剣の娘
城壁の上でカミュの一騎打ちを見ていたグラントは、いち早く帝国軍の動きに気付いた。
彼は城壁の中、弩用の小窓に隊員を配置させた。
「例の弾を渡した者は、黒鋼騎士団の弓隊を狙え! 奴らの矢は石壁を貫くらしい! 気付かれる前に仕留めろ! 他の者は弓兵を狙え!」
グラントの指示で、銃士隊は射撃体勢に入った。
彼は、こちらに直進してくる黒鋼騎士団の一隊に気付き、先頭の一人へ向けて緑光石の弾を放った。
弾は確かに当たったが、その騎士は怯んだ様子も無く進み、グラントがいる壁に右手を向けた。
ポンッという音がして、何かがグラントの近くに飛来する。
壁に当たったそれは、爆発し城壁をグラントごと吹き飛ばした。
壁を見上げ、カミュは息を飲んだ。城壁の一部が崩れ、煙を上げている。
城壁を吹き飛ばした騎士は、そのまま真っすぐカミュの前に馬を進めた。
それを追って似た甲冑を着た騎士達がその後ろに並んだ。
それに対する様に騎士隊もカミュの後ろに整列した。
遠くで見た時も異様に思ったが、近くで見るとそれはより顕著に感じられた。
曲線を多用した甲冑は人ではなく、何処か獣を思わせた。
腕には、筒の様な物が数本取り付けられている。
奇怪な姿なのに、不思議と美しいと感じた。
獣がカミュに言葉を掛ける。
「赤髪、お前、ジョシュアの所にいたガキだろう? 久しぶりだな」
「……ええ、久しぶりね。私の名はカミュ……黒鋼騎士団団長ジャハド。私はお前を倒す為にここに来た」
「奇遇だな。俺もお前を倒す為に来たんだ」
ジャハドはそう言うと、右腕をカミュに向けた。
「簡単に死ぬなよ」
ジャハドが手首を動かすと発射音が響き太矢が連続で放たれる。
カミュはオニキスを操り躱しながらナイフを放った。
ナイフはジャハドの左肩に刺さったが、傷を負わせた様子はない。
「グハハッ、弩では死なんか。いいぞ、もっと俺を楽しませろ!」
ジャハドはカミュを狙い左腕を突き出す。
左手の筒から炎が噴き出しオニキスの後を追う様に地面が燃え上がった。
カミュは再度ナイフを放つ。
「ナイフなど効かん!」
ジャハドは当たるに任せ右手を突き出す。
ナイフは右腕を捕え甲冑に食い込んだ。
と同時に破裂し周囲に煙を撒き散らす。
「煙幕か!? やるじゃねぇか!!」
ジャハドは大剣を構え周囲を警戒した。彼の周りを走る蹄の音が聞こえる。
音が急速に近づき死角から突き出された剣が甲冑の上を滑る。
「そこか!!」
頭を狙い振るった大剣は力を逸らされカミュの頭上をすり抜ける。
ジャハドはその勢いを利用して左手をカミュに向けて突き出した。
左手の火炎筒が火を噴く前に、カミュは突き出された筒に直剣を突き入れた。
直剣は炎を噴出する為の機関部を破壊し、周囲に油を撒き散らした。
ジャハドは舌打ちをするとカミュから間合いを取り、左腕から筒を外し投げ捨てた。
「やるな小娘。剣聖のジジィよりよっぽど歯ごたえがあるぜ」
「ジョシュアはお前に負けてはいない、これからそれを証明するわ」
「負けていないだと? どんな手を使おうが死んだら負けだぜ」
そう言うとジャハドは右手を突き出しグラントに放った爆弾の射出口をカミュに向けた。
カミュはその射出口を狙い礫を放つ。
礫は射出口の中で爆弾とぶつかり爆発、発射装置を吹き飛ばした。
「ぐおぉぉぉッ!!」
苦痛の声が戦場に響く。
見ればジャハドの右腕の甲冑は肘部分が吹き飛び、その下の肉は抉れていた。
「これで飛び道具は使えない。降りなさい、それでは馬を扱えないでしょう」
「……貴様、後悔するなよ」
ジャハドは馬から飛び降り地面に大剣を突き立てる。
そして腰の袋から取り出した何かを、面頬を上げ口に放り込んだ。
ジャハドはその後、右手の感覚を確かめると、何事も無かったかの様に大剣を担ぎ上げた。
カミュもオニキスから降りてジャハドと向かい合う。
「何をしたか知らないけど、無理するとその右腕、使えなくなるわよ」
「ハッ! 人の心配たぁ甘っちょろい小娘だぜ!!」
ジャハドはその巨体に見合わぬスピードでカミュに迫った。
担いだ大剣を勢いのまま振り下ろす。
カミュは大剣にそっと触れる様に剣を添わせ斬撃の軌道を変えた。
「チッ! ジジィの技か!」
舌打ちをしたジャハドは大剣を投げ捨て両手を握りしめる。
甲冑の前腕部から、黒い爪の様な刃が三本突き出し伸びた。
ジャハドはその爪の生えた両腕を掲げ獣の様にカミュに襲い掛かった。
爪の連撃を全てはいなしきれず、銀の鎧は少しずつ傷を増やしていく。
「クッ、早い」
怯んだ隙を見逃さずジャハドの爪は、カミュの頭を捕え額当てを弾き飛ばした。
転がって勢いを殺しカミュはジャハドから距離を取る。
こめかみから血が一筋流れ、顎を伝い落ちて雪の上に赤い華を咲かせた。
