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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

超短編ホラー

超短編ホラー18「蠱惑」

作者: 青木森羅


 視界に映るのは車のライトに照らされて見える木々ばかりだが、どんどんと高まる気分には関係なかった。


「その心霊スポットって、こんな場所にあんの?」


 オレはケイタイを弄りながら、大音量で流れてるEDMにノリながら運転をするミノルに尋ねた。


「あ? ああ、タカハシ先輩が言ってたんだよ。昔この辺りで女子高生の誘拐事件が起きてさ、その犯人が女の子を連れて来たってのがこの山ン中にある旅館だったんだと。で、親からの通報を受けた警察が旅館に犯人がいるって情報を得て来たんだけどアホな警察はサイレン鳴らしてたらしくてバレて、誘拐犯はその子を人質にとって立てこもった。しばらくはその状態が続いたんだけど、食料も逃走用の手段もなかった犯人は精神的に追い詰められ……これよ」


 ミノルは人差し指を首の前に出して、横に引いた。


「死んだの?」


「即死だったらしいよ。けど、話はそれからさ」


 スマホから目を離してミノルの方を見ると、ニヤッと笑っていた。


「その旅館はそんな騒動があってから経営も悪くなり潰れた。ただな、その旅館がやっていた頃からある噂が出るようになったんだと、首の切れた男の霊が出るって。それは旅館が潰れてからも続いて、いまだにその怨念は旅館に残ったままなんだと」


