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剣の娘  作者: 田中
第五章 密造銃と暗殺者
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子爵の策

 甘い匂いがする。

 カミュは夢うつつの中にいるようだった。

 どこからかアルバの声がやさしく響く。


「カミュさん、聞こえますか。これから貴女にかけられた暗示を探って記憶を遡ります。まずはフクロウが突然現れた時を思い出して……」


 アルバの声でカミュの意識は、ハミルトン商会の会長室を映し出す。

 ラルゴの叫びで突然、フクロウが姿を現す。


「この時点ですでに暗示が掛かっています。もう少し遡りましょう」


 記憶を辿っていく、ラルゴが燭台に触るなと言っている。

 デイブ達が机や書棚を探っている。

 ラルゴが豪華な机の向こうで、椅子に座っている。

 会長室に踏み込む。


 そこで眩暈を感じ、カミュは少し呻いた。


「カミュさん、何か感じましたか?」

「商会の会長室……デイブ達と部屋に入った……何か少しクラっとする……」

「あなたはその時、何か見ましたか?」

「……何も見ていない」

「よく思い出して、何か、いえ誰かを見ているはずです」


 アルバの言葉で記憶を探る。

 部屋に入った時、何か見た。初め、それは黒い影だった。

 意識を凝らす、影が少しずつ色を帯びて来る。

 燕尾服を来たフクロウの仮面の男。

 男は部屋に入ったカミュたちの足元に何かを投げつける。

 煙が広がった後、頭がぼんやりとして体の自由が利かなくなる。

 男が近づき、口を開いた。


「皆様の目に私の姿は映りません。認識できるのは私が合図を送った時のみ、いいですか……大丈夫、なにも恐れることはありません。何故ならそれは皆様にとって、とても心地よい事なのですから……合図はこれです」


 フクロウはそう言って指を鳴らした。


「心地よい響きでしょう。もう一度聞こえたら、皆様はこのことは忘れてしまいます。なにも不都合はありません。皆様にはもっと大切なことがあるはずです。ほら目覚める時間ですよ」


