それぞれの役割
エトリアの城のミュラーの執務室。
そこでカミュはデスク越しにミュラーと向き合いっていた。
カミュのエゴールを部下にしたいという提案は、当然却下された。
帝国の騎士、それもエリート部隊、黒鋼騎士団の騎士隊長を軍に組み込む等、普通に考えれば有り得ない。
しかし、カミュはエゴールの持つ情報の有用性を訴え食い下がった。
「彼がいれば兵の損耗を抑えられると思うんです。例えば帝国の砦の情報や部隊の配置が分かれば、それを見極めるまでに失われる兵の命を減らせるはずです」
「彼のいう事が罠でないと言い切れるかね? こちらに潜りこむため、友好的な振りをしているのかも知れない」
ミュラーはそう言って、話を打ち切ろうとした。
「将軍、待って下さい……確かにその可能性は否定できません。でも彼を信じて助かる一万の命があるなら、私は信じてみたい」
「信じて二万失われたらどうするのだ?」
「……その時は、私の首を落として下さい」
「……何故そこまで、エゴールにこだわる?」
ミュラーは心底、不思議そうにカミュを見つめた。
「別にエゴールさんだけの話ではありません。私はミダスに来るまで、何でも一人で抱え込んできました。人に頼らず自分一人の力で何とかしようと……でも色んな人達に関わって思ったんです。出来ない事は頼ればいいって。実際そう言ってくれた人もいます」
「それで、帝国内の情報をエゴールに頼るという訳か?」
「はい、私はジェイクの様に隊の隅々まで目を配る事は出来ないし、マーカスの様に大剣を振り回す事も出来ません。それぞれの人にそれぞれの役割があると思うんです」
ミュラーは皮肉を込めた目でカミュを見た。
「エゴールの役割は、我々に内部情報を教える事だと? ……カミュ。君は何故、彼をそこまで信用するのかね?」
「笑っていたんです」
「笑って……いた?」
「はい。対話の時、私に跪いた事を彼は笑って話していました。その顔に嘘は無いと感じました……これは私の勘です。でも私はその勘に従って、これまでやってきました。外れていれば、私を処刑して構いません。部下に加える事を認めていただけませんか?」
カミュの言葉を聞いて、ミュラーは指でデスクを叩きながら左手の拳を口元にやりカミュを見る。
彼女は目を逸らす事無く真っすぐミュラーを見つめ返した。
「曲がりそうにないな」
「はい、曲げる気はありません」
先に目を逸らしたのはミュラーだった。
彼はため息を吐きながらカミュに言う。
「……条件付きで許可しよう。常に手枷を嵌める事。信頼のおける人間を見張りにつける事。そして裏切っていると分かった時は……君がその手でエゴールの首を刎ねたまえ」
「了解です、将軍……ありがとうございます」
苦笑しながらミュラーは口を開いた。
「まったく。毎回無茶ばかり言う奴だ……彼がスパイで無い事を願うよ。そうなったら君を処断しなければならん」
「スパイだったら、私の目が節穴だったという事です」
そう言うとカミュは微笑んだ。
「騎士隊も準備があるだろう? もう行け。エゴールの件はこちらで手配しておく。連れて行くといい」
「分かりました。では失礼します」
カミュは敬礼して、ミュラーの部屋を後にした。
その姿を見送りながら、ミュラーはカミュの事を少し羨ましく思った。
カミュが話した跳ね橋の件はミュラーも自分の目で見ていた。
命乞いでは無く、敵がまるで主君にするように頭を垂れる姿など見た事が無い。
あの娘には剣の腕だけでは無く、どこか人を惹きつける物がある。
「あれが英雄という奴なのかもな……ハハッ」
自分の言葉に笑って、ミュラーは仕事に戻った。
■◇■◇■◇■
カミュは城の地下。独房からエゴールを連れだした。
ミュラーの指示に従い、手枷は嵌めたままだ。
彼は信じられないという表情でカミュを見た。
「本当に私を部下に加えるのですか?」
「貴方が言い出した事でしょう? 責任取って、しっかり働きなさい」
「……はい、仰せのままに」
いつかのセリフを口にしたエゴールに笑みを見せながら、カミュは騎士隊のいる街の屋敷へエゴールを案内した。
ジェイクに言って小隊長を執務室に集めてもらう。
これまで騎士隊は規模の大きさから、副長のジェイクがカミュの言う事を補完して指揮を執っていたが、何度かの戦いを経て兵を率い戦う場面も多かった為、小隊長が十人前後を率いる形に変更されていた。
部隊長だったマーカスや戦闘能力の高い雪丸、元々取巻きのいたラムザの他、ジェイクが選んだ者達十名が執務室に集まった。
「カミュ、早くしてくれ。あんまりナタリアから目を放したくねぇんだ」
