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5話・壱万ギリーのごはん。



 キャッタが次に目を覚ましたら、そこは見た事のある、いや、もっと、馴染みのある部屋にいた。


 特に飾りもなく、布団が一枚敷いてあるだけ。家具も最小限。


 その部屋は、キャッタの部屋だった。自分の家で寝ていただけだったのだろうか、つまり、今までのは全て夢であったのだろうか。そう思うと、キャッタは、二割の脱力感と共に、八割の安心感を感じた。


 ラクレットにまた告白されたということが夢であったことは、残念だが、服の一件や、あの高そうな宿にかかったお金が、全部夢でよかったと、ほっと息をついた。


 流石のラクレットといえども、あの金額の物をポンと自分にくれるはずがない。


 それに、ラクレットが何者か、詳しくは分からないけれど、それでも、よほどの大富豪でも、あんなことは出来ないだろうし、あれらは夢だったのだろうと、安心したところで、キャッタは身体を起こした。


 そこで気付いた、気付いてはいけないことに。掛け布団がめくれて、気付いてしまったのだ……。


 今身に付けているものが、灰色のチュニックとホットパンツであることに、キャッタは気付いたのだ、気付いてしまったのだ。


「え、えっ……?」


 流石に戸惑った。この服装をしているということは、やっぱりあれは夢じゃなくて、だとしたらなんで、自分が自身の部屋に戻ってきているのか分からなくて……そうだ、何故戻ってきているのだろうか。キャッタはそれを考えたくはなかった。


 考えたら、その答えはきっとすぐ出てきてしまうから。だが、考えてしまった。もちろん、自分をここまで連れて来たのは、ラクレットしかいない。だとすると……。


「あ、目を覚ましていたか、キャッタ」


 やはり、ラクレットがいた。


「いや、ちょっと、ここの大家さんと話していたら、長くなってな。まぁ、いろいろ説明したりも必要だし、なんせ気絶したお前を抱っこして来たからな」


「え、ちょ、ちょっと待ってください。その、私を抱っこして来たとかその辺りも気になりますけど、それ以前に、なんで私の家が分かったんですか?」


「ああ、それは、ほら、お前が賃貸物件に住んでるって言っていたし」


「それだけじゃ、特定とかできないはずじゃ……」


「あとは……勘かな」


「そんな、なんで、そんなのでわかるんですか……」


 勘。ラクレットの鋭すぎる勘は、大体魔力感知である。もちろん今回も。キャッタは良く自分の部屋で魔法の練習をしてたりするので、部屋そのものは近くに来たらすぐに分かったらしい。


 ちなみに、近くに来るまでは、キャッタの通った道に残っている残留魔力をたどって来た。まるで、匂いを嗅ぐ犬のようであるが、ラクレットの魔力感知は犬の嗅覚以上に鋭いので恐ろしいものである。


「まぁ、そのあと、大家さんに会って、お前の部屋のカギでも開けて貰おうと思ったんだが、思いのほか説明が長くなってな、とりあえず、お前が気絶しているのに気付いてカギは開けてくれたんだがな……そこからが、本当に長くて……」

 と、ラクレットの顔を見る限り、本当に長く話していたらしい。


 日が沈みかけており、部屋は差し込む太陽の光で橙色に染まっていたことからも想像できるが、どうやらかなりの時間気絶していたらしい。


「それよりも大丈夫か? 今日二回も気絶したが、身体、調子悪いのか? なんだったら医者に診てもらうか?」


「い、いえ、そう言うわけではないのですが……と、とりあえず、身体の方は大丈夫なので、心配しないでください」


「お前が言うなら、そうするけど、ただ、次に倒れたら流石に医者に診てもらうからな」


「は、はい、気を付けます」


「それはともかく、キャッタ水をくれないか? 喉が渇いてな」


 長く話して喉が渇いたのか、ラクレットはそう言う。


「え、あ、はい」


 そう言われて、キャッタはコップを取り出してきて、その中に水魔法で精製した水を注いだ。


「はい、どうぞ」


「ああ、ありがとう」


 当然、ラクレットは水も飲めない。だが、キャッタが精製した水ならば飲むことが出来ることに気付いて以来、キャッタに水を作ってもらっており、屋敷にも結構な量が保存されてある。


 キャッタの作った水なら飲めると気付いた時は、喜びのあまり、キャッタに抱き着いたほどだった、そのせいでキャッタは危うく気絶しそうになっていたのだが、その時は、なんとか堪えていた。ただ、気絶寸前までいっていたせいもあり、キャッタにその記憶ははっきりとは残っていないのだが。


「あ、そういえば、もうこんな時間ですね」


「まぁ、言われてみればな、もう夕方だ。早いな」


 そう言って、ラクレットはコップに口を付ける。


 キャッタの家に客人用の食器は無い。なので、そのコップは、普段からキャッタが使っているものだ。クレットの水を飲む姿を見て、間接キスをしていることに気付いた。


 そして、これから、自分が水を飲むたびにラクレットと間接キスをすることにも気づいてしまい、キャッタはどうしようもなく恥ずかしくなって、ラクレットから顔を逸らした。


「えっと、その、料理作りますね」


 そう言えばお昼ご飯をラクレットに食べさせてあげることが出来ていないことに気付き、都合も良かったので、キャッタはそう言ってラクレットの近くから離れることにした。どうも恥ずかしくて、近くにはいられなかった。


