表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/61

10話 奈落崩壊《アビスブレイク》

 クリスタ姫を乗せた馬車は、知らず知らずのうちに魔物の巣窟(モンスターハウス)に入っていた。


 一行(パーティ)は立ちどころにモンスターの群れに囲まれてしまい絶望の淵に立たされしまった。


 馬車を引いていた馬はすでに巨大なスライムに飲み込まれ、手綱や鞍などの馬具だけを残して跡形もなく溶かされてしまっている。


 制御を失った馬車は大木の根に車輪が勢いよく乗り上げて、何度も横転を繰り返しクリスタの体はあえなく馬車の外へと放り出された。


「姫、お怪我はございませんか!?」


 身体中を見るも無惨なほどに打ち付けられて額から血を零すクリスタであったが、4人の魔導師が慌てて駆け寄る中、健気にも気丈に振る舞って見せる。


「ええ、(わたくし)は大丈夫です……。他の皆は無事なのですか?」


「騎士団と司祭達は残念ながら全滅となりました……。また我ら王宮魔導師も我ら4人を残すまでとなり……。ですがご心配ならさずとも我ら王宮四天導師の魔法で奴らの全てを塵も残さず打ち滅ぼしてご覧に入れましょう」


 そう氷魔術の貴公子ブラストが控えながらクリスタに告げた。


 クリスタの前に控える4人の王宮魔導師は、全員がエターニア王国だけでなく全ラピュセリア有史以来最高の天分を持った気鋭の集まりであった。


 右手に控えるのが火山に潜む神炎龍(アルティメットノヴァ)を太陽の炎にも勝るほどの熱量を誇る『紅蓮魔法(プロミネンスバースト)』で焼き尽くした若き女魔導師ソアラ。


 その左に控えるのが永久凍土を支配する魔女、氷の女王インフィニットホワイトを絶対零度をさらに下回る凍気を持つ『凍結崩壊魔法(フローズダウン)』で原子レベルに粉々に砕いた氷の貴公子ブラスト。


 さらにその隣に控えるのは、あらゆる生き物や王宮、街などは及びも付かず、空間そのものを無の豪風で侵食する風の魔人、終末を呼ぶ物(トワイライトワン)を逆に『風喰魔法ストーミングマクロファージ』で喰らい尽くした風魔法の至高者マライア。


 そして最後に控えるのは、ラピュセリア全土を奈落に叩き落とそうとと企む悪魔崇拝者全員の命と魂を引き換えに魔界から召喚された大悪魔神(ゼフォン)を、異質の天地を発現し悪魔を自壊させる魔法『異界神問(アナザーエデン)』によってものの数秒で消滅させた地の大魔法使いアルバ。


 かの者達は、かつての勇者と冒険を共にした大賢者マリオンの末裔であり、魔術習得の属性を一つに特化させることによって、専門の分野においてはもはや始祖マリオンを遥かに凌ぐ実力を持ち合わせ、国だけでなくラピュセリア全土を救った英雄として、いつしか民から王宮四天導師と呼ばれるようになった強者達だった。


