マイユの戦い
国境の砦を落とした王国軍は帝国兵をオーバルに送り、ロードリアから到着した補充兵に砦を任せ帝国領内に進軍した。
王国軍はカミュの故郷であるラドバーン辺境伯領、王国の北東に位置するギルドール辺境伯領、王都の北のリルベス伯爵領、そしてロードリアの四か所から帝国に攻め込んでいた。
ラドバーンとギルドールについては帝国の排除に手間取り少し遅れていた。
ミュラーはリルベスから進軍した一団と合流し、帝都クラドリオンの南、マイユの街を目指していた。
■◇■◇■◇■
帝都クラドリオンは、寒さを嫌った皇帝により、帝国領中央から南に遷都された比較的、新しい街だ。
宮殿の玉座で皇帝ベギンナム三世は苛立った様子で軍を統括している将軍を見下ろしていた。
「この世界の主である予が、何故逃げねばならん?」
「万が一に備えてで御座います。ここクラドリオンはオーバルから近く、王国軍に取り囲まれる恐れが御座います」
「取り囲ませればよい。クラドリオンは街自体が要塞じゃ。どのような攻撃も効かぬ」
「ですが、長期戦となれば身動きが取れなくなります」
将軍の言葉をベギンナムは鼻で笑った。
「そちもクラドリオンに今、兵が何人いるか知っておろう?」
「はい、陛下の命で民を徴兵しましたので、現在は七十万程……」
「王国軍はどれ程だ?」
「分かっている限りですが、攻め込んでいるのは三十万と聞いております」
ベギンナムは満足気に頷いた。
「既に倍以上の兵がこの帝都に集まっておる。それは今後も増え、最終的には百万を超えるであろう?」
「仰せの通りで御座います」
「三倍以上の兵力で一体何を恐れる必要があるのだ?三十万の王国軍を踏み潰し、オーバルへ向け進軍する」
「……しかし、陛下。徴兵した者は予備役や子供老人を含んだ寄せ集めで御座います。とても軍隊とは……」
ベギンナムは玉座の脇に控えていたゲオルクに手を振った。
その仕草に将軍は目を見開く。
「陛下!? 私は陛下の御為に!!」
「そちはもうよい。その顔も声も飽きた」
将軍の腕を、処刑を司る大鎌の紋章が刻まれた鎧の騎士達が掴む。
「陛下!! 私は処刑されて構いません!! どうか北の旧都に!! 陛下!! 陛下!!」
玉座の前から引きずられる様に将軍は退出させられた。
その様子をベギンナムは一度も見ようとしなかった。
「ゲオルク、後任を選んでおけ」
「御意」
「それと、銃はどうなっておる?」
「既に五万程は量産出来ております」
五万と聞いてベギンナムは顔をしかめた。
「少ない。ゆくゆくは兵全員に持たせたい。職人を昼夜を問わず働かせろ」
「確かに銃を全員が持てば、子供であろうと敵が倒せますな」
「であろう。完成している五万は徴兵した兵に持たせ、マイユへ向かわせろ」
「足止めという訳ですな。このゲオルク、陛下のお考えにはいつも感心するばかりで御座います」
「世辞はよい。急げよ」
「ハッ」
街は皇帝の命で集められた人々で溢れかえっていた。
いかに巨大な街であろうと、七十万人全てを受け入れる余裕はなく、街からあぶれた人々は城壁の外で天幕を張って過ごしていた。
一人の老人が雪を降らせ始めた空を見上げ呟く。
「儂らどうなるんじゃろうな……」
「爺ちゃん、腹減ったよ」
「そうか、おいで儂のパンを分けてやろう」
「爺ちゃんは食ったのか?」
「ああ、年寄りは子供程食わんでも大丈夫なんじゃ」
老人はそう言って、まだ十歳そこそこに見える少年を連れ天幕の中に入って行った。
彼らの姿は、まるで故郷を失った難民の様だった。
■◇■◇■◇■
皇帝がマイユに兵を送るよう命じてから二週間が過ぎていた。
ミュラーはリルベスの軍勢を率いていた将軍ディアーヌと、クラドリオンの南マイユの街を眺めていた。
「暗い雰囲気の街だな」
「敵に囲まれて明るく騒いでる方がどうかしてますよ」
ディアーヌは王国でも珍しい女性の将軍だ。
年の頃は三十代半ば、豊かな黒髪を編み上げ一つにまとめている。
切れ長の瞳が、彼女の気性を現している様にミュラーには思えた。
