公演前夜
三週間は慌ただしく過ぎた。
カミュはロランとカイザスを引き合わせ、工房では騎士隊の使う武具づくりが始まった。
クリフは緑光石を採取する為、里帰りを兼ねてクリストフとタチアナを連れコリーデ村へ一度帰った。
騎士隊の隊長の話は受ける事にした。
鎧の熊はやはり帝国が作った物だった。前線に送った鎧を見てもらうと、目撃した者が多数いたのだ。
まだ数は少ない様だが、突進力は凄まじく防衛線を破られ結構な被害が出たらしい。
熊の部隊を帝国が採用するかは分からないが、あれだけでは無く他にも実験的な兵種を作っている筈だとロランは言う。
その中で有望なものがあれば、採用され正規化される。
そうなれば帝国は一気に攻勢をかけて来る。ロランはそう語った。
その時にはきっと黒鋼騎士団も動いてくるはずだとカミュは思った。
あいつ等が通った後は焼け野原しか残らない。それだけは阻止しなければ……。
芝居の方も各自、自分の仕事をこなしながら空き時間を使い本を読み込み稽古を続けた。
劇場も完成し、いよいよ初公演の前日と相成った。
今日は最後の通し稽古が行われている。
ウォードと二人、衣装を着たまま舞台を眺めた。
「いよいよ明日ね」
「この三週間は大変だったわ。でもこれで一息付けそう」
「カミュ。この公演が終わったら、すぐ騎士隊に行くの?」
「うん。そのつもり」
彼女には子爵領で、新設される騎士隊に入る事は伝えていた。
ウォードが心配そうにカミュを見つめた。
「すぐ前線に行くの?」
「いいえ、暫くはミダスで訓練する予定。でも皆、新兵ってわけじゃないから長い期間じゃ無いと思う」
「そう……いい、ここの責任者は貴女なんだから、絶対死んじゃ駄目よ」
「……分かった」
「そろそろ出番だから行くわ」
ウォードを見送り舞台に目をやる。場面は丁度一騎打ちの場面だ。
リンデとビクトルが、カミュ達が作った殺陣を演じている。
最初はどうなる事かと思ったが、三週間で何とか形にする事が出来た。
斬られたビクトルが煙となって舞台から消える。
舞台の上では魔物の腹心役のバニスが、子供達を睨みつけている、
旅の騎士は一騎打ちで力を使い果たし、膝をついている。
キャロ役の子が魔女が与えた短剣を掲げると、バニスの体から煙が上がり膝を突く。
「退魔の短剣か!? 厄介な物を!!」
腹心役のバニスが苦々しそうにボスである魔物の名を叫んだ。
「ラーシャ様!! ラーシャ様!!」
それに合わせて、毒々しい色の衣装を着たウォードが舞台の上から宙を舞い現れた。
魔物と対峙するのは子供達だけだ。
キャロ役の子が短剣を掲げるが、ウォードは鞭で短剣を奪い取りそれを飲み込んだ。
「こんな弱い魔法など我には利かぬ」
魔物の力に怖気づく子供達の中から、ベス役のミリィが前に出て叫ぶ。
「パパとママを返して!!」
「一体どいつの事だ? まあ分かった所で既に我の腹の中だ。返す事は出来んがな」
客席で腕組みをして、舞台を観ていたヒューゴが満足気に頷いている。
舞台では子供達に向けて魔物が鞭を振るった。
次々と吹き飛ばされる子供達。
「流石、ラーシャ様」
「食いではなさそうだが、肉は柔らかそうだ」
魔物はそう言うと子供の一人に近づこうとした。
その中の一人、トマス役の子の服の下に光が漏れる。
トマス役の子が懐に手を入れ取り出したのは森の魔女が与えた水晶球だった。
「なんだ、その光は!?」
魔物達は水晶玉の光を恐れている。
彼は他の子供達と頷き合い、魔物に向けて光る水晶球を放り投げた。
舞台に光が溢れカミュの目を焼いた。
「ぎゃああああ!!!」
光が収まった後、魔物の姿は消え残ったのは、旅をしてきた子供達と魔物の服の中で眠る数人の赤ん坊だった。
「魔物は?」
「消えちゃったの? この子達は?」
「魔女があの水晶玉をくれた時言ってただろ。水晶球は願いを叶える魔力を持ってるけど、必ずしも思い通りになる訳じゃないって」
子供達は赤ん坊を抱き上げる。
「あれ、この子、手のひらにほくろがある。パパと一緒だ」
「ホントか? そういえばなんとなく、こいつはウチのお袋に似てるな」
「皆、赤ん坊になっちゃったの?」
「そうみたいだな」
「どうするの?」
その問いかけにトマス役の子が、赤ん坊を高く掲げて言う。
「育てるしかないだろ。俺達ならやれるさ。旅を乗り越えた俺達なら」
「そうだね。旅の間に知り合った人達にも相談してみようよ」
「ああ、俺達は一人じゃない。皆で力を合わせれば何だってできるさ」
最後の場面はセリフは無く村に戻った子供達が道中で知り合った人々に力を借りながら、赤ん坊と暮らしている場面が描かれ幕は閉じた。
「ふむ、いいだろう。もう少し手を入れたいが致し方ない。明日はこれで行こう」
「月夜さんの破裂竹を流用した演出も旨く行ったわね」
「ああ、これだけ派手な演出は王都でも無いだろう。奇術と忍術の組み合わせは上手くいったな」
二人が話していると、舞台を降りた演者達が集まってきた。
「ヒューゴ、来ると分かっていても目が痛いわ」
「そうだぜ。おっさん。もう少し光を弱く出来ないのかよ」
「おっさんは止めろと言っているだろう……ふむ、だがあまり弱めると迫力がなぁ」
その言葉を聞いて、演者と一緒にいたフクロウが口を開いた。
「アルバ、光を弱めた場合、魔物が消えるマジックは成立するか?」
「大丈夫だと思います。でも大分弱くしたんですが……まだまぶしいですか?」
「アルバ姉ちゃん。俺達の目の前で光ってるんだぜ。まぶしいに決まってるだろ」
「月夜さんと相談してみましょう」
「取り敢えず、明日はこのまま行く、公演を続ける間に改良していこう」
「ホントかよぉ……」
通し稽古も終わり、人が居なくなった劇場でカミュはひとり客席に座っていた。
「ここに居たのでござるか?」
「雪丸さん……」
「明日は初公演でござるな」
「そうね」
「初公演が終われば、騎士隊に入隊でござるな」
「雪丸さん、本当についてくるの?」
「当然でござる。恩を返さねば気持ちよく国に帰れんでござるよ」
「戦争に行くのよ?」
「元来、侍の居場所は戦場と決まっているでござる」
「頑固な人ね」
カミュは雪丸にも自分の目的を話し騎士隊に入る事を告げた。
雪丸は自分もついて行くと言い出し、カミュがそれを渋ると、ロランに直談判して入隊を取り付けていた。
彼はおそらくロランが断っても傭兵として従軍していただろう。
月夜はついて来たがったが、雪丸はそれを許さず彼女はミダスに残る事になった。
彼女が素直に引き下がった事がカミュには少し気がかりだったが、義理とはいえ兄である雪丸の言葉に逆らう事は無いだろう。
「そろそろ夕食の時間でござる。カミュ殿まいろうか?」
「そうね。お腹空いちゃった。今日は何かな?」
「ロンゾ殿はオムレツと申していたでござる」
「オムレツかぁ。それは楽しみ」
二人は劇場を出て夕食の待つ食堂へ向かった。




