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1話・上手いメシは突然に。

 勇者の成人パーティ改め、ミミ姫とウィード王子の婚約パーティから早くも一週間が経とうとしていた。


 ラクレットとシキは屋敷に戻るため、パーティのあった次の日にはラビリンスに向けてブルド王国を発っており、今は魔法王国ラビリンスの近くにある小さな村に着いていた。どうやら丁度祭りをやっているらしく、人々の喧騒が静寂を破り、屋台の明かりが暗闇を照らしていた。


「いやー、どうします? ご主人様」


 シキはおちゃらけた様子でそんなことを言った。


「なんだ、それは、俺への当てつけか? それとも純粋に腹が減ったのか? どっちにせよ持って来た金はほぼ使い切ったぞ。食うにしても屋台じゃなくて飯屋にしろ」


 空腹で少々イラつき気味のラクレットが少々強い口調でそう言葉を返す。


「いやいや、そう言うことではなくてですね、予定通り一晩ここで過ごして朝から行くか、それとも、もうラビリンスも近い事ですし、このまま夜通し走るかって事ですよぉ。決して食べ物の事じゃありませんってばぁ」


 ごますりをしながら媚びるような声でシキはそう言う。男性にとって魅力的なボディをしているシキにこんな甘い声で語りかけられたら、普通はコロリと落ちてしまうだろう。だが、慣れているうえにそういった事に興味もないラクレットは、特段反応することもなくただ大きなため息ついた。


「そうか、で、お前的にはどうしたいんだ?」


 ラクレットは、どこか諦めたように投げやりにそう尋ねた。


「ええ、私的には、ここで夜を明かすのではなく夜通し走ってラビリンスにある屋敷に戻ることをお勧めしますぅ。ほらぁ、屋敷のベッドはいいものですし、こんな小さな村の宿の物よりも寝心地いいでしょうし、屋敷に帰ってから寝ればいいかなぁ~って、そう思うんですよぉ。まぁ~、別の意味で寝たいのでしたら、こちらの村の宿に泊まるのもいいと思うんですけどねぇ~、ほらぁ、さっきお金ないって言っていたでしょう、一部屋しかとれないでしょうし、それもまたちょうどいいですけどねぇ~」


 シキからのお誘い。これもまた普通ならそのまま宿にインして一夜を明かしてもおかしくないくらいのものである。だが、やはりラクレットは興味を示すこともなく、そのまま話を進めようとした。


「流石に二部屋とるくらいはあるからそこは心配するな……というか、一部屋しか取れなくともそんなことにはならないから安心しろ」


「えぇ、もう、いい加減に私に興味を持ってくれてもいいんじゃないですか~」


 脳味噌を溶かしきるかのような甘い声、しかしながら、ラクレットは全く反応を示さない。むしろ、大きなため息をついていた。


「はぁ……それで、結論を言え、結論を。毎回のごとく言っている話だが、そんな遠回しに言わなくてもいいから、どうしたいか結論を言え。俺の予想だと、どうせこの辺の店の食べ物食いたいとかその辺だろ」


