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ランタンゴースト  作者: きよづか
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序章

ずる、ずると着物を、伸びすぎた髪を引きずり荒野を行く。髪から滴る汗が蒸発して塩となり、着物の肩を汚した。太陽に照らされた石畳が足を焼いた。ぴり、と足の皮が石畳に貼りつく。が、男は気にも留めず足を進めた。むけた皮が石畳の上で風に吹かれる。足場が不意に柔らかくなる。一面に砂の景色。ここもまた無人。男は砂に足を取られながら無音の街を出た。あとどれほど歩けば次の街へ。あとどれほど迷えば次の民へ。砂に埋まった肉の塊はおそらく自分と同じだったもの。死体を掘り起こし奴の持っていた水筒を逆さにしてみる。水は入っていなかった。手を合わせて死体を砂にもう一度埋め、男は歩みを進める。幾晩か歩き続けると、ふいに乾いた鼻を濡らす水の匂い。走り出したくもすでに身体は急ぐことを忘れていた。ぼんやりと集落が見える。幻か否か考える暇もなく、男は意識を失った。


声が聞こえる。訛りの強い英語だ。あの世の公用語は英語なのか、少し困った。目を開けると先程まで歩いていた石畳が頭上に広がっていた。なんだ天井か。


「お、目覚めたか」


訛りの主は傍に座った。洋菓子のように甘ったるいフランス語訛りだ。


「水飲めるか?」


水の入った木のコップを手渡される。男は声の主に目もくれず水に飛びついた。「お、あぶね」と声の主はコップからぱっと手を離す。両手で持ったコップを勢いよく傾けて口に含む。口の端から顎を伝ってこぼれた水が着物を毛布を濡らす。嚥下の仕方を忘れた身体は全てを食道に送り込んでくれることはなく気道に入った水を追い返すためごほごほと咳き込んだ。


「おいおい」

声の主にとんとんと背中を叩かれる。


「あんまりがっつくなよ、吐くぞ」


はっと我に帰る。目の前には耳にかかるくらいの金髪を後ろで編んだ男が片膝をついて苦笑していた。目つきは悪いが口調は柔らかい。


「ここは」と口を開いたが、誰とも話す機会がなかった為かうまく口が回らない。

「なんて?」

「お、おえ、あ」


金髪は首をかしげる。が、「まあいいや」とため息をつく。


「聞きたいことがいろいろあんだろ」

金髪が立ち上がろうとするのを、服の裾を掴んで阻む。

「何」

疑問の言葉をこぼす金髪の持つ、先ほどまで水の入っていたコップを指差す。


「うお、あ」

「ん?」

「うお、ああ」

「Water、か?」


頷くと、金髪はばつが悪そうに頭をかいた。

「悪いが今ので最後だ」


え、と感嘆を漏らすのと、建物がずんと揺れたのは同時だった。ドアをどんどんと叩く音が聞こえる。外では、イヴ、イヴ、と叫ぶ声。声の主は複数人にわたる。

「あーあ」


衝撃で棚からばらばらと物が落ちる。薬の瓶と思われるものが割れた。手招きされるままに後をついてテーブルの下に隠れる。


「説明するとな、俺脅されてんだよ。奴らはあれが目的なの」

指差した先には、古い建物には似つかわしくない透明のカプセル、通称棺桶。その中には白い人形が横たわっている。

否、目を凝らせば人形ではないことがわかる。それは確かに人間の形をしていた。


「あれがイヴ、巷で人気の舞台役者だな。知ってる?」

首を振る。

「そうだよな、あんたこの辺の人間じゃないっぽいし」

もう一度建物に衝撃が走る。


先ほどよりも少し喋り方を思い出した口で言葉を紡ぐ。

「イヴ、あ、おいひと?」

「ああ、良い奴だよ」


すっと立ち上がる。衝撃を受けるたびに天井や家具からぱらぱらと埃が落ち、日光に照らされては雪のように輝いた。

「そうど」

「ん?」


子音を強く強く。「そうど」を繰り返す。やがてその声は鮮明に「Sword」と発音した。金髪は呆気にとられる。そして口をぽかんと開けたまま、目を覚ましたソファの傍に立てかけてあるそれを指差した。それに向かってまっすぐ歩く。それの柄を握り、自分の相棒が変わりないことを確認した。金髪が「サムライソードか」と驚いた声を上げる。それを手にゆっくりと玄関に歩み寄り、ドアノブをつかんだ。