 ふと、車の冷房が強くなったかのような冷たい風が吹いて全身の毛が逆立つ。


「どうした?」


 とっさに体を抱きかかえるようにしたオレを見て、ミノルが聞いてくる。


「……なんでもねぇよ」


 そう言って腕を掻くしぐさをしてごまかした。


「お、アレじゃね?」


 ミノルが指差した先、木の間から見えた建物の屋根が見えた。


「そうかもな、早く行こうぜ」


 ミノルはアクセルを踏み込むと先を急いだ。


「ここが駐車場っぽいな」


 うねった道を昇った先にあった広い場所、駐車場だったろう所に車を停める。


「思ったよりもボロっちくないな」


 もっと廃墟のような建物を想像してたのになんだか拍子抜けだ。


「どうした? 行こうぜ、シゲル」


 ボーっと建物を見ていたオレを手招きしながら呼んでる。


「おう」


 早足で追いかける。


「おっと!」


 ミノルが片足を上げて足元にある何かを避けた。

 よく見るとビールの缶が何本も固まっていて、中身がまだ入っているのか虫がたかっていた。しかも、街中で見るのよりも大きくて気持ち悪い。


「うぇ……キモッ」


 彼は下半身をパンパンと払いながら愚痴った。


「ったくよぉ、こんな所で宴会してんじゃねぇよ」


 缶を避けるようにして旅館に向かうミノルに続く。


「建物はキレイだけど窓ガラスは割れてるな、これなら簡単に入れんな」


 元は自動ドアだったろう枠をくぐり、砕け散ったガラスを踏みながら建物の中に足を踏み入れた。


「中は荒れてんな」


 壁はバットかなんかで殴られたようにボコボコで、あちこちにスプレー缶で昭和のヤンキーが書いたような文字で溢れていた。


「心霊スポットだしな」


 今までにもあちこちの心霊スポットに行ったが、どこもかしこも荒れ放題になっているのが基本だった。

 そして、どこに行っても幽霊なんて見た事もなかった。


「それで、ここのどこで幽霊が出るっていうんだ?」


 ミノルは上を指差し、


「二階の奥の方だって。先輩はそれしか言ってなかったから、どこの部屋とかの細かい話は分かんねぇ」


 じゃあ、行くか。

 そう言って歩き出そうとした時、誰かに声をかけられた気がして慌てて振り返った。


「どうした?」


 いや、なんでもない。

 そう言おうとしてミノルの方を見たオレは、ソレを見て体が跳ね上がり思考が止まる。


「あ、あの……」


 オレの表情を見て驚いたソレ、いや彼女はオレ達に話しかけてきた。


「だ、誰!?」


 彼女が背後にいて姿の見えていないミノルはそう叫びながら慌てて振り向くと、オレと似たようなな反応をした。


「すみません。驚かせてしまったようですね」


 長い髪の女性はゆっくりと頭を下げて詫びる、そして上げた顔に驚いた。

 いや、絶句した。

 物凄い美人だった、絶世の美女とはああいう人を指す言葉なのだと理解した。


「い、いえ。大丈夫ですよ」


 いつもは使わないような言葉遣いになってしまう、緊張しているのかも。

 大きなクリッとした目に、綺麗な赤が目に焼きつくような小さな唇、年はオレ達よりも少し上の二八くらいだろうか。

 ワインレッドのキャミソールから見える肌と、濃紺のジーンズがその色香を引き立てていた。


「それで、どうしてこんな所に?」


 ミノルが一歩前に出た。


「あ、そうでした。実は少し落とし物をしてしまいまして……お手をお貸しくださいませんでしょうか?」


 彼女のその声はまるで子守歌のように優しさを秘めていて、その中に秘められたナニかを感じる。


「喜んでお手伝いしましょう」


 ミノルがオレを無視する様にしてズンズンと彼女の元に進んでいく。

 これはマズい、ミノルも彼女を狙っているようだ。


「オ、オレも手伝いますよ!」


 ミノルに負けないように声を張って喋る。


「ありがとうございます。こちらです」


 彼女は旅館の奥の方へと進んでいく。


「ちょっと! 待って下さい!」


 彼女の歩調は速く、オレとミノルは急いで後を追う。


「それで、一体なにを、探せばいいんです?」


 ミノルは息えを絶え絶えにしながらも尋ねた。


「それは、ちょっと」


 なぜだか彼女は少し言い淀む。


「けど、それが分からないと、オレ達も探しようが、ないのですが」


 息が上がっているがバレないようしようとしたが、上手くはいかなかった。


「ごめんなさい。でも、たぶん見たら分かると思うの。だから、私の口からは恥ずかしいので……」


 その言葉にオレ達は顔を見合わせて、これ以上は聞かない事にしようとアイコンタクトで決めた。


「あちらです」


 彼女の指した先を見て、鳥肌が立った。

 その先は、例の二階だった。

 あの男の霊が出るという二階。


「どうかしましたか?」


 彼女の声がオレを正気へと戻す。


「いや、その二階はちょっと……」


 ミノルがそんな弱気な事を言い出した。


「お願いです、手伝ってください」


 彼女の潤んだ目を見たら、世の中の男はまともではいれないんじゃないかと思わせる程に綺麗だった。


「わ、分かりました」


 ミノルに先んじて返答する事が出来た、これで株を上げたぞ。


「もちろん、手伝いますよ」


 そう言って階段を上る。

 二階は下と違い、やけにボロボロだった。壁紙はなくなりコンクリも剥き出しで、各部屋にドアなんてをつける事を忘れたかのように枠すらも存在していない。


「私はあの部屋を探しますので、おふたりはあちらと、その対面の部屋をお願いできますか?」


 彼女は階段の真向かいの部屋を、オレとミノルは階段を挟んだ両サイドの部屋を指定され、素直に従った。

 部屋の中に入ると空気が滞りやすいのか異常に埃っぽくてむせた、口を押えながら室内をうろつくがそれらしい物は何もないみたいだった。

 部屋を出て、向かいを覗くと顔は見えなかったがミノルの服が見えた。まだ探しているのだろうと隣の部屋に入り物色するが、そちらもゴミしか見当たらなかった。


「あの、こっちにはなんにもありませんでしたよ」


 彼女に聞こえるように喋りながら部屋を出ると向かいの通路、ミノルがいるはずの部屋の前に彼女は立っていた。オレと目が合うと、彼女は目を逸らし口元を隠すようにした。


「そうですか」


 なんだかよそよそしい彼女の態度に、ミノルに対して怒りが募った。


「アイツはどうしたんですか?」


 無意識に言葉が荒くなってしまう。


「それが先に外で待っていると……」


(なんだアイツ? 彼女と親密になったからって、さっさと帰ろうってのか?)


 そんな奴だなんて思ってもいなかった、サイテー野郎だ。


「それで落とした物は見つかったんですか?」


 彼女は首を振る。


「それで、残った部屋はあそこだけなんですけど一緒に見ましょう?」


 彼女が言ったのは一番の奥の部屋だった。

 通路を挟んだ所にいたオレ達は合流すると部屋の中に足を踏み入れる、ここはさっきまでの部屋と違って埃っぽさはなかった。

 ただそれが違和感を感じさせ、あまり長居しない方が良いと肌勘で思う。


「どうかしましたか?」


 別の部屋を調べていたはずなのに、振り返るといつのまにか真後ろに彼女が立っていた。

 その異様な近さに驚き、体が跳ねた。


「な、なんでもないです!」


「ほんとう、ですか?」


 なんだか彼女の雰囲気がさっきまでとは違う。

 さっきまでは大人でありながら可憐さのある美女だったのに、なんだか誘っているかのように思えた。


「そう。それならいいのだけど」


 不意に伸ばされた右腕が肩を撫でるように掴む、なんだか頭がボーっとする。


「ところで、さっきからずっと私の事を見ていたわよね? そんなに気になるの?」


 彼女は唇を誘惑するように歪めた。


「そ、そんな事は……」


 彼女の左腕がオレの腹部をゆっくりと撫でまわす。


「嘘をついても、分かるのよ?」


 いつの間に押されて背中が壁ついていた、何かを踏んだ感触があったが意識が朦朧として。


「あなた……欲しいの」


 彼女が何て言っているのか、はっきりと聞き取れない。


「いいわよね?」


 オレの肩を掴む彼女の腕がひときわ強くなり、違和感を覚えた。

 彼女の腕はまるで氷のように冷たかった!