「……いや、まぁ、お宿の方の話も結構は本気だったのですけどね」


「うるさい、エロサキュバス」


 そう言いながら、ラクレットは拳骨を落とした。


「うう~、酷いですね、脳味噌揺れましたぁ~」


 それを食らったシキは頭を両手で抱えながら、涙目で上目遣い。世の中のあらゆる男の庇護欲を掻きたてるであろう仕草だ。もちろん、ラクレットはその例外であるが。


「最初から有るか無いかも分からん脳味噌が揺れるもんか」


「本当に酷い言いようですね」


 ケロリ、先ほどまでの一挙動一挙動が男を惑わすような感じはなく、シキは普通に喋った。


「事実だろうが、それで、なんだ、何が言いたかったんだ、今回は」


「あ、そうですね、えっと、その泊まる代わりに夜通し走るので、宿代を食費に当てて、今日はここの屋台で食べて行こうかな~、なんて思いまして、ですね」


「……はぁ、やっぱり食べ物かよ」


 あまりにも予想通りだったので、ラクレットは呆れてため息をした。


「え、ええ、まぁ……いや、でも、ほら、案外こういった料理の方が食べられたりするものかもしれませんよ、ご主人様」


「はぁ、もういいよ、そういうの。最初から普通に言えって。遠回しに言おうとなんだろうと、結局そこに辿り着くんだから。お前の控えめな提案の時は大体食べ物に関することだって事くらい分かる。だから、正直このやり取りは無駄にエネルギーを使うだけだろ」


「いやー、まぁ、悪いとは思っているんですよ?」


 視線を斜め下に逸らしながらながらシキはそう言う。


「だったら、さっさと何とかしてくれ」


「いやー、頑張ってはいるんですけどねぇ……あの、とりあえず、いくつか買ってきますね」


 いつの間にか、ラクレットの財布を手に持っていたシキは、逃げるように人混みの中に消えて行った。


「……どうせ食えないんだろうな……また」


 本日何度目か、またしてもため息をついたラクレットは、空いているテーブルに着き、シキを待つことにした。少しでも腹を膨らまそうと、水筒に入った水をちびちびと飲みながら……。


 勇者は人間の間では有名であった。それもそのはず、多くの勇者が命を賭しても届かなかった凶悪な魔王を一人で倒してしまったのだから、それは有名なはずである。しかし、ラクレットに近寄ってくる人間はそう多くはなかった。恐れ多いからではない。ただ、知名度が低いだけである。


 その勇者は確かに有名なのだが、ラクレットは有名ではない。要するに、名前も顔もあまり知られていない。ただ、勇者が凄いということだけが世界に知れ渡っていた。


 なにせ、この勇者、大々的な式などに出るのを拒み嫌がっている節があり、王族や上流貴族ならばともかく、庶民に顔が知れ渡っているわけではない。


 名前の方に関しては、おそらくだが王様も知らない。


 勇者として国を旅立つ前に、国王に報告をするのだが、その時ラクレットは名乗るのを忘れていたのだ。


 ラクレットは武人として特に有名だったわけでもなく、仲間もなく一人で勇者をしているということで、特に期待などはされていなかった。なので、次に来た時に勇者名簿に登録しておけばいいかと、城の人々もそう思っていた。


 しかし、次にラクレットが城を訪れたのは、魔王を倒してからだった。


 魔王を倒してしまえば、最初の報告の時のような態度をとるわけにもいかない。


 国の威厳にかかわるので、実はちゃんと登録できていなかったから名前を知らないなどとは口が裂けても言えなかった国王は、それ以来ラクレットの名前を知っている体で『勇者』と呼んでいる。国王がもう少し勇気を持っていればこうはならなかったのかもしれないが、たまたま城に入り込んだ見知らぬ猫を見て、「もしかしたら、魔族の刺客かもしれない、殺される」と慌てふためくほど心配性な国王である。そんな彼が、今になって名前を知らないから教えてほしいなどと言えるはずもなかった。


 そんなこんなでラクレット本人は全く以て有名ではないのだが、その反面、このように普通に外にいても大事にならずに済んでいる。なので、本人の器質的にも、結果的にはそれでよかったのかもしれない。分かっていてやっているわけでもないし、本当似たままそうなっただけなのだが。


 そうして数分が経って、腕一杯に屋台の食べ物を持ったシキがラクレットの元に戻ってきた。


「はい、ご主人様、これとか美味しそうだとは思わないですか?」


 シキがラクレットに手渡したのは肉の串焼き。屋台の光が当たってタレが照り光っている。実に美味しそうだ。お腹が極限近くまで減っているラクレットからすれば、今すぐにでもかぶりつきたいほどに……。だが、彼は恐る恐る串を掴み、一欠けら口に含んだだけであった。


