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剣の娘  作者: 田中
第十二章 緑光と黒鋼
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暗殺の夜

 王国軍がエトリアの南に陣を布いて三日目、街の門が開き数百人の人が陣に向かって来た。

 城門はすぐに閉じ、彼らには矢が射かけられたがすぐにそれも収まる。


 人々は汚れた衣服を纏い酷く飢えた様子だった。

 ロードリア辺境伯領の王国軍は、現在トーラスの副官だった男ミュラーが軍を臨時で率いていた。

 彼は人々を陣に迎え入れ代表者の男に話を聞いた。


 それによると彼らはエトリアで暮らしていたオーバルの民だという。

 帝国はエトリアを占領した後、帝国の民を街に入れ元々住んでいた住民を奴隷として労働に充てていたらしい。


 彼らはその一部で、王国軍が陣を布いた事と帝国の兵の数が街から減った事で逃走を計画。

 警備の隙を突き城門を開け街から逃げて来たそうだ。


「まだ街には家族が暮らしています。満足な食事は与えられず、妻も息子も痩せていくばかり。お願いです。どうか帝国を追い払い我々をお救い下さい」


 涙を流しそう訴える男にミュラーは尋ねた。


「街にはどれ程オーバルの民は残っている?」

「……占領されてすぐ、半数以上は殺された筈です。我々は家を追われ、その殺された住民の家に詰め込まれました」


「半数以上……戦争が始まった頃、エトリアには十万人程暮らしていた筈だ……五万人以上殺したのか」


 ミュラーは男の手を取り、口を開いた。


「安心してくれ。我々は帝国を駆逐し、必ず貴方に平穏な暮らしをお返しする」

「……おお。ありがとう……ございます」


 男は崩れ落ちミュラーの手にすがり泣いた。

 彼を兵に預け人々に食事と寝床を与える事をミュラーは副官に命じた。


 兵の風呂を解放し、予備の衣服を与える頃には人々の中には笑顔を見せる者も現れた。


「帝国が民を奴隷として扱っていたとは……」

「将軍どうされますか?」


「攻城戦を仕掛ける。帝国軍の出方を伺っていたがそんな余裕は無くなった。投石器と弓兵で城壁の上の兵を攻撃しつつ、破門槌で門を破りエトリアの街を解放する。作戦開始は明日の朝だ。兵にそう伝えろ」

