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剣の娘  作者: 田中
第六章 貴族の誇り
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束の間の休息

地図を追加しました。

 カミュが孤児院へ向かっていた頃、ミダスの城の謁見室では、メンデルが兵に連れられロランの前に立っていた。

 ロランの横にはカブラスが立ち、リカルドや重臣が謁見室の脇を固めている。

 皆、一様に厳しい顔つきをして、メンデルを見ていた。


 後ろ手に枷を嵌められ、ロランの前に引き出されたメンデルは、ロランを睨みつけた。


「ロラン、これが叔父である儂に対する扱いか!? この手かせを外せ!!」

「叔父上、残念ながらそれは出来ません。叔父上には王国に対する背信の嫌疑が掛けられています」

「それがどうしたと言うのだ。十年も帝国に対して何の策も打てないような国など、見限られても仕方あるまい」


 ロランは深くため息を吐いた。


「それは本当に叔父上自身の考えですか?」

「何だと!? どういう意味だ!」

「誰かにそう吹き込まれたのでは無いのですか?」


 ロランの言葉にメンデルは悔し気に口を噤んだ。


「父から叔父上は、流されやすい所があると聞き及んでおります。誰かが叔父上にオーバルを見限れと、耳打ちしたのでは無いのですか? 例えばカールフェルト侯爵様とか?」


「違う! 儂は侯爵様に言われてやったのでは無い! あくまで儂の意思で動いていたのだ!」

「そう思わされていたのでは?」


 ロランの言葉でメンデルは子爵領を手に入れ、豊かな暮らしを手に入れる事が、自身の考えだったのか分からなくなってきていた。


 男爵領を父から受け継いだ時は、理想に燃えていたように思う。

 しかし兄が治める子爵領が発展するにつれ、自領との差を見て、己の才能に限界を感じていた。

 それが顕著になったのは、兄が死に、ロランが子爵領を引き継いでからだ。


 そんな時、夜会で会った侯爵に言われたのだ。


「ミダスを治めているいるのは、年端もゆかぬ子供と聞いているが本当かね。本来なら君が後見人となって、若い子爵に変わりミダスを治めるのが通例だと思うがね」


 侯爵の言葉は夜会の後もメンデルの中で燻り続けた。

 それは勢いを増し、メンデル自身でも消せない炎となった。


 メンデルは段々と男爵領が貧しいのは自分の所為ではなく、土地が悪いのだと思うようになった。

 海に面したミダスは、交易により発展した。

 立地さえよければ自分も領地を発展させ、より良い暮らしを民に提供出来る。

 そうだ。子爵領を継いだのが、兄ではなく自分ならば今頃、ミダスという豊かな地は自分の物だった。


 メンデルは子爵領に対抗しようと、税率を引き上げそれを領内の改革に使った。

 しかし、資金は汚職によって目減りし効果は上がらず、いたずらに民を苦しめる事になった。


 何かと気の利いたダグエルを引き立てたのは、そんな頃だった。

 ダグエルはメンデルの傷ついた自尊心を癒した。

 彼は政策が上手くいかないのはメンデルの所為ではなく、民の働きが悪いからだと言った。


 無知な民には男爵様の様な、優秀な貴族の英知を持って道を示すべきなのです。

 ダグエルの言葉は甘く、布に零したワインのようにメンデルの心を染めた。


 税金の事に苦言を呈するエンデや、側近を遠ざけるよう進言したのも、ダグエルやその派閥の官だった。

 自分を責める言葉を聞きたくなかったメンデルは、進言を受けてエンデを他領へ向かわせ、側近たちは罷免した。


 彼の周りは、耳心地の良い言葉を囀る者しかいなくなった。

 金が足りなくなれば、新たな税を作り民から取り立てた。

 臣下を労うべきだと言われれば、金を使い盛大なパーティを催した。

 パーティに出席した者達は挙ってメンデルを褒めた。


 臣下の称賛はメンデルを飲み込み、金遣いはさらに荒くなっていった。

 その陰で民が飢えに苦しんでいるとは、ひとかけらも考えなかった。

 それを言う者は、彼の周りには誰もいなくなっていたからだ。


 そんな時、侯爵から密書が届いた。

 要約すると以下の様な事が書かれていた。



 ミダスでは、何やら新しい武器が開発されたらしい、だが子爵は量産には二の足を踏んでいる。

 それを手に入れ量産出来れば陛下もきっとお喜びになる。

 メンデル殿が事を成せば、民衆からも英雄として褒め称えられるだろう。


 無論、儂も手を貸そう。

 王国貴族として共に国を守ろうではないか。



 英雄という響きに舞い上がり、密書の内容が王への不信を訴える物に変わり、侯爵が王を討つため帝国と密通している事を告げられてもメンデルは気にしなかった。


 彼は認められたかったのだ。

 初めは臣下に、次は侯爵に、最終的にはそれが帝国に変わっていった。


 子爵領さえ手に入れば、全てが上手く行き自分は認められる。

 何時しかその事しか考えなくなった。




「叔父上、聞いておりますか? 来年の種まで奪って、一体民はどうやって暮らしを立ててゆけばよいのですか?」