「……ああ、これはお前にやる」


 ラクレットは一口齧っただけの串焼きをシキに返した。


 他の物も全て同じく、一口齧っただけでシキに渡していた。


「もう、ご主人様、ちゃんと食べてくださいよ。倒れても知りませんよ」


「いや、無理だろ。というか、マジで無理だ、せめて汁物をくれ」


「あー、えーと、はい。一応スープも買ってきましたから、それで……えっと、具材の形が無くなるまで煮込んだらしいですよ。結構並んで買った物ですし、もしかしたら……」


「いや、無駄だろ。というか、お前が一番分かっているはずだろ」


 そう言いつつも、ラクレットはシキに手渡されたスープを一口飲んだ。


 そのスープは、一年に一度この祭りの時にしか出さないらしいスープで、かなり手間暇かかっているもので、その味を求め、隣の村、更に隣の村からも飲みに来る人がいるくらいであった。


 きらめき透き通ったスープを口に含んだ瞬間、ラクレットは顔をしかめた。多くの人を集わせるその味が、ラクレットにはまるで沼の底にたまったヘドロを飲まされているかのように感じられたのだ。もはや食べ物じゃない、そんな味わいに吐きそうになるも、必死にそれを飲み込んだ。


「ああ、やっぱ無理だ、液体なだけまだマシかと思ったが、具材を煮溶かしただけあってただの液体よりは微妙に重い感じするし、案外きつい。後はお前が飲め」


「えっと、いや、何度も言うようですが、本当にすいません」


 ラクレットに手渡した食べ物が自分の元に返される度、暗くしていったシキの表情は、既にどんよりとしたものになっていた。


「いや、だから、謝るくらいなら早く何とかしてくれ……この呪いを」


 ラクレットは軽くそう言ったものの。


「すいません……」


 シキはそれを重く受け止めるのだった。


 ラクレットは、何を口にしてもこの世の物とは思えない汚物の味しか感じることが出来ない。あらゆる食べ物が、口入った途端、異界の汚物に変わる。彼はそんな感覚に襲われるのだ。


 それは、彼の身に掛けられた呪いの所為である。その呪いは、あらゆる食べ物を不味く感じるようになるという呪い。サキュバスに伝わる奥義の一つだ。


 そして、その呪いをかけたのは、シキ=シフル=ドールである。






 話は勇者が魔王を打ち倒したその日まで戻る。


 ラクレットは、魔王城、魔王の間で魔王と戦っていた。


 魔王ヴォルトは魔法の扱いに長けており、魔法を使わせたら魔界で右に出る者はいないとまで言われているほどの者であった。


「さあ、魔王のおっさん。まだまだ行くぞ」


「ふん、餓鬼がッ!」


 ラクレットは魔王が放つ幾千もの魔法の弾丸を躱しながら、切り伏せるそのチャンスを窺っている。そして、好機と見たその瞬間、懐まで切り込もうとした。


 だが、それは魔王の誘いの一手だった。


 魔王は既に発動の準備を終えていた最大級の火炎魔法。『プロミネンス』で、勇者を焼き殺そうとした。


 一方、ラクレットはその魔法に気付いたものの、彼には魔法の学がない。なので、初歩の初歩である魔法しか使えなかった。そんな彼が咄嗟に放ったのも、魔法学校では最初に習う『ファイアーボール』であった。


 火炎魔法最大級である『プロミネンス』と初級も初級である『ファイアーボール』。それらがぶつかり合った結果など、見るまでもなく明らかだった。そう、普通なら。


 ラクレットの魔力量は常人のそれとは違う、人間は当然、魔族すらも軽く凌駕するほどの魔力を持っている。そんな彼が全力で魔法を放ったならば、初級魔法ですら絶大な火力を持つ。結果、初級魔法は最上級魔法と引き分けて、打ち消し合った。