「皆さん、どうかお気をつけください。あのモンスター達はただのモンスターではないようです」


 クリスタは4人の魔導師に向かって油断を戒めるようにを告げた。


 4人の魔導師はその声に応じるように忠義の姿勢を解き、周囲を取り囲んでいるモンスターに体を向けて魔法詠唱の構えを取る。


 「……そのようですな」


 騎士にも負けずにも劣らずの屈強な身体を強張らせ、地の大魔法使いアルバは苦虫を噛み潰したような面持ちを取り囲んでいるモンスターを睨みつけた。


 しかしアルバはすぐさま不敵な笑いを浮かべて、雄々しくも優しい声音でクリスタに言った。


「ですがこれまでも我々はただのモンスターではない敵と渡り合って参りましたが、それと比べますと、このモンスターどもは非常に瑣末な相手と言わざるを得ません」


 そしてアルバに続くように炎の魔導師ソアラも、自分の髪の色と同じく紅蓮のように燃え盛る赤い瞳をチラリとクリスタに向けてウィンクをして見せた。


「大丈夫ですよ、姫様。こんな奴ら私達がすぐに片付けちゃいますから!」


 風魔法の至高者マライアは、己の魔術によって施していた両目の封印を解き、解放された魔力の渦が身体中を駆け巡っていくのを感じて悦びに浸っている。


「久しぶりに私の魔術を姫様にお見せ出来ることになるとは恐悦至極でございますわ」


 そんな中、氷魔術の貴公子ブラストは既に尋常のないほどの魔力を身体を纏い、凄まじい凍気で自身の身体を宙に浮かべていた。


「皆よ、あまり悠長に構えている暇はないぞ……。今こそ我ら四元素の魔力を合わせあの魔法を発動させる時だ」


 前方からは騎士を嬲り尽くしたゴブリンがゲェッ、ゲェッ、ゲェッ、ゲェッと気味の悪いうめき声を上げて迫ってきており、さらに上からはスライムが全ての死体を溶かし尽くして次の獲物を探して忍び寄る。


「まさか、この弱小モンスターを相手にあれを使うっていうの?」


 ブラストの言葉にマライアは驚愕の声を上げた。


「もし4人の波長が少しでも合わなければ、私たちが過去未来問わず存在ごと消し飛んでしまうのよ!?」


 戸惑うマライアにアルバは僅かに考えを巡らせて頷いて見せた。


「……確かに危険はある。しかしあのモンスターがあらゆる属性の魔法が効かない以上、全てを破壊するあの魔法を唱えるしかあるまい」


「しゃーないよね……。でもやるっきゃない!」


 ソアラは覚悟を決めて杖を握る力を強めるが、彼女の額からは冷たい汗が頬へと伝う。


 このソアラの緊張は目の前まで迫ってきているモンスターへの恐怖ではなかった。魔法が失敗した時、自分たちが消滅してしまうだけではなく後ろにいるクリスタのみならずラピュセリア全土にもどのような影響を与えるか分からないからだ。


 意を決した四天導師達は意識を集中させて、体内の魔力を高め詠唱を開始した。


 空を埋め尽くすほどのスライムが木々から滴り落ち、大量のゴブリンの群れが雄叫びを上げて4人に飛びかかってくる。


 モンスターの4人に差し迫ろうとした瞬間、4人の最強の魔導師達が一糸乱れぬ同時詠唱で魔法が完成した。


「「「「『奈落崩壊(アビスブレイク)』!!」」」」


 その刹那、術者とクリスタを中心に漆黒の球体が生まれ青いプラズマが稲妻のように凄まじい速度で走り、漆黒の球体が膨張してその周辺の音が、光が、空間が、時間が一気に捻れてその場から消失した。


 神羅万象全ての存在を無に帰す『虚無魔法(ケイオス・マジック)』の中でも最大魔法である『奈落崩壊(アビスブレイク)』。


 この魔法は四大元素魔法の真理に辿り着けた者でしか発動できない、ほとんど伝説でしか存在しなかったりただ学説的に存在が証明されているだけの魔法であるが、このようにそれぞれの属性を究極にまでマスターした四天導師達の魔力と詠唱を合わせることによって放つことができる。


 その代わり発する魔力量のみならず精神の波長、詠唱のタイミングなどを4人均一にするだけでなく、生まれ持った天賦の才や大賢者マリオンから脈々と受け継がれてきた魔導師の伝統的な血脈、人の限界を超えた特別な鍛錬を行ってきた者達のみが揃ってという奇跡に近い条件が整えられて初めて成すことができる方法で、常人レベルでの扱いはもはや不可能である。


 かくして『奈落崩壊(アビスブレイク)』が発動されると四天導師達が放った魔法の、真っ直ぐな射線上において、まるでそこに初めから何も存在していなかったかのように漆黒の虚数空間がだけが生じ、大地も山も空ですらもその存在が失われた。


 そして次の瞬間、その虚数空間が何事もなかったかのように一瞬で収縮して、空間が不自然な形でつなぎ合わされる。


 術者の存在が消えることもなく魔法は完全な形で発動された。


 ごふっ……。


 ソアラは一瞬自分の身に何が起こっているのか分からなかった。


 震える自分の手に、微かな粘着性のある赤黒い血がべっとりと付いているのが見える。


 これは血? モンスターの?


