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7話・それは実にミスマッチに。

 いつもの草原に着くと、そこには百鬼夜行の光景があるだけだった。


「な、な、なんですか、これ……」


 目の前にいるのは、キャッタの知っている害獣ではない。


 それはもうモンスターと言ってもいいくらいに恐ろしい、そんな化け物たちだった。


 ラクレットたちと共に来ていなかったら、間違いなくキャッタは彼らのお腹の中にいただろう。


 ごくごく普通な見習い魔術師であるキャッタには、インパクトが強すぎる光景だった。


「そうだな、ちょっとばかし、ここにいるにはおかしな奴らばかりだ」


 そう言いながらも、ラクレットは剣を振るい、次々とモンスターを打ち倒していく。


 全く苦も無く次々と倒していくものだから、モンスター達も狙いを変えその全てがラクレットに向かっていく。


 なので、キャッタとシキには向かってこない。


 そのおかげで、助かってはいるのだが、気を抜けば襲ってくるかもしれないし、そうじゃなかったとして、とてもじゃないが気を抜けるような状況ではない。


 翼の生えた大きなトカゲに、首が二つの狼。

 見知ったものではゴブリンがいたが、それにしては筋骨隆々で、群れてもいない。


 キャッタの知っているゴブリンとは大違いだった。


「やっぱり勇者様が全部倒しちゃいますよねー、もう、私が倒す分ないじゃないですか」


 ひどく軽いノリでシキがそう言う。


「じゃあ、私は、あっちの方行ってきますね」


 そう言い残し、シキはその場を去って行った。


 その言葉や行動を見る限り、彼女もまた、ラクレット同様にこれらのモンスターを知っていて、その上で問題ないと見ているようだ。


 二人は次元が違った。


 キャッタは、二人との、いや、ラクレットとの距離をまたしても感じてしまった。


 その時、大きな剣を持った猿のようなモンスターがキャッタに襲い掛かって来た。


「えっ……」


 自分は切られて死ぬだろう。


 魔法を唱えたところで効くとは思えないし、そもそも発動が間に合わない。ラクレットからも微妙に距離がある。とっさに杖なんか構えてはみたけれど、あの大剣をこの程度で防げるとは思っていない。