 まさか打ち消されるとは思っていなかったのだろう。魔王はその隙を突かれ、勇者ラクレットの剣によって心の臓を貫かれ、絶命した。


 魔王の間は、二人の戦いでズタズタだった。戦いの過激さは、その部屋の惨状が語っている。

 壮絶な戦いが終わり、勇者ラクレットが魔王の間から出ると、そこには一人の少女がお辞儀をして待っていた。


 魔王を待っていたのだろうか。少なくとも勇者を待つものではないだろう。


「あなたがそこにいるということは、魔王様は負けたのですね」


「ああ、俺が勝った」


「そうですか……魔王様に勝たれたということは、あなた様が次期魔王となります」


「ああ、死に際の魔王のおっさんから聞いた」


「そうですか」


「ああ、そうだ」


 その少女は、前魔王の勝利を願っていたのだろうか、それとも魔王という存在そのものを待っていたのだろうか。ラクレットにそれは分からなかったが、少なくともその少女の纏う雰囲気が負のものであることくらいは分かった。


「私が仕えるのは、ヴォルト様だけです。だからといって、ここから逃げようとしても私の未来はないでしょう。ですから、私からあなたへ、ささやかな嫌がらせをさせていただきます」


 そう言って、少女は構えをとった。まるで、勇者と戦おうとするように。


 目の前の少女が自分に勝てるはずがない。ラクレットはそう思った。自分は魔王を倒した。疲れはしたものの傷は無い。そう、自分は魔王を無傷で倒したのだ。それが、目の前の少女に負けるはずがないと思ったのだろう。それも仕方のない事だ。


 目の前の少女に特段変わった点はない、ただの可憐な少女にしか見えない。魔族である以上、普通の人間よりは強いだろうが、それでも戦闘職をやっている者には勝てないほどだろう。


 彼女はどうみても華奢な体つきの少女でしかない。そう思う勇者には確かに油断があった。


「それでは、行きますっ!」


 少女は全力で勇者に突っ込み、胴に一撃パンチを入れた。しかし、勇者はびくともしない。少女の力ではその場から動かす事すらできなかった。


 しかし、おかしい、と勇者は思った。自分の腹部には血が付いていたから。


 次の瞬間、少女は気を失ったように倒れた。


 少女の拳は切れていた。ならば、腹部に付着している血は彼女のものだろう。そう思った彼はそっと少女を抱き起した。


 その少女は、死にかけていた。息は止まっており、胸の鼓動もまた止まる寸前であった。さっきの一撃は、何らかの魔術によって命を使った、文字通り少女の懸命の一撃だったのだろう。しかし、ほんのわずかなダメージを与えることも出来ず、彼女は、今、死のうとしていた。


 彼は、少女を不憫に思った。


 気づいたら、彼は回復魔法を少女に使っていた。


 彼は回復魔法も攻撃魔法と同様に初歩の初歩しか使えない。でも、十分だった。なぜなら、彼には異常なまでの魔力があったからだ。


 異常なまでの魔力は、自分の使うあらゆる魔法を強化し、自分に向けられるあらゆる魔法を打ち消す。彼が魔王に勝てたのもそれが大きかった。そして、それは回復魔法でも同様であった。


 彼の使う回復魔法は、たとえ初級のものであっても最上級に匹敵するものとなる。


 たとえ、対象者が死にかけだとしても、生きているならば助けられるほどに。


 少女は息を吹き返した。


「あ、あれ、私は、何故生きて……もしかして、失敗……したのですね」


「失敗? 何がだ」


「サキュバスに伝わる四十八の秘術の一つ。命を対価に発動する、呪い」


「は?」


 その場の時が、一瞬止まったように感じられた。


 ラクレットの顔は見る見るうちに青ざめていく。もしかしなくとも、その呪いは成功しているだろう。なぜなら、少女は先ほどまで死にかけていたからだ。自分が回復魔法を使っていなかったら、確実に死んでいるくらいである。


