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剣の娘  作者: 田中
第六章 貴族の誇り
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行動開始

 夕方、マイクが厩から帰って来た。

 彼には馬車にフクロウの道具を取りに行くという建前で、諜報部に現在の部屋の場所を知らせて貰った。

 厩ではリンデがオニキスに乗ろうとして、振り落とされたようで騒ぎになっていた。

 憤慨しオニキスを殺そうとするリンデ達を、マイクがアドリブを利かせ、今後、子爵家乗っ取りの計画に必要なのでと宥める事で事無きを得たようだ。


「焦りましたよ。二頭とも子爵家自慢の名馬ですからね。特にオニキスは頭もいいし」

「マイク、良くやってくれた」


 マイクの働きをロランが労う。

 カミュは感じた疑問を口にした。


「男爵家にも馬はいるでしょう。なんで慣れないオニキスに乗ろうとしたのかしら?」


 それにはマイクが答えた。


「厩にはあまり良い馬はいない様でした。彼らが去った後、馬丁に聞いたのですが、リンデは馬で近隣の村を巡るのを日課にしているようです。オニキスは見るからに駿馬ですからね。足を延ばすには丁度いいと考えたんじゃないでしょうか?」

「新規開拓という訳か。来る時にも言ったが、近く村の娘は殆どが奴の被害に遭っているからな。……アルバを置いて来て良かった」


 フクロウがポツリと本音を漏らす。


「アルバさん、綺麗だもんな」

「フフフ、そうだろう。アイツは子供の頃から整った顔立ちだった。成長すれば美女になるとは思っていたんだ。……デイブ、この話はアルバにするなよ」

「どうして? 褒めるのは悪いことじゃないだろう」

「うるさい! どうしてもだ!」


 デイブとフクロウのやり取りを横目に、ロランはマイクに尋ねた。


「オニキスに怪我は無いのか?」

「はい、銃を取り出そうとしていたのを、すんでの所で止めましたから怪我をさせずに済みました」

「そうか、良かった。重ねて礼を言うぞマイク」

「子爵様もオニキスを気に入っているのですね」


 カミュの言葉にロランは頷き答えた。


「オニキスは父が私が幼い頃に買い付けてきたのだ。仔馬の時から私の乗馬の相手をしてくれた。兄弟のおらぬ私にとっては弟みたいなものだ」

「そんな大事な馬をお貸しいただけたのですか!?」

「カミュには命の借りがある。そちが馬を所望するなら、当家で一番のオニキスを貸すのが筋であろう」

「ありがとうございます…。でもなぜオニキスはリンデを嫌がったのかしら、訓練された軍馬なら誰でも乗せるはずでは?」

「オニキスは聡いからな。リンデに不快なものを感じたのだろう」

「なるほど、何にしてもオニキスが無事でよかったでござる」

「まったくです」


 雪丸の言葉にマイクも同意した。


「さて、それでマイク。諜報部には部屋の場所は伝えられたのか?」

「はい、そちらは滞りなく。彼らは厩に人の気配が絶えてから動き出すつもりの様です」

「ふむ、では我々は食事でもして待つとしようか」

「そうですね。じゃあ私が侍女に伝えてきます」

「カミュさん、大丈夫ですか?」


 カミュがそう返すと、デイブが不安そうに尋ねてきた。


「棒読みっぽく言えばいいんでしょ。まかせてよ」

「不安だなぁ。カミュさんお調子者の所があるからなぁ」

「……デイブ」


 カミュの低い声にデイブは押し黙った。

 その後、部屋を出たカミュは、先ほど案内してくれた侍女を探して、館を歩いた。

 廊下に立っていた衛兵に、侍女について尋ねると、高圧的ながらも侍女が詰めている部屋を教えてくれた。

 そちらに向かい部屋の前に立つと話し声が聞こえる。

 カミュはドアの外で耳をそばだてた。


「リンデ様は今日も村巡りかしら? 毎日よく飽きないわね」

「近隣の村じゃ、年頃の娘は殆どあの方の御手付きらしいじゃない。最近は髪を切って男のふりをさせてるみたいよ」

「今日来たフクロウ様が連れていた侍女は年嵩でよかったわね。若ければ早速お相手させられていたはずよ」

「大丈夫じゃない。あの人若い時もそんなに器量良しには見えなかったもの」

「アハハ、そうなの?」

「なんか下膨れで、口調ももごもごしていたし、あれじゃ殿方も言い寄って来ないわよ」

「それじゃ、仮に若くても、リンデ様も手は出さないか」


 笑い声が聞こえるドアの外で、下膨れも口調も変装の所為よと心の中で呟きながら、カミュはドアをノックした。

 笑い声が途絶え、はいと返事が返ってくる。

 カミュはドアをあけ部屋の中に足を進めた。


「失礼します。フクロウ様より部屋に食事を運んでほしいと言付かってまいりました。厨房にお伝え願えますか」


 カミュはなるべく感情を殺して、平坦な口調になるように努めて言った。


「承知しました。すぐお持ちするとお伝えください」

「分かりました。では失礼いたします」


 カミュが部屋を出て少しすると、侍女たちの部屋から笑い声が聞こえた。