「マーカス殿はすっかりナタリアの保護者でござるな」
「隊長その男、見覚えがあるんですけど……」
一人の隊員の声で、視線がエゴールに集まった。
「この人はエゴール。跳ね橋で降伏を受け入れた、黒鋼騎士団の隊長よ」
「それで、なんで捕虜が隊長の横に居るんです?」
「彼を騎士隊に加える事にした」
カミュの言葉に、隊員たちはそれぞれが一斉に質問を口にした。
「黙れ!! ……カミュ、どういう事か説明してもらおう」
ジェイクが一喝し、隊員達を黙らせる。
「これから北進するにあたって、エゴールの持つ情報は大きな力になる。参謀として知恵を貸してもらおうと思ってるわ」
「そんな、スパイだったらどうするんです!?」
声を上げた隊員にカミュは目を向けた。
「裏切れば、私が自分で彼の首を落とす。将軍とはそういう約束になっている」
「そいつはこの前まで我々が戦っていた相手ですよ!?」
「それを言うなら、マーカスだってそうでしょう? 彼も反乱を起こした男爵の部下だったわ」
「マーカスは元々オーバルの人間じゃないですか!?」
反発は予想していた。
黒鋼騎士団はこれまで多くの王国の人々を殺めてきた。
簡単に受け入れられる筈がない。
「エゴールさん、皆こう言っているけど、何か言いたいことはある?」
「……そうですな。逆の立場なら、私も信用など出来ないでしょうね。ふむ、不信あれば何時でも誰でも、私を斬って下さって結構です。抵抗はいたしません」
エゴールは無表情にそう言った。
「そうかよ。だったら今ここで俺がお前を殺してやる」
隊員の一人、トーマスが剣を抜いた。
周りはざわめいたが、彼を止めようとする者は誰もいない。
カミュもじっと事の成り行きを見守っていた。
トーマスはエゴールの前に立ち、剣を振り上げた。
エゴールは無表情にそれを見つめる。
振り下ろされた剣は、エゴールの頭の上で止められた。
「なんで、ピクリとも動こうともしないんだよ!?」
「はて? 抵抗しないと言った筈ですが? ……貴方が私を疑わしいと思ったのならしようがありません。どうせ降伏の話が無ければ、エトリアの城で無くなっていた命です。ただ、カミュ殿のお役に立てず終わるのは少し残念ですが……」
そう言うと、エゴールは瞳を閉じた。
「クソッ! 抵抗もしない手かせを嵌めた人間を斬れるかよ!」
「……そうですか。では今少し、この命永らえさせて頂きます。仲良くやって行くのは無理でしょうが、皆様よろしくお願いします」
エゴールはそう言って頭を下げた。
「チッ、俺は信用した訳じゃねぇからな」
「ええ、分かっておりますとも」
トーマスは剣を収め、エゴールを睨みながら後ろに下がった。
「それじゃ、彼を仲間として扱っていくからヨロシクね。誰か監視役を付けないといけないんだけど……そうね、トーマスにお願いしようかしら?」
「俺ですか!? 一体どうして!?」
カミュはニッコリ微笑んで言う。
「貴方なら、監視の目を緩めたりしないでしょう?」
「当然です……分かりました。でもその手枷……もしかしてこいつの食事や下の世話も俺がやるんですか?」
エゴールの手かせは鎖が短く、そのままでは食事も酷く取りにくそうだった。
「そうね。確かに不便そうだわ。エゴールさん手を前に突き出してもらえる?」
「こうですか?」
突き出された手かせの間の鎖を、カミュは断ち切った。
「隊長、一体何を!?」
「流石に身の回りのことぐらいは、一人でやってもらいましょう」
「だって、手枷を付けるのが条件でしょう?」
「付けてるじゃない?」
確かに鎖は切れたが、手に枷はつけられたままだ。
「詭弁です! もし暴れたらどうするんですか!?」
「あら? うちの隊員は、丸腰の人間に後れを取るほど弱かったのかしら?」
「それは……分かりました。だがエゴール。少しでも妙な素振りを見せたら、すぐ叩き斬ってやるからな」
「はい、承知しております」
カミュは隊員たちを解散させた。
一人残ったジェイクがカミュに尋ねる。
「カミュ、あの男は本当に信用できるのか?」
「私は信用出来ると思う。月夜さんの話じゃ、彼は部下を救おうと必死で上役を説得していたそうよ。自分が命令とはいえ、どれだけ非道な事をしてきたかも分かっている。軍じゃ命令は絶対だけど、一欠片も疑問を挟まない人間よりはよっぽど信頼出来るわ」
「そうか……だが、もし裏切るようならトーマスが斬るまでも無く、私が斬り伏せる。それでいいな?」
「ええ、それでいいわ。それで騎士隊の補充要員なんだけど……」
カミュは何事も無かった様に話を続けた。
ジェイクは少し呆れながら、人員や武具についてカミュと話し合った。