 つまり、その呪い自体は成功している可能性が高い。


「ち、ちなみに、その呪いというのは……一体……?」


 恐る恐るラクレットは少女にたずねる。命をかけるほどの物だ、それが自分の死につながるものであったらと考えると、冷や汗が止まらない。


「えっと、第二十七呪術『永遠のメシマズ』です」


「永遠の……めし……まず……?」


「ええ、永遠のメシマズです。この呪いをかけられたものは、一生食べ物がおいしく食べられなくなります。全てが不味いものに感じられるようになる、最悪最恐の呪いです」


 命を対価に払っている割には地味だとラクレットは思った。その時は……。


 しかし、その呪いの恐ろしさに気付いたのは、魔王城にいた料理長に作らせた料理を口に入れた時だ。


 魔王城の料理長が作る料理は最高の物だった。間違いなく最高の物に違いないのだ。人間界最高のシェフとでもきっと争えるほどに凄かった。見た目、匂い、味どれも最高だった。口に入れるまでは……。


 最高の見た目と匂いに誘われ、料理を口一杯に頬張った。刹那、口の中が異界と化した。


 どんな味を感じたか表すと、ひどく混沌とした悪夢のような味だったという。


 魔族も人間も味覚は大して変わらないことは、旅をしていて分かっていたが故に、勇者ラクレットは絶望した。もう二度と料理が食べられないのだと……。


 勇者の全身全霊をもって、トイレに駆け込み、全てを吐き出した。


 その時に思ったのだ。この呪いは、命にかかわるものだと……。






 あれ以来、呪いの解除をさせるために、その時の少女、シキ=シフル=ドールを捕まえて引き連れているのだが、シキからしても命を使った呪いの解除法なんて知るはずもない。命を対価に支払う以上、それを解除することなどないから、それもまた当然である。


 それで、魔王討伐、兼、魔王就任から二年経った今も勇者はろくに物を食べられずにいた。


 その呪いに隙はなく、液体もまたこの世ではありえないほどの不味さを感じるようになるようなっている。もちろん、水もだ。


 食べ物が不味くなるということで、その辺の木を食べようとしたこともある。しかし、木の味がするはずが、感じるのは吐き気と純粋に研ぎ澄まされた不味さだけだった。


 不味くなるトリガーというのはどうやら口に入れた瞬間らしく、それが食べ物であるかどうかなんて関係が無いようであった。以来、ラクレットは栄養を摂取する度に、死をも絶するほどの苦しみと戦っているのだ。また、パーティなどに参加したがらないのも、参加してもほとんど料理に手を付けないのも、この呪いが理由である。


 今でこそ飲み込めるが、最初の一年は固体をまるで飲み込むことが出来ず、液体をなんとかして摂取したり、大掛かりな魔術で体に直接栄養を送り込んだりして、なんとか生活していた。それが理由で、生活拠点を離れられずあまり遠くに出られなかったほどに。


 結局、ラクレットは大して何かを食べることなく、ちびちび水を飲んだだけだった。


「はぁー、それにしても、私の思っていた以上に恐ろしい呪いでしたねー、本当にささやかな嫌がらせくらいの気分でかけたつもりだったんですけど」


「ああ、それ。いまだに思うんだけどよ、些細な嫌がらせのために、命払ったのかよ」


「ええ、まぁ、あの時は、どうせ死ぬと思っていましたし。死ぬならばせっかくだし、嫌がらせしてから死のうと思いまして、サキュバスなのに処女のまま死ぬのも腹立たしくて、全力で嫌がらせっぽい事したつもりだったのですが、まさかここまでガチで生死にかかわるものになるとは……」


