ギャング団壊滅
カミュはワイバーンのアジト、正面入り口に近づいた。
入り口は木製の頑丈そうな扉があり、固く閉ざされている。
門の横には見張りだろう、男が二人立っていた。
見張りの一人がカミュを見て口を開く。
「てめえ、連絡は受けているぜ。ワイバーン相手に喧嘩売ってる女がいるってよ」
「あら、なら話が早いわね。街で絡まれて迷惑してるのよ。ルカスと話がしたいから中に入れてくれない?」
「ふざけんじゃねぇ! ルカスさんがお前なんかと会う訳ねぇだろう!!」
「なら無理やり押し通るしかなさそうね」
「何っ!!」
カミュは剣を抜き、扉に向かってふるった。
片側の扉に人が潜れそうな四角い穴が開く。
茫然としていた見張りが声を上げて襲い掛かってきた。
カミュは素早く剣を鞘に納めると、片方の見張りの顎と鳩尾に拳を入れ昏倒させた。
もう一人に話しかける。
「ルカスに報告してくれば、見逃してあげるわよ」
「クソっ!」
見張りはカミュが開けた穴を通り抜け砦の中に走り去った。
離れた場所で様子を見ていたアインが声をかける。
「見事な手並みだな。このまま侵入するのか?」
「そうね、見張りの報告で待ち伏せしてるでしょうから、返り討ちにしましょう」
「そのために報告させたのか!?」
「そうよ。わざわざ探す手間が省けるわ」
アインは複雑な表情をしていたが、カミュが穴から砦の中に入るのを見ると慌てて後に続いた。
砦の中は中庭があり、城壁付近には兵舎と思しき建物がいくつか立てられていた。
入り口正面には二階建ての石造りの建物が建っていて、二階のバルコニーからルカスと数人の男がこちらを見下ろしていた。
恐らく彼らがワイバーンの幹部連中だろう。
「わざわざ飛び込んで来るとは、間抜けな奴だ」
そう言うとルカスは右手を上げる。
ルカスの合図で弩を構えた十人程の射手が城壁の上からこちらに狙いを付けた。
カミュは素早く周囲を観察すると小声でアインに言った。
「私は射手を無力化する。アインは隠れていて」
「大丈夫なのか?」
「任せて」
ルカスは二人を見ながらニヤニヤと笑い言った。
「安心しろ、殺しはしねぇ。まあ手足は使いもんに為らなくなるだろうけどよ」
ルカスが右手を振り下ろすと射手が矢を放った。
カミュは素早く城壁にある階段入り口に飛び込んだ。
アインは入り口に引き返し物陰に身を隠す。
カミュは階段を駆け上がり城壁の上を目指す。
「相手はたった二人だ! さっさと捕まえろ!」
ルカスの声が聞こえる。
階段を抜けると、射手がこちらを狙って矢を放つ。
カミュは剣を抜き打ちして矢を叩き落した。
そのまま肉薄し、ボウガンを再装填しようとしていた射手のこめかみを柄で殴りつける。
カミュは気絶した射手を見ることなく、次の標的に向かった。
ルカスは何が起こっているのか解らず混乱していた。
侵入してきた二人の手足を打ち抜き、行動不能にして、女は仲間たちの慰み者にして飽きたら、娼館に売り飛ばす。
男は見せしめに痛めつければいいだろうと考えていた。
しかし城壁に配置した仲間は次々と倒されていく。
城壁には射手以外にも腕自慢の男たちを配置している。
バルコニーから見るとカミュは反時計回りに城壁の上を駆け抜け、一周すると階段に姿を消した。
城壁の階段入り口から姿を現したカミュは歩いてアインに近づくと声をかける。
「アイン、飛び道具はつぶしたわ」
「こんな短時間でか!?」
「ええ、いい運動になったわ」
アインは警戒しながら中庭のカミュに近づいた。
ルカスは顔を引きつらせてこちらを見ている。
カミュはバルコニーのルカスを見上げて言った。
「ルカス!! 射手はもういない!! あきらめて降りてきなさい!!」
「馬鹿な……、城壁の上には射手以外にも四十人は配置していたんだぞ。お前ほんとに人間か? おっ、おいお前ら!!相手は二人だ全員で掛かれ!!」
ルカスは叫ぶと怯えたようにバルコニーから室内に身を隠した。
周りの建物から武装した集団が飛び出してきた。
「このままじゃ逃げられる!」
アインが叫ぶ。
「逃がさない」
カミュは腰の袋から鉤爪のついたワイヤーを取り出すと、正面のバルコニーに向かって投擲する。
バルコニーの手すり鉤爪が掛かったのを確認して、持ち手側を金具で地面に固定した。
張られたワイヤーの上をバルコニーまで駆け抜ける。
「軽業師かよ!」
「先に行ってるわ!」
アインは出てきた男たちを捕縛用の鉄棒で叩きのめし、建物の入り口を目指した。
カミュがバルコニーから室内に入ると、先ほどバルコニーにいた男たちが待ち構えていた。
彼らはそれぞれ思い思い武器を持ち、皮鎧を着込んでカミュを睨んでいる。
「此処は通さねぇ」
男一人がカミュに言った。
「意外とルカスも信望があるのね」
「うるせぇ!! ルカスさんのお蔭でのし上がってこれたんだ……後はジャッカルをつぶせば貧民街の上りは全部俺たちの物になる!! 邪魔はさせねぇぞ!!」
一斉に男たちが襲い掛かってくる。
カミュは剣を抜き男たちの間をすり抜けるように駆けた。
