「……わかりました。私の血をあなたに捧げます。どうぞ、お好きになさってください」
と言いながら美女は自分の首を差し出して見せた。
「いや、人に見られる場所から血を吸うのは忍びない。少し腫れるからな。なので服の胸元を下ろせ」
「えぇ……」
「早くしろっ!」
「は、はいっ!」
再び嫌がるようにドン引きする彼女に俺は檄を飛ばす。
「こ、こうですか……?」
胸に掛かった白いマントの裾をめくり、恥ずかしそうな表情で金髪の女性は祭服の胸元を両手で引き下ろす。
「いやもっとだ! 早くしろ! でないと全滅するぞ!」
「は、はいぃっ!」
服を破くような勢いで必死に胸元下ろす美女に、俺は納得して見せる。
「まぁそれでいい。それでは遠慮なく吸わせてもらうぞ!」
そう言うと俺は彼女の胸元に勢いよく飛びついた。
「…………」
あ、なんか後ろにいるキリリンからものすごく冷めた視線を感じる……。
しかし今は気になんかしてられない。このままだと俺たちはモンスターの群れに食い殺されて全滅するのだ。
俺は躊躇うことなく美女の白く柔らかな胸元にゼンマイ状に収納されていた針を伸ばしてずぶりと突き刺した。
「────っ!!!!! ───っ!!」
すると一瞬美女は苦悶の表情を浮かべるが、すぐに顔を赤らめて恍惚とした表情で気持ち良さそうに身をよじらせる。
美味い! なんて美味さだ! 身体中に魔力がぐんぐんとみなぎっていくのを感じる!
「ああっ、んっ……はぁ、はぁ」
調子に乗って血を吸っていると、女性の吐息が激しくなっていくのを感じる。
……ちょっと吸いすぎたか。
俺は昂ぶる気持ちを抑えて、いい感じに魔力が補充されたのを実感すると、彼女の肌からするりと針を抜いた。
「……え、も、もう大丈夫なのですか?」
なぜか美女は不満そうに眉をひそめて見せる。
「ああ、もういけそうだ。お陰で魔力が回復したよ。これで勝つる! ありがとな!」
「そ、そうなの、ですか……」
美女は何やら後ろめたそうに顔をうつむかせ、頬を赤らめて恥じらいながら胸元を整えている。
「…………」
さっきから真顔で硬直しているキリリンの周りを、俺はぷ〜ん、ぷ〜んと鬱陶しく飛び回りながら元気になったことをアピールして見せる。
なんか魔力だけでなく気分までもハイな感じだ! 今の俺ならどこまでも行けそうな気がする!
「よしっ! これで元気100倍だっ! 心配かけてすまなかったな。行くぞ、キリリン!」
俺は元気にキリリンに声を掛けるが、当の彼女は顔に影を落としながらフルフルと小刻みに震えていた。
「……こ、この、不埒者がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
今日いちデカい声でキリリンは叫びながら、必死で俺を叩き潰そうと両手を叩きまくった。
読んでいただきありがとうございます!
なるべく早くと言いながら遅くなってすみません。。。
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