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剣の娘  作者: 田中
第三章 小さな子爵様
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図書館

 カミュは浴場を出てカイザス工房を訪れた。

 工房はちょうど店を開けたところのようで女将が店の前で掃除をしている。

 カミュは機嫌よく鼻歌を歌い店の前を履いていた女将に声をかけた。


「おはようございます」

「おや、カミュちゃんだったね。おはよう。クリフに用事かい?」

「ええ、少しで良いのでお話出来ますか?」


「少しなんて遠慮しなくていいよ。丁度、炉の用意とか店の支度も終わる頃だ。呼んで来るから入って待っていておくれ」

「ありがとうございます」


 女将さんはカミュ座って待つ様に告げると、クリフを呼びに店の奥へ向かった。

 しばらくして女将さんとクリフが店の奥から出てくる。


「お待たせ。カミュちゃん」

「はい、ありがとうございます」


 返事を返したカミュにニコニコと微笑むと、女将さんは鼻歌を歌いながら表に出て行った。


「カミュ、おはよう」

「おはようクリフ」

「今日はどうしたんだい? 石の事ならまだ調べている途中だよ」

「うん。そのことなんだけど、自分でも調べてみようと思って、そういう本が置いてある所とか知らないかな?」


 クリフは少し考え口を開いた。


「専門書だからな……図書館に行ってみたらどうだい? あそこなら鉱石についての文献も置いてあったはずだ」

「図書館?」


「ああ、子爵様が作った本がたくさん収めてある施設さ、一番街にあるから行ってみるといい。司書の人に聞けば欲しい情報が載っていそうな本も紹介してくれるよ」

「へぇ、そんな施設もあるのね。村にいた時には家でしか本なんて見たことなかったわ」

「俺も初めて行ったときは驚いたよ。きっとカミュもびっくりするぜ」


「ありがとう。行ってみるわ」

「ああ、こっちも何か解ったら宿に連絡するよ」


「そうだクリフ、ステラを紹介してくれてありがとう。とってもいい宿だったわ」

「そうだろう。カイルは見た目は怖いけど、とっても親切なんだ。飯も旨いしな」

「ええ、今朝の朝食も美味しかったわ。ありがとう。じゃあまた寄るわね」

「おう、またな」


 カミュは店を出て掃除をしている女将に声をかける。


「女将さん、失礼します」

「カミュちゃん、もう帰るのかい? ゆっくりしていきゃ良いのに」

「はい、また寄らせてもらいます」

「ああ、いつでもおいで。クリフも喜ぶよ」

「ええ、ではまた」


 カイザス工房を出たカミュは一番街にある図書館へ向かった。

 図書館は傭兵ギルドからほど近い場所にあった。

 傭兵ギルドも大きいと思ったが、こちらはそれよりも一回り程巨大だった。

 五階建ての建物で重厚な両開きの扉が入り口のようだ。


 中に入ると正面に受付があった。眼鏡をかけた女性が本を整理している。


「すみません、調べ物がしたいんですが?」

「資料の閲覧ですか? 閲覧料は千リルです。知りたいことを教えていただければ、職員が書籍の場所までご案内します」


「えっと、知りたいのは鉱石についてです。緑光石(りょくこうせき)という石について書かれたものを探しています」

「緑光石ですね。少しお待ちください。担当の者を呼んでまいります」


 閲覧料を払いしばらく待つとぼさぼさの髪の白衣を着た二十代後半の男が現れた。


「お待たせしました。あなたが緑光石のことが知りたい人?」

「はい、カミュと言います。あなたは?」

「こりゃ失礼。ここで鉱石関係の研究をしているクリストフです。鉱石関係の資料は三階です。こちらへどうぞ」


 クリストフについて三階に上がる。

 扉を開けて飛び込んできた景色にカミュは思わず口を開けた。

 巨大な本棚がいくつも並び、その全てに本がぎっちりと詰まっている。


「凄い……」

「図書館は初めて?」

「はい、こんなに沢山の本は初めて見ました」


 クリストフは満足そうに頷いた。


「そうでしょう。大陸広しといえども、このクラスの図書館はここ以外では、王都の国立図書館ぐらいなもんですよ」

「何故、地方都市であるミダスにこんな立派な図書館が?」


「子爵様のお考えです。市民が知識を得ることで、新しい技術や製品が生み出されます。それは貿易都市であるミダスの原動力になります。閲覧料が格安なのも、広く人々に利用してもらうためだそうですよ。国立図書館なんて閲覧だけで一万リルは取られますからねぇ。希少本にいたっては十万リル払わないと見ることが出来ないものあります」

