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8話・不思議な運命はここに。

 キャッタは、走り続けていた。そして、走って、走って、走り続けたその先に、大量のモンスターの亡骸とシキがいた。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 シキを見て一安心したところで、急に疲れが出てきた。


 キャッタは今すぐにラクレットが大変な状況にあることを知らせようとしたが、息切れが激しく、上手く喋れなかった。


「大丈夫ですか? キャッタさん。何があったんですか?」


「はぁ……それ……が……」


 上手く喋れないことが、とてつもなくもどかしい。


 キャッタは急いで伝えようとするがあまり、言葉をうまく発することが出来なかった。


「落ち着いてください」


「ら、ラクレット……さんが……」


「勇者様がどうかしたんですか?」


「はぁ……はぁ……その……逃げろ……って……いって……それで……」


 言葉が見つからない。何をどう言ったら、あの状況が伝わるのか分からない。なにせ、キャッタ自身、その状況を理解出来ていなかった。


 ラクレットが表情を変え、逃げろと言ったので、まずいと思って急いで走って来たに過ぎない。あまり良い状況ではないことぐらいは分かったが、どう伝えたらいいのか分からなかった。


「その様子からすると、いたずらで言ったわけじゃなそうですし、そうですね、なんとなくは予想が付きました。たぶん、物凄く強いのが現れたんだと思います」


「でも……周りには……誰……も……」


「なるほど、姿を暗ますような術か道具を持っていると……となると、きっと害獣ではないですわね……となると、人か……いや、勇者様に限ってそれはないでしょうし……はっ……!!」


 シキの頭には、そのおおよその正体が浮かんできた。


 そう、この状況でラクレットが不味いという存在。


 それは、魔族……それも、かなり強い。それこそ魔王になり得るくらいに。


 魔族の中には人間が魔王をやるのに反対する者などいくらでもいた。そういう派閥もあったくらいだ。その中から、来たならば……確かに、ラクレットが危険と言うのも分かる。


 そうだとしたら、この辺りにいた大量の害獣。魔界に住む害獣たちは、その魔族が連れて来た可能性が高い。


 それならこの不思議な状況に思納得がいく。だとすると、ラクレットと対峙しているのは、高確率で魔族だ。


 シキは悩んだ。ここで、キャッタを連れて逃げるか、ラクレットのもとへ向かうか。


 普段ならこんな迷いは生じない。魔族がいくら強いとはいえ、ラクレットが負ける気はしないからだ。


 前魔王ヴォルトを圧倒する力を持つラクレットが、そうそう簡単に負けるはずはない。


 だから、こんなことは考えないはずなのに、どうしてこんなにも嫌な予感がするのだろうか。


 シキはキャッタの様子を見て、ラクレットは余程に強い口調で逃げろと言ったのだろうと想像した。


 あのラクレットがそう言うということは、間違いなく相手はラクレットと同じ、常識の範囲外の存在。そんな相手にキャッタを連れて向かうのか、それとも、逃げた方がいいのか。


 逃げたとして、もしも、ラクレットが負けていたら、ラクレットの治療は誰がするのだろうか。


 彼には回復魔法が効かない。彼の膨大過ぎる魔力。それは、回復魔法すらも弾いてしまうのだ。もしも負けて、大怪我を負ったとしたら、早く治療をしないとその傷が治ることはなく、間違いなく彼は死んでしまうだろう。


 シキには、ラクレットとの契約があった。


 それは一生を呪いの解除に費やす事。解除が出来たらその契約は解かれるが、その契約に背いて、呪いの解除を放り出したり、ラクレットに刃向って殺そうとした場合、シキが死ぬという物である。


