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1.ウィッチ・ガーデンを探して(4)<終>

 魔女の薬草園は、森の南東。澄んだ泉の傍にあった。

 朽ち果てた小屋が一つ。手製の柵で囲われた畑が一つ。柵は壊れていて、畑と森の境目が曖昧になっている。

 森を侵食しているという薬草は、ギルドの依頼票に記載されていた。熱さましや痛み止めの材料となる、そう珍しくもない草だ。

 袋いっぱいに集めるのは難しくなかった。駆除を依頼されたくらいだ。本当に、そこかしこに生えている。一袋程度では駆除にならないから、またすぐに依頼が出されることになるだろう。


 依頼の薬草を集めた後、アシュリーは小屋の中を覗き込んだ。

 中はほこりっぽく、苔むしている。ベッドが一つと、水場が一つ。本棚と、椅子と机が一つずつ。

 窓が南側に一つ。窓の反対側に、姿見が一つある。ここに住む「魔女」は、きっと女性だったのだろう。

 蜘蛛の巣の張った姿見に、アシュリーの姿が映る。

 背は高くもなければ、低くもない。くたくたの旅装と、厚手のフード付きローブ。目深にフードをかぶったアシュリーの全身、姿見に収まっている。

 ――ああ、そうだ。

 森を抜けたから、もう頭上を警戒する必要はない。フードを外すと、姿見の中に移る姿も変わる。

 ありふれた栗毛色の髪に、同じ色の目。邪魔になるからと、雑に切ってしまった髪。特徴の薄い飾り気のない顔は、ともすれば少年に見えるかもしれない。

 ――跳ねてる。

 が、アシュリーは少女だ。ざっくりと切られた髪の、外にはねた一房を、そっと手で直す。なけなしの乙女心だ。

 もっとも、ノエルの前には、そんな乙女心など灰燼に帰す。

「アシュリー、まだ?」

 姿見の中に、遅れて入ってきたノエルが映る。アシュリーとノエル。鏡の中に並ぶ二人の姿に、アシュリーは目を逸らした。髪がまた跳ねても、もう直す気にならなかった。

「まだ、じゃなくてこれからするの」

 鏡から離れ、アシュリーは本棚に近付く。魔術書の類は魔女狩りの時に燃やされたのか、ほとんどない。隙間の多い棚に、薬草の図鑑や料理の本。無害そうな本が並ぶ。

 それを、アシュリーは端から手に取る。中に、役立つメモや紙が挟まっているかもしれない。

 森の薬草駆除の依頼。アシュリーにとっての本来の目的は、この魔女の家の方だった。魔女狩りに遭い、火刑にされたと言われる魔女。どうやら彼女は、他の魔女たちとつながりがあったらしい。

 魔女たちの交友関係を探していく。身を隠し、正体を隠して暮らす魔女たちの繋がりを探していけば――いつかは、たどり着くはずだ。

 手早く物色するアシュリーを、ノエルは腕を組んで眺めていた。

「こんなところに、君の求めるものがあるとは思えないけど」

 小屋を見回し、ノエルは無関心そうに言った。

「そもそも、君の求めるもの自体が、存在するかどうかもわからないのに。夢物語でしょう? ウィッチ・ガーデンなんて」

「うるさい」

「僕たちに伝わる、『魔界』みたいなものだ。人間がいなくて、魔物だけが平和に暮らす世界。そんなもの、どこにもないのに」

「ノエル」

「ウィッチ・ガーデン――魔女だけが幸せに暮らす、大陸のどこかにあるという楽園。この大陸にそんな場所があったら、すぐに聖教会に見つかって、滅ぼされていると思うんだけどなあ」

「……うるさいなあ! ごちゃごちゃ言うくらいなら、ちょっとくらい手伝ってよ!」

 本を抱えて、アシュリーはノエルに振り返った。起こるアシュリーを見ても、ノエルは表情を崩さない。うっすらと口元をゆがめただけの、笑みめいた無表情だ。

 瞳は硬質で、冷たく光る。昨晩の面影はどこにもない。無機質な魔法生物エレメント超越者オーバー。感情のない人型魔物、そのものだった。

「僕に手伝わせたいなら、なにをすればいいかわかるでしょう?」

 ――わかっている。

 隙あらばこの魔物は、アシュリーの魔法を求めてくる。そして、それ以外の名にも求めてはいない。

「僕に素敵な魔法をかけて。魔力が足りないなら、僕の分を使っていいから」

「この……魔法中毒め……!」

「魔法じゃなくて、心が欲しいんだよ。僕にはないはずの、誰かへの恋心。いいでしょう? 別に、君が損をする話でもないし」

 《魅了》の魔法を使えば、アシュリーはノエルを思いのままに操れる。「家探しを手伝え」と言えば、彼は喜んで手伝うだろう。幻を追うアシュリーを馬鹿にもしない。一緒になって、必死に探してくれるはずだ。