 キャッタはそそくさと部屋の端にあるキッチンに向かった。


 鍋を取出し、水魔法でそこ水を注ぐ。そうして、棚にあった野菜を適当にいくつか見つくろう。


 そうして、それらを包丁で切って、鍋の中に入れた。そうしたところで、背後に気配を感じた。振り向けば、当然そこにいるのはラクレット。


「料理か、作っているのを見るのは久しぶりだな」


 予想以上に、ラクレットとの距離が近く、心臓が飛び上がる。


 心拍音が耳に入ってくる。こんなに大きな音で鳴っていたら、もしかしたらラクレットにも聞かれてしまうかもしれない。そうしたら、恥ずかしくて料理どころじゃなくなる。


「あ、あの、その、何か用ですか?」

 と、キャッタは言葉にしたつもりだが、出来なかった。


 なぜなら、ラクレットがさらに接近してきて、キャッタの頭の上に顎を乗せ、両肩から両腕を垂らして、かなり密着する形となったからだ。ラクレットからしたら軽いスキンシップ、いや、そんな意味すらないのかもしれないが、キャッタからしたら、それはもう料理どころじゃなくなるほどの物だった。


 事実、キャッタは言葉を発したつもりが、「ひゃっ」という可愛らしい声が小さく出ただけだったのだから。


「あ、危ないですから」


 今度は無事に声が出た。


「そうか? じゃあ、もうちょい離れるとするか」


 そう言いつつ、ラクレットは後ろからのホールドもどきを解除して横に来た。


 確かに、密着はしていないけれど、そこにいられたら、実際の距離は大差ないし、横にいる分、近く感じられて、余計にドキドキした。


「見ててもいいか?」


 ラクレットがそう言う。


 本当は、今すぐにでも離れてほしい。そうじゃないと、まともに料理が出来るかどうかなんてわからないから。でも、ここでそんなことを言うわけにもいかず、キャッタは小声で「はい」とだけ答えた。


 手が震える。凄く緊張する。いつも通りに作業するだけなのに、それが出来る気がしない。


 魔道コンロに火をつけ、野菜と水の入った鍋を火にかける。煮立つまでの間に、もう一つ鍋を用意して、棚から取出した葉物の野菜を一口大に切る。


 鍋に油を引いて、温めてから、それらを入れて炒めはじめた。


 味付けするために、塩の入っている瓶を掴んだところ、ラクレットに声を掛けられた。


「キャッタ、それ、片栗粉だぞ」


「え、あ、あれ? 本当だ」


 見て見ると、確かに、瓶には片栗粉と書いてあった。


「塩はこれな」


 ラクレットは塩の瓶をキャッタに手渡した。


「あ、ありがとうございます」


 キャッタは、震える手で塩で味付けをしていき、黒い物が入った瓶を取り出した。


「それは、胡椒じゃないよな? それでいいのか?」


 ラクレットは故障の入った瓶を手にそう尋ねる。


「えっと、これは隠し味の自家製のソースです。色々混ぜて作ったんですよ」


「へぇ、いつもそれで味付けしてくれているのか?」


「はい、そうです。で、入れようともしたんですけど……今日はやめておきます」


 先ほど、塩を振りいれた時に、手が震えていたのもあって、結構入れ過ぎてしまった。それを思い出したキャッタは、ソースを入れたらもうしょっぱくて食べれなくなりそうだと、ラクレットに声を掛けられて思ったのだ。だから、ソースは今回入れないことにした。


「えっと、それで、こ、胡椒をください」


 ラクレットから胡椒を受け取り、ほどほどに鍋に入れていく。もっとも、まともじゃない状態のキャッタのほどほどなので、実際に丁度いいかと言われればそうではないのだが。


 スープを作る方の鍋も大分温まってきたようで、吹きこぼれないように、火を弱くした。


 塩で味付けをしたのだが、また塩をしれすぎてしまった気がする。


 ラクレットが近くにいるせいで、どうもうまくいかないようだ。こちらにも特製のソースは入れなかった。


 隣にいるラクレットの影響力は大きく、調味料間違いというようなミスはなくなったが、細かい所がいつもと違う形になった。


 それでも、キャッタは調理を進めていき、無事に料理を完成させた。


 そうして、お皿に盛りつけてラクレットに出したが、そこで思い出すのは間接キス。


 やはりそのことを考えると、顔がとてつもなく熱くなってしまう。水の入ったコップを顔に当てたら、すぐにぬるま湯にしてしまいそうなほど熱い。キャッタは自らの顔の熱をそのように感じていた。


 実際キャッタの顔は真っ赤に染まっている。もう既に日は沈みきって、空は藍色に染まっている。そのせいで、その赤が光の影響でそう見えているわけではない事が分かってしまう。いや、これだけ真っ赤になっていれば、夕焼けの中だろうと分かるかもしれない。