彼らは足や腕を押さえ、床に転がっている。
交差する一瞬で、カミュは彼らの鎧の隙間を狙い剣を差し入れたのだ。
普段ならこんな連中に剣を使うことはしないが、ルカスを逃がすわけにはいかない。
カミュは部屋の扉を開け、ルカスの姿をさがした。
建物は単純なつくりでルカスはすぐ見つかった。
階段から一階に降りようとしていた所を、入り口から入ってきたアインに発見され、再び二階に戻って来たようだ。
「ルカス、貴方を捕縛する」
「俺を捕まえるって、笑わせてくれるじゃねえか!?」
カミュと向き合ったルカスは、腰に下げていた鉄で出来た筒のようなものをカミュに向けて構えた。
ルカスを追って二階に上がってきたアインが声を上げる。
「気を付けろ、そいつは最近開発された火薬を使う飛び道具だ!!」
「弩みたいなもの?」
「威力とスピードが段違いだ!!」
アインの声を聞いてルカスはニヤニヤと笑い出した。
「解説ご苦労さん。聞いた通りだこの距離なら外しようがねぇ。後ろの男も動くなよ。鎧の音ですぐわかるぜ」
「何が望み?」
「取敢えず剣を捨てて跪け」
「お断りよ」
「お前状況がわかっているのか!?」
「この剣はとても大事なものなの。粗末に扱うなんて出来ないわ」
「めんどくせぇ女だ。じゃあ死ね!!」
ルカスは引き金を引き絞る。
打たれる直前、カミュはルカスを見ていた。
筒の先をこちらに向けているということは、あそこから何かが飛び出すのだろう。
射線をずらせば当たらない筈。
カミュは己の勘を信じて、体を右に捻った。
直後、爆発音が響きカミュの体のわきを何かが通り過ぎる。
「何っ!?」
ルカスは信じられないように再度引き金を引く。
しかし虚しく金属音がするばかりだった。
「どうやら一発だけみたいね」
「畜生!! 捕まってたまるか!!」
ルカスは鉄の筒を捨て、腰の剣を抜きカミュに切りかかる。
カミュはため息をつきながら剣を振るった。
ルカスの剣は弾き飛ばされ天井に突き刺さる。
喉元に剣を突き付けられたルカスはへなへなと座り込んだ。
「よし!! 大将は押さえたな!!」
アインが駆け寄りルカスに手錠をかけた。
ルカスがカミュを見て口を開く。
「お前ほんとに何もんだよ……?」
「憶えていないの?」
カミュはそう言うとつば広帽を外した。
「赤い髪、銀の瞳……。お前カミュか!?」
「そうよ久しぶりね。昔はずいぶんと世話になったわね」
「……復讐のつもりか?」
「そんなんじゃないわ。子供たちが私と同じ目に遭うのが忍びなかっただけよ」
カミュはそう言うとアインに目を向ける。
「他の連中はどうするの?」
そうアインに声をかけた時、やおら外が騒がしくなった。
「応援が来たみたいだな。この分なら大部分は捕らえることが出来るだろう。我々に構っていたせいで、外に対する注意が散漫になっていたようだ」
「そう、じゃあ仕事は完了ね」
「ああ、さて順番が逆になったがルカス、貴様の罪状だ。施設の不法占拠及び住民に対する暴行恐喝、さらに違法武器の所持及び使用の罪で逮捕する」
「俺を逮捕したって無駄だ。親父が黙ってねぇ」
「残念だが父親を当てにしても無駄だ。お前の実家、ハミルトン商会も随分ときな臭い噂があるからな。近々大規模な手入れが予定されている。ラルゴ・ハミルトンもドラ息子に構っている余裕はないんじゃないか」
それを聞いてルカスは顔を歪めてアインを睨んでいたが、彼の表情が微動だにしない事でやがて視線を床に落とした。
反抗の意思を無くしたと見て取ったアインがルカスの手に手枷を嵌めていると、デイブと呼ばれた衛視が二階に上がってきた。
「隊長ここでしたか!」
「デイブ、早かったな。下はどんな様子だ」
「衛視をかき集めてきました! 砦にいた連中はほとんど捕縛しました! 衛視隊始まって以来の快挙ですよ!!」
デイブは興奮ぎみに話している。
「しかし城壁の上にいた連中はどういうことです? 殆どが抵抗する間もなく一撃で倒されているようでした」
「何をしたかはこいつに聞け。おれは最後に少し暴れただけだ」
「こいつってカミュさんですか? ジャッカルの時の手際もすこぶる良かったですが、城壁の上には四十人以上いたんですよ。一人でどうやって?」
デイブに見られてカミュは口を開く。
「相手が弱かっただけよ。特別なことは何もしていないわ」
「特別なことは何もって、四十人を殺さずに昏倒させる事自体、特別だと思いますけどねぇ」
「規格外な娘の話をしても空しくなるだけだ。此方にも護送用の馬車をまわせ。この分じゃ収容所がいっぱいになるぞ。詰め所の空いてる部屋以外も使えそうな場所をカブラス様に報告して用意してもらうんだ」
「了解しました。早速手配します」
デイブは急ぎ足で一階に下りて行った。
「規格外って……。私はちょっと剣が使えるだけの普通の女の子よ……」
「一日でギャング団二つを壊滅させるような奴は、普通の女の子とは呼べん」
「そんな……」
「自覚がなかったのか?」
アインは項垂れて人差し指を突き合わすカミュを、哀れむ様な目で見つめた。