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剣の娘  作者: 田中
第十二章 緑光と黒鋼
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平穏と破壊

 バルガスが砦の放棄を部下に伝えてから三日が過ぎた。

 既に砦に備蓄されていた食料や武具などは運び出され、兵達もカサルに向けて出発していた。

 残っているのは工兵隊と偵察隊の一部、騎士隊、銃士隊のだけだった。


 工兵隊は砦を破壊する為、各所に火薬を仕掛けて回っている。

 カミュ達が残ったのは彼らの護衛と最後の仕上げの為だった。


 今は砦から離れた森の中に隠れる様に野営用のテントを張り待機している。

 なお森に隠れているのはカミュの他、数名だけで他の者達は少し離れた場所で待機していた。


「カミュ。お腹空いた」

「もうすぐお昼だから少し待って」


 カミュは焚き火にかけた鍋をかき混ぜながらナタリアの頭を撫でた。


「マーカスと遊んでいらっしゃい」

「オーガ、かけっこ遅いからつまんない」


 ナタリアは他の帝国軍捕虜と一緒にカサルに移送される予定だったのだが、兵が連れ出そうとすると錯乱状態に陥り暴れまわった。


 騒ぎを聞きつけたカミュが駆け付けると彼女にしがみついて離れなくなったので、バルガスはカミュに任せると言い置いてナタリアを残しカサルに出発した。


 始めは騎士隊の姿に怯えていたナタリアだったが、全員カミュの部下だと知ると少し安心したようだ。

 特にマーカスには異常なくらい怯えていたが、カミュとマーカスの模擬戦を見てからは、本当に手下にしたんだと余り怖がらなくなった。


 今では彼女に対する責任感からか、面倒を良くみているマーカスに懐いているようだった。


「ナタリア、またカミュに引っ付いてるのか?」

「オーガ! ……だってお腹空いたんだもん」


 ナタリアはお腹を押さえマーカスを見上げた。


「しょうがねぇなぁ。干しブドウをやるから、こっちで大人しくしてろ。カミュも料理しづらいだろ」

「干しぶどう!? うん、ナタリア大人しくする」


 ナタリアは、マーカスから袋に入った干しぶどうを受け取り、焚き火の横で胡坐をかいたマーカスの膝に乗って袋から取り出した干しブドウを頬張った。

 その様子を見ていてカミュは少し笑ってしまった。


「まるで親子みたいね」

「俺はこんなデカいガキがいる程、歳食ってねぇよ」

「オーガにも一つあげる」

「おう、ありがとよ」


 ナタリアが差し出した干しブドウを食べながらマーカスはぎこちなく笑みを返した。

 そんな事をしていると、ジェイクがカミュのテントにやって来た。


「カミュ、偵察に出ていたロッド達が帰って来た。……マーカス。すっかりパパだな」

「うるせぇよ」

「ジェイクもブドウ食べる?」

「ああ、頂こう」


 ジェイクは差し出された干しブドウをつまみ、ナタリアの頭を撫でた。


「それで、ロッドはなんて?」

「北に三十キロ程行った所で、帝国軍が野営している。規模は約二万。中には黒鋼騎士団もいたそうだ」

「やっぱり、一気に大軍で踏み潰すつもりだったのね」


 焚き火に手をかざしながらジェイクが答える。


「ああ、黒鋼騎士団はエトリアに駐屯していた奴らが、全員参加しているみたいだ」

「読みが当たったようだな、カミュ」

「ええ、そうね」


 三人が話しているとナタリアが立ち上がり、カミュのマントの裾を引っ張った。


「カミュ、まだぁ?」

「そうね。そろそろいいかしら。ジェイクも食べる?」

「いや、私はグスタフに仕掛けの具合を聞いて来る。それじゃな、ナタリア」

「うん、バイバイ」


 ジェイクは手をナタリアに振ってテントを後にした。

 カミュは器にスープを盛り付け、ナタリアに手渡す。

 スープは干し肉と野菜が入った簡単な物だ。


「熱いから、よく冷まして食べるのよ」

「うん」


 ナタリアは手渡されたスープをマーカスに差し出した。


「あついから、よく冷まして食べてね」

「あ、ああ。ありがとよ」

「えへへ」


 マーカスは少し照れながらナタリアから器を受け取った。

 彼女は時折、会話の中で大人の口調になる事はあるが、殆どの場合は幼い少女のような受け答えをした。

 今の状況だとその方が都合がいいが、今後、孤児院に預けた後、ずっと子供のままという事も考えられる。


 その場合、マーカスは一生彼女の面倒を見ないといけないかも知れない。

 カミュはナタリアにスープの器を渡しながらマーカスに問い掛ける。


「マーカス、彼女を孤児院で預かるとして、ずっと子供のままだったらどうするの?」

「……そうだな。その時は死ぬまで俺が面倒みるつもりだ」