「お前が儂にミダスを明け渡せば、全てうまくいったのだ! 金があれば人などいくらでも呼び込める!!」


「…………分かりました。叔父上には男爵領で新しい村の開拓をして頂きます」

「何!? 儂に農民の真似事をせよと言うのか!?」


「民の暮らしを知り、苦労を知るには良い経験となるでしょう。指導には付近の領民に当たってもらいます」

「本気か、ロラン!?」

「はい。……そうですね、叔父上もお一人では何かと不便でしょうから、従軍して来た側近たちも一緒に行ってもらいましょう」


「あやつらが一体何の役に立つ!」

「話は終わりです。連れていけ」

「ハッ!」

「ロラン、待て!! 考え直せ!!」


 兵に引き立てられ、メンデルは謁見室から退出させられた。

 彼はロランに最後まで、考え直すよう叫んでいたが、ロランがメンデルに目を向けることは無かった。


「叔父上は、考えを改めてくれなかったな……」


「カブラス」

「はい、ロラン様」

「エンデに連絡して侯爵とのつながりを調べるよう言ってくれ。諜報部もそれに協力するよう手配しろ」

「承知しました」


「ブルノ」

「はい、子爵様」


 紫のローブを来た髯を蓄えた白髪交じりの男が答える。


「男爵領の領民への食糧支援だが、どうなっている?」

「現在は子爵領の備蓄を使っておりますが、領全体に行き届かせるにはとても足りません」


「ふむ、余剰金を使って領内の商人から買っても構わん。ただし市場が高騰しない様、分散して買い集めろ。南のベルゲン辺境伯領では小麦が豊作のようだ。そちらから小麦は買い付けよ。ベルゲン辺境伯には私から手紙をしたためておく」


「畏まりました。しかし子爵領のみでは、それでも全てを賄うのは難しいと考えますが…」


「叔父上の軍の馬車には、美術品や装飾品の類が載った物があったな。全て売り払い食料の買い付けに使え。カブラス、エンデにその旨を伝えてくれ。品物の目録と売却金額、使用金額も計上し、書類にまとめてそれも送れ。あとはそうだな……心苦しいがリトホルム伯爵にもご助力願おう」


「畏まりました」


 ロランは黒い軍服を着た金髪の男に目をやった。

 強面で服の上からでも、男の体が鍛え上げられているのが分かる。


「ロックフォール」

「ハッ!」

「男爵領の治安維持のため送った兵はどうしている?」

「二千名ほど派遣しましたが、手が足りていません」


「そうか……ロディア近郊でレオンという男を探せ、濃い金髪の若い男だ。身を隠すと言っていたが、私の名前を出せば協力してくれるかもしれん。あとは領民から有志を募って自警団を組織しろ。そちらはエンデがすでに手を打っているかもしれんがな」

「了解しました」


 ロランは謁見室を見渡した。


「ふむ、取り敢えずこんな所か。皆も気づいた事があれば言ってほしい。では仕事に戻ってくれ」

「ハッ!」


 ロランは席を立ち謁見室を後にした。


 執務室に戻ったロランは、ジョアンナがいれていくれたお茶を飲み、ふうと息をついた。


「お疲れのようですね」

「だがこれで一息つけそうだ。エンデはうまくやってくれるだろう」

「そうですか。それはよろしゅうございました」


「リンデはどうしている?」

「見張りの話では、真面目に働いているようです」

「そうか。あのリンデがな。何か心境の変化でもあったのか?」

「それが……」


 ジョアンナは言うべきか迷うように視線を伏せた。


「なんだ、問題でもあるのか? 真面目に働いているのだろう?」

「孤児院を手伝っているシスターに、一目惚れしたそうです」

「何だと!? そのシスターは無事なのか!?」


 ロランは男爵領で見聞きしたリンデの行いから、シスターの身に害が及んだのではと危惧した。

 それにジョアンナは笑みを浮かべ答えた。


「ご安心下さい。ウォードさんの部下が、目を光らせているので何の問題も起こしていません」

「そうか、良かった。これで教会と揉めたとなれば、また一つ頭の痛い問題が増えるところだった。リンデも男爵領が落ち着いたら、領民に詫びを入れさせに行かせるか」


 ジョアンナは表情を引き締めてロランを見た。


「リンデ様は領民の女性に対して、大層無体な事をなさっていたとか。会いたくない者も多いでしょう。謝罪の方法も慎重に選ぶべきだと思います」

「……そうだな。よく言ってくれた。そこまで気が回っていなかった」

「いえ、これも臣下の務めですので」


 ジョアンナは一礼して執務室を退出した。

 ロランはお茶を口に運び、椅子に深く腰掛け、カップをソーサーに戻しこれからの事を考えた。


 当面は侯爵をどうするかだが、彼は国の重鎮で軍事方面での発言力は弱まったとはいえ、まだまだ影響力は大きい。

 有力貴族でも彼に味方する者は多いだろう。

 叔父との書簡を持ち出しても、家臣の誰かの首が飛ぶだけなのは目に見えている。


「さて、どう攻めるか……」


 ロランはいつの間にか眠っていた。

 お茶を下げに来たジョアンナは、起こさないように様にそっと彼にブランケットを掛けた。

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