「我々の方が数は多いし、兵の疲れも少ない。ミュラーには援護に回ってもらおうか」
ディアーヌは帝国の支配を受けなかったリルベスからの出兵した。
その為、彼女の率いた軍勢は、国境の砦一つと途中の小さな村や町を攻撃しただけだ。
ミュラー達の様に、領内の帝国軍と戦闘は無く損害は軽微だった。
「それは有難い。女傑と名高いディアーヌ将軍の戦、この目に焼き付けさせていただきます」
「その呼ばれ方は好きではない。兵達がそう呼ぶから、誰も嫁にもらってくれん」
ディアーヌは将軍だった父の後を継ぐ形で将軍になった。
しかし、それは親の七光り等では無く、純粋に彼女の実力だ。
彼女は自ら志願して軍学校に入り、そこを主席で卒業した。
父親がルドルフに反する派閥にいた為、辺境に飛ばされたがそこでも腐らず、賊の討伐や官憲の不正を暴く等精力的に活動した。
その功績が認められ、帝国との戦争が始まると隊長として前線で戦い、リルベスが帝国に侵略されるのを未然に防いだ。
将軍である父親が死んだあと、兵は挙って彼女を推した。
ルドルフもその声を無視出来ず、彼女を将軍に据えるしかなかった。
ルドルフの所為で左遷された将軍が多かった王国軍では、長く帝国と戦ってきた稀有な存在だ。
「どう攻めます?」
「いつもと同じだ。投石器と弓で城壁を攻撃しつつ、破門槌で門を破る」
彼女は手堅い戦術を得意としていた。
基本的ではあるが、それが一番効果的だから基本となるのだ。
「将軍。敵は銃や爆薬を使うかもしれません。お気を付け下さい」
「銃か……詳しく教えてくれ」
ディアーヌの攻撃に対し、マイユの守備兵は遠距離では弓やバリスタ、城壁に取り付こうとした兵には熱した油や大石を落とし抗戦した。
やがて門を破ると、ディアーヌは兵をマイユに突入させた。
門から城へ延びる大通りは、脇道に馬車や土袋がうずたかく積まれ、道が塞がれていた。
兵達は人気の無い街を不信に思いながら大通りを進んだ。
先発隊、一万程が街に入り込んだ時それは起きた。
一発の破裂音がその始まりを告げた。
周囲の建物に帝国兵が現れ、次々と銃を放ち、爆弾を投げ込んだ。
恐慌に陥った事で、被害は余計に増えた。
「退却!! 退却だ!!」
先発隊を指揮していた騎士が声を張り上げる。
彼が振り返り睨んだ道の先には、十代前半と思しき少年が、銃を構え彼を狙っていた。
「何故、子供が……?」
そう呟いた騎士の命は、少年が引き金を引いた事で逃げ惑う兵の中に消えた。
■◇■◇■◇■
ディアーヌは逃げ帰った兵からの報告を受け眉根を寄せた。
「ミュラーが言っていた懸念が現実の物になったな。攻城戦の時使っていなかったのは、我々を引き込むための罠だったという訳か……」
「将軍どうされますか?」
「城壁にいた敵兵はどうなっている?」
「我々が突入した時のまま、撤退しているようです」
ディアーヌは親指の爪を噛み、マイユの街の見取り図に目を落とす。
内部は、捕虜から聞いた情報と、兵からの報告で分かる範囲が書かれている。
「ミュラーの所に銃を使う部隊がいたな?」
「ミリディア子爵が作ったという銃士隊ですな」
「彼らの力を借りよう。鉄馬車を囮にして、敵兵を誘い出す、そこを銃士隊で攻撃する。正面の敵を倒したら騎馬隊で一気に城までの道を確保する。その後、兵を街に入れる。敵の銃は連発できんらしい、接近戦に持ち込んで撃破しろ。それと兵には全員、盾を持たせろ」
「了解です」
鉄馬車は文字通り鉄で出来た馬車だ。中に入れた馬に引かせ、その力で前進する。
鈍足だが弓も剣も効かない為、敵陣に迫る際、兵を守る盾として使われていた。
ディアーヌの命令はカミュを通してグラントに伝えられた。
銃士隊は門の正面の少し離れた場所に土袋を積み、その陰で待機していた。
その横をゆっくりと鉄馬車が数台進んでいく。
「あれに乗ってる奴、どんな気分なんだろうな」
隊員の一人がそんな事を呟いた。
鉄馬車が門を抜け暫くすると、敵の攻撃が始まった。
「標的は正面の銃を持った奴らだ! 撃ち方初め!」
