ギルドの依頼
カミュはカードを受け取り、カウンターに置かれた書類に目を通した。
要人の護衛、街周辺の害獣討伐等の依頼の中にギャング団の捕縛というものがあった。
詳しく読んでみると、ここ半年ほどで敵対勢力を吸収して大きくなったゴロツキの集団が二つあり、街のいたるところで問題を起こしている。
ワイバーンとジャッカルと名乗る二つの集団は小競り合いを続け、それに巻き込まれた住人も被害にあっている。
リーダーであるルカスとウォード及び幹部の捕縛が今回の依頼内容のようだ。
報酬は百万リル、今泊っている宿、ステラが食事付きで一泊五千リルなので滞在費用としては十分だろう。
加えて、彼らをつぶしておけば昨日の子供たちのような被害者も減らせる筈だ。
「ねぇカリン、リーダーや幹部を捕まえたらギャング問題は解決するの?」
「元々敵対組織を吸収することで二つとも大きくなってきたものですから、まとめる人間がいなくなれば分裂するというのが依頼してきた方の考えです」
「依頼主は教えてもらえるのかしら」
「はい、街の領主ロラン子爵の下で街の行政を担当してるカブラスさんが今回の依頼主です」
「領主なら自前の兵士にやらせればいいんじゃないの?」
「以前であれば衛視が巡回して街の治安に努めていたのですが、戦争により衛視の数が半分に減らされました。治安の悪化が今回ギャング団の台頭という形で表れたというわけです。カブラスさんも子爵の私兵を動けかせるほどの予算が確保できないため、ギルドに依頼がきました」
緑光石のことはクリフに頼んであるが、カミュは自分でも調べてみるつもりだった。
仕事にあまり時間は掛けたくない。
要人の護衛は長時間の拘束が予想される、害獣駆除にはハンターとしての専門知識が必要だろう。
人を襲う獣の知識は一通り勉強し、畑を荒らす害獣を退治したこともあるが、あの時は村の猟師に助けてもらった。
ギャング団の幹部捕縛なら場所さえわかれば短時間で終わらせられるかもしれない。
「カリン幹部の居場所は解っているの?」
「はい、どちらも貧民街の建物を不当に占拠してアジトにしているようです。子爵は何度か衛視を向かわせたのですが、大勢で向かうと行方をくらましてしまうんです」
「少人数で行動しないと捕縛は難しそうね」
「カミュさんこの依頼を受けるんですか?」
「ええ、そのつもりよ」
「ゴロツキとはいえかなりの数ですよ」
「大丈夫、それなりに訓練は積んできたから……詳しい場所を教えて」
「……解りました。でもくれぐれも無理はしないで下さい」
「衛視に連絡してくれる?」
「良かった。一人で行くつもりなのかと心配しましたよ。カブラスさんに連絡すれば何人かはよこしてくれるはずです」
「お願いね」
しばらく待つと揃いのプレートメイルを着た男が十人ギルドに入ってきた。
「ギャングの捕縛の件で来た、衛視のアインだ。で誰が依頼を受けたんだ?」
金髪をオールバックにした二十代半ばの男が訪ねる。
「私よ」
カミュが声を上げるとアインと名乗った男はあからさまに不満そうな顔をした。
「フンッ! 貴様のような小娘があの無法者たちをどうにかできると言うのか?」
その言葉を聞いてカリンが間に入る。
「カミュさんはギルド教官ロッツさんのお墨付きです」
「何?! あの鬼神ロッツが認めたのか!?」
「はい、テストで満点を取ったのは私が知る限りカミュさんが初めてです」
話を聞いていたカミュは小声でカリンに尋ねた。
「ねえ、ロッツってそんなに有名なの?」
「カミュさん、さっきも説明しましたけど本当に鬼神ロッツを知らないんですか!?」
「ずっとコリーデ村にいたから情報に疎いのよ」
カリンは呆れたようにため息をついた。
「はぁ……とにかく能力的にはカミュさんは問題ありません」
アインは納得したように頷き口を開いた。
