子爵の策
甘い匂いがする。
カミュは夢うつつの中にいるようだった。
どこからかアルバの声がやさしく響く。
「カミュさん、聞こえますか。これから貴女にかけられた暗示を探って記憶を遡ります。まずはフクロウが突然現れた時を思い出して……」
アルバの声でカミュの意識は、ハミルトン商会の会長室を映し出す。
ラルゴの叫びで突然、フクロウが姿を現す。
「この時点ですでに暗示が掛かっています。もう少し遡りましょう」
記憶を辿っていく、ラルゴが燭台に触るなと言っている。
デイブ達が机や書棚を探っている。
ラルゴが豪華な机の向こうで、椅子に座っている。
会長室に踏み込む。
そこで眩暈を感じ、カミュは少し呻いた。
「カミュさん、何か感じましたか?」
「商会の会長室……デイブ達と部屋に入った……何か少しクラっとする……」
「あなたはその時、何か見ましたか?」
「……何も見ていない」
「よく思い出して、何か、いえ誰かを見ているはずです」
アルバの言葉で記憶を探る。
部屋に入った時、何か見た。初め、それは黒い影だった。
意識を凝らす、影が少しずつ色を帯びて来る。
燕尾服を来たフクロウの仮面の男。
男は部屋に入ったカミュたちの足元に何かを投げつける。
煙が広がった後、頭がぼんやりとして体の自由が利かなくなる。
男が近づき、口を開いた。
「皆様の目に私の姿は映りません。認識できるのは私が合図を送った時のみ、いいですか……大丈夫、なにも恐れることはありません。何故ならそれは皆様にとって、とても心地よい事なのですから……合図はこれです」
フクロウはそう言って指を鳴らした。
「心地よい響きでしょう。もう一度聞こえたら、皆様はこのことは忘れてしまいます。なにも不都合はありません。皆様にはもっと大切なことがあるはずです。ほら目覚める時間ですよ」
フクロウは指を鳴らした。
「なんだね君たちは?」
「我々は衛視隊だ。ラルゴ・ハミルトンだな。違法武器製造の疑いでこの部屋を捜査する」
フクロウは悠然と歩いて、ラルゴの横に立った。
誰もその姿に目をやる者はいない。
「カミュさん、何がみえますか?」
「フクロウが部屋にいる。でも誰も彼を見ていない」
「貴女には、もう見えるはずです。彼が何を言おうと従う必要はありません。あなたの心を縛るものなど何もないのだから。さあゆっくり目を開けて」
カミュはまどろみの中から、引き戻される。
ゆっくりと目を開く。目の前に淡いグリーンの瞳が見える。
彼女のグローブから夢の中で感じた甘い匂いがかすかに漂った。
思いのほか彼女の顔が近く、カミュの頬が赤く染まる。
「あぁ、やっぱり美しい」
アルバはカミュの瞳をみて、つぶやいた。
彼女はカミュの両頬を持っていた手を放し、立ち上がった。
「カミュさん、何が起こったか思い出されましたか?」
「ええ、会長室に入った時に暗示にかけられたのね」
「おそらく、投げられた薬品で半覚醒のような状態にされたのでしょう。薬の効果が弱いものだったので、簡単な暗示しか掛けられなかったのではないでしょうか」
「もう暗示は解けているの?」
「はい、近衛兵の方と違って、軽いものだったので解除は容易でした。残りのお二人も解いておきましょう」
アルバはそう言うとデイブに歩み寄り頬に手を当て、瞳を覗き込む。
デイブは美人に顔を寄せられて、少し戸惑っているようだ。
「フフッ、荒事に携わる衛視ですのに、可愛らしい方……心を落ち着けて、私の目を見てください」
「はっ、はい。分かりました」
アルバがデイブの目蓋をやさしくなでる。
デイブは立ったまま目を閉じて動かなくなった。
アルバはデイブの耳元に何かささやいている。
しばらく繰り返すと、デイブは目を開いた。
「思い出されましたか?」
アルバの問いかけにデイブは頷いている。