 一方ラクレットは気楽な物で、そんなキャッタには気付かず、いつも通りに振る舞っていた。


「いただきます」


 そう言って、まず、スープを啜った。


「ん、美味い」


「あ、ありがとうございます」


 次には箸を持って、野菜炒めに手を付けた。


 出来たてでまだ湯気が立っている野菜炒めを口に運ぶ。その様子を見ていられなくなってキャッタは、目を逸らした。


 自分の箸をラクレットが使うところなんて、恥ずかしすぎて見ていられなかったのだ。


「こっちも美味しいな」


「ありがとうございましゅ……」


 キャッタは恥ずかしさのあまり、噛んでしまったが、ラクレットに聞こえないほど小さな声だったので、それは誰にも気づかれることはなかった。


 そうして、盛られた分はすぐにラクレットが食べ終えた。


「えっと、あれだな、キャッタも食べるわけだろうし、俺はこのくらいにした方がいいかな」


「ぜ、全部食べてくれても、大丈夫です、私は」


「いや、この時間から、外に出すのもあれだし、また作らせるのもなんだからな」


「いえ、大丈夫ですから……あ、はい、そうですね、私の分も必要です」


 キャッタは少し考えて、やはり自分の分を残してもらうことにした。


 もし、このあと、どこか高級レストランに連れ出されたら大変だと思ったのだ。


 確かに、ラクレットがそのことに気付いていたら、間違いなくキャッタは高級レストランに連れ出されていただろう。


 ラクレットが気付く前に先にそちらに路線変更したのは正しかったと言える。


「今晩の料理は、格別に美味しかったぜ、キャッタ」


「それは、良かったです」


 いろいろと失敗していた気もするが、どうも、ラクレットは塩のみのシンプルな味付けが好きらしい。キャッタは脳内にそうメモをした。


「キャッタ」


「はい、何でしょう」


「はい、これ」

 とラクレットから手渡されたものを見るとそれは、例の札束。服屋に突っ返された例のものだ。


「な、な、な、な、なんですか、こ、これ……」


 あまりの驚きに気絶どころでは無かった。度を越し過ぎて現実と認識が出来なかったからだろうか、キャッタはしっかりと意識を保っていた。


「いや、ほら、こんな時間までお前の家にいさせてもらって悪いなーと思って、あと、今日は大して、お前になんかしてやれなかったし、迷惑料込のボーナスみたいなものだ、受け取っておけ」


「む、無理です。流石に無理です、これは無理ですっ!」


 キャッタは全力でラクレットに札束を返そうとした。


「いや、いいって、もらっておけ」


「無理ですっ! 駄目ですっ! 私が死んじゃいますっ!」


 精神的ショックで今にも倒れそうなキャッタはそれをなんとしてでもラクレットに返さなければいけなかった、流石にそれを受け取ったら、本当にキャッタは死にかねなかった。


 もしかしたら、次の日に心臓が止まってポックリというのもありえる。そもそも、一市民が持っていていい金額ではない。


「でもなー、お礼がし足りないんだよ」


「で、でしたら、わ、分かりました、一枚だけ、一枚だけ受け取ります」


 キャッタは、そう言って、札束から一枚のお札を抜け出し、残りを少々強引にラクレットに返却した。


 一枚と言っても、それは一万ギリー紙幣である。向こう数か月は生活できるほどの金額だ。キャッタは、十分に困惑した。


「じゃあ、俺は、帰るから、また明日」


 そう言って、ラクレットが帰ろうとしていた。


「あ、え……あの、待ってくださいっ」


 キャッタは、それを引き留め、ずっと尋ねたかったと事を尋ねた。


「ラクレットさんは、いったい何者なんですか」


 先ほどの札束もそうだが、大量の服をポンとプレゼントしたり、豪邸とまではいかないが、大きな屋敷に住んでいたり、だが、特に働いている様子もなければ、どこかから金を徴収しているようにも見えない。


 キャッタはラクレットが何者なのか気になったのだ。


「そういや、まだ、言っていなかったな。そうだな……まぁ、キャッタなら信頼できるしいいか。俺の名前は、ラクレット=ブレーブ=ショードだ」


 その名前を聞いて、分かった。すぐに、それに気づいた。その、ミドルネームに。


 ラクレットが何者なのか、そのミドルネームが全てを表していた。


 だって、そのミドルネームを持っているのは、勇者だけなのだから。


「じゃあ、帰るな」


「は、はい、さ、さようなら、気を付けて」


 ラクレットは、そうして、帰って行った。


 ずっと一緒にいた人は、勇者であった。それも、最強と言われた勇者。二年前、唯一魔王城に辿り着き、一人で魔王を倒して帰って来た勇者。憧れの人は、勇者だった。













 その後しばらくして、キャッタは、スープと野菜炒めを食べようとしたのだが、ラクレットの使った箸をどうするか悩んだ結果、結局食べずにそのまま寝た。そして、朝食の際に寝ぼけて何も考えずに食べたが、その日は、一日中キャッタの顔が赤かったとかなんとか。




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