ゴーゴリとミュラー
手紙を投げ込んだ翌日、砦の前に並んだ帝国軍を見てミュラーは呆れた声で言った。
「本当に出て来るとは……砦にこもっておけば、幾らでも時間を稼げたろうに……」
帝国軍から立派な黒鋼の鎧を着た騎士が進み出る。
騎士は穂先の長い槍と巨大な盾を持っていた。
「王国軍将軍ミュラー!!! 私は帝国軍南方守備隊ゴーゴリ・スクラート!!! 貴様に一騎打ちを申し込む!!! 本当に私が無能かどうか、自身の手で確かめるがいい!!! まあ姑息な策に走る者は、大抵腕に自信が無い者と相場は決まっているがな!!!」
その声はミュラーのいる後方まで届いた。
「あれを書いたのは私では無いのだがなぁ……」
「どうされますか、将軍?」
「……大将同士の一騎打ち等、やや前時代的ではあるが、名指しされたら出ない訳にもいくまい……カミュの所で武具を借りて来る」
ミュラーは今後の事を考え、ゴーゴリの挑発に乗る事にした。
騎士隊のもとを訪れたミュラーに、カミュは心配そうに尋ねた。
「将軍自ら出なくても良いのでは無いのですか?」
「あれだけ大声で喚かれたら、王国軍全員に聞こえただろう。受けなければ士気に関わる」
「……影武者として、騎士隊の誰かが出るというのは?」
カミュの言葉にミュラーは笑みを見せた。
「カミュ、君は自分はどんどん危険な事をしていく癖に、他人の事となると臆病だな。心配いらない、これでも武闘派として知られたトーラス将軍の下にいたのだ。腕に覚えはある」
「……分かりました。ご武運を」
「ああ。ありがとう」
鎧を身につけながら、ミュラーはカミュに頷きを返した。
カミュの後ろにいたエゴールが、ゴーゴリについて口を開いた。
「将軍、あの男は槍には相当自信を持っていました。ですがそれ以外は大した事はありません。接近戦を挑めば有利に事を進められる筈です」
「接近戦か……カミュ、剣を借りていくぞ」
ミュラーは騎士隊の備品である緑光石の剣を、左右の腰に挿した。
副官を振り返り肩に手を置いて言う。
「死ぬつもりはないが、万が一の時は君が次の将軍だ。必ずクラドリオンまで攻め上り、皇帝を討て」
「ハッ! ですが、私はまだまだ未熟者ですので、閣下の下で学びたいと思っております!」
副官は敬礼してミュラーを見つめた。
「……私もだよ。もっとトーラス様の下で色々教わりたかったさ……君の期待に応えられるよう努力しよう」
ミュラーはトーラスから引き継いだ馬に乗り、王国軍の陣と砦の中間に広がる雪原に進み出た。
「私がミュラーだ!! ゴーゴリ!! 貴殿の挑戦を受けよう!!」
「待っていたぞ!! その首、この手で引きちぎってくれる!!」
ゴーゴリは馬を加速させ、すれ違いざまに槍を突き出す。
ミュラーはそれを剣で逸らしながら、突きの重さに内心冷や汗を流した。
ミュラーは筋肉はしっかりついているが、どちらかというと細身だ。
ゴーゴリは身長はミュラーとさほど変わらないが、重さは倍近くあるだろう。
スピードで翻弄する。ミュラーはそう決め馬を走らせた。
エゴールのアドバイスに従い、馬を寄せ両手に剣を持ち斬撃を加える。
盾に阻まれるが、それを無視してミュラーは攻撃を続けた。
ミュラーの連撃にゴーゴリは防戦一方となった。
黒鋼の盾が、少しずつ削られていく。
「おのれ小癪な!!」
苦し紛れで突き出した槍を、ミュラーは双剣で絡めとり、左手の剣を捨てその柄を掴む。
槍を脇に挟み込みミュラーは馬を後退させた。
槍を放し損ねたゴーゴリは、引きずられる形で雪原に落馬した。
受け身を取りきれなかったのか、うめき声を上げている。
「自身が無能では無いと証明し損ねたな」
起き上がったゴーゴリに剣を向けてミュラーは言った。
「クッ、このような屈辱耐えられるか!!」
ゴーゴリは盾の裏に手を伸ばし、取り出した物をミュラーに向けた。
破裂音が響き、ミュラーが大きく体勢を崩す。
その間にゴーゴリは雪原に落ちた槍を拾い上げ、馬上のミュラーに突き出した。
槍はミュラーの脇腹を捕らえたが、鎧の表面を滑り今度はゴーゴリが体勢を崩す。
転びかけたゴーゴリの体が、槍に支えられて止まった。
見上げると、槍の柄をしっかりとつかんだミュラーと目が合った。
兜の奥の瞳が、怒りに震えている。
「あ……」
「……別に銃を使うのが悪いとは言わん。だが一騎打ちに銃や炎を持ち出す者は許せぬ」
低く怒気のこもった声が響き、振り上げた剣が打ち下ろされた。
剣は兜ごとゴーゴリ―の頭蓋を両断した。
膝をつき倒れたゴーゴリから流れ出た血が雪原を染めた。
ミュラーが右手を突き上げると王国軍からは歓声が、帝国軍からはざわつきが起こった。
「貴様らの大将は死んだ!!! 砦を明け渡すなら、命だけは助けてやろう!!! 嫌だと言うなら皆殺しだ!!!」
ミュラーの声を聞いた帝国軍は、砦に引き返し硬く門を閉ざした。
「……そう上手くはいかんか」
そう呟いたミュラーに副官の率いた騎馬隊が駆け寄る。
「将軍、ご無事ですか!?」
「ああ、鎧のお蔭で助かった」
ミュラーの甲冑には頭に受けた銃弾と、脇腹に受けた槍により凹みと傷がついていた。
「頭の傷は大丈夫なのですか!?」
「一瞬、意識が飛びかけたが、問題ない……トーラス様の姿が頭に浮かんでな……」
「将軍……」
ミュラーも副官もトーラスが焼かれた時その場にいた。
一合も剣を交えることなく、トーラスは焼かれた。
戦争はどんなに美辞麗句を並べても、人殺しである事は変わらない。
ジャハドの行為は効率を考えれば正しいのだろう。
それでもミュラーはジャハドのした事に強い憤りを感じた。
「……大将の首を取ったんだ。恐らく近いうちに落とせるだろう」
ミュラーはそう言うと騎馬隊を連れて陣に引き返した。
彼が言った言葉通り、一週間後、砦の城壁には白旗が上がっていた。




