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剣の娘  作者: 田中
第十二章 緑光と黒鋼
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エトリア陥落

 エゴールの説得はやはり無駄に終わった。

 グレゴリーは城を死守せよの一点張りで、降伏など頭の片隅にも無いようだ。


 重い足を引きずりながら、執務室へ帰ると椅子に腰かけ天井を仰いだ。


 気を取り直し机に向かうと、机の前に奇妙な格好をした黒髪の娘がいつの間にか立っていた。

 エゴールは表情を変えぬまま娘に視線を送り、口を開く。


「王国軍の暗殺者ですか?」

「貴方と上官の話を聞かせて頂きました……提案が御座いまする」

「何でしょうか?」


「降伏なさいませんか? ……私は大恩ある方の命で、帝国軍の指揮を執っておられる方を探っておりました。エゴール殿は戦を止めたいご様子。我が恩人も無益な殺生は望んでおりませぬ」


 娘は真っすぐにエゴールを見ている。


「止めたいのであれば、将軍と私を殺せばいい。貴女なら気付かれる事無くそれが出来るでしょう?」

「私もあの方の御意思に従い、無駄に人を殺しとうは御座いませぬ」


「……随分、甘い事をおっしゃる。これは戦争ですよ。どちらかの大将が許してくれと言うまで、殺し合いが終わる事はありません」

「貴方はもう許して欲しいのでは無いのですか?」


 娘に言われるまでも無くエゴールは疲弊していた。

 彼はこれまでジャハドの下で彼の意に沿うよう動いて来た。


 どれだけ非道な真似をしても、それはジャハドの命令であると責任を押し付けて来た部分があるのも事実だ。


 軍の指揮を受け継ぎ、エトリアにいる帝国軍全体の命を背負う事は自分には重すぎると感じていた。


「降伏してどうなるのです? 捕虜になっても待っているのが死ならば、ここで死んでも同じでしょう?」

「あの方はそれを望まぬ筈です。血を流す事無く戦を終える事が出来るなら、喜んでその道を選ぶ方で御座いまする」


「……どうせよと言うのですか?」

「対話を……あの方と話していただきとう御座いまする」


 娘は一度もエゴールから視線を外さなかった。

 少なくともこの娘は、あの方とやらを本当に信頼しているようだ。


「……分かりました。ですが、対話の場所はこちらが指定させていただきます」

「はい、それで構いませぬ」

「では、南の跳ね橋の上、明日の正午でいかがでしょう?」


「承知いたしました」

「所で貴女の名前は? それとあの方とは誰なのです?」


「私の名は月夜。恩人の名はカミュ様、緑光騎士隊の隊長で御座いまする」


 エゴールは珍しく目を見開き、月夜を見返した。

 王国軍の勢いの源と彼が考えていた騎士隊の隊長。

 それが明日、目の前に現れる。


 一瞬、暗殺という言葉が脳裏に浮かんだが、エゴールはそれを即座に否定した。

 銃を使えば殺せるかも知れない、しかし殺した所で数による優劣は変わらない。


 逆に英雄を殺した事で王国軍の怒りに油を注ぐことになりかねない。

 そうなれば、エトリアにいる帝国兵は一人残らず殺されるだろう。


「名は既に知っておられるようですが、改めて名乗っておきます。私はエゴール・グロムキン。現在は将軍の代理でこの軍の指揮を任されている者です」


「これはご丁寧に。では私も。名は月夜、倭国の忍びで御座いまする。今は騎士隊にご厄介になっておりまする」


 エゴールは倭国と聞いて眉を動かした。

 エゴールも話に聞いただけだが、確か大陸の東、海を越えた先にある黄金の国の名だ。


「倭国……遠い異国の者が何故オーバルに……?」

「それには色々と事情が御座いまして……」

「これは失礼いたしました」

「いえ、では明日の正午、跳ね橋で」


 月夜はそう言うとエゴールに背を向けた。


「お送りいたしましょうか?」

「それには及びませぬ。では失礼いたしまする」


 月夜はそのままドアを開け部屋を後にした。

 エゴールはその後を追い、ドアを開け廊下を確認したが、月夜の姿はもうどこにも無かった。


 エゴールは不意に笑いがこみ上げて来た。

 オーバルは遠く倭国とも通じていたのだ。精鋭の騎士隊に人を組み込む程、密に。

 帝国は喧嘩を売る相手を間違えのだ。


「クククッ、なんと……なんと滑稽な話でしょうか」


 笑うエゴールを見回りの兵が気味悪そうに見たが、彼はしばらく笑い続けた。

 ひとしきり笑い、彼は部屋に戻った。


 執務室の椅子に座り書類に目を通していく。その表情はいつもの無表情では無く、とても晴れやかでスッキリとしたものに変わってた。



■◇■◇■◇■



 カミュは城から帰還した月夜から、エゴールとの対話を取り付けた事を聞かされた。

 その事をミュラーに報告すると、彼は当然の様に反対した。