 カミュの容姿について盛り上がっているようだ。

 完全な逆恨みだが、カミュは変装を施したデイブに怒りを覚えた。

 時を同じくして、デイブは背筋に寒気が走るのを感じていた。


 カミュが部屋に戻ってしばらくすると、侍女数名が、ワゴンに料理を乗せて部屋に運びいれた。

 後は我々がと、カミュと雪丸で給仕する旨を伝え、侍女には退出してもらう。

 料理に毒を盛られることは無いだろうが、大事を取ってデイブとマイクが初めに食べ、問題ないようなので、その後全員で食事をした。

 フクロウは、カミュが食事の介助を行った。

 メニューはメインの肉料理に加えサラダ、スープ、パンとオーソドックスな物だった。


「舌が肥えたのかな? あまり美味しくないですね」


 デイブの言葉に全員が同意した。


「カイルの料理が美味すぎるのだ。あの店の物はどれも美味であった」

「そういえば、フクロウの件で潜伏してから、食事はステラでしかとってなかったですからね」

「いろいろ旅をしてまいったが、カイル殿は拙者が知る料理人の中でも一、二を争う腕前でござる」

「確かに、王都でもあんなに美味い物は食ったことがなかったな」

「俺もです。実家は王都だけど、誕生日に親父に連れて行ってもらったレストランより美味かったです」

「城にシェフとして来てもらえんか、カイルに打診してみるか」

「子爵様、駄目です! やめて下さい!! 庶民の楽しみを奪わないで下さい!!」

「ウッ、冗談だ」


 ロランはカミュの剣幕にたじろいだ様に答えた。

 その様子にフクロウはククッと笑いを漏らす。


「なに笑ってるのフクロウ?」

「いや、お前たちの話を聞いていると、身分の差を忘れるなと思ってな」

「そう、一応敬意は払っているつもりなんだけど」

「普通、子爵に向かって面と向かって駄目です等とは言えんよ」


 フクロウの言葉に雪丸が答える。


「それはロラン様の器の大きさであろう。拙者の主も広く民の意見を聞いておった。国を良く治めるためには大事な資質でござる」

「雪丸、余り褒めるな。爺からは示しがつかんといつも小言を言われておるのだ」


 食事を終えしばらくすると、ドアがノックされた。

 カミュがドアを開けると、先ほど料理を運んでくれた侍女が一人立っていた。


「お待たせいたしました。メアリーでございます」

「エッ、メアリーさん!?」


 カミュは驚きを覚え、一瞬茫然としたが我に返り、彼女を部屋に引き入れた。

 よく見ればメアリーと分かるが、一瞬では判別できない、それほど彼女は侍女の特徴をよく捉えていた。


「どういう事なの? さっき料理を運んだのは貴女だったの?」

「いえ、彼女には倉庫で休んでもらっています。埃が積もっていたのでしばらくは見つからないでしょう」

「その侍女に化けたのでござるか? これは見事でござるな」

「カミュさんと違って、ぎこちなさが無いですね」


 デイブの一言に、カミュの視線が鋭くなる。


「まっ、まぁカミュさんは本職じゃありませんから」


 デイブはワタワタと取り繕うように言葉を紡いだ。


「して、そち達はどう動いておる。フクロウから聞いた場所に執務室はあったか?」

「はい、隊長とハンスは兵士として館を探っております。執務室の場所は変わりないようです。私は侍女に入れ替わり連絡役を命じられました」

「警備の状況はどうだ?」

「執務室は現在無人です。男爵は寝室で休んでいます。しかし廊下は衛兵が二人一組で複数巡回しておりますので、発見されずに侵入するのは難しいかと」

「巡回時間はどうなっておる。深夜ともなれば人も減るのではないか?」

「ハンスが詰め所で仕入れた情報ですと、持ち回りで動いているようで人数に変わりはなさそうです」


 カミュは室内を見回し口を開いた。


「メアリーさん、変装は隊長さん達も得意なの?」

「はい、我々はそのための訓練をしておりますので、パッと見分からない程度までなら似せることが出来ます」

「侍女を隠した倉庫はどこにあるの?」

「倉庫ですか? 一階の北の端です。あまり使われていないようだったので拝借しました」

「確か執務室も一階だったわよね」

「はい、その通りですが……」

「よしッ! 隊長さんとハンスさんに衛兵になってもらいましょう」

「どうやってですか? 仮に衛兵を倒して入れ替わるとしても、大人の男二人を運んでいれば必ず見つかりますよ」

「これを使うのよ」


 カミュは料理を運んできたワゴンを軽くたたいた。

 大型で頑丈そうなワゴンは、六人分の食事を運ぶため二台部屋に持ち込まれていた。


「これを使えば人、一人ぐらい運べるわ。丁度二つあるし、おあつらえ向きね。シーツでもかければバレないでしょ」

「ですが、武装した相手をそんな簡単に倒せないのでは…」

「カミュさんなら大丈夫ですよ」


 不安を口にするメアリーにデイブが太鼓判を押す。


「衛兵を倉庫に運び込んだら、隊長さん達に連絡をとって入れ替わってもらいましょう。その後、私とマイクで執務室に潜り込む。巡回のメンバーの中に一組、仲間がいればそのぐらいの時間は稼げるはず」