「了解しました!」


 副官が彼の天幕から退出した後、ミュラーは怒りのあまり震える右手を押さえ呟いた。


「……帝国軍は皆殺しだ」


 その夜、王国軍の陣の中に作られた逃走して来た人達が眠る天幕で、十人程の男女が起き出し一人の男のもとに集まった。

 男は背の低い目の大きな男ニコだった。


「まずはぁ、騎士隊の居場所を探るぅ。歩哨に聞けば分かるだろう。分かったら部下に伝えろぉ」

「そいつ殺していいのか?」

「死体はちゃんと始末しろよぉ。あと遊ぶなぁ」

「へへッ、分かってるよ」


 彼らはニコのもとから散って行った。

 男は天幕に用意された簡易寝台に横になった。

 暫く待つと、一人の女がニコに近づき耳打ちする。


「見つけた。陣の南西に固まってる。歩哨は何人かいるけど皆よく眠ってる」

「そうかぁ。取り敢えず他の奴が帰ってくるまで待てぇ」

「ねぇ。その間に遊んじゃ駄目?」


 女の手にしたナイフには、既に血が付いている。


「帰ってくるまでだぞぉ」

「やった! お頭大好き!」


 女はニコの頬に口づけすると足取りも軽く闇の中に消えた。

 それ程時を置かずニコのもとに男女は戻ってきた。

 ニコに口付けした女の方は恍惚とした表情を浮かべている。


「では、始めるかぁ。まずは俺の小隊でぇ赤い髪の娘を殺す。他の奴は騎士隊の連中を殺せぇ。遊び過ぎると報酬が無くなるぞぉ」

「報酬か、久しぶりだな……やべぇ、立って来た」

「下品ねぇ」


 先ほどの女が、男の下半身を見て眉根を寄せた。


「うるせぇよ。ガキにしか興味の無い奴は黙ってろ」

「人の趣味に文句付けないで。だから大人の男は嫌いよ」


「お前ら、後にしろぉ。先に仕事だぁ」

「分かってますよ、お頭」

「はーい」


 彼らは光の届かない闇の中を騎士隊の天幕に向けて進み始めた。

 誰一人微かな物音一つ立てない。

 彼らは人としての一般的な生活は送れないが暗殺者としては一流だった。


 騎士団に入れられた時は反抗的な者もいたが、教えられている事が秘密裏に人を殺す為の物であると気付くと、熱心に訓練に励む様になった。


 何故なら彼らにとって殺人とは性欲に似た感覚で、時にそれを抑えられなくなるからだ。

 それを許してくれる場所は彼らにとって居心地の良い物だった。


 歩哨に立っていた兵の首にナイフが突き刺さる。

 まだ十代だろうその兵を抱え、女は顔を紅潮させている。


「仕事じゃなきゃ、もっとゆっくり遊んであげるんだけど……ごめんね」


 女は光の届かない天幕の影に兵を引きずり込み上から雪をかぶせた。

 彼らが騎士隊の天幕についた時、女性が二人、天幕から出てきた。

 片方は金髪、もう片方は赤い髪をしていた。


「寝る前にぶどうジュースをあんなに飲むから……」

「だって、甘くておいしかったんだもん」


 カミュに手を引かれトイレへ向かった。


「カミュ、終わるまでちゃんと待っててね」

「分かってる」


 ナタリアが木枠に囲まれた簡易トイレへ姿を消したのを見届けて、カミュはマントの下で腕を摩った。


「流石に冷えるわね。子供の頃はこんなに寒いと思わなかったけど……」


 彼女がナタリアを待っていると、周囲に信号が見えた。

 カミュを包囲するように近づいて来る。

 最初、信号に気付いた時、歩哨かと思ったがどうやら違うようだ。


 横から一気に迫って来た男のナイフをカミュは腕ごとマントで絡め、引き寄せた顔面に肘を打ち付けた。


「敵襲!! 敵襲だ!!」


 カミュが声を張り上げると、周囲の天幕から騎士達が飛び出してきた。

 彼らは剣だけ持ち着の身着のままで周囲を警戒している。

 中には下着しか身につけていない者もいた。


「隊長!! 敵は何処に!?」

「周囲の影に潜んでいる。気を付けて、結構手練れみたいよ」


 カミュが隊員達と話し剣を受け取っていると、隊員の一人向けナイフが飛んできた。

 それを叩き落し拾い上げるとカミュはナイフが飛んで来た方向に投擲した。

 闇の中でうめき声が聞こえ誰かが雪の上に倒れる音がした。


「私は大丈夫。貴方達は騎士隊を起こして回って!」

「了解です」

「飛び道具に気を付けて」

「はい!」


 隊員達にそう告げ、周囲に目を凝らす。

 カミュに言葉を受けた隊員達は天幕に戻って盾を取り周囲に散っていた。


 闇の中から信号が一つ近づいてくる。


