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剣の娘  作者: 田中
第六章 貴族の誇り
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出立

 マクファラン邸の前に止まった馬車から降りたリンデは、何も言わず作業に戻って行った。

 カミュはその後ろ姿を見送り、食事の準備をしていたウォードに声を掛けた。

 マクファラン邸では、一般人の大工は通いだが、ジャッカルのメンバーと孤児たちは大型の天幕に用意された簡易寝台で寝泊まりしている。

 孤児院の設備が整えば、徐々にそちらに移行していく予定だ。


「ウォード、ちょっといいかしら?」

「なぁに、カミュ?」

「二人だけで話をしたいんだけど……」

「分かったわ。私の天幕で話しましょう」


 カミュはウォードに連れられて、彼女の天幕に入った。

 一人用の天幕の中にはベッドと、小さなテーブルが一つ、椅子が二脚据えられていた。


「一応、女って事で気を遣ってくれたみたい。個室って訳ね。それで何の話?」

「リンデなんだけど、抜け出したりしない様、注意していて欲しいの」

「……子爵様の所で何かあったの?」


「……彼の父親、男爵が兵を率いて子爵領を目指してる。子爵様は領兵で対応するみたい」

「それは…、戦争って事?」

「そうなると思う。子爵様は男爵を殺すってリンデに言ったわ。彼は私に男爵を助けて欲しいって頼んできた」

「なんて答えたの?」


「……それは出来ないって……」

「そう…」


 二人の間に沈黙が流れた。

 暫くしてウォードが口を開いた。


「貴女はどうしたいの?」

「私? 私は……」

「迷ってるんでしょ。顔にそう書いてあるわよ」


 カミュはウォードの言葉にハッとしたように顔を上げた。

 確かにカミュは迷っていた。


 人は死んだら戻ってこない。反省する事も後悔する事もなく、この世から消えてしまう。

 果たして、それでいいのか?


「私はメンデル男爵の街にも旅芸人として行ったことがある。確かに酷い所だった。彼は領民に対して罪を償うべきだと思うわ。でも死んで終わりじゃ軽すぎない?」

「ウォード……」

「自分がどんな事をしてきたか、知らないまま死ぬなんて楽すぎると私は思う。人から搾取して生きてきた人間は、搾取される事がどんな事か知るべきよ……ごめんなさい。私情が入っちゃったわね」