「俺がジジィと戦って何も対抗策を練って無いとでも思っていたのか? いくらいなす事が出来ても、スピードでそれを上回ればいい」
ジャハドはそう言って、爪をカミュに向けた。
「……そうね」
カミュはそう答えると籠手や胴鎧、外せるだけの防具を外していく。
そして最後に手にした剣を大地に突き立てた。
「自棄になったのか? そんな事すりゃ、一撃当たれば終わりだぞ」
「当たらないから問題ないわ」
「……このガキ……一瞬でバラバラにしてやる!!」
ジャハドはそんなカミュの態度が気に入らなかったらしく、叫びと共に彼女に迫った。
カミュはそのジャハドの踏み込みに合わせ自身も踏み込み刀を抜き放つ。
軌跡は弧を描き、振り上げたジャハドの攻撃より早く両手の爪を断ち切った。
「なッ!? 何だその武器は!?」
ジャハドは後ろに飛び警戒する様にカミュをねめつける。
「お前を倒す為、沢山の人の力を借りて作った……人を守る為の私の牙だ!!」
カミュは刀を鞘に戻し、腰を沈めた。
ジャハドは雪原に捨てた大剣を拾い上げた。
「沢山の人? 人をまもる? ハッ、くだらねぇぜ……俺はな、勝てりゃそれでいいのよ」
そう言うとジャハドは腰のポーチから爆弾を取り出しカミュの足元に投げつけた。
咄嗟に後ろに飛び直撃は避けたが、爆発は雪を粉の様に舞い上がらせ視界を塞ぐ。
白に閉ざされた視界の中、ジャハドの大剣がカミュに迫る。
彼はカミュが自分を見失ったと思っていたかも知れない。
しかしカミュの銀の瞳は舞い散る雪の中で、しっかりとその体が放つ信号を捉えていた。
カミュは短く息を吐き、ジョシュアの技を思い浮かべる。
あの時、ジョシュアが左足が使えず全ての力を発揮できなかった技は……カミュが日々研鑽を続けた剣は……鞘の中を走り解き放たれ、振るわれた大剣を切断し、甲冑に覆われた右腕を通り抜け。
その鎧ごとジャハドの胸を切り裂いた。
舞い上がった雪は大地に引かれ雪原に戻ってゆく。
視界が晴れた後には雪の上に倒れた黒い甲冑の獣と、それを見下ろす赤い髪の女が立っていた。
「ぐそぉ……俺は……俺はまだ……負けてねぇ」
斬撃は胸を切り裂いたがジャハドはまだ生きていた。
右腕は深く傷つき、二度と剣を持つことは出来ないだろう。
カミュは空を見上げ、ジョシュアやロイ、そして故郷で眠る父と母の事を思った。
うめき声を上げているジャハドを見下ろし口を開く。
「お前は負けた。ジョシュアの剣に。人の力が集まって出来たこの刃に。お前はそこでずっとそうして喚いているがいい」
カミュは飛ばされた額当てを拾い、最低限の装備を身につけるとオニキスに跨った。
「黒鋼騎士団団長ジャハドは剣聖ジョシュア・ハーテッドの娘、カミュ・ハーテッドが下した!! 勝敗は決した!! 騎士隊はこれより掃討戦に移行する!!」
「オオッ!!!」
零番隊は怯えと共にカミュを見ていた。
これまでジャハドが倒れた事など一度も無い。
「団長が……負けた……?」
「剣聖の娘……」
「まるで剣の申し子のようだ……」
「剣の……娘……」
カミュはオニキスを零番隊に向けた。
「命が惜しい者は降伏しなさい」
カミュが剣を零番隊に向け、そう勧告した時、飛来した矢が彼女の額当てをかすめた。
クリフの作った額当ては、矢の力を斜めに逸らした。
騎士隊がカミュの周囲に馬を寄せ彼女を守る様に盾を掲げる。
遠く、黒い甲冑の騎士が弓を構えている。
「……いい場面に……水を差すな」
部下に支えられた男は呟きと共に引き金を引く。
カミュを狙撃した黒騎士は城壁から鳴った破裂音の後、落馬して動かなくなった。
見上げるとジャハドが壊した瓦礫の影からグラントの顔が覗いている。
「すまん、寝過ごしたようだ。あいつ等は任せろ」
グラントは部下に体を支えられながら銃を掲げた。
カミュはグラントに頷きを返し、再度、零番隊に問う。
「降伏する気は無いのね?」
「我々は……我々は最強だ!! 零番隊、突撃!!」
副長の声は震えていたが、零番隊は命令に従い駆け出した。
カミュはオニキスを彼らに向けた。
「カミュ殿、後は拙者達に任せて下され」
「そうだぜ、カミュ。俺達にも少しは活躍の場を与えてくれよな」
「義兄上、切り込みまする」
雪丸の刀が、マーカスの大剣が、月夜の短刀が、零番隊の騎士達を刈っていく。
騎士隊も普段の彼らの何倍もその動きは冴えていた。
一方、零番隊は甲冑の力を活かしきれず、槍や剣に刺し貫かれ次々に討ち取られていった。
ジェイクはカミュに馬を寄せ少し誇らしげに言う。
「あいつ等の心は既に折れている……以前、君は士気について聞いたな。これがその答えだ」
ジャハドと零番隊を失った帝国軍はその勢いを無くし敗走。
エゴールは残存兵力を率い、エトリアまで退却した。




