2話・輝く夜空と二人の出会い。
「あ……え……その……」
(わ、私……)
(告白されてるうぅーーーーー!!)
キャッタは動揺した。なにしろ、生まれてこの方、モテた事が無い(実際は男性から好意を持たれたことはあったが、本人が気づいていないだけ)。真っ直ぐと告白をされた事のない、孤児院育ちの一般市民である。
まさか、自分よりも目上の男性に告白されるなんて思ってもいなかっただろう。なので、この反応も仕方のない事である。
見るからにワタワタとし始めたキャッタを見て、断られるのではないかと不安になるラクレット。それもまた当然である。
ずっと探してきてやっと見つけた、呪いの効力をも上回り、食べられる料理を作る人物。それをここで逃せば、次に『料理』の味を感じられるのはいつになるか分かったものではない。だから、ラクレットもまたワタワタし始めた。
ラクレットに告白している気はない。だが、キャッタは告白されたと思い、顔を真っ赤にして、酷く慌てふためいている。
一方シキは、二人がワタワタしているのと、キャッタの顔が赤く染まっているのに気付いて、状況を理解したようにクスリと、二人に聞こえないように笑った。
「えっと……だ、駄目か? その、金なら、いくらでも……」
「お、お金って、そ、そんな……」
付き合うのがダメなら、せめて身体だけでも、ということなのだろうか。そう思ったキャッタは、顔をより赤らめ、より慌てだす。
お金で買われるほど安くなったつもりはないのだが、相手は(推定)身分の高い者である。その額がどれだけの物になるか分かったものではない。
孤児院出身のキャッタはお世辞にもお金があるとは言えない。それに、今月の孤児院の方への寄付もまだ終わっていない。お金に興味が無い彼女ではない。むしろ、お金がいくらあっても足りないというのが今の彼女の現状である。でも、それはそれで、と彼女は悩み始めた……。
「その、こういうの初めてで、よく分からないが、いくらならいい、月いくらならいい。お前の好きな額でいい、言い値を払おう」
「え、えっと、そ、それは……」
キャッタは……決心を決めた。
言い値を払う。その一言で、キャッタは決心したのだ。
これからは彼にも助けてもらおうと。
彼は、自分を必要としている。だから、決して彼からお金を搾り取っているわけじゃないし、私も安い女じゃない。
そうこれは、助け合いだ。
もちろん、お金は足りない分だけしかもらわないし、法外な値段を付けたりなんかしないから、これは助け合いに違いない。などと自分に言い聞かせたキャッタは、ラクレットと向き合った。
そして、重い唇を動かした。
「……はい……分かりました……」
その返答に、ラクレットは、思わずキャッタに抱き着いた。
「え、あの、その、いきなり……!? えっと、ここで?」
小さな声かつ早口で言ったため、その言葉は誰にも届かなかったようが、大きく早く鼓動する心臓の音は、もしかしたら相手に伝わっているかもしれない。
顔が熱くなっていく感覚に、キャッタは今すぐ顔を隠したくなった。
しかし、しばらくしてもラクレットは、自分を抱きしめているだけである。キャッタの思っているようなことは起きなかった、もちろん、ラクレットからしたらそんな考え自体があるはずもない。
キャッタは少し安心したのか少し冷静になると、今の状況判断をし始めた。結果、それは彼女の顔をより赤く染めるだけであったのだが。
先ほど告白してきた男性に抱きしめられている。強く、強く、もう離さないようにとばかりに強く。
ラクレットは、そう、彼女を放したくなかった。なぜなら、やっと見つけた……大切な料理人なのだから。
顔が更に熱くなっていくのを感じるキャッタ。
先ほどまでは不安を掻きたてるだけだった暗闇が今はありがたい。顔が赤いのは自分でも分かっている、それを見られるのは恥ずかしい。絶対に見られたくはない。
そう思ったその時、空が点滅し始めた。その頻度はどんどん上がっていく。
「わぁー、見てくださいご主人様。綺麗ですね」
シキが空を指差す。キャッタは空を見上げると、流星群が流れていた。
なんという奇跡か、神の悪戯か。流星群の光が異様に強く、周りがほんの少し明るくなった。
明るくなったのは、ほんの少しだった。だが、そのほんの少しの明るさと、意識に切り替えが、ラクレットにキャッタの顔の赤さを認識させた。
「あ、悪い」
その言葉で、キャッタも自分が顔を赤くしているの、今、自分に抱き着いている彼に気付かれたことを察した。それによって、より顔が熱くなっていく感覚を感じる。もっと赤くなっていっていて、もうトマトのように真っ赤っ赤なのかもしれない。
「きつかったか? まぁ、それなりには鍛えているからな。ごめん、苦しませたかもしれない」
だけど、どうやら勘違いをしているようだ。キャッタはほんの少しだけ、また束の間の冷静さを取り戻した。
抱き着かれて、苦しんでいたのだと彼は勘違いしている。だから、私の気持ちはまだ知られていない。キャッタはそう思い安心したのだ。
キャッタの気持ちは揺れ動いていた。
目の前の彼は、窮地に陥っていた自分を、颯爽と駆けつけて救ってくれた。顔も悪くないし、むしろかっこいいくらい。それに強いし、身分だって高い。話を聞く限り、お金の心配もなさそうだ。こんな良物件もう出会うことが無いってくらいだ。
お世辞にも自分は地位が高い人間とは言えない。
そんな自分が、彼に望まれるなんて……。
まるで自分が騙されているんじゃないか、なんて思ってしまうほどに夢のような話である。それに、告白だって結構ロマンチックだった。
流星群まで現れてきたとなれば、神さまが背中を押してくれているとしか思えない。
キャッタは迷っていた。いや、迷えなくなっていたことに動揺していただけかもしれない。
だって、もう既に、彼女が彼を拒む理由が無いのだから。
「えっと、もう一度聞く、毎日俺に料理を作ってくれないか?」
そこで、再び彼のアプローチである。
「はい……………はいっ!」
それは、もう彼女にとって断れるようなものでは無かった。
彼女の心は、もうすで落ちていたのだから。
その裏で、呪いにかかったラクレットがあまりにも美味しそうに食べるものだから、その味が気になり、シキはこっそりと食べ残しを口に運んでいた……口に異界が広がった。
正直、祭りでたくさん食べた物を吐きそうになったが、必死にこらえた。その時、シキは思った……自分はとんでもない呪いをラクレットにかけたのではないかと。彼女は呪いの解除により力を入れることをひそかに心に誓うのだった。