彼女は満足そうに微笑み、デイブから離れマイクに歩み寄り、同じように頬に手を当てた。
それを見てカミュはアインに声をかける。
「アイン、そろそろ解いて貰っていいかしら」
「あ? おおすまん、初めて見たんであっけにとられちまった」
アインはカミュの拘束を解いた。
次いでデイブの手錠も外す。
その間にマイクの暗示も解けたようで、彼の手錠も外した。
カミュは椅子から立ち上がり、改めてアルバに礼を言った。
「急に押しかけて、無理を言ってごめんなさい。ありがとう」
「お気になさらず、このために呼ばれたのですから」
そう言ってアルバは優しく微笑み、リカルドに声をかけ控室を出て行った。
彼女が部屋を出るのを見届けてリカルドは控室のソファーに腰かけた。
「さてアイン、何が起きたか説明してもらおうか」
「了解です。リカルド様。カミュ、お前も座ってくれ」
アインはリカルドたちの向かいに腰かける。
カミュもその隣に腰を下ろした。
デイブ達はカミュたちの後ろに立って整列した。
「リカルド様、デイブ達はハミルトン商会の武器密造について探っていました」
「銃器密造の件か」
「はい、詳しくはデイブ、お前が話せ」
デイブはアインの言葉を引き継ぎ、捜査の経緯をリカルドに語った。
経緯を聞いてリカルドが声を上げる。
「ハミルトン商会とメンデル男爵につながりが!?」
「はい、この手紙が証拠になるでしょう」
アインがリカルドに封蝋がされた手紙を渡す。
「この紋章は男爵のものだが」
リカルドは中を確認する。
「ふむ、この文字は確かに男爵の字だ。しかし、武器を手に入れて男爵はいったい何を…」
アインが考えを口にする
「考えられる線は、クーデターでしょうか」
「馬鹿な! いくら銃器が強力でも、子爵領と男爵領では戦力が違い過ぎる」
デイブが発言を求めて手を上げた。
「なんだデイブ」
リカルドがデイブを促す。
「はい、今回調査に入った倉庫、研究施設だったのですが、そこでは連発式の銃が試作されていました」
「なに!? 連発式!!」
「あの銃が実用化され量産されれば、少人数でもこの城を制圧することは可能だと考えます」
「だが、研究施設は押さえたのだろう?」
「しかし、ラルゴとフクロウは残念ながら取り逃がしました。彼らが図面を持っている可能性は否定できません」
リカルドは腕を組んで考え込んだ。
「あまりご負担はかけたくないが、子爵様にお話して、ご判断願おう。急いだほうが良さそうだ。
アイン、デイブとマイクだったか、三人は私と一緒に謁見室に来てくれ。カミュ殿もご同行願いたい」
「分かりました」
「では行こうか」
リカルドはカミュたちを連れて謁見室へ向かった。
謁見室で待っていると、ロランがカブラスを引き連れて現れた。
ロランは椅子に腰かけ、口を開いた。
「リカルド、危急の事案か?」
「はい、子爵様、まずはこちらの書状をご確認ください」
リカルドはカブラスに手紙を手渡した。
カブラスは中身を確認し、子爵に渡す。
ロランは内容を確認し、リカルド達を見回した。
「そちたちは内容については、すでに知っておるのか?」
「はっ! ここにいる者はすでに存じております」
「そうか……して状況はどうなっておる?」
ロランの問いかけに、アインとデイブは現在分かっていることを詳細に報告した。
「ふむ、カブラス、女中に動きはあったのか?」
「はい、衛視隊からの報告を受けて、故意に情報を流したところ一名、市井に下りようとしたものがおりましたので、拘束してあります」
「女中にまでスパイが潜んでいるとなると、この城も安全とは言えんな」
「いかがいたしますか?」
「身を隠す」
ロランの声にカブラスが答えた。
「では、安全な邸宅を一両日中にはご用意いたします」
「それでは遅い」
「ですが術師殿に邸宅の人間を調べてもらうにも、時間を要します」
