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剣の娘  作者: 田中
第三章 小さな子爵様
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ミダスの昼

 二番街に赴いたカミュは、通り沿いに面したレストランに入った。

 店内は落ち着いた雰囲気で高級感に溢れていた。

 来店を確認したボーイがすぐに応対に現れる。

 だがボーイはカミュの姿を見て、あからさまに見下した態度で接客してきた。


「申し訳ございませんが、当店は一定以上のレベルのお客様がお食事を楽しむ場所です。お見受けするに、貴女様は当店には相応しくないと思われます。本日はお引き取り願えないでしょうか?」


「……出て行けってこと?」

「平たく申し上げればその通りでございます」

「解ったわ……失礼したわね」


 カミュは足早に店から出た。

 五年以上前の事なので忘れていたが、スリをしていた時、あの店の前を通りかかっただけで、野良犬を追い払うように扱われたことを思い出した。

 それ以来この辺りには近づいていなかったので失念していたのだ。


「そういえば、この辺は貴族も食べに来ることもある高級店が多かったわね」


 カミュは自分の格好を見てため息をついた。

 きちんと洗濯はしているが、ジョシュアのマントも帽子も長年使いこんでくたびれてきている。

 服も丈夫な麻の服だが、おおよそ高級店に入るような格好ではない。

 ボーイの態度には正直、腹が立ったが致し方ない。


 結局、カミュは三番街に戻りステラで昼食を取ることにした。

 ステラの食堂は満員だった。

 カイルがカウンターでフライパンを振っている。

 昼に来たことはなかったがいつもこうなのだろう。


「いらっしゃいませ。お一人ですか?」


 カミュが初めて見るウェイトレスの女性が声をかけてきた。


「ええ、ここに宿泊してるんだけど食事できるかな?」

「ただいま満席なんですが、店長に聞いてきますね。少しお待ちください」


 女性がカイルに声をかけている。

 カイルはカミュに気づき女性に何か言った。

 女性は頷きカミュの元に戻ってきた。


「すいません、食事は部屋に運ぶので、そちらで召し上がっていただけますか?」

「ええ、それで構わないわ。御免なさいね。忙しい時に手間をかけさせて」

「いいえ。こちらこそご面倒をおかけして申し訳ありません。ではお部屋でお待ちください」


 部屋に上がって、備え付けの椅子で待っているとドアをノックされた。

 ドアを開けると先ほど女性がトレイに料理を乗せて持ってきてくれた。


「お待たせしました。ランチは日替わりで本日は白身魚のフライとフライドポテトです」

「ありがとう。昼はいつもこんな感じなの?」


「はい、朝と夜は宿泊されるお客様だけのご利用なんですけど、昼は一般のお客様にも日替わりランチを提供しています。店長の料理は評判がいいんですよ!」


 カミュの質問に女性は元気に答えた。


「確かにカイルの作る料理はおいしいわ」

「そうですよね! 私もまかないが楽しみで! あっ、お食事が冷めちゃいますね」


 そう言うと女性は部屋のテーブルに料理を置き、ごゆっくりどうぞと一礼して部屋を後にした。


「いただきます」


 ランチは女性が言ったように、白身魚のフライとフライドポテト、パンとコンソメスープ、それにサラダが付いていた。


 フライにはタルタルソースが掛かっている。

 ポテトはシンプルに塩味だが、刻んだパセリが振りかけられており味にアクセントを加えている。

 フライの濃厚なタルタルソースの味を、さっぱりとしたサラダでリセットすることでいくらでも食べられそうだ。


 カミュは残さず完食した。

 カミュはきれいに空いた皿を見て、この宿に泊まり続けると太ってしまいそうだなと少し不安になった。


 カミュは階下が落ち着いたようなのでトレイを持って一階に下りた。

 後片付けをしているカイルにトレイを渡す。


「悪かったわね。忙しい時に面倒かけて」

「おう、客が気にする事じゃねえよ。食器持ってきてくれたのか。置いといてもらって良かったんだがな」


「今日の食事もとても美味しかったわ。さっきの子は?」

「ありがとよ。ルシアは裏でまかない食ってるよ。あの子にゃ昼だけ手伝ってもらってんだ」

「まかないが楽しみだって言ってたわ」


「そうかい。そりゃよかった。でもカミュはなんで宿に戻ってきたんだ? てっきり外で食ってくるもんだと思ってたが……?」

「二番街のレストランに行ったんだけど、追い出されちゃってね」


 カイルは納得したように頷いた。


「ああ、なるほどな。あそこらへんの高級店はお高く留まってるからな。貴族か裕福な商人しか相手にしないのさ」