「危険だ。君はロードリアの王国軍にとっては、剣聖の名を継ぐ者として象徴的な存在になりつつある。失う訳にはいかない」


「将軍、敵も味方も命を落とさずに済むかも知れないんです。私はこのチャンスを逃したくありません」


「そのエゴールという男を信じるというのか?」

「エゴールではありません。エゴールが降伏したがっていると言った月夜さんを私は信じているのです」


 ミュラーは腕を組み、目を瞑って黙った。


「……私も兵に犠牲は出したくない。良いだろう。降伏については君に一任する……ただし油断はするな」

「はい、心得ています」



■◇■◇■◇■



 跳ね橋の前には王国軍が並んでいた。

 中央には騎士隊の姿が見える。


 翌日の正午、約束通り跳ね橋は下りた。

 跳ね橋の中央にエゴールが進み出た。彼の後ろには黒鋼騎士団が控えている。


 カミュは跳ね橋の前に整列した騎士隊から歩み出た。

 その姿に両軍からざわめきが起こる。


 彼女は丸腰で鎧も身につけてはいなかった。

 そのままエゴールの前まで歩み寄る。


 エゴールはその時、初めてはっきりとカミュの姿を見た。

 陽光を受けて輝く赤い髪の下に、銀色の瞳が光っていた。


「銀の……瞳……」

「貴方が城の帝国軍を指揮しているエゴールさん?」

「……そうです。黒鋼騎士団一番隊隊長エゴール・グロムキンです」

「私はカミュ・ハーテッド、緑光騎士隊の隊長よ」


 カミュはエゴールが、月夜から聞いていた印象と違う事に気付いた。


 月夜は無表情な金髪の殿方と言っていたが、彼の表情は緊張の為か少し強張っている様に見えたが柔らかいものだった。


「しかし、豪胆な方ですね、鎧も着けずに。暗殺されるとはお考えにならないので?」

「私を殺しても、王国軍は止まらない。それにこれは話し合いでしょう? 武器や鎧はいらないわ」

「フフッ、団長より先に貴女に会っていれば、私は貴女の下についたでしょうね」

「別に今からでも遅くないわよ」


 カミュの答えにエゴールは大声で笑った。


「いや、失敬。器の大きな方だ。今まで非道の限りをオーバルで尽くした私を部下にすると言われる? 我々に対する恨みは無いのですか? 師である剣聖を殺したのは我々なのに?」


「憎しみも怒りもある。でも今は戦争を終わらせる為に戦っている。これ以上、私の様な思いをする人を無くす為に。その為だったら、私は何でもするし、何でも使うわ」


 真っすぐな銀の瞳が本当にそう思っているのだと語っている。

 エゴールはこの赤い髪の娘がジャハドに勝った理由が分かった気がした。


 彼女は確かに剣聖の弟子だがその剣に固執していない。

 剣を使っているのは一番使いやすいからだろう。


 成程な、この娘には同じ銀眼のベクフットでもきっと勝てない。

 エゴールにそう思わせる何かが、今のカミュにはあった。


「……分かりました。降伏します。私の首は差し上げますので、他の者には寛大な処置をお願いします」


「捕虜の命は保証する。私の命に掛けて。それといらないわ、貴方の首なんて。オーバルの人たちに悪いと思う気持ちが少しでもあるなら、働いて返してちょうだい」

「仰せのままに」


 エゴールはそう言うと、跪き頭を垂れた。

 帝国兵達はその様子にざわめきを上げた。

 カミュは慌ててエゴールに言う。


「何してるの!?」

「いや、なんというか。急にこうするべきだと感じまして。こんな気持ちは初めてです」


「いいから立って、立って。とにかく、降伏するって決めたんなら、それを部下に伝えてちょうだい」

「了解です。では後ほど」


 そう言ってエゴールは立ち上がり、城へ戻っていった。

 彼は部下に降伏した事を伝えた。


 中には皇帝への忠誠心の為、憤り徹底抗戦を訴える者もいたが、エゴールが無表情に「では全滅するまで戦いますか?」と問うと押し黙った。


 部下に降伏を伝えた後、エゴールはグレゴリーのもとを訪れた。


「閣下、我々は降伏しました」

「こっ、降伏だと!? どういう事だエゴール!?」

「このまま戦っても、無意味に押し潰されるだけです。それならば、命は無駄にしない方がいい」


「貴様!! 皇帝陛下に受けた恩を忘れたか!?」

「はて? 受けた恩義の分は働いて返したと思っておりましたが?」

「こっ、この不忠者がぁ!! 所詮は……傭兵……この平民出が!! はぁ、はぁ」


 興奮したグレゴリーは胸を押さえ荒く息を吐いた。


「あまり興奮なさらない方がよいでしょう。我々は王国軍に下ります。閣下は皇帝への忠義を存分に貫いて下さい」


 エゴールはグレゴリーに敬礼し、部屋を後にした。


「待て……エゴール! 話はまだ……終わって……おらん! 待つ……のだ!」


 グレゴリーは一人、声を上げ続けた。

 その日、エトリアは約八年ぶりにオーバルの物となった。

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