 たとえアシュリーの魔力が切れて、魔法を使うことができなくなっても問題ない。ノエルは、彼自身が持つ魔力をアシュリーに渡してくれる。

 ノエルは魔法生物だ。受けた魔法が持つ魔力を、そのまま体に溜めている。ノエルとアシュリーで魔力を交換すれば、理論上は無限に彼を《魅了》し続けることができるのだ。

「…………やらない」

 ふん、と鼻で息を吐き出すと、アシュリーはそう言った。

「ひとりで十分よ。ノエルの手なんかいらないんだから!」

 ノエルから目を逸らすと、アシュリーは手に持った本を乱暴に本棚に戻す。代わりに、また何冊かを抜き取って、中身を改める。

 背後のノエルを忘れようと、アシュリーはひたすら無心に本を覗き続けた。



 懸命なアシュリーを眺めながら、ノエルは近くの椅子に腰かけた。肩肘を机につき、部屋をあさる姿を、特段の興味もなく見つめる。

 昨夜はあれほど魅力的だった少女も、今は机や椅子と大差なく見える。魔法生物である彼にとって、心もなければ感情もない。単独行動をするスライムには、群れや仲間という概念もない。

 ただ、アシュリーが貴重な存在だということは理解している。

 《魅了》は、アシュリーが思うよりもずっと、ノエルにとって危険な状態だ。《魅了》されたノエルは、アシュリーの言葉一つで、どんな危険なことも、悪辣なことも、喜んでするだろう。死ねと言われれば死にもする。身を切られても、実験台にされても、抵抗一つしない。

 それなのに、《魅了》を使って彼女が望むのは、護衛の役割だけだ。危険な場所に乗り込むわけでもなく、ダンジョンに挑むわけでもなく、ありふれた危機を避けるだけで良い。

 本来なら、彼女はノエルに膝を貸す必要もない。頭を撫でずとも、「嫌だ」と拒むだけでノエルは引き下がる。だけど断り切れない押しの弱さも、ノエルには望ましかった。

 アシュリーは、ノエルにとってひどく都合がいい存在だ。魔法を使う頻度が低いことに目をつぶれば、またとない相手だと考えている。

 だからこそ六年をともにした。他の魔女の誘いには耳を貸さず、アシュリーのありもしないウィッチ・ガーデン探しに付き合っているのだ。

 ――見つかるはずがない。

 大陸に聖教会が栄えて三百年。魔女たちが姿を消して二百年。

 聖教会とともにじわじわと広がった魔女の火刑と迫害は、今ではすっかり人々に浸透している。

 魔女をかばえば処刑される。魔女と親しめば罪となる。魔女への同情を口にするだけで、町に居場所はなくなるだろう。

 魔女さえも魔女を売らなければいけない世界で、どうして結束できるのか。

 ウィッチ・ガーデンは、迫害される魔力持ちたちが生み出した幻想だ。

 アシュリーはきっと、十年後も二十年後も、死ぬまで探し続けることになる。


 ノエルはそれで、一向にかまわない。


「……僕にとっての楽園ガーデンは」

 無機質にアシュリーを見やりながら、ノエルは聞こえるように呟く。

「君の膝の上なんだけどね、アシュリー」

 ばさばさばさ、と抱えていた本を落とす音がする。

 アシュリーが振り返り、目を見開いてノエルを見る。その頬は、羞恥のためか赤く色づいて見えた。

 彼女の表情を、ノエルは目に焼き付ける。今の彼にとっては無機物と変わらなくても、《魅了》にかかった彼にとっては、至上の記憶に変わるはずだ。


 ――探し続ければいい。

 彼女が旅を続ける限り、ノエルは必要とされ続けるはずだ。

 ならば、ノエルはどこまでもついて行く。彼女のかたわらに控え、危機を守り続けてやる。


 十年後も二十年後も、あるいは百年後だって。

 《魅了》にかかったノエルの瞳は、アシュリーを世界一魅力的に映すのだから。


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