 フクロウは指を鳴らした。


「なんだね君たちは?」

「我々は衛視隊だ。ラルゴ・ハミルトンだな。違法武器製造の疑いでこの部屋を捜査する」


 フクロウは悠然と歩いて、ラルゴの横に立った。

 誰もその姿に目をやる者はいない。


「カミュさん、何がみえますか?」

「フクロウが部屋にいる。でも誰も彼を見ていない」

「貴女には、もう見えるはずです。彼が何を言おうと従う必要はありません。あなたの心を縛るものなど何もないのだから。さあゆっくり目を開けて」


 カミュはまどろみの中から、引き戻される。

 ゆっくりと目を開く。目の前に淡いグリーンの瞳が見える。

 彼女のグローブから夢の中で感じた甘い匂いがかすかに漂った。

 思いのほか彼女の顔が近く、カミュの頬が赤く染まる。


「あぁ、やっぱり美しい」


 アルバはカミュの瞳をみて、つぶやいた。

 彼女はカミュの両頬を持っていた手を放し、立ち上がった。


「カミュさん、何が起こったか思い出されましたか?」

「ええ、会長室に入った時に暗示にかけられたのね」

「おそらく、投げられた薬品で半覚醒のような状態にされたのでしょう。薬の効果が弱いものだったので、簡単な暗示しか掛けられなかったのではないでしょうか」

「もう暗示は解けているの?」

「はい、近衛兵の方と違って、軽いものだったので解除は容易でした。残りのお二人も解いておきましょう」


 アルバはそう言うとデイブに歩み寄り頬に手を当て、瞳を覗き込む。

 デイブは美人に顔を寄せられて、少し戸惑っているようだ。


「フフッ、荒事に携わる衛視ですのに、可愛らしい方……心を落ち着けて、私の目を見てください」

「はっ、はい。分かりました」


 アルバがデイブの目蓋をやさしくなでる。

 デイブは立ったまま目を閉じて動かなくなった。

 アルバはデイブの耳元に何かささやいている。

 しばらく繰り返すと、デイブは目を開いた。


「思い出されましたか?」


 アルバの問いかけにデイブは頷いている。

 彼女は満足そうに微笑み、デイブから離れマイクに歩み寄り、同じように頬に手を当てた。

 それを見てカミュはアインに声をかける。


「アイン、そろそろ解いて貰っていいかしら」

「あ? おおすまん、初めて見たんであっけにとられちまった」


 アインはカミュの拘束を解いた。

 次いでデイブの手錠も外す。

 その間にマイクの暗示も解けたようで、彼の手錠も外した。

 カミュは椅子から立ち上がり、改めてアルバに礼を言った。


「急に押しかけて、無理を言ってごめんなさい。ありがとう」

「お気になさらず、このために呼ばれたのですから」


 そう言ってアルバは優しく微笑み、リカルドに声をかけ控室を出て行った。

 彼女が部屋を出るのを見届けてリカルドは控室のソファーに腰かけた。


「さてアイン、何が起きたか説明してもらおうか」

「了解です。リカルド様。カミュ、お前も座ってくれ」


 アインはリカルドたちの向かいに腰かける。

 カミュもその隣に腰を下ろした。

 デイブ達はカミュたちの後ろに立って整列した。


「リカルド様、デイブ達はハミルトン商会の武器密造について探っていました」

「銃器密造の件か」

「はい、詳しくはデイブ、お前が話せ」


 デイブはアインの言葉を引き継ぎ、捜査の経緯をリカルドに語った。

 経緯を聞いてリカルドが声を上げる。


「ハミルトン商会とメンデル男爵につながりが!?」

「はい、この手紙が証拠になるでしょう」


 アインがリカルドに封蝋がされた手紙を渡す。


「この紋章は男爵のものだが」


 リカルドは中を確認する。


「ふむ、この文字は確かに男爵の字だ。しかし、武器を手に入れて男爵はいったい何を…」


 アインが考えを口にする


「考えられる線は、クーデターでしょうか」

「馬鹿な! いくら銃器が強力でも、子爵領と男爵領では戦力が違い過ぎる」


 デイブが発言を求めて手を上げた。


「なんだデイブ」


 リカルドがデイブを促す。


「はい、今回調査に入った倉庫、研究施設だったのですが、そこでは連発式の銃が試作されていました」

「なに!? 連発式!!」

「あの銃が実用化され量産されれば、少人数でもこの城を制圧することは可能だと考えます」

「だが、研究施設は押さえたのだろう?」

「しかし、ラルゴとフクロウは残念ながら取り逃がしました。彼らが図面を持っている可能性は否定できません」


 リカルドは腕を組んで考え込んだ。


「あまりご負担はかけたくないが、子爵様にお話して、ご判断願おう。急いだほうが良さそうだ。

 アイン、デイブとマイクだったか、三人は私と一緒に謁見室に来てくれ。カミュ殿もご同行願いたい」

「分かりました」

「では行こうか」


 リカルドはカミュたちを連れて謁見室へ向かった。

 謁見室で待っていると、ロランがカブラスを引き連れて現れた。

 ロランは椅子に腰かけ、口を開いた。


「リカルド、危急の事案か?」

「はい、子爵様、まずはこちらの書状をご確認ください」