 カミュはウォードから聞いた生活の事を思い出した。

 高利貸しからの借金で苦しい生活の末、それがもとで彼女は母を失い、自身も旅芸人の一座に売られた。

 男爵領の人々の生活に、彼女は自分を重ねて見てしまったのだろう。


 カミュはウォードの言葉で、男爵が自分がしてきた事が当然だと思ったまま死ぬことが許せない気がしてきた。

 飢えたことも無く、命令一つで人々に苦役を強いた男。

 それが首を落とされる事で一瞬で終わり解放される。


 それで終わりなんて、確かに軽い。


「カミュ、私からもお願いするわ。男爵を助けてくれない? リンデとは理由は違うでしょうけど」

「でも、どうやって……」

「そうね。無駄に人が死ぬ事はないわ。決闘なんてどう?」

「決闘?」


「そう、騎士同士が名誉を賭けて戦うの。昔、王都の兵舎で公演した時に見たことがあるわ。その時はどちらかが侮辱されたか何かで、戦う事になったみたいだけど」

「それで決闘の相手を倒せば、男爵の命を奪わなくてすむ?」

「さあ? それは貴女の話の持って行き方次第じゃない。子爵様は結構話せる相手なんでしょ?」


 カミュはロランの言葉を思い出す。

 彼の話によれば、銃士隊の持つ銃は男爵の物より性能が上だ。

 それはきっと、戦闘等というものでは無く、虐殺と呼ぶものになる。

 兵隊にも家族がいるはずだ。それが一瞬で終わる。

 そんな事はロランも望んでいない筈だ。


「分かった。一晩考えて子爵様と話してみる」

「フフっ、ようやく調子が戻って来たみたいね。貴女はそういう顔をしている方が似合ってるわ」

「ウォード、ありがとう」

「リンデの事は任せて頂戴」

「ええ、お願いします」


 カミュはウォードに暇を告げ、彼女の天幕を後にした。

 貧民街を抜け、三番街のステラに着くまで彼女は考え続けた。

 どうすれば、戦争ではなく決闘という形に持ってゆけるかを。

 彼女の様子を、カイルや雪丸は心配したが、その声もカミュには届いていないようだった。

 そして夜が明けた。


「城に行ってくる」


 心配そうなカイル達にそう告げて、カミュは城へ足を向けた。

 いつもの衛兵にロランに会いたい旨を伝え、通された応接室でロランを待った。

 ジョアンナが淹れてくれたお茶を飲む。

 ポットのお茶が冷めきり、ジョアンナが再度淹れなおそうとする頃、疲れた顔でロランが応接室に入って来た。


「カミュ、待たせたな」

「子爵様、お疲れみたいですね」

「うむ、叔父の件で落ち着かなくてな。して何用か?」

「はい、男爵の討伐隊に私も加えて欲しいのです」


「何? 何故だ? 討伐は銃を使ったものになる。おそらく剣士の出番はないぞ」

「そのことなのですが、子爵様は討伐がどのようなものになるとお考えですか?」

「……一方的なものになるだろう。あれを使えば、叔父の兵が銃を使う前に全滅させることも可能だ」

「子爵様はそれをお望みですか?」


 ロランは顔をゆがめた。

 彼にもそれが、虐殺に他ならない事に気付いているのだろう。


「しかし、こちらに被害を出さず、叔父を止めるにはそれしかあるまい」

「私に策がございます。お聞きになりますか?」


 ロランはカミュを見つめた。

 カミュの銀の瞳はロランの青い目を真っすぐ見返した。


「……聞こう」

「……まず初めに、こちらの銃の威力を向こうに見せつけます」

「どういうことだ?」


「男爵は子爵様が操られていると思っています。銃の事も知らないでしょう。そこを銃で一撃すれば、大きな衝撃を与えられる筈です」

「それで?」

「そのうえで決闘を申し込むのです」

「決闘だと!?」


 カミュはロランの落ち着くのを待って再度口を開いた。


「こちらの銃は飛距離が男爵の物より上とお聞きしました」

「それは確かだ。リンデの銃やハミルトン商会から押収した物を開発した者に見てもらった。火薬の品質や弾の形状、銃の構造から考えるに性能面での優位は確実とお墨付きをもらった」

「彼らが考えるよりはるか遠くから銃で撃たれれば、男爵のみならず兵にも動揺が走りましょう」


「うむ。それはそうであろうな」

「そこで、無駄な犠牲を減らすためと一対一の決闘で決着をつける事を提示すれば、男爵は受けざるを得ない筈です。撃ち合いになれば自分の命も危ない訳ですから」

「確かにな。ふむ……それなら叔父の兵の犠牲も減らせるか……いい案かもしれん。抑え込もうとすれば自暴自棄になって叔父は突撃を命じるかもしれんしな」

「はい」


「早速、配下の腕の立つ者を従軍させるとしよう」

「お待ちください。決闘は私にやらせてもらえないでしょうか?」

「駄目だ。一領民であるそちにそこまで甘える訳にはいかん」

「この策は私が言い出した事です。最後まで責任を持ちたいのです。お願いします」


 ロランは腕を組み考えている。


「そちがそこまでする理由はなんだ?」

「理由……ですか……私は戦争で大事な人達を沢山失いました。男爵の兵にも家族がいて、恋人がいて、命令で仕方なく従軍している人もいるでしょう。命は失えば戻ってこないのです」

「……よかろう。しかしお主が負ければ銃士隊で対応する。卑怯と謗られようとも、領民を叔父にゆだねる事は出来ん……カミュ、必ず勝て」


「承知しました……子爵様、決闘を制した際にはお願いがございます」

「なんだ?」

「男爵の命を私に預けて欲しいのです」

「何故だ。叔父ついてはそちもいい感情を持っていないだろう」


「はい、ですが彼には自分が行ってきた事を理解して欲しいのです。飢えと貧困がどのようなものか知らず、彼が死ぬ事を私は許せないのです」

「叔父にも、フクロウやリンデのように生きて償えというのか?」

「分かりません。でも死んで終わりでは、軽すぎる気がするのです」

「……分かった。そちが勝てば望み通りにしよう」


 ロランは兵の出発は明後日の朝東門からだとカミュに告げ、応接室を後にした。

 カミュは城を出てステラに向かった。


 次の日、雪丸に軍に従軍する事を話した。

 彼は自分もついて行くと言ったが、カミュはこれは一人でやりたいと彼を説得した。


 雪丸は納得していない様子だったが、カミュの決意が固い事を感じとり、それ以上何も言わなかった。

 ただ、お守りだと小さな袋をカミュの手に握らせる。

 聞けば、奥さんにもらった物だと言う。


「小夜にもらった鹿島の神様のお守りでござる。貸すだけでござる。必ず返してくだされ」

「分かったわ。ありがとう」


 クリフや街の人たちにも少しの間、街を離れると話し、詳しい事は話さなかった。

 ウォードだけは彼女を抱きしめ、上手くやりなさいと耳元で囁いた。

 リンデとはあれから口を利いていない。どうもカミュの事を避けているようだ。


 カイルには、しばらく街を離れるとだけ告げた。

 カイルは何も言わなかった。

 その夜のメニューはきのこのオムレツだった。


 出立までの間、カミュはこれでよかったのか考え続けた。

 出立の朝、クリフの作ってくれた防具を身につける。

 鎖帷子に籠手、脛あて、胴鎧、頭は兜ではなく、視界を阻害しないように額当てにしてもらった。

 鎧を身につけしばらくすると、ハロルドがオニキスを連れてステラを訪れた。


「子爵様よりご伝言です。オニキスは我が家の至宝だ。傷一つ付けず返せとのことです。兵は街の東門に集結しております。ご武運を」

「必ずお返ししますと子爵様にお伝えください……オニキスよろしくね」


 オニキスは、鎧をきたカミュに顔を寄せる。

 その顔を優しく撫で、カミュはオニキスに跨った。


「カミュ殿、必ず帰ってくるでござるよ」

「カミュ、飯作って待ってるからな」

「うん、じゃあ行ってきます」


 カミュはオニキスを走らせ東門へ向かった。

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