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剣の娘  作者: 田中
第三章 小さな子爵様
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癒しのひと時

 ギルドから出たカミュは三番街に戻った。

 ギルドでの報告が予想以上に時間がかかったため日は完全に落ちてしまった。

 途中カイザス工房も覗いてみたがもう店は締めてしまったようだ。

 クリフに会って話を聞きたかったがそれは明日にする事にした。


 ステラに戻るとカイルが迎えてくれた。


「おかえり、遅かったな」

「ただいま、傭兵ギルドで色々あってね……」

「なんか疲れてんな。飯はどうする?」

「ありがとう。頂くわ」

「今日は鶏の良いのが入ったんだ。すぐ用意する」


 カイルはそう言って調理を始めた。

 カミュはカウンターに腰かけ漸く人心地が付いた。

 カウンター越しにカイルがおしぼりを渡してくる。


「これで顔拭きな。さっぱりするぜ」

「ありがとう」


 カミュは宿を紹介してくれたクリフに二度目の感謝を捧げた。

 そうこうしている内に目の前に料理が並べられる。


 メインは鶏モモ肉のソテーだ。

 ニンニクと胡椒の香りが食欲をそそる。

 他にパンとサラダ、もう一品はささみのようだ。


 表面は火が通っているが中は生だ。

 皿には緑色のペーストが添えられており、黒いソースが入れられた小皿も一緒に出された。

 カミュはカイルに声をかける。


「カイル、この肉生焼けなんだけど?」

「そいつはささみのタタキだ。緑のペースト、山葵って言うんだが、そいつを肉にちょっとのせて、小皿のソースをつけて食べるんだ」


「……生で食べて大丈夫なの?」

「作るときに強い酒を使って消毒してあるし、俺で実験済みだ。新鮮な肉じゃないと作れないがな。騙されたと思って食ってみな」


 カミュは言われたように山葵を肉に少し乗せ、ソースをつけ恐る恐る口に運んだ。

 ソースの豊潤な香りと辛さ、鼻に抜ける清涼感がしっとりとした肉にとてもマッチしている。

 今まで味わったことのない感覚だ。


「すっごい美味しい!」

「だろ? この前宿に泊まった客から教わったんだ。そいつの国じゃ生の魚をその山葵とソース、ショーユって言うそうだが、そいつで食べるのが一般的らしい。この街は港街だから魚介も豊富なんだが、そいつの口にはあわなくてな。最終的に鶏に行きついた」


「教えてくれたのは異国の人なの?」

「ああ、変な客だったぜ。ベッドがあるのに床に布団をしいて寝ていたな。理由を聞いたらそうしないと落ち着かないらしい」


 異国の人なら緑光石について何か知っているかもしれない。

 カミュはカイルにその変な客についてさらに尋ねた。


「その人に会いたいんだけど、どこに行けば会えるかな?」

「三日まえに宿を発ったよ。たしか南のコリーデ村にいる剣の達人に会いに行くって言ってたな」

「剣の達人?」

「ああ、なんでも引退した剣聖がその村にいるって話を耳にしたらしい。眉唾だがな。俺は十五年此処で商売してるけど、そんな話初めてきいたぜ」


 ジョシュアは身分を隠し隠棲していた。

 カイルが知らないのも無理はないだろう。


「まあとにかく変わった奴だったぜ。変な形の甲冑を着ていたし、持ってた剣も普通のロングソードじゃなくて、反りのついた片刃の剣だった」

「片刃の剣…、刀かしら?」


「嬢ちゃん、知ってるのかい?」

「ええ、本で見たことがあるだけだけど、東の国の戦士が使う武器だったはずよ」

「へぇ、物知りだな。会いたいんならコリーデ村に行ってみたらどうだい。おっと、話が長くなっちまったな。料理が冷めちまう」

「そうね、頂くわ」


 カミュはカイルとの会話を切り上げ食事を始めた。

 タタキはもちろん、モモ肉のソテーもとても美味しかった。


「ご馳走様。どれもとても美味しかった」

「ありがとよ」

「ねぇタタキはまた食べられる?」

「おっ、気に入ったのか? 鶏は知り合いの農家に頼めば手に入るが…、山葵とショーユがなぁ」

「難しいの?」


「今日出したのはそいつ、ユキマルってんだが、そいつに少し分けてもらった物なんだ。作り方を聞いたが、山葵はきれいな水のある川でとれるらしい。ショーユは豆から作られるそうだ。こっちで手に入るか解らんが、東の国と商売している知り合いがいるから聞いてみるよ」