「へぇ……」


 カミュはアインに子爵からの呼び出しがあると聞いた時、正直げんなりしたが、今の話を聞いて少し興味が出てきた。


「お探しの資料はこちらです」


 クリストフについていくと鉱石について書かれた本が並んでいる書棚に案内された。

 一列すべてが石に関する文献のようだ。

 カミュは量の多さに眩暈を覚えた。

 これを全てを調べるには何年もかかるだろう。


「たしか緑光石について知りたいのでしたな。ではこちらの文献が一番くわしいでしょう」


 クリストフは一冊の本を書棚から取り出しカミュに手渡した。


「貴方はここにある本の内容を全て把握しているのですか?」

「いやいや、さすがに全ては無理ですよ。緑光石は私の研究テーマの一つですから、すぐお渡し出来ただけです」


「なるほど。あの、あとでお話を伺っても良いですか?」

「はい、喜んで。私はデスクで仕事をしてますから、お帰りなるときは一声かけてください。では」


 クリストフは入り口近くにある机に戻っていった。

 カミュは閲覧用の長机に座り渡された文献を開いた。

 文献には様々な石についての記述が記されていた。

 手渡された文献を捲っていくと、緑光石のページはすぐ見つかった。


 それによると緑光石は昔オーバル王国で産出されていた希少金属で、最後の鉱脈が見つかったのが百年前、それ以来発見されていない。

 産出量も少なく一部の王侯貴族が武具や装飾品として使用していたようだ。

 希少すぎて一般市民は目にすることも殆どなかったらしい。


 石のイラストが載っている。

 色はエメラルドグリーンで宝石のような透明感はない。


 カミュはふと思い出し首の袋からクリフからもらった石を取り出した。


 似ている。イラストに描かれたものとそっくりだ。


「まさか……これがそうなの?」


 カミュは本を書棚に戻し、クリストフに話を聞くため彼のデスクに足を運んだ。


「クリストフさん、見てもらいたい物が有るんだけど」

「なんですかな?」


「貴方は緑光石の実物は見たことありますか?」

「昔、王都で研究していた時に、博物館で原石を見たことがありますな」

「これって緑光石ですか?」


 そう言ってカミュはクリストフに石を見せた。

 彼はカミュが掌に置いた石に顔を近づけ、真剣な表情で石を観察している。


「これはッ!? カミュさんでしたねッ!? これを一体どこで手に入れたのですかッ!?」


 クリストフの剣幕にカミュはたじろいだように一歩下がった。

 離れた石を追うようにクリストフは机から身を乗り出してくる。


「こっ、これは子供の時に友達がくれたものです」

「その友達をぜひ紹介してください!!」


「あの……これは緑光石なんですか?」

「ええ、間違いありません! 博物館で見たものにそっくりです! もし新しい鉱脈が見つかったとなれば大発見ですよ!!」


「実は緑光石について調べていたのは、石を使って剣を作りたいからなんです」

「剣? カミュさんは剣士なのですか?」


 話題を変えたことでクリストフは少し落ち着きを取り戻したようだ。


「はい、ある目的のためにどうしても強い剣が必要なんです」

「なるほど、確かに緑光石を使えば強力な武器を製作できるでしょう……しかし緑光石単体ではなく、他の金属との合金化が必要だったはずです」

「合金化……何と混ぜればいいんですか?」


 カミュの問いにクリストフは難しい顔をした。


「解りません。私の専門は鉱物そのものなので、知識として記憶にとどめておいた程度です。それになにしろ百年間見つかっていなかった鉱物です。緑光石を使った鍛冶技術も失われて久しい」

「そんな……」


「落ち込むことはありません。再度見つけ出せばいいのです。この図書館には鍛冶に関する資料も膨大に収められています。専門の研究者もいるので彼女に話を聞けば糸口が見つかるかもしれません」

「あの……その人を紹介していただけないでしょうか?」


「良いでしょう……ただし条件があります」

「なんですか?」


「研究のために緑光石の実物サンプルが欲しいのです。なにせ実物は触ることも出来ませんでしたから。石をくれたという友人に、見つけた場所を聞いてもらえませんか? もし鉱脈を発見したのであれば少量で良いので譲ってもらいたいのです」

「わかりました。聞いてみます」


 クリストフはカミュの返事に満足したようだ。


「実物があれば止まっていた私の論文も大いに前進するでしょう。ああ、忠告ですがその石はあまり人に見せないほうがいい。現在では黄金や宝石よりも価値あるものです」

「そうなんですか?」


「文献にも書かれていたように、産出されていた当時でも王侯貴族ぐらいしか持つことが出来なかったものです。百年の間で知名度は低くなりましたが、書物として残っていることを考えると知っている人もいるでしょうから」

「わかりました。気を付けます。教えてくれてありがとう」


「お気になさらず、これも研究のためです。色よい返事を期待してますよ」

「今日はありがとうございました……近いうちにまた来ます」

「ええ、待ってますよ」


 クリストフに別れを告げカミュは図書館を後にした。

 日は真上に登っていた。

 図書館で調べ物をしているうちに昼になってしまったようだ。


「どこかでお昼を食べてから、クリフの所に行こうかな」


 カミュは商店やレストランが多く立ち並ぶ二番街に足を向けた。

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