「非礼は詫びる、すまなかった。ロッツが言うなら間違いないだろう。早速向かうか」
「ええ、よろしくね」
カミュはカリンからワイバーン及びジャッカルのアジトの場所を聞き、貧民街に向かった。
アジトの場所はどちらもよく知る場所だった。
「アインさん、ワイバーンとジャッカルの構成を教えて」
「いいだろう。ワイバーンはルカスをボスとして幹部が十二名、その下に十名前後手下がいる。総勢は約百三十名ほどだ。対してジャッカルはボスのウォードの下に幹部が八名、その下に四、五名手下がいる。総勢は四十名ほどだな」
「ずいぶん人数に差があるのね。それでよく二つが拮抗していられるわね」
「質の差だ。ジャッカルは数こそ少ないが腕に覚えのある連中がそろっている。ワイバーンは対抗するために頭数をそろえたみたいだな。ボスの方針の違いってやつだ」
カミュはどちらに行こうか迷ったが、まずは人数の少ないジャッカルのアジトに向かうことにした。
道中、カミュは道端に落ちている小石を拾っている。
「そんな石をどうするつもりだ?」
アインが訝し気に尋ねた。
「こっそり忍び込むには飛び道具が一番よ」
「?」
カミュは弓矢の類は持っていない、小石など投げても注意を引くことぐらいしかできないだろう。
アインの疑問は解決されないままジャッカルのアジトにたどり着いた。
そこは昔は立派な屋敷だったのだろうが、今では見る影もなくなっている。
噂では破産した商人の屋敷だったらしい。
調度品等金目の物はすべて持ち去られ、商業の中心が新しく作られた二番街に移ると土地の価格も下落。
貧しい者たちが周りに住むようになると、売却も出来なくなりそのまま打ち捨てられたようだ。
アジトから少し離れた場所でカミュはアイン達に言った。
「アインさん達はここで待っていてくれる」
「どういうことだ?」
「そんな目立つ格好じゃまた逃げられるかもしれないでしょ」
「しかし……」
「まかせて、そんなに時間はかからないと思うから」
カミュはアイン達衛視に離れた場所で待機してもらい、一人で建物を目指した。
建物の周りには塀があり、門前には男が二人立っていた。
カミュは先ほど拾った石を両手の親指で弾いた。
男の額に命中し二人とも昏倒する。
カミュは門に近づき中をうかがった。
敷地内には庭が広がっており、その奥に屋敷が見えた。
屋敷は二階建てでかなり広く作られている。
庭は長年放置されたことで、荒れ果てており木々や雑草が生い茂っていた。
その庭の所々に歩哨としてジャッカルのメンバーであろう男達が立っていた。
彼らは門番が倒された事には気が付いていないようだ。
カミュは素早く門の中に潜り込み、茂みに身を隠しながら歩哨の一人に近づいた。
男が腰に下げていたナイフを引き抜きながら口を押え茂みに引き込む。
茂みの中でナイフを喉元に当て男に質問した。
「幹部連中はどこ? 正直に言わないと、泣いたり笑ったり出来なくなるわよ?」
男は最初抵抗を見せたが、ナイフを少し横に動かし男の首に血が滲むと大人しくなった。
「大声をあげたりしたら解っているわね。小声で話しなさい」
男はガクガクと頷いた。
カミュはそれを見て男の口から手を離した。
「いっ、今の時間なら全員自分の部屋で寝てるよ」
「もうすぐ昼だってのにいいご身分ね。部屋の場所は?」
「にっ、二階にそれぞれ個室を持ってる。一番奥がボスの部屋だ。だが調子に乗るなよ、ボスは力で成り上がった人だ。ワイバーンのルカスみてえに金と策略でのし上がった奴とは違う」
「そう、情報ありがとう」
カミュは男の首に腕を回し締め落とした。
茂みを移動しながら庭にいた歩哨をすべて無力化する。
カミュは屋敷に近づき玄関横の窓から中をうかがった。
全部で五人、ロビーにあるソファーに座り談笑している。