「あー、ちょっと待って」


金髪の声によりドアノブを握る手が緩む。


「イヴのドナーが必要なんだ。若くて健康そうなのは残してくれ」

振り返らずに頷き、ドアを勢いよく開いた。


決して大きくはないドアを開けた途端に押し寄せる、イヴ、イヴと鳴く人々。ざっと数えて6人。一人目。目の前にいる小綺麗な格好の男が銃口を鼻先に向ける。鞘に納めたままの刀身で銃を弾き飛ばした。遠くで鉄が石畳を打ち付ける音がする。面食らった顔をした小綺麗の眉間に鞘を突き立て、右腕を伸ばしてどんと突く。小綺麗が頭からひっくり返った。


二人目。刃物を握ったか細い手が伸びる。イヴ、と叫び目を見開いた女がこちらにナイフを振りかざした。ナイフを持った手首を掴んで引き寄せ、脳天に頭突きを浴びせる。気を失った女のナイフを奪い、ひゅんとまっすぐに投げた。


三人目。投げられたナイフが頬をかすめ、ひゅうと息を吸う。やけになったように声を上げて殴りかかる若い男。ひらりと身を翻せば勢い余った男は倒れこみ、こちらに覆い被さった。イヴ、イヴだ、と倒れ込んだ男はドアの向こうを見つめ呟いていた。虚ろな目の男の肩を掴み、鳩尾に肘を叩き込む。がくりとうな垂れたところ首根っこを掴んでドアの内側に放り込んだ。


四人目。イヴがいるんだろ、とにたりと笑う男。体格のよい大男がサーベルを抜いた。後ろにいる五人目、六人目、同じような格好をした男たちも同じようにサーベルを抜く。刀を構え腰を落とす。だんと足が石畳を強く叩いた瞬間左手で鞘を引き、柄を握った右手で刀を抜く。すらりと鈍い光を放つ刀身が抜かれると同時に男の腕が吹き飛んだ。サーベルを持った手がどちゃりと音を立てて石畳の上に叩きつけられる。え、と唖然とした後白目をむいて倒れた男を見て後ろにいた男、もとい五人目はわああ、と声を上げて腰を抜かす。六人目はサーベルを構え、ぐんと距離を詰めた。金属のぶつかる音が響く。からん、と落ちたのはサーベルだった。相手の肩にずぶりと刀身を入れる。しばしの沈黙の後、わかった、わかった、と六人目は震える声で訴えた。すっと刀身を抜くと。ずるりと肩から腕がずり落ちる。腕を落としすぎたなあ。血を払って鞘を拾い、刀身を収めた。剣は飾りか、実戦の経験がなかったのか。ぽりぽりと頭をかく。


「うーん、もう一人欲しい。そこの警官」


テーブルの下から金髪が声を上げる。警官。倒れた数人を見渡す。サーベルを持っていた体格の良い男の一人もとい四人目。おそらく彼だろうと適当に選んで引きずって部屋に入れた。金髪がテーブルの下から這い出る。いつの間にか護身用のナイフを両手にしていたらしく、ふうと息をつく。


「終わりか?」

「終わりです」

「悪いな、きて早々仕事させちまって」

首を振る。


「外が騒がしくてはまともな説明は聞けませんから」

「血と臓物の中での説明は聞ける?」

「ある程度」


よし、と金髪はロープを手渡す。気を失った男たちの手足を縛った。

「どこから聞きたい」

イヴ、と呼ばれる白いものが入ったガラスの棺桶をがしゃんと開けながら金髪が問う。

「世界の歴史から」

金髪は首をかしげた。

「歴史、ねえ、身なりは綺麗じゃないが教養がなさそうにも見えない。そんなあんたがなんでまた歴史なんて」‬


「知らないんです、ここ数年、いやもしかしたら数十年。数百年。小生が眠っている間になにが起こっていたのか」‬

読んでくださいってありがとうございました!

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