 キャッタは、死を覚悟して、目を瞑った。


「ファイアーボール」


 そして、目を開くと……焼け焦げた猿のモンスターと、地面に突き刺さった大剣があった。


「えっ……あれ? 私、生きてる……?」


 顔を上げれば、先ほどまで少し離れたところにいたはずのラクレットがいた。


「悪いな、ちょいと気づくのが遅れた。魔法が間に合ってよかったぜ」


 つまり、ラクレットが魔法で助けてくれたらしい。


 キャッタは助かったと思うより先に、迷惑をかけてしまったと考えてしまった。やはり、ついて来なかったらよかったと。


 その感情は、キャッタの表情に出てしまっている。それを見たラクレットは申し訳なさそうに言った。


「あー……悪い、怖い思いさせてしまったようだな」


 キャッタは、自分の後悔が顔に出てしまっていたのを悟った。そして、それがラクレットに余計な罪悪感を与えてしまったことも。


 その後悔は怖い思いをしたからじゃない。キャッタは、せめてそれを伝えたかった。


「え、いや、そうじゃなくて」


だが、言葉は、伝えたいその相手に阻まれる。


「ごめんな、よく聞かないで連れて来てしまって。良く考えたら、普通に生きていれば、こんなやつらと会うこともないし、怖がるのも当然だよな」


 そうじゃない。たしかに言い出しづらかったけれど、言えなかったのは自分だ。それに、一緒に来たかったという気持ちが無かったと言えば嘘になる。


 あった。確かに、その気持ちはあった。だから、来たいと言ったのだ。


「まぁ、俺が守るから、そこでじっとしていろよ」


「は、はい……」


 キャッタはそう返事をする事しか出来なかった。そして、その誤解は解かれることのないまま、ラクレットは戦闘に戻った。


 やっぱり迷惑をかけてしまった。


 キャッタは自分で自分を責めた。


 ラクレットは、キャッタを怯えさせてしまったと罪悪感を覚えてはいたが、キャッタが迷惑とは少しも思ってなどいない。


 お互いにお互いの気持ちに気付くことはないまま、戦闘は続く。


「ファイアーボール……くっそ、めちゃくちゃいるな。これだけいるっていうのに、なぜ俺の耳に入って来なかった」


 魔法と剣で次々とモンスターを狩ってはいくが、どうも数が多い。いや、倒すたびに、別のところから寄ってきているように見える。


 これだけの量がいるなんていう話は聞いてなかった。キャッタから聞いた門番の話では、出没することがあるから外には出せないという程度のものだったはずだ。


 けれども、これは明らかにそういう数ではない。


 元々ここに住んでいた害獣と呼ばれる生物たちだって、ここまでの数はいなかったはずだ。それが、一体なぜ、これだけの数がここにいるのだろうか。


 そんなことを考えもしたが、今は悩んでいても仕方がないと、ラクレットは駆除に集中することにした。


「さてと、ちょっくら本気出しますか。これ以上、キャッタを怖がらせるわけにもいかないしな」


 そう言って、ラクレットはキャッタに目の前でしゃがんだ。


「なにか、用ですか?」


「いや、ちょっと失礼するぞって」


「わ、わわわ……」


 ラクレットは、キャッタを小脇に抱えた。


 あまりにも急だったので、キャッタは慌ててじたばたして落ちそうになったが、ラクレットががっしり掴んでいるため、地面に顔面から突っ込むことは免れた。


「一体何をするんですか?」


「まぁ、見ていろって」


 ラクレットの体からものすごい量の魔力が漏れ出してしていた。

 それは、キャッタでも分かるくらいの量だ。魔力に少しでも触れた事のある者ならだれでも分かるくらいの魔力。


「さて、決めるぜ」


 その魔力の流れる先は、ラクレットの手にしている剣。


「この剣はすげーんだぜ、拾い物だが、刃こぼれ一つしねぇし、俺の魔力ともよく馴染む。だからこそできるんだがな」


 大量の魔力が剣に集約されていく。そして、その剣は、輝きだした。


「行くぞっ! スラッシュッ!」


 金属で出来た剣は、何十倍もの大きさの光の剣となって辺り一面を焼き払う。そうして、徐々にその光は収束していき、元の剣に戻った。


 スラッシュとは強化魔法の一つであったはずだ。それが、なぜ、こんなにも……。


 あれは、ただ剣の切れ味をよくするくらいの魔法ではなかったのか。いくら考えても、その答えは出ない。キャッタは、その剣を振るうラクレットの姿をただ見ている事しか出来なかった。


 その光の剣を振るうラクレットの姿は、勇者そのものであった。言葉で理解するのと、見て理解するのでは大きく違う。


 キャッタは頭だけではなく心でも理解した。ラクレットは住む世界が違うのだと。


「すごいだろ、この剣。今のがこの剣の凄さだ。なんか、俺が元々住んでた村の近所にあった森の木に刺さっていたやつなんだけどなこれ。売って金にしようと思って抜いたら、周りが勇者になれだのなんだのとスゲーうるさくて、最初は恨んだりもしたが、この剣の性能がまたすごくてな、今では相棒のようなもんだ」


 そう言って、ラクレットが撫でているのは、紛いもない聖剣である。ラクレットは金のために引き抜いたと言っているが、今まで、多くの者がその剣に臨んだのにもかかわらず、その剣を引き抜いた者はそれまで一人もいなかった。


 それに、伝承では、その剣は勇者のみが抜ける剣と言われていた。木を切り倒して剣を取ろうにも、木を焼いて取ろうにも、その剣が刺さっていた木は如何なる干渉も受け付けず、全てが無駄骨と終わっていた。


 それを、ラクレットがあっさりと引き抜くものだから、村の皆が勇者になれと言うのも無理もない。


「あの、そろそろ、降ろしてくれるとありがたいです」


 キャッタは勇気を出してそう言った。剣の事も気にはなったが、それ以上に今の恥ずかしい恰好を何とかしたかった。


「ああ、悪い悪い」


 ラクレットは、そっとキャッタの足を地面に付けてやった。


「さて、害獣も消えて、随分と見晴らしも良くなったな」


 ラクレットの脇に抱えられている状態が恥ずかしくて、周りをよく見られていなかったのだが、周りにいたモンスター達は全てが消えていた。それどころか、自分たちが立っている所以外の地面は全て剥がれ、周りにはむき出しの地表が広がっている。


「これは、さっきの剣で?」


「ああ、すごいだろ」


 ラクレットは、はにかみながらそう言った。


 勇者の力という物はとてつもない。あれだけいたモンスターをただの一振りで、全て消滅させてしまうほどの力とは……。


「す、すごい……」


 キャッタは、自然とそう呟いていた。


「そうか? 実際言われてみると恥ずかしいもんだな……」


 ラクレットは照れたように頭を掻いた。


「さてと、もう安全になったって言いたいところだが、どうもそうはいかないらしいな」


 ラクレットの顔つきが一瞬にして変わる。先ほどまで物とは比較できないほど真面目な顔つき。キャッタはそれを見て驚いた。


「キャッタ、マジで悪いんだが、すげぇ離れていてくれないか? できれば、シキに任せたいくらいなんだが、あいつもいないし。悪いが、本当にヤバい気がするんだ」


 あのモンスターの大群と戦っている時ですら、どこか余裕の表情だったラクレットが、少し焦った様子でそう言ったのだ。


 そうでなくてもラクレットの顔を見れば、こういった状況になれていないキャッタですら、その状況が芳しくないことくらいすぐに分かった。


「わかりました」


「ああ、本当に悪いな。戦いを見るとかそういうのを考えなくてもいいから、ただひたすらに離れていろ」


 今までずっと片手で持っていた剣を両手で構え、一点をじっと見つめる。


「じゃあ……走れッ!」


 そうラクレットが叫ぶように言った瞬間にキャッタは走り出した。言われた通り、何も考えず、ただその場を離れるためだけに走り続けた。


「さあ、待っていてくれたのはありがたいが、そろそろ姿を現してもらおうか。見知らぬ魔族……いや、多分どこかではあっていると思うが、そこまで記憶に残っていない魔族さんよ」