「ふむ、しかし侍女一人ぐらいなら誤魔化せても、衛兵まで巻き込めばあまり長くこの城にはいられんな」

「そうですね。計画とは外れますがなるべく早く出られるよう、今夜中には決めてしまいたいですね」

「まあ、元々長居するつもりは無かったんですから概ね計画通りですよ」


 デイブの言葉を受けて、カミュは手をパンとあわせていった。


「さぁ、やりましょうか」


 カミュはワゴンに乗った食器を片付け、寝室のシーツをワゴンに賭けた。


「さて、メアリーさんいきましょ」

「私も同行するんですか?」

「一人で二つ押していくのは目立ちそうだし、侍女がワゴンを押していても不自然じゃないでしょう」

「分かりました」

「子爵様、行ってまいります」

「気をつけてな」


 カミュはメアリーと共に、ワゴンを押して部屋を出た。


「せっかちな娘だな」


 フクロウの言葉にデイブも頷く。


「カミュさん、決めたら突っ走ってしまうんですよね」

「なんというか、直感と閃きで行動している節はあるでござるな」

「ここは敵地だ。悩んで行動できなくなるよりはマシだ。何か問題が起こればその時考えれば良い。我々はカミュたちが戻った後の動きについて打ち合わせをしよう」


 子爵の言葉にそれぞれが意見を出し合った。


 カミュはメアリーの案内で廊下を進んでいく。

 途中、衛兵と何度かすれ違う。幾度目かでカミュが探していた者たちを見つけた。


「あの、少しお話をお聞きしたいのですが?」

「侍女が何の用だ。うん?お前、ウチの人間じゃないな。たしかフクロウが連れていた侍……」


 衛兵が言い終える前に、カミュの掌底が顎を打ち抜き、衛兵は崩れ落ちた。

 衛兵は兜と鎧を身につけてはいたが、顔はむき出しだ。

 カミュはもう一人が反応する前に、同様に顎を打つ、脳が揺さぶられ、もう一人も膝をついた。


「早くワゴンにのせて。倉庫に運ぶわよ」


 呆気に取られて、見ている事しか出来なかったメアリーは、カミュの言葉で我に返った。

 二人で急いで男をワゴンに押し込み、シーツを掛けたワゴンを押して倉庫までたどりついた。


「カミュさん、お強いですね」

「ぜんぜんダメよ。やっぱりスカートは動きにくわね。それより私はここで待っているから、隊長さん達を連れてきて頂戴」

「あれでダメ……分かりました」


 メアリーが二人を呼びに行っている間に衛兵をワゴンから降ろし拘束する。

 倉庫の中は机や椅子などが置かれていた。

 厚く埃が積もっている所をみると、メアリーのいう通り長い間、誰も訪れてはいないようだ。


 床には侍女が縛られて寝かされていた。

 服を脱がされてはいたが、目立った外傷もなく気を失っているだけのようだ。

 カミュは少しホッとする。敵方とはいえ見境なく殺していけば、やがてロランの周りには誰もいなくなるような気がしたからだ。

 しばらく待つとドアが控えめにノックされた。


「誰?」

「メアリーです」


 カミュがドアを開けると、メアリーと隊長たちが素早く倉庫に滑り込んだ。


「カミュさんお待たせしました」

「ご苦労様、メアリー。隊長さん、この二人に変装してもらえる? なるべく背格好の似た人を選んだつもりなんだけど」

「確かに、これなら化けやすいでしょう。ハンス、こいつらの鎧と服を剥いで変装するぞ」

「ハッ」

「メアリーさん、侍女を殺さなかったのね」

「子爵様より無用の殺生は避けろと命じられておりますので」

「そう……」


 その後、カミュは二人が着替え変装するさまを感心しながら眺めた。

 特に特徴を捉え、顔を作っていく様子は見ていて飽きないものだった。

 衛兵の装備を身につければ、気絶している二人とよく似た衛兵二人がそこにいた。


「カミュさん、準備出来ました」

「じゃあ一度部屋に戻りましょうか」


 その後ワゴンを押して、ロランたちの待つ部屋まで移動した。

 隊長たちには少し離れて歩いて貰い、衛兵たちに気付かれる事無く部屋まで戻ることが出来た。

 カミュとメアリーが素早く部屋に入る。

 隊長たちには衛兵の動きを見て、巡回の抜けた穴に入ってもらう。

 彼らと一緒に動けば、見つからずに行動できるはずだ。


「ただいま」

「カミュ、無事だったか? して首尾はどうだ」

「隊長さん達は、衛兵にすり替わってもらいました。巡回する衛視が一組抜けたので、十五分ぐらいは見回りに空白が出来るはずです」

「マイク、十五分で鍵を開けられるか?」

「見てみないと何とも言えませんが、多分大丈夫だと思います」


 しばらく待つと、ドアがノックされた。


「子爵様、ジョンです。今なら大丈夫です」


 カミュとマイクは頷き合い、部屋を出て隊長たちと執務室に向かった。

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