 ソレで意識がはっきりとしたオレの目には足元に落ちている物がなんなのか分かってしまった、それは腸だ。


「ヒィ!」


 今まで出して事がないような声が自分の中から生み出された。


「気づかなきゃ、幸せだったのにね?」


 彼女のキャミソールが眼前に来ておかしい事に気づいた、気づいてしまった。

 ところどころ赤ではなく白いんだ、まるで後から赤く染めたみたいに。


「じゃあ、あなたの中身。ちょうだいね?」


 彼女のキャミソールの腹部の辺りがめくれた、そこにはあるべきものがなかった。


「ほ、骨がぁ!?」


 そこに皮膚はなく、その中に納まっているべき臓器もなく、黒く変色したあばら骨が見えていた。


「うごかないで」


 彼女の言葉でオレの体は固まったみたいに、言う事を聞かなくなってしまう。彼女の冷たい指がなにかを求めるようにオレの腹を蠢く。

 彼女の行動に呼応しているかのように、部屋の全体がピシピシと音を立てながら地震のようにグワングワンと揺れている。


「みつけた」


 彼女がオレの腹に全体重をかけてのしかかってくる、そして掌が腹部の中に入りこんだ。痛くないのに腹の中身をかき混ぜられる感触があって、吐き気がこみ上げる。


「ありがとう」


 彼女は邪悪に微笑んで、なにかを掴んだままの青白い腕を俺の腹中から引き抜いた。



「ウッ!?」


 恐怖で起き上がると、全身に感じた痛みのせいで声が出た。


「あ! 先生、目が覚めました!」


 声の方に顔を向けると両親がいた。すぐさまに医師と看護師がやって来て色々と尋ねられる。

 ふと、看護師が開けたカーテンの方を見ると隣のベッドにはミノルが横たわっていた。



 退院した後、オレ達はあの旅館について調べた。

 ミノルが先輩に聞いたという事件はたしかにあの旅館で起きたことだったようで、ネットで検索したら簡単に新聞記事が見つかった。旅館のその後も、おおまかには合っているようだ。

 ただ、ひとつだけ聞いていなかった事がある。誘拐された女子高生のその後だ。

 旅館に立て籠った犯人は警察官が突入してくると同時に女子高生の腹部を真横に切り裂いたと、当時の週刊誌の特集で書かれていた。

 その少女の両親はすでに亡くなっており、素行もあまり良くなかった事から親戚も彼女の遺体をうけとる気はなかったそうで、結果として遺体は無縁仏に入れられたと、それも記事に載っていた。

 その週刊誌にはもうひとつ書いてあることがあった、彼女が殺された時の服装は白いキャミソールとジーンズったそうだ。

 あの子と同じような。


「その殺された子ってのが、あの幽霊だったのかな」


 パソコンで事件のあらましを見たミノルが呟く。


「そうなんじゃないか?」


 オレ達は車の中で失神しているのを、同じように肝試しに来た人に見つかって病院まで運ばれたらしい。

 けど、いつ車に戻ったのかをオレもミノルも覚えてなかった。


「でもさ、あそこに出るのって男の霊だって言ってたのに、なんであんな子が出てきたんだ?」


 たしかに、あの場所で犯人は死んでいる。


「さあな」


 ただ、犯人に声をかけたのは彼女の方からだったという話もあったみたいで、単なる誘拐殺人事件というものではなかったのかもしれない。


「ウッ!」


 痛みが走り、声が出る。


「やっぱり痛いよな」


「ああ……」


 オレとミノルには身体的外傷は特になかったが、腸の長さが少しだけ短くなっているという話だった。

 ミノルも腹部を押さえる。

 そこにはオレと同じ跡が残っているはずだ。医者いわくその跡が消えるかどうかは全く見当がつかない、と。

 青白い手のような跡は、未だにオレの腹の中を探るようにうずいて仕方なかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 青白い手型が残るというのは厭な終わり方(ホラーとしていい意味で)ですね♪ [気になる点] 序盤会話 犯人は洗身的に追い詰められ←精神的 中盤モノローグ 彼女と新密になったからって←親…
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