 リカルドはカブラスに手紙を手渡した。

 カブラスは中身を確認し、子爵に渡す。

 ロランは内容を確認し、リカルド達を見回した。


「そちたちは内容については、すでに知っておるのか?」

「はっ! ここにいる者はすでに存じております」

「そうか……して状況はどうなっておる?」


 ロランの問いかけに、アインとデイブは現在分かっていることを詳細に報告した。


「ふむ、カブラス、女中に動きはあったのか?」

「はい、衛視隊からの報告を受けて、故意に情報を流したところ一名、市井に下りようとしたものがおりましたので、拘束してあります」

「女中にまでスパイが潜んでいるとなると、この城も安全とは言えんな」

「いかがいたしますか?」

「身を隠す」


 ロランの声にカブラスが答えた。


「では、安全な邸宅を一両日中にはご用意いたします」

「それでは遅い」

「ですが術師殿に邸宅の人間を調べてもらうにも、時間を要します」

「調べる必要のない者を使えば良い」

「……どういう事でしょうか?」

「そこの三人は、暗示はかけられておらんのだろう」


 ロランの言葉にアインが口を開いた。


「先ほど、術師殿に見てもらいましたから、それは確かですが……」

「その三人と市井に身をひそめる」

「なっ! 何をおっしゃいますか!? さような事、爺は許しませんぞ!!」

「アルバ一人では、城の人間全てを調べて貰う訳にもいくまい。事が発覚したとあっては、強硬手段に出るやもしれぬ。

 今宵にも我が寝所に忍び込む者がおってもおかしくない」

「しかし……」


 ロランの話は理解出来るものの、カブラスは納得しかねるようだ。


「カミュならば、相手がフクロウであろうとも、対処できよう。どうだカミュ?」

「催眠の対抗策さえあれば、必ず撃退してみせますが……」

「であれば、アルバにも同行してもらうとするか」

「子爵様ぁ。どうか再考を……」


 カブラスは泣きそうな顔でロランを見ている。


「駄目だ。もう決めた。そちたち、名は何と申す」


 ロランがデイブ達をみて口を開いた。


「ハッ、デイブ・ウィンザーです」

「ほう、ウィンザー家の者か。あそこは学者肌の人間が多かったように思ったが」

「自分は学問より、体を動かす方が向いておりましたので、衛視に志願いたしました」

「たしかウィンザー家の三男が、家の反対を押し切って衛視になったと聞いたな。お前がそうか?」

「はい!」

「ウィンザー男爵からは中々出来が良いと聞いているぞ」

「親の欲目というやつです」


 ロランはマイクに目を向けた。

 マイクは慌てて答える。


「マイクです」

「先ほどの報告に有った、金庫をあけた男だな。お前の事も報告で読んだ。王都の金庫職人の息子だな」

「はい! ……あの……失礼を承知でお尋ねしますが、子爵様は我々衛視隊の事を全員お知りなのですか?」

「当然だ。配下にどのような人物がいるか知らねば、適所に配置が出来ぬではないか」


 マイクはロランの言葉に目を丸くした。

 子爵はカミュに目を向け言った。


「カミュ、ステラに行くぞ。今宵はあそこに泊まる。良いか?」

「子爵様、本気ですか!?」


 カミュはロランの言葉に思わず声を上げた。


「私の容姿は市井には知られておらん。貴族の子弟で通せば何とでもなろう。それよりも今はこの城に留まるほうが危険だ」

「では、私もお供しましょう」

「リカルド、そちは顔も知られておるし目立ちすぎる、却下だ」

「グッ」


 リカルドは悔しそうに拳を握っている。


「アイン、そちは引き続きフクロウの居場所を探れ。ハミルトン商会の息のかかった場所は特に入念に調べろ。ただし、なるべく派手に動け、フクロウを追い詰めることなく、居場所を無くすのが目的だ」

「ハッ!」

「リカルド、近衛には私の寝所を固めてもらう。私が怯えて部屋に引きこもっているよう見せたい」

「御意」

「カブラス、諜報部隊にフクロウの動きを探らせよ。アイン達が居場所をあらかた潰したところで、それとなく我々の居場所を流せ、奴をおびき寄せる。では出立の用意をいたせ、準備が出来次第、この城を出る」

「子爵様、ご自分を囮に使うなど承服できかねます」


 ロランはカブラスの手を取り言った。


「先ほどの報告で、衛視隊に三名死者が出たと聞いた」

「はい」

「衛視も私の守るべき領民に変わりはない。その領民が三人も死んだのだ。私は可能性が奪われることが我慢ならん」

「可能性ですか?」

「死んだ三名が、未来にどんな働きをするかは誰にも分からん。その者が成さなくても、子や孫が大業を成すやもしれぬ」

「ロラン様、それはそうかもしれませんが……」

「爺、分かってくれ。これが一番効率が良いのだ」


 カブラスはロランの手を握り返し頷いた。


「では、カミュ、デイブ、マイクよろしく頼む」


 ロランはカミュたちをみて、にっこり微笑んだ。

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