勝つためには
緒戦の翌日、カサルの街は暗いムードに包まれていた。
トーラスの死は伏せられていたが黒鋼騎士団の強さは兵達の心に強く刻まれていた。
カリアは士気を盛り返そうと兵を鼓舞する演説を行ってみたが、彼が黒騎士に追われる様に街に逃げ帰った事は全員知っており効果があったとは思えなかった。
逆に帝国軍はカサルを落とそうと攻撃を始めていた。
カリアの首は取れなかったがたった一隊で敵陣深くまで突入し、辺境伯まであと一歩に迫ったジャハドの勢いは帝国兵達を活気づかせていた。
投石器が城壁を削るなか不安が王国軍を包んでいた。
「このままじゃ不味いな。いくら倍以上の戦力があってもこれでは勝つのは難しいぞ」
騎士隊は以前あてがわれた屋敷に駐留していた。
カミュの部屋でジェイクがそう話している。
「なにか目に見える劇的な戦果が必要だな」
その言葉にグラントが答えた。
現在、帝国軍は投石器による攻撃を行っている。
黒鋼騎士団が前面に出てくればそれを騎士隊もしくは銃士隊で倒し、けして敵わない相手ではないと印象付ける事も可能だろうが……。
「動くしかないわね」
「動くってどうする気だ?」
ジェイクの問いにカミュは答えた。
「騎士隊が中心となって騎馬兵で投石器を潰す。グラントさん達、銃士隊は黒鋼騎士団の弓隊が出てきたら対応をお願い」
「……危険だぞ。それにどうやって潰す気だ? ジェイクに聞いたが火薬を仕掛けている暇はないぞ?」
グラントの渋面にカミュは少し嫌そうに答えた。
「ジャハドが使った方法を使う。あいつの真似は気が乗らないけど……」
カミュは二人に作戦を語った。
その後、工兵隊のグスタフや月夜、カリアとも相談し作戦を煮詰めていった。
翌日準備の整ったカミュは門の前に整列した兵に向け作戦の概要を語った。
集まった騎馬兵一万五千は胡散臭げにカミュを見ている。
兵の中には騎士だけでは無く傭兵の姿も混じっていた。
「とにかくこの作戦はスピードが命です! 目的を遂げたら速やかに離脱、カリアの街に帰還してください! 殿は我々緑光騎士隊が努めます!!」
「本当に出来んのかよ……」
「俺はカミュを信じるぜ!!」
声を上げたのは、傭兵のスティーブだった。
彼もギルドの依頼を受けて、カリアに来ていたようだ。
「カミュはたった一人でミダスの街のギャング団二つを一日で壊滅させた!! 腕は一流だぜ!!」
「叫んでるのは誰だ?」
「あいつはスティーブ、うちのギルドじゃ稼ぎ頭さ」
「ミダスのスティーブか……聞いた事あるぜ」
声は伝播していき、傭兵達は少しやる気になったようだ。
だが依然として騎士達は渋面を作っている者が多い。
それを見て今度はジェイクが声を張り上げる。
「このカミュは、あの剣聖ジョシュアの最後の弟子だ!! 彼の逸話は知っているだろう!! 彼女はそのジョシュアから長年に渡り直接指導を受けた!! 疑う者は彼女と戦ってみるといい!!」
「剣聖の弟子だと!! 面白い!! では俺と戦ってもらおう!!」
騎士の一人が前に進み出てきた。
恐らく有力な貴族の子弟なのだろう。
立派な甲冑には金で紋章が刻まれていた。
「ジェイクさん。これから作戦なのに彼の体力を削りたくないわ」
「そんな暇も無くカミュなら一瞬で決められるだろう?」
そう言って笑うジェイクの言葉に、カミュはため息を一つ吐いて騎士と対峙した。
「俺は何人か剣聖の弟子を名乗る奴らと戦ったが、口ばっかりで本物は居なかった。貴様もその手合いだろう?」
「……いいから、早くして頂戴。時間が惜しいわ」
余りにやる気のなさそうなカミュに騎士は顔をゆがめ面頬を下ろした。
騎士は盾を構えカミュの周囲を騎士はゆっくりと回った。
カミュはいつも様に剣を持った手を下げた。
様子を見ていた騎士の間合いに一気に飛び込む。
騎士は盾を掲げ攻撃を防ごうとした。
カミュは盾で騎士の視界が塞がる様に体を低くして左側に回り込む。
騎士がカミュの姿を見失った一瞬をついて横から喉元に剣先を突き付けた。
「何だと……」
「動きが鈍いわ。その鎧、重すぎるんじゃない? 防御力は落ちるけど、部分的に外して機動性を上げた方がいいと思う」
カミュはつい騎士隊の人間に稽古をつけた時の癖でアドバイスをしてしまった。
「クッ、貴様に言われる筋合いはない!!」
