それぞれの思惑
エディル帝国、帝都クラドリオン。
その中心、宮殿の一室で皇帝ベギンナム三世が豪奢な玉座の上で報告を退屈そうに聞いていた。
年の頃は三十代、金糸の入った絹の衣をまとい、その頭上には宝石をちりばめた冠が輝いている。
「……余の黒騎士が四分の一近く無くなったとな?」
「ハッ、黒鋼騎士団は全て旧オーバル領であるロードリアに集めておりましたが、最近になって派兵された部隊に倒されたようです」
ベギンナムは玉座に肘を付き拳の上に顔を乗せていた。
その顔が僅かに歪められる。
「多少なりとはいえ、余の持ち物を損ねるとは気に入らん……最近受け入れた王国貴族が居たな?」
「元侯爵のルドルフに御座いますな」
「そうじゃ。そのルドの下に王国の騎士がいたじゃろう?」
「確か、ガレスとライバーでしたかな」
「名前など、どうでも良い。その二人をロードリアに送れ。少しは役に立つじゃろう」
「流石、皇帝陛下。ご慧眼、このゲオルク、感服いたしました」
「世辞はいい。サッサとやれ」
「ハハッ」
摂政のゲオルクを右手で追い払い、ベギンナムは退屈そうに欠伸をした。
近衛騎士の一人に声を掛ける。
「ベクフット。何ぞ面白い話をしろ」
部屋の隅に控えて騎士が皇帝に歩み寄る。
四十代ぐらいに見えるその男の瞳は、銀色に輝いていた。
「では、本日は私が東洋を旅した時見た、鼻の長い巨大な生き物についてお話しましょう」
「ほう、どれ程大きいのだ?熊より大きいのか?」
「そうですな。背丈は民の住む家ぐらいはありました」
「ふむ、それ程大きければ、乗ればさぞ見晴らしも良かろう。余も一匹ほしい所じゃ」
「陛下の御為とあれば、不詳ベクフット、今すぐにでも捕えてまいります」
「よい。どうせオーバルを手に入れれば、次は東に手を伸ばすのだ。焦る必要も無かろう」
「御意」
戦場から離れた暖かい部屋で楽師が奏でる音楽を背景に、ベギンナムはベクフットが語る東洋の話を余り興味なさそうに聞いていた。
彼が命じた南征でどれほどの人が死んだのかベギンナムは知らない。
知る必要もないと考えていた。
この世界は自分の為に有り、他の人間は彼の願望を満たす為の道具に過ぎないと思っているからだ。
だから、オーバルが中々彼の物にならない事に少し苛立ちを感じてはいたが、必ず手に入ると信じていた。
彼の贅を尽くした生活も終わりに向かっているのだが、その事を宮殿にいる誰もこの時は気づいていなかった。
■◇■◇■◇■
ロードリア領の領都、エトリア。
将軍であるグレゴリーが、二人の男を値踏みするように見ていた。
「陛下が直々に送って来ると言う事は、さぞかし有益な情報を持っているのだろう」
「いえ、あの……」
ライバーの言葉を遮ってガレスが声を張り上げる。
「当然です! 我々に任せていただければ、砦を落とし、カサルに居る辺境伯の首を閣下に献上する事もたやすいでしょう!」
「……ほう、これは頼もしい。では早速だが黒鋼騎士団に従軍しその力を貸してもらおう」
「了解しました」
グレゴリーの部屋を後にした二人は、ジャハドの部屋に向かって歩いた。
二人は送り出される際、黒鋼の武具を受け取っていた。
鎧を鳴らせ歩くガレスにライバーが不安そうに話しかける。
「ガレス様、私は皇帝に伝えた情報以上の事は知りませんよ」
「大丈夫だ。どれ程強力でもたかが百人。帝国軍の力を使えば簡単に倒せる」
「じゃあなんで、今まで出来なかったんです?」
「しれた事。帝国の将軍共が無能だったからだ。私が軍の実権を握れば、オーバル等、容易く支配して見せるわ」
ガレスには自信があった。
これまで戦争が膠着状態にあったのは、帝国の前線に居る将軍達が本気では無かったからだとガレスは考えていた。
実際ガレスが帝都で兵について尋ねると、帝国には二百万以上の余剰戦力があるという。
それはオーバル全体の兵力を遥かに超える。
負ける理由がない。
そうガレスは考えていたが、二百万というのは予備役や徴兵出来る人数であって、その中には寒村で暮らす老人や子供も含まれていた。
また、戦争が長引いていた原因は、ルドルフが様々な工作をした結果、オーバル側が一枚岩になっていなかった事も大きい。
彼が帝国に亡命した事で、ルドルフについていた有力貴族は、伯爵達によって排除されつつある。
更に独立を宣言していた地方領主や都市も、王国に帰順の意思を示し始めていた。
その事を知らないガレスは、勝利を確信しジョセフィーヌの顔を踏みにじる自分を想像していた。