 しかし『奈落崩壊(アビスブレイク)』に飲まれれば、身体が傷つく前に存在そのものが消滅してしまうはずだ。


 ソアラは赤い液体が自分の鼻や口からこれぼれ落ちてきた物であることをようやく理解した。


 腹部から鈍い痛みが恐ろしい勢いで湧き上がり、はぁ、はぁ、と呼吸をするのが苦しくなっていくのを感じる。


 ソアラは次第に身体の力が入らなくなり、手をだらりと落として下腹部を見下ろすと、3匹の小さなゴブリンが自分の身体に粗末なナイフを突き立ててニタニタと下卑た笑いを浮かべているのが見えた。


「な、なんで……」


 ソアラの身体はのしかかるゴブリンの重みに耐えきれず呆気なく地面へと崩れ落ちた。


 四天導師のローブには多くの魔術文字の刺繍が施され、騎士の鎧にも勝る強度を魔法によって付与されているし、自身の身体にもあらゆる防御魔法が幾重にも重ね掛けされていて、普通の刃物はもちろんのこと、伝説級の武器による衝撃すらも受け付けることなく弾き返してしまうはずであった。


 それなのにローブが、身体が、何の手入れもされていない貧相なナイフによってズタズタに引き裂かれていく。


 必死の抵抗も虚しく、ソアラの身体はゴブリンによって弄ばれていった。


「い、痛い……。助けて、誰か……」


 助けを求める声を上げるが、ゴブリンの刃に毒が塗られてあったのか全身の神経が冒されて思うように声が出ない。


 周囲にいた仲間たちに視線を向けると、途端にソアラの意識は絶望の淵へと叩き落とされた。


「ぐあああああああぁぁぁぁっっ!!!!」


 じゅぅぅ……という肉を焼き切るような音と共に、ブラストは悲鳴を上げた。


 森のエルフのように美しく整っていた顔に、スライムが纏わり付いて見るも無残なほどに皮膚や髪、目も焼けただれいき、鼻をつくような異臭を放っている。


 ブラストは苦しみ足掻くように両手で頭にへばり付いたモンスターを払いのけようとするが、スライムに触れた手も骨だけを残し溶かされてしまった。


 そしてブラストの身体は次々と纏わりついていくスライムの群によって飲み込まれて、悲鳴すらも上げることも出来なくなった。


「い、嫌ぁぁぁっっ!やめて、お願いだからやめてぇっ!」


 マライアはローブの前をザックリと切り裂かれた姿で、流れるような美しい金髪をゴブリンの醜い手で掴まれて地面を引き摺られており、膨大な魔力を秘めた両目はナイフで抉られて血が止めどなく流れていた。


 そしてゴブリン達はマライアの身体を近くの大木の幹にナイフで磔にして弓の的にして遊び始め、マライアの胸にゴブリンが放った矢が大量につき刺さり、彼女の口からゴボゴボと血溜まりが溢れ返る。


 すぐ側ではアルバの首が斧によって切断され、鞠投げの球としてゴブリンは仲間で放り投げ合っては弄ばれ、そして彼の巨躯はゴブリンのナイフによって内臓が引き出された後、もそもそと這い寄るスライムの群によって次々と溶かされていく。


「姫……、早く、逃げ……」


 ソアラの最期の力を振りしぼって、クリスタに声を発するがゴブリンに頭を地面に何度も叩きつけられて聞こえなくなった。


「あ、ああ……」


 クリスタは目の前に繰り広げられる悪夢のような狂宴に自我が崩壊しつつあり、もはや神に祈りを捧げることも出来ず、力なく地面てへたって配下が凌辱されいくのを大人しく見ている他なかった。


 一通り魔導師を辱めたゴブリン達は、動かなくなった人間の身体を弄ぶことに飽きてしまい、標的をまだ動いているクリスタに定めて下卑た笑いを浮かべた。


「こ、来ないで……」


 絶望に歪んだクリスタの声に、ゴブリン達は興奮しきった面持ちで彼女に食らいつこうとしてした。


 そんな時だ。


 ズドン、という轟音と共に大きな衝撃が地面を揺らす。


 土煙が立ち上る中、クリスタの前には貧相な装備で身を包んだ小さくてあどけない背丈で、マントをなびかせながら立っている少女の姿を見た。


 少女は目の前で繰り広げられているモンスター達の狂宴を心に留めず、ふんと鼻を軽く鳴らすと落ち着いた素振りで腰の袋の口を解いてモンスター達に向かいこう言い放った。


退(しりぞ)け! 森の子らよ!』


 その言葉に森は一瞬静まり返る中、クリスタの目の前にはぷ〜んと気の抜けたような音を放ちながら一匹の蚊が飛んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