 しかし、これには抜け穴がある。いや、ラクレットがあえて用意したものではあるが。


 シキの感情や思いの外の部分、シキとは無関係な者がラクレットの命を奪った場合は、契約者不在となってシキの契約は解除される。


 もちろん、ラクレットよりも強い者などは普通いないので、これは意味の無いような物である。


 実際は事故死や病死した際にシキの人生を奪ってしまわないために、ラクレットがわざと用意したものである。


 シキからしたら、自分を縛る存在から離れられるチャンスではあったが、二年間をラクレットと共に過ごし、ラクレットには悪いことをしたという思い。


 それと、呪いをかけたにもかかわらず何度も優しくしてもらったということから、もう既にラクレットの呪いを解くことは、契約なんてなくてもするつもりだった。


 だからこそ、ここでどうするか、シキは悩んだ。


 そうして、キャッタを見て、口を開いた。


「キャッタさん」


「は、はい……」


 キャッタは息を整え、返事を返す。


「キャッタさんは、その命に危険があっても、勇者様の元へ向かいたいですか?」


 シキはそう尋ねた。キャッタの命を預かるかもしれないからである。


 シキは、ラクレットのもとへ向かう気でいた。


 だが、もしキャッタにその気がないのならば、一旦、彼女を街に送り届けてからとなるため、物凄く時間がかかってしまう。


 だからといって、キャッタ放りだしたら、あとでラクレットに何を言われるか分からない。


 なので、シキはキャッタにそのような質問をしたのだ。


「私は……」


 シキは願った。キャッタが自らの命を投げ出してもいいと言ってくれることを。


「私は……行きたいです。ラクレットさんのところへ……」


「そうですか……ありがとうございます」


 その時、シキはキャッタに心から感謝した。自分が死ぬかもしれないというのに、ついてきてくれると言ってくれたことに。


 そして、同時に申し訳ないとも思った。


 あの時、ラクレットがここへ連れてくると言った時、それを止めなかったことを。キャッタは考えていることがすぐに顔に出るため分かりやすい。


 だから、キャッタが迷っていたことも知っていた。でも、ラクレットがいるのだから大丈夫だろうと高をくくっていた。


 それがこういうことになるとは思っていなかったのである。


 シキはすぐにラクレットのもとへ向かえることに感謝した。


「でも……」


 キャッタの言葉には続きがあった。


 キャッタが再び口を開いたことに、シキはドキリとする。


 逆接から始まる言葉に緊張した。もしも、それがラクレットのもとへ向かうことにマイナスのベクトルの意味を持っていたらどうするべきか。彼女はその言葉を恐れていた。


「でも、私は、きっと、足手まといになります。それでもいいんですか? なんだったら、私を置いて行ってもかまわないんですよ」


 キャッタの口から発せられたその言葉は、恐れていたものとは真逆の事だった。


 それに、シキが今すぐラクレットのもとに向かうということが知られている。珍しくシキも考えていることが顔に出てしまっていたようだ。


「そうですか……でも、大丈夫です、勇者様のもとまでは、私がしっかり守りますから」


「ありがとうございます、それなら、私もついて行かせてもらいます」


「いえ、お礼を言いたいのはこちらの方です、キャッタさん。ですが、勇者様のところに辿り着いてからの保証は出来ません。ですから、どうか、もしもの時の覚悟をお決めください」


 もしも、ラクレットが負けていて、ラクレットを打ち負かした相手がまだその場に残っていたとしたら……二人の命はない。


 だから、最後の警告をした。その返事は帰って来ずともわかってはいたが。


「もちろん大丈夫です。その時は、私も戦います……結果は、分かってますけど……」


 怯えながらも強い口調で、キャッタはそう言った。


「ありがとうございます……では……行きましょうか」


「はい」


 二人は、急いでラクレットのもとへ向かった。


 魔界の害獣はもういなかった。道を塞ぐものはない。シキは、キャッタを抱えて走った。


 キャッタの体力からしても、本人に走らせるよりも、シキがキャッタを運んだ方が早いからである。それにキャッタの体は軽く、シキも持っていて、そこまで苦ではなかった。


 そのため、ラクレットのもとには、キャッタがシキのもとへと逃げて来た時の半分くらいの時間で着いた。


 先ほどまで戦いが行われていただろうその場所。


 そこには、胸を血で染めたラクレットが横たわり、その横にラクレットの持っていた剣が突き刺さっていた。


「どうやら、最悪の場合は避けられたようですけれど……」


 ラクレットにはまだ微かに息があるし、敵もいない。


 普通の人ならば、この傷からでも息がある以上回復魔法で助けられる。


 しかし、ラクレットは、ラクレットの場合は……助からない。


 胸の刺し傷は、自然治癒する前にラクレットの命を奪っていくだろう……間違いなく。


「勇者様……」


「ラクレットさん」


 二人は、ラクレットのもとに駆けよった。


「……シキと、キャッタか……」


 ラクレットはやたらと重たい口を動かして言葉を発した。血と共に。


「なっ……喋らないでください」


 シキがそれを止めるも、ラクレットの口は動き続ける。


「いや、もう、俺は助からないだろう。魔法も効かないしな。それに刺された場所も悪い。治る前に死ぬぜ、普通によ」


 自らに治癒魔法をかけるにも、ラクレットが使えるのは初歩の初歩。他人にかけるならまだしも、自分にかける場合には、その魔法本来の力しか出せない。その胸の傷は治せない。