「調べる必要のない者を使えば良い」
「……どういう事でしょうか?」
「そこの三人は、暗示はかけられておらんのだろう」
ロランの言葉にアインが口を開いた。
「先ほど、術師殿に見てもらいましたから、それは確かですが……」
「その三人と市井に身をひそめる」
「なっ! 何をおっしゃいますか!? さような事、爺は許しませんぞ!!」
「アルバ一人では、城の人間全てを調べて貰う訳にもいくまい。事が発覚したとあっては、強硬手段に出るやもしれぬ。
今宵にも我が寝所に忍び込む者がおってもおかしくない」
「しかし……」
ロランの話は理解出来るものの、カブラスは納得しかねるようだ。
「カミュならば、相手がフクロウであろうとも、対処できよう。どうだカミュ?」
「催眠の対抗策さえあれば、必ず撃退してみせますが……」
「であれば、アルバにも同行してもらうとするか」
「子爵様ぁ。どうか再考を……」
カブラスは泣きそうな顔でロランを見ている。
「駄目だ。もう決めた。そちたち、名は何と申す」
ロランがデイブ達をみて口を開いた。
「ハッ、デイブ・ウィンザーです」
「ほう、ウィンザー家の者か。あそこは学者肌の人間が多かったように思ったが」
「自分は学問より、体を動かす方が向いておりましたので、衛視に志願いたしました」
「たしかウィンザー家の三男が、家の反対を押し切って衛視になったと聞いたな。お前がそうか?」
「はい!」
「ウィンザー男爵からは中々出来が良いと聞いているぞ」
「親の欲目というやつです」
ロランはマイクに目を向けた。
マイクは慌てて答える。
「マイクです」
「先ほどの報告に有った、金庫をあけた男だな。お前の事も報告で読んだ。王都の金庫職人の息子だな」
「はい! ……あの……失礼を承知でお尋ねしますが、子爵様は我々衛視隊の事を全員お知りなのですか?」
「当然だ。配下にどのような人物がいるか知らねば、適所に配置が出来ぬではないか」
マイクはロランの言葉に目を丸くした。
子爵はカミュに目を向け言った。
「カミュ、ステラに行くぞ。今宵はあそこに泊まる。良いか?」
「子爵様、本気ですか!?」
カミュはロランの言葉に思わず声を上げた。
「私の容姿は市井には知られておらん。貴族の子弟で通せば何とでもなろう。それよりも今はこの城に留まるほうが危険だ」
「では、私もお供しましょう」
「リカルド、そちは顔も知られておるし目立ちすぎる、却下だ」
「グッ」
リカルドは悔しそうに拳を握っている。
「アイン、そちは引き続きフクロウの居場所を探れ。ハミルトン商会の息のかかった場所は特に入念に調べろ。ただし、なるべく派手に動け、フクロウを追い詰めることなく、居場所を無くすのが目的だ」
「ハッ!」
「リカルド、近衛には私の寝所を固めてもらう。私が怯えて部屋に引きこもっているよう見せたい」
「御意」
「カブラス、諜報部隊にフクロウの動きを探らせよ。アイン達が居場所をあらかた潰したところで、それとなく我々の居場所を流せ、奴をおびき寄せる。では出立の用意をいたせ、準備が出来次第、この城を出る」
「子爵様、ご自分を囮に使うなど承服できかねます」
ロランはカブラスの手を取り言った。
「先ほどの報告で、衛視隊に三名死者が出たと聞いた」
「はい」
「衛視も私の守るべき領民に変わりはない。その領民が三人も死んだのだ。私は可能性が奪われることが我慢ならん」
「可能性ですか?」
「死んだ三名が、未来にどんな働きをするかは誰にも分からん。その者が成さなくても、子や孫が大業を成すやもしれぬ」
「ロラン様、それはそうかもしれませんが……」
「爺、分かってくれ。これが一番効率が良いのだ」
カブラスはロランの手を握り返し頷いた。
「では、カミュ、デイブ、マイクよろしく頼む」
ロランはカミュたちをみて、にっこり微笑んだ。