「何故わかったぁ? 音は立てていない筈だぁ」


 背の低い目の大きな男がカミュに近づき問いかけてきた。


「言う必要はないでしょう」

「……その目ぇ。なるほどなぁ。エゴールの奴、重要な情報を忘れやがってぇ」


 そう言うとニコは不意に手にしたナイフを投げた。

 同時に暗闇の中から武器を手にした者達がカミュに襲い掛かる。

 カミュはナイフ躱し、襲い掛かって来た者達を次々と切り捨てた。


 それと同時に悲鳴が背後から上がった。

 思わず振り返ると、ナタリアの首にナイフが突きつけられている。

 ナイフを突きつけた男は、ニタニタと笑っていた。


「カミュ、怖いよぉ……」

「ナタリア……」


 カミュが歯ぎしりしていると、背後から声がかかる。


「剣を捨てろぉ。その女が大事なんだろぉ」

「その子は兵士じゃない! 心は子供なの! お願い解放して!」

「だったらぁ、早く剣を捨てろぉ」

「嫌ぁ!!」


 カミュが躊躇っていると、再度ナタリアが悲鳴を上げた。

 背後をチラリと見ると、ナイフを突きつけた男が、ナタリアの首に舌を這わせている。


「カミュ……助けて……」

「いい味だ。これなら血はもっと美味いだろう」


 ナタリアにナイフを突きつけた男は、ニヤつきながらそう口にした。


「分かったわ。これで良いでしょ」


 カミュは剣を投げ捨て、ニコを睨んだ。


「ククッ、馬鹿な奴だ。放す訳ないだろぉ」


 そう言うとニコはナイフを取り出しカミュに向けた。

 下手に動けばナタリアが殺される。カミュは必死に思考を巡らせる。


「……ナタリア。落ち着いて、貴女は騎士の筈。そんな男には負けないわ」

「きし……」

「そうよ。無敵の黒鋼騎士団の隊長でしょ」

「お前、さっきから何を言ってるんだぁ?」


 ナタリアの表情から、唐突に幼さが消えた。

 彼女は首に突き付けられたナイフを見ると、男の腕を持ち男の顔に後頭部を打ち付けた。


「グッ!」


 男が怯んだ隙にカミュに駆け寄り、ナタリアは尋ねる。


「どういう状況ですか?」

「取り敢えず、囲んでいるのは敵よ」

「敵? 王国軍ですか?」

「……そうね」


 男はナタリアが打ち付けた鼻から流れる血を拭い、憎々し気に二人を見た。

 ニコが疑問を口にする。


「どういう事だぁ? 騎士団の人間? ……まあいい。相手は二人だぁ、全員で掛かれぇ」


 ナタリアはカミュが捨てた剣を拾い上げ、襲って来た男を切り捨てた。

 カミュは近づいて来た女から、手斧を奪いその喉を切り裂く。

 二人は周囲の敵を次々に屠っていった。


 ニコは、カミュに飛び掛かりナイフで切りつけた。

 それを斧で弾き、二人は対峙した。


「黒鋼騎士団とはどういう事だぁ?」

「ヒッ」


 ナタリアはニコ以外を全て倒し戦闘が落ち着くと、短い悲鳴を上げ剣を落としてうずくまった。

 その様子にニコは首を傾げる。


「何だぁ? ……そうか分かったぞぉ。その女、狂っているのかぁ」

「彼女は狂っていない! 戦争で心に傷を負っただけだ!」


「理由なんてどうでもいいんだぁ……面白そうだぁ。そいつは連れ帰ってペットにしよう。大人になったり、子供になったりするのを見ながらぁ、少しずつ皮を剥ぎ取るんだぁ。楽しそうだろう? 今まで何人もそうしてきたがぁ、その女が一番やりがいがありそうだぁ」


 そう言ってニコは、うずくまるナタリアを見て舌なめずりをした。


「狂っているのはお前の方だ!!」


 ニコの言葉にカミュはそう答え、慣れない斧を投げ捨て一瞬で彼に迫った。


「武器を捨てるなんてぇ、馬鹿なのかぁ?」


 ニコはカミュにナイフを突き出す。

 カミュは突き出された右手首を掴み、拳を鳩尾に叩き込んだ。


「ぐえぇ」


 ニコはナイフを取り落とし、腹を抱えてうずくまった。

 下がった頭に振り上げたかかとを叩きつける。

 ニコの頭は陥没し彼は動くのを止めた。


 カミュはうずくまっているナタリアに近づき、彼女を抱きしめ頭を撫でた。


「怖かったわね。大丈夫、もう終わったわ」

「カミュ……カミュ……」


 ナタリアはカミュに抱き着いて涙を流した。


 その後、騎士隊は兵達と協力し、何人かの負傷者と死者を出しながら暗殺者たちを排除した。

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