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剣の娘  作者: 田中
第十三章 帝国へ
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国境へ

 エゴールを騎士隊に加えた翌日、カミュは彼を連れナタリアのもとを訪れる事にした。

 エゴールが子供に戻ったという彼女の事を随分気にしていたからだ。


 一緒にいるというマーカスのもとを訪れると、ナタリアは彼の手伝いで荷物を馬車に積み込んでいた。

 カミュを見つけると嬉しそうに駆け寄ってくる。

 ナタリアはカミュの後ろに立っているエゴールを認めると立ち止まり帝国式の敬礼をした。


「副長、こんなところまで、どうされたのですか?」

「……カミュ殿、ナタリアは精神が子供になっているとお聞きしましたが?」

「そのはずなんだけど……」


 ナタリアの様子に、カミュもマーカスも、エゴールの見張りとしてついて来ていたトーマスも困惑していた。


「副長、わざわざ起こしになったという事は、新しい命令ですか? 先に言っておきますが、部下に無理な仕事させる上官は嫌われますよ」


「いえ、貴女の様子を見に来ただけです」

「鉄仮面の副長が、そんな気遣いをするなんて……よっぽど困難な仕事が持ち上がっているのですか?」


 カミュはナタリアが口にした、エゴールの仇名に思わず噴き出した。


「フフッ、鉄仮面とは言い得て妙ね」

「はい、カミュ。この人はどんな状況になっても、表情を変えないので団員達の間ではそう呼ばれているのです」

「……その事は知っていますが、面と向かってそう呼ぶのは貴女ぐらいですよ。兎に角、元気そうで何よりです」


 そう言うと、エゴールは笑みを見せた。


「……副長。まさか私に懸想しているのでは無いでしょうね? 私にはオーガという人がもういます。すっぱり諦めて下さい」


 ナタリアはそう言って、マーカスの腕に抱き着いた。


「ねっ、そうでしょう、オーガ?」

「お、おう」


 マーカスは突然抱き着かれて、どうすればいいか分からず固まっている。

 エゴールも珍しく驚いた顔をしていた。


「フフッ、そうですか。貴女は大切な人を見つけたのですね」

「はい!!」

「…カミュ、もう行きましょうか? どうやら元気のようですし」

「そう? それじゃまたねナタリア、マーカス」

「うん、またねカミュ」

「あ、ああ」


 カミュがそう言って手を振ると、ナタリアも笑顔で手を振り返した。

 その様子にエゴールは再度、驚きの表情を見せた。


「行くわよ、トーマス」

「はッ、はい!」


 普段のナタリアを知っている為、呆気に取られていたトーマスを連れ、カミュはその場を後にした。

 執務室へ向かう道中、エゴールが口を開いた。


「……驚きました。本当に子供に戻っているのですね……しかし何故先ほどはハッキリと受け答えを……」

「貴方の顔を見て、騎士団時代に戻ったんでしょう。彼女が本当に自分を取り戻すには時間がかかると思うわ」


「あのマーカスという方……小隊長でしたな。彼とナタリアは一体?」

「マーカスが原因で、ナタリアはああなったの。責任を感じて世話している内に懐かれたみたい」

「そうですか、しかしあのナタリアが……」


 カミュはエゴールが感慨深そうにそう言うので、それについて尋ねてみた。


「騎士団時代のナタリアは、どこか冷たく、それでいて心の底に怒りを抱えている様に私には見えました。あの様に誰かに寄り添ったりするタイプには見えなかったのですが……」

「そう……」


 カミュは彼女から聞いた父親の話を思い出した。

 彼女は帝国に徴兵され死んだ父親への想いを、帝国では無く王国を憎む事へ置き換えていると話していた。

 彼女が完全に回復した時、その想いは何処へ向かうのだろう。


 その事はいま考えていても仕方がない。カミュは気持ちを切り替えエゴールに尋ねた。


「ナタリアの事は、時間に任せるしかないわ。エゴールさん、ロードリアの北の帝国軍について教えてちょうだい」

「分かりました」


 エゴールを騎士隊に受け入れて十日後、準備の整った王国軍は北に向けて出発した。


 カミュはナタリアをエトリアに残していく事にした。


「どうして、ついて行っちゃいけないの!?」

「ナタリア、私達は戦争に行くの。これから戦況はもっと厳しいものになる。貴女の事を守りながらは戦えないわ」

「ヤダよ!! 置いて行かないで!!」


 ナタリアの様子を見たエゴールが前に進み出た。

 彼はナタリアをエトリアに残すと聞くと、是非それに同行させて欲しいと言い出したのだ。


「ナタリア、命令です。貴女はこの街で我々が戻るまで待機していなさい」

「副長……何故ですか?」

「貴女がこの街で待っているなら、あの男は必ず戻らねばならないからです」


 そう言ってエゴールはマーカスに目をやった。


「オーガ」


 マーカスはナタリアに歩み寄った。


「ナタリア、俺はそう簡単に死なねぇ。必ず戻ってくる……そんで戻ったら兄貴の所で一緒に暮らそう」

「ほんとう?」

「ああ、本当だ」

「わかった。じゃあナタリアここで待ってる……絶対帰って来てね! 絶対だよ!」

「おう、絶対だ」


 ナタリアは瞳に涙をためてマーカスに飛び付いた。

 優しく彼女の頭を撫でるマーカスの姿が強くカミュの心に残った。

 トーマスがぼやいている。


「なんで、あんな戦闘馬鹿にあんな可愛い子が……」

「妬かないの。トーマスにも、多分きっと素敵な恋人が出来るわよ……多分」

「……多分が多いです……隊長、戦争が終わったら、誰か可愛い子紹介してください」

「……」

「なんで無言なんですかッ!?」



■◇■◇■◇■



 エトリアの北にはいくつか街があったが、将軍のグレゴリーが最低限の守備兵を残し、殆どの兵をカサル攻略に向けていたので街の殆どは王国軍が取り囲むだけであっさり降伏した。