「ありがとう。楽しみにしてるわ。そうだ、その人には会いたいけど、まだしばらくこの街にいるつもりだから先に宿代を払っておくわ」


「あいよ、何泊する?」

「そうね、取敢えず今日の分も含めて十日分でお願い」

「わかった。じゃあ長期滞在のサービス価格で四万で良い」

「ありがとう」


 カミュは宿代を払いカウンターを離れた。


「あとでお湯を持っていくよ。しばらく街にいるんなら三番街には公衆浴場もあるから行くといい」

「何から何まで世話になるわね」

「いいってことよ。上客にはサービスしねぇとな」


 部屋に入り荷物を置きベッドに腰かけていると、カイルがお湯を持ってきてくれた。

 礼を言い体を拭いてベッドに横になった。


 明日はクリフに会って、緑光石について詳しい話を聞こう。

 カミュ自身も独自に調べてみるつもりだ。

 予定を考えながら疲れのせいか、いつの間にか眠りに落ちていた。


 夢を見た。

 ジト目でカリンが何かを追及してくる。

 その後ろからバランが大声で何かを話している。

 そうかと思えばウォードが妖艶に笑いながらルカスを鞭で打っている。

 その周りでアイン達、衛視隊が走り回っていた。

 カオスだ。


 窓から差し込む朝日でカミュは目を覚ました。

 体がじっとりと汗ばんでいる。

 おかしな夢だった。


 平穏な村の暮らしから一変して、昨日一日で経験した内容はいろんな意味で濃すぎたようだ。

 しっかり寝た筈なのだが、夢のせいで疲れが残っている気がする。


 カミュは朝食を取ろうと一階のカウンターに向かった。


「おはよう、今日も早いな」


 カイルが笑顔で迎えてくれた。

 この時間は他の客はまだ寝ているのだろう。

 食堂にはカミュの他には二人いるだけだった。


「おはようカイル……朝食をお願い……」

「あいよ。なんか浮かない顔をしてるな」


「……夢見が悪くてね。寝汗をびっしょりかいちゃった」

「そうか。飯を食ったら、昨日言ってた浴場に行ってくるといい。宿を出て通りを真っすぐ行った突き当りがそうだ。夜勤明けの連中が入りに来るからこの時間でもやってるぜ」


「……そうするわ」

「はい、お待ち!」


 カイルがカウンターに食事を並べてくれた。

 今日の朝食は焼き立てのパンと卵のスープ、鮭の塩焼きにほうれん草を茹でたものだった。


「いただきます」


 やはりこの宿の食事は美味しい。

 塩味の効いた鮭と薄味のほうれん草のバランスがとても良い。

 スープも胡椒とゴマ油の香ばしさが何とも言えない。


「ごちそうさまでした!」


 あっという間に間食したカミュをみて、カイルは満足そうに笑った。


「今日はどうするんだい?」

「そうね……。取敢えずお風呂にいって、クリフの所によってみるつもり。あんまり遅くはならないと思うわ」

「了解だ。いってらっしゃい!」

「ええ、行ってきます」


 宿を出たカミュはカイルに教わった公衆浴場へ向かった。

 浴場は早朝だというのに賑わっていた。

 カイルが言うように夜勤明けの人たちが入りに来ているようだ。


 中に入ると男女で入り口が分かれている。

 受付の老婆に料金を払い中に入った。


「わぁ……、広い」


 ジョシュアの家にも風呂はあったが、一人で入るのが精いっぱいの大きさだった。

 洗い場も広く、湯船は十人入ってもまだ余裕がありそうだ。

 客は殆どが男性だったので女風呂は貸し切り状態だ。

 カミュは久々に髪と体を洗いさっぱりとした気分で湯船につかった。


「あぁ……生き返る……ふぅ……毎日通おうかしら……」


 しっかりと体を温めたカミュは、新しい服に着替えカイザス工房に向かった。

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