外の異変には気付いていないようだ。
カミュは先ほど拾った小石を幾つか取り出し掌で転がした。
カミュは玄関を開け素早く乗り込む、男たちが体制を整える前に石を弾きこめかみや額に当てていく。
ロビーにいた五人は声を上げる間もなく意識を失った。
いきなり乗り込んでくるとは思っていなかったのだろう。
屋敷にはそれほど多く人はいないようだ。
音を立てないよう静かに二階に上がり、部屋を一つずつ確認していく。
部屋には幹部であろう者たちがいたが、女を連れ込んでいたり酒を飲んで寝ていたりして特に問題なく拘束できた。
男たちの衣服を使い手足を縛り、猿轡をかませると床に転がした。
女はおそらく娼婦だろう、カミュが目配せすると服を手に早足で部屋を出て行った。
カミュは都合六人を拘束し、ボスがいるという一番奥の部屋に向かった。
扉は観音開きの二枚戸で他の部屋と比べて作りが豪華だ。
恐らく主人の寝室だったのだろう。
カミュはドアノブをつかみ静かに回す、鍵はかかっていないようだ。
ドアを開け隙間から中に滑り込む。
部屋の中心にベッドがあり、その中でローブを羽織った金髪の女がこちらを見ていた。
その女以外、他に人はいないようだ。
「ノックもしないなんて無作法な客人ね」
女はそう言うとベッドを出てサイドテーブルに置いてあった鞭を手に取る。
「確認なんだけど貴女がウォード? 名前からして男と思っていたんだけど」
「名前を尋ねるなら、自分から名乗りなさい。ママに教わらなかったのかしら?」
女は妖艶な笑みを浮かべ言った。
「私はカミュ、傭兵ギルドの依頼でジャッカルのボス、ウォードを捕縛に来た。でウォードで間違いないかしら?」
「へぇ、貴女傭兵なの。そうよ私がウォード。貴女、なかなか腕は立つようだけど私には勝てないわ」
ウォードはそう言うと手にした鞭を振るった。
鞭はカミュが躱したことにより、背後にあった花瓶を襲った。
花瓶は割れるのではなく、切断されていた。
「驚いた? ブレードウイップって言うのよ……身の程知らずは切り刻んであげるわ!!」
そう言ってウォードは鞭を振り回した。
縦横無尽に振るわれる鞭が部屋の調度を切り裂いていく。
カミュはその全てを躱していく。
そのカミュの動きにウォードは焦りを感じていた。
カミュは先ほどからほとんど動いていない、それなのに攻撃がかすりもしないのだ。
全てが最小限の動きでよけられている。
カミュにはウォードの動きが全て見えていた。
彼女の基準はジョシュアとジャハドの戦いの記憶だ。
彼らの動きに比べればウォードの放つ鞭は亀のように鈍かった。
「なんで当たらない!?」
ウォードは驚愕しながら鞭を振る速度をさらに早めた。
「力があれば、もう誰にも奪われない!! 私は二度と奪われる側には回らない!!」
カミュはウォードの攻撃をかわしながら普通に歩いて近づいた。
もうすぐ剣の間合いだ。
これ以上近寄らせまいとウォードは鞭を振り上げ、叩き付けるように振り下ろした。
刹那、カミュの剣が閃いた。
「いくら早くてもジョシュアの剣よりは遅い」
カミュは振り下ろされた鞭をカウンターで根元から断ち切った。
「嘘!?」
切られた鞭を握りしめウォードは茫然としている。
「ジャッカル首領ウォード、貴女を捕縛する」
カミュは立ち尽くしていたウォードの首筋を柄で打った。
ウォードは気を失い倒れた。
断ち切った鞭を見ると小さな刃が無数に埋められている。
カミュはシーツを使いウォードの手足を縛った。
屋敷を出てアレンたちの元に戻る。
「制圧した。屋敷にいなかった奴がいるかもしれないけどウォードを含めて、七人は拘束してある」
「制圧だと……本当か? まだ一時間も経ってないぞ?」
「いいから行きましょ」
アレンたちは半信半疑でカミュに続いた。