「面倒みるって言っても、騎士を続ければ……言いたくないけど、死ぬ事もあるかも知れないわ」


 カミュの言葉でマーカスは膝の上に座り、スープを口に運んでいるナタリアを見た。


「簡単には死なんつもりだが……兄貴に相談してみるか……」

「お兄さんって? 男爵領にいるの?」

「いや、俺は東部の出身だ。飛び出してきたから頼りにくいんだが、そうも言っていられんな」


 そう言うとマーカスは、ナタリアのスープで汚れた口元を布で拭ってやった。


「ん。オーガ、ありがとう」

「孤児院に預けっぱなしってのも悪ぃし、この戦争が終わったら家業を手伝っても良いかもな」

「家業? 何をやってるの?」

「家は東部で荘園を持ってる。ワインを作ってるんだ。家督が兄貴が継いだが俺とこいつぐらいなら受け入れてもらえるだろう」


 ワインといえば葡萄畑か、カミュはコリーデ村の葡萄畑を思い浮かべた。

 収穫された葡萄をたらいにいれて、カミュも踏んだ事がある。


「へぇ、凄いじゃない」

「凄かねぇよ。貧乏でな、領主自ら収穫作業や葡萄の世話やらをしなきゃならん。それが嫌で飛び出したんだ」


 カミュはマーカスが、葡萄を収穫している様子を思い浮かべた。

 以外と似合うかも知れない。


「まあ、家に戻ったら、嫁を貰えとうるさいだろうがな」

「だからウォードにプロポーズしたの?」

「なっ!? 何で知ってる!?」


 マーカスは珍しく慌てた様子でカミュを見た。


「だって、孤児院を仕切ってるのはウォードだもん」

「……そう言う事か。思いっきり振られたからな。あまり会いたくないぜ」

「オーガ、もてないの? 大丈夫だよ。大きくなったら、ナタリアがお嫁さんになってあげる」


 そう言ってマーカスを見上げ笑うナタリアに、マーカスは少し照れながら頭を掻いた。



■◇■◇■◇■



 二日後、双眼鏡で砦の方を見張っていた偵察兵が帝国軍を発見した。

 彼らは砦が無人である事に気付き、斥候を送り込んでいるようだ。


 危険がない事を確認した後、帝国軍は砦に物資を運び込み兵の何割かも砦に入る事にしたようだ。

 ただ、黒鋼騎士団はこのまま南進を続けるつもりらしく、砦の近くで野営の準備を進めていた。

 偵察兵から報告を受けたカミュも、森の中からその様子を確認する。

 隣に来たグラントがカミュに声を掛けた。


「どうする、すぐにかかるか?」

「いえ、帝国軍がカサルに向かうのを待ちましょう。帝国側も砦を中継地点として使うつもりのようだし、ここに物資があると思わせてから破壊した方が効果的だと思う」


「了解だ。グスタフ、狙うのは砦の壁にある赤い石でいいんだな?」

「おう、あの石が発火装置に繋がってる。撃ち抜けば、砦中に埋め込んだ火薬が爆発するぜ。何か所か仕掛けてあるから、上手くいかなかった時は、別の石を狙え」

「分かった」


 軍の規模が大きかったため帝国軍の足は遅かった。

 工作隊が城壁の中や内部の宿舎の壁、様々な個所に火薬を仕掛ける時間は十分に取れた。


「長い間世話になった砦もこれで見納めか」


 グスタフが望遠鏡で覗きながら感慨深げに呟いた。

 カミュも長い時間ではないが砦で過ごした時間を思い出し少し寂しく思った。


 更に二日後、黒鋼騎士団が守備兵を残し、砦を出発して十分に離れた事を確認したカミュは作戦を決行する事にした。


 森の中で雑嚢に乗せた銃を構えながら、グラントが銃の上の遠眼鏡を覗き込んでいる。

 カミュはその横に腹ばいになり双眼鏡で砦を見た。


「やるぞ」


 グラントはそう言うとレバーを操作し弾丸を薬室に装填した。

 彼は静かに息を吸い、吐き出し呼吸を止めた。

 引き金が引かれ、銃身から飛び出た弾頭は城壁の赤い石を撃ち抜く。


 暫くは何も起こらなかった。

 失敗したかとカミュが思った時、城壁の一部が轟音を上げて吹き飛んだ。

 その後、城壁が次々に爆発で吹き飛んでいく。

 それはやがて砦の内部にまで波及し、十分経たない内に砦だった物は瓦礫となって雪原に崩れ去った。


 双眼鏡には人が吹き飛ぶ様子が映し出されていた。

 更に、仕掛けた油で火の手も上がっている。

 炎に包まれ生きながら焼かれる人を、カミュは初めて目の当たりにした。

 その様子は、かつて故郷が焼かれた時の事を思い起こさせた。


 青い顔をしているカミュを気遣ってグラントが声を掛ける。


「大丈夫か? 作戦は成功だ。撤収しよう」

「……ええ」


 その後、待機していた騎士隊達と合流したカミュは、南下した帝国軍を追って移動を開始した。

 オニキスの背に揺られながらカミュの心には作戦が成功した事の喜びよりも、早く戦争を終わらせなければという思いが渦巻いていた。

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