騎士は盾を振り回しカミュの顔を狙った。
それを最小限の動きで避け開き切った体に突きを放った。
剣先は先ほどと同じく喉元に突き付けられる。
「その盾も体に合ってないわ。少し体が流されてるもの」
「ググッ、一度ならず二度までも、先祖伝来の武具を馬鹿にしおって!!」
騎士は怒りのまま剣を振り上げカミュに向かって振り下ろした。
カミュはその軌道を剣で触れることで逸らせ、地面に突き立ったそれを左足で踏み三度喉元に剣先を突き付けた。
「恐らく貴方のご先祖様はそれを扱うのに相応しい力を持っていたんだと思う。でも貴方はご先祖様じゃない。自分の体に合った物を身につけないと死ぬわよ」
騎士は中腰になりながらカミュを見上げた。
カミュの銀の瞳は騎士には自身を案じる様に感じられた。
「……参った。言う通りにしよう」
そう言うと騎士は集団に戻り、従卒に命じて腿や二の腕の装甲を外し始めた。
剣も盾も別の物に変えている。
カミュと騎士の立ち合いは彼女が剣聖の弟子であると証明するに足り得たようだ。
騎士の中には甲冑から部分的に装甲を外したり武器を変える者も現れた。
カミュは一万の騎馬兵を五千に分け出陣させた。
彼らには左右から攻撃を仕掛け投石器の前面に展開している帝国騎馬兵を引きつけさせた。
こちらの騎馬兵にはある程度戦ったら引き、投石器の近くから騎馬兵を引き離す事に注力して欲しいと伝えている。
帝国の騎馬兵が左右に散ったのを確認してカミュは残りの騎馬隊を率い街の門から駆け出した。
目標は投石器、数は約二百。
カリアの街の北の雪原に横に長く展開している。
その周囲は歩兵隊が守備していた。
カミュは途中でジェイクとは別れ後方からの援護を頼んだ。
カミュ達が雪原を北に向かって進むと左右から破裂音が響き、後方にいた弓兵が次々に倒れていく。
帝国兵が未知の兵器に浮足だっている隙をついて騎馬隊は投石器に接近した。
「放て!!」
カミュの指示で騎馬兵は導火線の着いた筒を投石器の守備兵に投げ込んだ。
筒は煙を吹き出し周辺の視界が遮られる。
混乱している守備兵を突っ切り投石器に一気に迫る。
「投擲!!」
カミュの号令でニ十五騎の騎馬兵が手にした火のついた瓶を投石器に投げつけた。
瓶は割れ中の液体を撒き散らす。
更に騎馬兵は筒状の物を燃え上がった投石器に投げつけた。
たちまち爆発が起こり、投石器はバランスを崩し横倒れになった。
「破壊確認!! 撤収!!」
月夜の煙幕と工兵隊が作った火炎瓶と爆弾は十分な威力を発揮したようだ。
他の投石器も殆どが使用不能になっている。
兵に帰還を命じ、カミュ達、緑光騎士隊は逃げ遅れた騎馬隊を救出しながらカリアの街に帰還した。
作戦が成功したのはフォローに回ってくれた銃士隊や騎馬兵の力が大きいが、戦場で敵を鎧ごと切り裂き進む騎士隊の姿は、他の騎士や傭兵の気持ちを大いに盛り上げた。
ジャハドは後方でその様子を見ながら、笑みを浮かべていた。
「楽しそうですね」
「ああ、仕掛けて来たのは昨日、俺に傷を負わせた連中だろう?」
「騎馬隊の中核にいたのは恐らくそうでしょう。十一番隊の生き残りが報告していた騎士隊の隊長。赤い髪の女だったそうですが、さっきの攻撃でも中心にいましたね」
ジャハドはエゴールの言葉に牙を剥いて笑った。
「面白れぇじゃねぇか。あいつは俺と同じ匂いがする。勝つためなら騎士道とかそんな事はどうでもいいって感じだ」
「次はどうしますか?」
「十一番隊を街の近くに送れ。一騎打ちの申し出を出させろ。どう動くか見てぇ」
「了解しました」
ジャハドは命令を伝えようと立ち去りかけたエゴールに声を掛けた。
「援軍はどうなってる?」
「新設部隊が一両日中にはこちらに着くそうです。まあどれ程使えるかはわかりませんが……それと伝令が砦が崩壊したと伝えてきました」
「……あのもぬけの殻の砦。罠だったか……砦の破壊の為に奴ら遅れてきたのか。物資はどうだ?」
「そちらは問題ありません」
「んじゃ、いい。エゴール、久しぶりの戦争だ。じっくり楽しもうぜ」
エゴールは肩をすくめ、ジャハドのもとを去った。
ジャハドは一人カサルを眺めながら呟く。
「さて、あの赤髪どうするかな?」
ジャハドは剣聖と戦った時以来、久しくなかった感覚が体を支配していくのを感じていた。