歪んだ笑みを見せるその顔を、ライバーは不安げに見つめた。
ジャハドは並んだ二人を順繰りにねめつけた。
「フンッ、国を売った騎士ねぇ。まあいい、戦列に加われ。働き次第では話を聞いてやらんこともない」
「ハッ! ありがとうございます!」
「あっ、ありがとうございます!」
部屋を出た二人を無表情に見ながら、エゴールがジャハドに尋ねる。
「団長、あの二人、本当に戦列に加えるんですか?」
「皇帝が寄越したんだ。置いていくわけにもいかんだろ?」
「……あのガレスという男、なにやら危うい雰囲気でしたが……」
「死んだらそれまでよ。そうだな、十一番隊にでも割り振っておけ、どうせ半端者だ」
「了解しました」
アヨセが死んで逃げ帰った十一番隊は繰り上がる形で副長がまとめていた。
だが隊にかつての覇気は無く、ジャハドは捨て駒として使おうと考えていた。
さっきガレスに言った言葉は嘘ではない。
もし彼が十一番隊で生き残るようなら話ぐらいは聞いてやろうと考えていた。
それぞれの思惑を乗せて黒鋼騎士団はエトリアから出陣した。
■◇■◇■◇■
エトリアとカサルの中間地点、カミュ達の居る砦では、バルガスの部屋に部隊の隊長たちが集められていた。
「砦を放棄する事が決まった」
「放棄どういう事です!? 城壁の修繕も終わったばかりだというのに!?」
騎馬隊を率いる騎士が疑問の声を上げる。
「これまで前任の将軍はここを奪い取る事に必死だった。戦略的に考えればおかしな事では無い。だがこの砦はオーバルが一つになる前、この領が国だった頃に作られた古い砦だ。兵の収容数も少なく大軍相手では踏みつぶされるだけだろう」
「しかし、放棄すれば帝国に足掛かりにされます」
歩兵隊の隊長が冷静に意見を口にした。
「分かっている……砦は我々の手で破壊する」
「なっ……本当ですか?」
「砦に火薬と油を仕掛け城壁を崩し砦を無力化する。破壊は最低限の人員で行う。他の者はカサルに向かう。工兵隊は早速準備に取り掛かってくれ。カサルから必要な資材は届いている筈だ」
グスタフはそれを聞いて口を開いた。
「砦を壊してカサルに引きこもるんですかい?」
「いや、カサルにはオーバル中から兵が集まっているそうだ。それをもって北進を開始する。エトリアのみならず国境を超え、帝国の首都クラドリオンまで攻め上る」
「ホントかよ……」
バルガスが集まった隊長たちを見回した。
全員真剣な顔で、バルカスの言葉を待っている。
「国は十年続いた戦争を終わらせるつもりだ……実を言えば私もさっさと終わらせて、機嫌よく酒を飲みたいとずっと思っていた。諸君らにも、私と一緒に酒を飲んで欲しいと思っている」
「マジですか……千人長は飲むと話が長いからなぁ……」
ロッドの軽口に笑いが漏れた。
「……ロッド、お前とは特に美味い酒が飲めそうだ」
「うへぇ。勘弁してほしいぜ」
「とにかく、戦争を終わらせる為、皆踏ん張って欲しい。話は以上だ。各自撤収に向けて準備にかかってくれ。カミュ、お前は残ってくれ」
「はい」
カミュは他の隊長達が居なくなった部屋で、バルガスと向き合った。
「お前の騎士隊は銃士隊も含め、自由に動けとの指示が出ている。軍と行動を共にするが、基本的には独立部隊として動く事になるだろう」
「軍の作戦には参加しなくていいのですか?」
カミュの問いに頷きを返しバルガスが続ける。
「基本的にはな。ただ、ロードリアには黒鋼騎士団がまだ残っている。あいつ等を潰してもらえると大分助かる」
「そちらは承知しています。一気に潰すのは難しいでしょうが、必ず全て倒して見せます」
カミュの顔を見ながらバルガスは少し笑みを見せた。
「そんなに気負うな。この砦には黒鋼騎士団から鹵獲した武器もある。カサルなら奴らの装備を材料に武具を作り出す事も出来るだろう。お前の隊だけで全てを相手にする訳ではない」
「……はい……私そんなに張り詰めて見えましたか?」
「ああ、全部、自分でどうにかしてやろうという顔だったな。お前は一人ではない。剣聖殿も様々な人たちの協力を得て事を成してきたのだ。それを忘れるな……話は以上だ。下がって良い」
カミュは部屋を出る直前、バルガスに向き直り敬礼した。
「ありがとうございます。一度言われた事を思い出す事が出来ました」
「また張り詰めた顔になってるぞ。ロッド程、砕けろとは言わんが少し肩の力を抜け」
「……フフッ、了解しました。千人長殿」
再度、敬礼をしてカミュはバルガスの部屋を後にした。
自室に向かうカミュの顔からは、憂いが消えていた。




