11話 異端
『退け! 森の子らよ!』
キリリンの凛然とした声が薄暗い森の中に響いた。
訪れる静寂。その声はモンスター達の心に届いたように思えた。
が、しかし。
「ゲヒッ!」
急に目の前にいたゴブリンがむせるように吹き出し、気味の悪い笑いをこぼす。
「ゲヒャヒャヒャヒャヒャヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッ!!!!」
そして次々とその笑いが伝染し、ゴブリンの群れはキリリンを嘲けりながらその場で笑い転げた。スライムでさえも愉快そうに透明な身体をプルプルと震わせている。
そしてゴブリンは笑い飽きたのか、武器をキリリンに向けて残忍な表情を浮かべ、スライムもゆっくりとキリリンとの距離を縮めようとし始めてた。
「な、なぜだ。なぜ妾の言うことが聞けぬ……」
モンスターから魔王である自分への忠誠を信じていたキリリンは、まるで裏切られたかのように愕然とした面持ちでモンスターを睨みつける。
「お、落ち着け、キリリン。こ、こいつらただの、雑魚モンスターじゃ、ないみたいだ……」
俺は悔しそうな表情を浮かべているキリリンにおぼつかない口調になりながらもそう言い聞かせた。
まだ高速移動中に閉じ込められていた皮袋から解放されたばかりで、俺はまだ目が回っており、安定して飛ぶことが出来ないのでフラフラと空中を彷徨っている。
この場所に来るまでに、凄まじい威力の魔法が放たれたのをキリリンは確認していた。
キリリンによると、この場所から放たれた魔法は『奈落崩壊』とのことだった。
俺はこの世界が元になったゲームのクリエイターだったからこの魔法のことはよく知っている。
それは全ての存在だけでなく概念さえも消滅させてしまう、いわば神をも殺すことができる伝承魔法の一つだ。
並みのモンスターなんて問題にすらならないはずである。
そして辺りに倒れている人の死体を確認すると、装備や身体つきから察するに、彼らはそこそこの手練れである事が見て取れる。
目の前にいるゴブリンやスライムは戦闘に慣れていない村人でも倒せるレベルの雑魚モンスターだ。それなりの装備で一発殴るだけでも簡単に倒せてしまう。
それなのにモンスターの死体は一体も転がっておらず、一方的に人間がやられている状況はどう考えてもまともじゃない。
こいつらやはり何かおかしい。
世界の常識とかけ離れたこの異質な存在感、キリリンが封印されていた石棺を初めて見た時に感じたのとなんとなく似ているような気がする。
キリリンが異端に冒された石棺に封印されていた時も、不思議な力に阻まれて棺を開けることが出来なかったと言っていたことを思い出した。
もし仮にこのモンスター達もキリリンの城で倒した蜘蛛のモンスターのような異端に冒されているとしたら、そして異端に冒されたモンスターやオブジェクトはこの世界のあらゆる干渉を受けないとしたら……。
『奈落崩壊』のような強力無比な魔法と言えど、この世とは異質な存在である異端には対抗できないのかも知れない。
そうすると考えられる対抗手段はただ一つ。
これは『異端審問』の効果を試してみるのもいいかもしれないな……。
「こ、このモンスターは危険です! 早く逃げてください!」
背後からモンスターに襲われていた女性の震えるような叫び声が聞こえた。
見てみるとそこには、純白で美しい絹であしらわれた祭服で身を固め、艶やかな金髪を両サイドで三つ編みで纏めた美女が地面に座り込んでいる姿があった。
この絶望的な状況の中で自己の危険を顧みず、他人の身を案じことはそうそう出来ることではない。
何か自分のことよりも公に奉じるような固い意思を感じるので、それなりの立場にいる人物だと思うのだが、彼女が誰なのかがいまいちピンとこない。
俺は彼女をどこかで見たような気がするのだが、今は自己紹介をしているような時間はないようだ。
「気遣いはありがたいんだが、俺達ならこいつらをなんとか出来るかも知れないんだ。ヤバくなったらお前を連れて逃げる。だから安心して見ていてくれ」
俺はなだめるように彼女そう告げるが、彼女の俺達をみる視線は強張ったままだ。
無理もない。この場の惨憺たる有様を見るに相当怖い目にあったのだろうから。
「か……」
おぞましい物でも見るかのような形相で、金髪の女性の口から乾いた声が微かに漏れる。
「蚊が喋った……」
あ、そっちね。そりゃ喋る蚊なんて見たら普通はドン引きするよね! 仕方ないよね、そうだよね……。
「って、落ち込んでいる場合じゃないな。キリリン、どうやらこいつらにお前の声は届かないし攻撃も効かないだろう。ここは一旦俺に任せてくれないか」
俺は若干の傷を心に負いながらもモンスターとキリリンとの間をはだかるように飛び出した。
「貴様、一体何をする気だ?」
キリリンは怪訝な表情を浮かべながら問いかける。
「まぁ、見とけよ」
そう俺はドヤ顔で言うと呼吸を整えて意識を集中させた。
「『異端審問』!!」
俺がスキルを発動させてモンスター達を睨みつけると、モンスターの身体に赤いグリッドが体に纏わり付いているのが見えた。
「ンゴゴゴゴゴゴゴッ!?」
すると視界に入ったモンスターはうめき声を上げて苦しそうに悶えながら急に動かなくなり、奴らに纏わり付いている赤いグリッドがバキバキと音を立ててモンスターから剥がれていく。
間違いない。やはりこいつらは異端だ。
そう悟った瞬間、不意にガクンと意識が薄らいでいくのを感じた。
やばい……。一度に複数の対象に『異端審問』をかけたものだから、魔力が一気に減ってしまい意識が遠のいてしまった。
これは精神を集中させておかないと意識が持っていかれてしまう。
しかしここで気を失うわけにはいかない。
俺は気をしっかり持ち意識が遠のくのを必死に堪えてモンスターの様子を伺うが、モンスター達から剥がれた赤いグリッドは、体内に吸収されるように消えていく。
……なんだか前回の蜘蛛の時と様子が違う。
あの時は取り付いていた異端がすぐに現れたのだが、今回はその気配を感じない。
すると突然目の前にいるゴブリンの身体や、スライムの中心にある核が膨れ上がり、メリメリメリと脱皮をするかのように体内から白くて大量のウジ虫が湧き出し始めてきた。
宿主であるゴブリンは両目がドロンと飛び出し、核がすっかり破壊されたスライムは透明な体を黒く変色させて、蒸発するような音を立てながら地面に崩れていった。
そして湧き出た大量のウジ虫がもしゃもしゃとモンスターの死体を食べ始め、それらを喰らい尽くすとむくむくと体を膨らせて、ワイン瓶ほどの大きさに変化を遂げた。
「うわっ! キモッ!」
思わず俺は身の毛のよだつような感覚に襲われた。