 ラクレットは、血を吐きながら言葉を続ける。


「悪いな、呪いの解除に二年も付きあわせた挙句、俺が死ぬとはな。余りの財産は好きなように使ってくれ。満喫しろ。人生を」


「そんな……もしかしたら、まだ、助かるかもしれませんから、もう喋らないでください……」


 シキはそう言うも、そんなことはないと分かっている。


 それでも、そう言わずにはいられない。そうじゃないと、今すぐにでもラクレットは死んでしまいそうだったから。


「そうだ、キャッタ。お前にもお礼を言わなきゃだな。それに、謝らなきゃだし。短い間だったけど、お前のメシ、美味かったぜ。久しぶりに、食べ物の味ってのを感じた。そして、ごめんな、最後にこんな見苦しい姿見せちまって。死に際ってのは、大抵、えぐくて、怖くて、見ていられるものじゃない。俺は慣れちまったが、普通はそんなはずないしな。悪い……」


「………」


 それに対し、キャッタは無言だった。


「キャッタ? あれ? キャッタで合っているよな。気配はキャッタのものなんだがな、どうも瞼が重たくてよ、目で見て確認することが出来ねぇ」


「………」


 ラクレットの命はもう既に消えかかっていた。もう数分も生きていられない体だ。最後に二人が会えただけでも奇跡と言えるほどに。


「キャッタ?」


 あまりにもキャッタが返事しないために、ラクレットは自分の勘が信じられなくなってそう尋ねた。死に際の勘だから、間違っているのかもしれないと……。


「なぁ、キャッタ?」


 ほんの数秒の空白。その後に、キャッタは口を開いた。




「……―――助けないと」




 キャッタは杖を持った。


「キャッタさん……それは……無駄です。ラクレットさんに魔法は」


「助けないと……私が、助けないとっ!」


 キャッタは、回復の初級魔法であるヒールをラクレットにかけ始めた。何度も、何度も、何度も、ラクレットにヒールをかける。


 初級魔法のそれじゃ、もし効いたとしても治るはずがないと知っていても、ヒールをかけ続けた。


 魔力が尽きるまで、何度も、何度も、何度も、何度も。


 まるで錯乱したようだった。


 その様子は、誰がどう見てもおかしい。一心不乱にヒールを唱える。


 治る治らないなんて問題じゃない。ただ治したかった。


 そして、魔力を使い果たしてもヒールをかけ続け、体力が尽きたキャッタはその場に倒れた。


「キャッタさん……」


 どんなにかけても、例外なく魔法は弾かれてしまう。


 シキは、ラクレットを埋葬しようと担ごうとしたときに、気付いた……その奇跡に。


「傷が……治っている?」


 血塗れだったため気付かなかったが、よく見て見るとラクレットの傷は完治していた。


「そんな……なぜ?」


 キャッタと見やる。考えられるのは……それしかない。


「だとしたら……もしかして」


 キャッタは物凄い才能を秘めているのかもしれない。


 最高峰の呪いを無効化することができて、ラクレットに魔法をかけることも出来る。


 確かに、魔法の腕も、料理の腕も、共に未熟だ。


 だが、それはラクレットと同じ、常識を外れの才能を持ち合わせている事の否定にはならない。


 キャッタは初歩の回復魔法で、死に際だったラクレットを完治させた。


 ラクレットも、初歩の回復魔法でシキを助けたが、それは魔力の多さで強引に回復させたに近い。


 でも、キャッタからはそれほどの魔力は感じない。だとしたら、有り得るのは、魔力の質だろうか……でも、それだけじゃないはずだ。それだけで治せるほど浅い傷ではなかった。それを治したということは、それは、間違いなく、彼女の回復魔法の才能だった。




 シキは、ラクレットとキャッタの二人を両肩に背負い、屋敷まで帰るのだった。



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