 街の住人は帝国の民とオーバルの民が半々といった所だったが、どの街もオーバルの民は奴隷として扱われていた。

 街を解放するごとに、兵達の中に帝国への怒りが高まって行くのをカミュは感じていた。


 ロードリアはほぼ戦闘らしい戦闘も無く、二か月ほどで解放された。

 その間に年が明けたりしてロードリアは戦勝ムードに湧いていた。


 ただ、帝国の民の問題は残っていた。

 兵の中には、帝国がしたように全員殺せばいいといった過激なものもあったが、ミュラーはそれを黙殺しすべてカリアに押し付けた。


 北進を始めてから初めて戦闘と呼べるものが起きたのは、ミュラーが予想していたように国境での事だった。

 帝国はエトリアが落ちた事を知ると、ロードリアの北、国境の砦に兵を集め王国軍を待ち構えていた。

 砦と向き合う形で陣を布いたミュラーは、カミュに砦についてエゴールの意見を聞きたいとカミュ達を呼び出した。


 季節は一番寒い時期を迎えていた。

 天幕の中には鉄製のストーブが置かれ、上に乗せられた薬缶が湯気を上げている。


「お呼びですか、将軍」

「ああ、すまんなわざわざ呼び出して、取り敢えず座ってくれ」


 ミュラーはエゴールの手枷をチラリと見たが何も言わなかった。

 二ヵ月以上行動を共にしていれば、手枷を嵌めた男の噂は嫌でも耳に入ってくる。

 彼は問題行動を起こすでもなく、街や村を解放する際も極めて協力的だったと聞いている。

 鎖は切られたとはいえ、一応手枷は嵌めているし、ミュラーはエゴールの事はカミュに一任しようと思っていた。


 カミュとエゴールは天幕に置かれた簡易のソファーに腰を下ろした。

 監視役のトーマスはエゴールの後ろに立っている。

 ミュラーは偵察隊に調べさせた地図をテーブルに広げ、その向かいに座った。


「さて、エゴール。早速だが砦の情報が聞きたい」

「はい、あくまで帝国がエトリアを押さえていた時の物ですが、常駐していたのは二万程、兵種は騎馬、歩兵、弓兵といたってシンプルなものでした。歩兵が一万、弓兵が七千、騎馬は三千程だったと記憶しています」


 地図に情報を書き込んでいく。


「あの砦の最大収容人数は分かるか?」

「そうですな……私が見た限りでは五万ぐらいが上限でしょう」

「五万か…。守りを固められると長引くな」

「……将軍。あの砦の指揮官が変わっていないのなら、手はあります」


 エゴールはミュラーを無表情に見つめそう言った。


「どんな手だ?」

「砦の指揮官はゴーゴリという男なのですが、彼は帝国の上級貴族です。短気でプライドが高く、辺境の砦の指揮官に選ばれた事が酷く不満な様でした」


「ほう、それで?」

「降伏するよう文を送るのです。彼の心情を逆撫でするように。きっと怒りに任せ兵を送り出す筈です」


 ミュラーはエゴールの提案について考えた。

 向こうが砦から出て戦ってくれるなら、それは願っても無い事だ。

 指揮官が変わっていたり、誘い出しに失敗してもその時は普通に戦えばいい。


「分かった。エゴール、君の案を採用しよう。文面は君が考えてくれ」

「了解です」

「よろしく頼む」


 その日エゴールは、トーマスに監視されながら、降伏を促す手紙を書きあげた。

 帝国語で書かれたそれを、ミュラーは確認して思わず苦笑を浮かべる。


「よくまあ、ここまで人の神経を逆撫でする物が書けるものだ」


 内容は上級貴族である彼を持ち上げながらも、辺境に飛ばされた事に触れ、帝国の能力主義に対する批判等が綴られていた。

 また降伏した際のオーバルでの地位についても書かれていた。


 要約すれば、お前は無能だから辺境に飛ばされた、オーバルなら血筋だけでそれなりの地位を与えるから、砦を明け渡し降伏しろという事だった。



■◇■◇■◇■



 手紙は弓で砦に投げ入れられ、ゴーゴリのもとに届けられた。

 彼は読み進める内、顔を真っ赤にして手紙を破り捨てた。


「私が無能だと!! ふざけおって!! 兵を出陣させる!! 準備しろ!!」

「ですがゴーゴリ様、敵はわが軍の倍です。砦を盾にしないととても……」


 興奮したゴーゴリは、怒りに任せ喚き散らした。


「貴様も私を無能だというのか!? 倍の兵力等、我が武勇で覆してみせる!! いいからさっさとやれ!!」

「……了解しました」


 副官は諦めた様にそう言うと、部屋を後にした。


「私が無能かどうか目にもの見せてくれる」


 荒く息を吐いたゴーゴリは、執務室の机に怒りに任せ拳を叩きつけた。

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