「ええ、すっかり忘れていたわ。そうだ昼食代はいくら?」

「宿泊代は食事付きって言っただろう。飯代はいらねえよ」

「そんな悪いわ」


「その代わり、外で食ってきて食事しなくても料金は一緒だからな。ちょうどいいのさ」

「そう解ったわ。ありがとう」

「おう。そういえば午前中に、衛視隊のアインが訪ねてきたぜ。出かけてるって言ったら、明日の午前中にまた来るから宿に居ろってよ」

「アインが?」


 カイルはカミュに心配そうに話しかける。


「カミュ、なんか衛視に目を付けられるような事やったのか?」

「ギルドの依頼をこなしただけよ。依頼主が街の行政担当のカブラスって人で、依頼以上の成果を上げたから、カブラスさんの上役である子爵様に呼ばれるだろうってアインは言ってたわ。たぶんその呼び出しよ」


「子爵様に呼ばれるって……お前何をしたんだ?」

「ワイバーンとジャッカルっていうギャングを潰しただけよ」

「ワイバーンとジャッカル……貧民街で暴れまわってた奴らだな。衛視も手を焼いていた連中をお前一人で潰したのか?」


「一人じゃないわ。アイン達にも手伝ってもらったわよ」

「そうか……ジャッカルはともかく、ワイバーンの連中には迷惑していたからな。礼を言うよ」


 カミュはカイルの言葉が気になったので聞いてみた。


「ジャッカルは住民には迷惑をかけていなかったの?」


「あいつらが狙っていたのは、主に高利貸しやあくどい事をして儲けていた商人たちさ。喧嘩っ早い連中が多かったから、住民とトラブルになることも有ったが、殴られた者はいても金を盗られたって話は聞いたことがねぇな」

「そうなの?」


「噂じゃジャッカルのボスが、貧しい奴や真っ当な商売をしている商人は狙うなって部下に徹底してたらしい。破った奴はボス自らが制裁を加えてグループから追放したそうだ」

「じゃあなんで依頼にワイバーンだけでなく、ジャッカルの名前が入ったのかしら?」


「裕福な商人には子爵様と直接面識を持つ奴もいたんだろう。面と向かって被害を訴えられちゃ、子爵様も無視は出来なかったんだろうぜ」

「……ウォードともう一度話してみる必要がありそうね」


「カミュ、変な事考えるなよ」

「解ってるわ。ウォードと話したいって言うだけよ」


「……そうか。まあそのくらいなら大丈夫だろう」

「ごちそうさま。クリフの所に行ってくるわ」

「おう、いってらっしゃい!」


 カミュはステラを出て、カイザス工房へ向かった。

 店はお昼時ということもあるのだろう比較的すいていた。


「あら、カミュちゃん。一日に二度も来るなんて、やっぱりクリフが気になるのかい?」

「いえ、そうではありませんが……クリフはいますか?」

「何のかんの言って、クリフの事が気になるんだろう? 解ってるよ。待ってな。すぐ呼んで来てあげるよ」


 女将さんはスキップしながら、店の奥に引っ込んだ。

 しばらくしてクリフが表に出てくる。


「カミュ、女将さんをあまり刺激するなよ」

「刺激したつもりは無いんだけど……」

「それでなくても、嫁を貰えっていつも言われているんだ」


「クリフも大変ね」

「……誰のせいだと思ってるんだよ」

「?」


 最後の言葉は小声だったのでカミュには聞き取れなかったようだ。


「そんなことより、教えてもらった図書館で緑光石(りょくこうせき)について調べたのよ」

「で、何か成果はあったのかい?」

「ええ、この石を覚えてる?」


 カミュは首に下げた袋からクリフにもらった石を取り出した。


「おお、懐かしいな。俺の見つけた洞窟で拾った石だな」

「これが緑光石らしいのよ」

「本当か!?」


「ええ、図書館で鉱石を研究している人に見てもらったわ。彼が言うには緑光石に違いないって」

「そうか。一歩前進だな」

「それでね。彼に緑光石のサンプルを渡せば、鍛冶技術を研究している人を紹介してくれるって言うのよ」


「緑光石のサンプルか」

「少しで良いらしいんだけど……クリフ、あの洞窟は貴方が見つけたものよ。どうするかは貴方が決めて」


 クリフは少し考えて答えた。


「俺も見習とはいえ鍛冶屋だ。知らない技法を学べるなら、喜んで協力するよ」

「……クリフ……ありがとう」


「しかし、そうなると一度コリーデ村に戻らないといけないな」

「私が行くわ。場所は覚えてるし。明日は子爵様に呼び出されているから、出発は明後日ね」

「子爵様に呼び出された!? カミュ、お前何をしたんだ!?」


「ちょっと仕事を熟しただけよ。まあ、いいじゃない。じゃあね」

「おい! カミュ! ちょっと待てよ!」


 呼び止めるクリフを残して、カミュは工房を後にした。

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