「ふん……そうか、やはりお前にはこの魔装も無駄だったようだな」


 何もない空間から男が現れた。

 その手にはフード。きっと、身に着けている者の姿を視認できなくするものであろう。


 だが、ラクレットが相手を確認するのに目はいらない。ラクレットの魔力感知をすり抜けるのは、魔力を持っている以上、誰であろうと不可能であろう。


「さて、久しぶりといっておこうか」


「あー、おまえか、思い出したぜ。魔王城にいたやつだな」


「ああ、実際に手を合わせることはなかったが、それでもお前が強いということくらいは分かっていた。まさか、ヴォルト様を倒すとはな」


「まぁ、勇者だからな。それが仕事だ」


「そんな理由で倒せるはずがないと思うのだがな、勇者、いや、魔王よ」


「……はぁ、やっぱそういうシステムなのな」


「ああ、そうだ」


 自分が未だに魔王であるということに変わりないということを聞いて、ラクレットは少し落胆した。それと同時にほんの少し安心もした。


 自分が魔王でなければ達成できない出来事があるからだ。


「だが、俺はそれに反対だ」


 男は強い口調でそう言う。


「そうか、そうだな、基本的には同意だ……だが、そんだけ殺気を出してりゃわかるが、お迎えに来たってわけじゃないんだろ」


「ああ、そうだ、お前を倒しに来た」


「なるほどな、魔王の座が欲しいって事か」


「……いや、そう言うわけではない。ただ、人間が魔族の頂点の座に座っているということが許せないだけだ」


 次の瞬間、ラクレットは殴られていた。


「がッ……!?」


 ラクレットも男が動いたこと自体には気付いた、剣で防ごうともした。


 ただ、それが追い付かなかっただけだ。


 結果、ラクレットの体は後方に吹き飛ばされ、身体を地面に擦り付けながら随分と長い距離を進むこととなった。


「けっ、体が鈍ったか? 俺」


「そうではない、人間は魔族に勝てないだけだ」


「チッ、いつの間に……」


 目の前に移動してきていた男の追撃をスレスレで躱しつつ、ラクレットは立ち上がった。


「ふん、流石に魔王というわけだ、魔族の一撃を食らってまだ動けるとはな」


「舐めるな、俺だって勇者だ、それくらい出来る」


 身体にダメージを負ったとはいえ、動きに支障が出るほどではない。


 ラクレットは剣を構え直し、戦う姿勢をとった。


「魔王の座が欲しいならくれてやる……って、本当は言いたいところだがな、やっとなんだ。魔族が人間に危害を加えない世界への一歩。それをやっと歩みだせたんだ。もちろん、その逆もだ。人間が魔族に危害を加えない。お互いが仲良くやっていく手段だってあるはずだ」


 ラクレットも別にいきなり仲良くとは考えていなかった。ただ、とりあえず自分が魔王の座にいれば、争いは収まるだろう、そうして争うことをやめていれば、いずれは和解できると思っていた。


「ふん、それは正しい姿ではない。魔族と人間は常に争い続ける。それが本来の姿。まぁ……お前の理想を置いておくにしても、今の世界は本来の姿ではない。魔王が人間であるという時点でなっ!」


 男がまたしても飛び掛かってくる。


 ラクレットは、男の繰り出す、腕や足を躱し、受け流すだけで精いっぱいだった。


「やっぱり強いな、お前……」


 ラクレットは口に溜まった血を吐き出した。


「俺が今まで戦ってきた中で、一番なっ!」


 見つけた一瞬のすきを狙い、魔力も込めずにその剣を振るった。やっと一振り。


 ラクレットはようやく相手に剣を振るった。


 しかし、その剣は片手で受け止められていた。


「ふん、逆に、お前は弱いな。やはり、人間では魔王は務まらない」


 ラクレットは腕を掴まれて、地面に叩きつけられた。その衝撃で地面が抉れる。流石に問題ないと言えるダメージではない。


「が……ぐ……くっそっ……」


 咄嗟に切りかかり、せめて少しでもダメージを与えようとはしたものの、手に剣が無い。先ほど剣を受け止められたところからして、素手で殴りかかってもダメージを与えられはしないだろう。


「ふん、その程度か……じゃあ、やはり、魔王は魔族が務めるべきだな。さよならだ、現魔王、ラクレット」


「くっそ、なら、これでっ……ファイアーボール」


 込められるだけの魔力を込めて魔法を放つも、それは男の体に当たるや否や霧散して消えてしまった。


「な……に……?」


「ふん、この程度の魔法じゃ俺には効かない。それじゃあ、今度こそお終いだ」


 そう言って、男は剣を振りあげた。その剣は先ほどまでラクレットが持っていたものだ。どうやら奪われたらしい。その切っ先は当然、ラクレットの胸に向かっている。


「時期魔王は、この俺、グラート=ヴォークが務める。安心して死ね」


 その剣は、振り降ろされた……


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