銃士隊は鉄馬車に攻撃をしている銃を持った兵を次々と排除した。
グラントが覗いたスコープに、銃を持った少年の姿が映る。
「子供まで戦いに連れ出したのか……」
グラントは一瞬躊躇した後、引き金を引いた。
彼の放った弾は、少年の銃を破壊した。
少年は慌てて建物の影に逃げ込んだ。
よくよく見れば、銃を撃っているのは老人や太った中年の女、先ほどの少年以外にも子供の姿もちらほら見える。
とても兵士とは思えない人々だ。
グラントの戸惑いを他所に、鉄馬車は進み、小窓から帝国軍から奪った爆破筒を射出した。
老人も太った女も子供も爆発に巻き込まれ次々に死んでいく。
「なんだこれは……」
「隊長、俺は……俺はもう撃ちたくありません」
隣にいた隊員が、目に涙をためてそう訴えた。
「……銃の破壊を優先しろ。後は騎馬隊に任せよう」
「……了解です」
隊員は目をこすり、再び銃を構えた。
■◇■◇■◇■
その後、騎馬隊が突入した事で帝国軍の包囲は崩れ、街は王国兵で溢れた。
ディアーヌの指示で兵は盾を構え建物を捜索、隠れていた帝国兵達を犠牲を出しつつも排除していった。
街が兵で埋まるとディアーヌは城へ向けて降伏を勧告。
それを受け入れた街の領主とディアーヌは面会した。
彼の後ろには側近と思われる者達が愛想笑いを浮かべ並んでいる。
「お前に聞きたい事がある」
絹の衣を纏った異常に太った男がディアーヌに答える。
「一体何でしょうか?」
「何故、兵に交じって老人や女それに子供が戦っていたのだ?」
「……皇帝陛下の命です。彼らは陛下の命で徴兵された人々で正規兵です。何もおかしい事はありません」
ディアーヌは顔を歪め領主に問う。
「貴様らは皇帝の命なら、幼い子供に武器を与え戦わせるのか!? 唯々諾々と言われた事をするだけなのか!?」
「陛下のお言葉は絶対です。陛下は彼らを使い時間を稼げと我らに命じた。我々はその言葉に従っただけです。それに逆らえばどうなるか……」
「……そうか。よく分かった」
ディアーヌは保身だけを考え、思考する事を止めた男の首を刎ねた。
「おお……」
「何という惨い事を……」
惨いだと!? 貴様らが戦場に送り込んだ民たちはどうなのだ!?
民を守るべき貴族が肥え太り、城の奥で豪華な食事を取っている間に、雪の振る街でかじかむ手に銃を握っていた子供は惨くないというのか!?
ディアーヌは激高しかけたが、深く息を吸いそれを抑える。
怯えを見せる側近達に剣を向け、ディアーヌは口を開いた。
「民を矢面に立てる等、許しがたいが、この男の首で取り敢えずは降伏の証としよう」
「……我々は陛下の命に従っただけ」
「……陛下の言葉は絶対です。逆らう事は許されません」
こいつ等は皇帝という名の下種の機嫌を取る事しか考えていない。
彼女は側近達の首も同様にしたい衝動に駆られたが、ギリギリでその気持ちを抑えた。
ディアーヌは側近達を睨みつけ、部下に彼らを後方に送るよう指示を出した。
彼らにはオーバルで、精々苦役を担って貰おう。
吹き出しそうになる憤怒を、ディアーヌはそう思う事で耐えた。
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カミュは作戦を終えて、戻ってきたグラントの顔を見て思わず尋ねた。
今回騎士隊はディアーヌが言った様に後方にいて、街の様子は直接見ていない。
「どうしたのグラントさん、顔が真っ青よ……」
「……カミュ、必ず……必ず皇帝を倒そう」
「何があったの?」
「敵兵の多くは恐らく民間人だ……その中には子供も混じっていた」
「そんな……」
カミュは思わず街に目を向けた。
「こんな地獄はもう沢山だ……目の前に皇帝がいるのなら、銃弾を眉間に叩き込んでやるのに……」
「グラントさん……」
カミュはいつも冷静なグラントが怒りを顕わにする所を初めてみた。
ディアーヌはその後しばらくマイユに留まり、ラドバーンとギルドールの軍勢が合流するのを待って、クラドリオンに向け進軍する事にした。