「ああ、そういやそうだったな、お前、そういうことはしたことないんだもんな、サキュバスなのに」


「いやいや、今で言えば、サキュバスだからこそともいえますけども……」


 少ししょんぼりしながらシキはそう言う。


 魔族は寿命が長いため、基本的に子をなす必要性は人間よりは薄い。


 昔ならともかく、今はそれほど進んで子孫を残そうとする魔族はおらず、そう言った事に興味を持つものもほぼいなかった。特に、自分の種族の子孫は残せないサキュバスを相手にしようだなんて考える者はおらず、他種族としか子孫を残せないサキュバスにとっては死活問題となっていた。


 それで、サキュバスの名門であるドール家のシキはお相手探しということで魔王の配下に置かせてもらっていたらしい。


「ああ、そういや、それが理由で魔王の配下やっていたんだっけ?」


「ええ、お相手探しです」


「そうか、頑張れよ」


「あぁん、いけずぅ」

 と、腰をくねらせながら、甘い声をあげるシキを見て、


「何がだよ……はぁ……」

 ラクレットが大きなため息をつく。


 これが、彼らの日常であった。


「もう、ご主人様ったら、私を襲ってくださってもよろしいのですよん!」


「いや、なんでだよ、遠慮しておくよ」


「と、まぁ、ご主人様に限らず、誰しもがこんな感じで人間もサキュバスは相手したがりませんし、本当にお相手いないのですよ、今のご時世」


「ああ、らしいな……」


「ええ」


 シキは、むしゃむしゃと大量のものを胃に詰めていく。その体のいったいどこにその量の食べ物が入るのかと、ラクレットは毎回のように気になりつつも、魔族は人間とは体のつくりが違うのだろうと、これまた毎回のように自分を納得させた。


「さて、全部食い終えたみたいだし、そろそろ行くか」


 シキが食べ物を粗方食べ終えたところで、そう言ってラクレットは立ち上がった。


「ええ、そうしましょう」


 二人は少ない荷物をまとめて、夜闇の中へ駆けだした。


 本来は村や町などといった人間のテリトリーの外へ、夜になってから出るのは危険な行為であり、避けるべきなのであるが、魔族と勇者であればその限りでは無い。


 ただでさえあまり強くない人間界の生き物である。むしろ寄ってくるものなど力量差を見極められない弱いものであるので、走りながら片手間にでも蹴散らせるほどだろう。


「それにしても、この感じだと、ギリギリだろうな」


「何がです? ご主人様」


「いや、俺のエネルギー残量というかなんというか。家に着けば、設置魔法で栄養摂取は出来るが、それまで間に合うかどうか……」


「そんなに限界近いなら、無理してでも胃に何か入れておけばよかったのに」


「いやー、屋敷も近いし、なんとなるかと思ったんだが、案外きつそうな気がするぜ。というか、元をたどれば全部お前のせいだろ」


「え、ええー、まぁ、そうですけど、今その話持ち出します?」


「当たり前だ……って、そんな話したばっかりに……いくつか気配がある」


 本人的には、気配と言っているが、実のところは魔力感知である。シキはそれを知っているのだが、本人は気付いていない。


 ラクレットの魔力感知は、もはやレーダーに近いレベルの精度である。シキは、それを聞いて戦闘態勢に入った。


「あー、なんかいます?」


「ああ、わらわらとなんかいるみたいだ……それだけならいいんだけど、おまけで一人人間がいるっぽいし、俺勇者だし助けなきゃいけないだろうな、普通に」


「なるほど、群れるタイプで、この辺にいると……まぁ、ゴブリンとかでしょう、人を群れで襲うし、誰かを襲っている時は注意がそちらに向かって、こちらに気付かないあたりとかかなりゴブリンっぽい気がしますけどね」


 魔王城にいる間、ずっと生物の事に付いて調べていたシキは、研究者と言っても差し支えないほどに様々な生物に詳しい。


「そうか、なるほどな」


 ラクレットの魔力感知とシキの知識があれば、まずゴブリンであることに間違いないだろう。ゴブリンだとすれば害獣の中で下級もいいところだ。負ける要素はないだろう。


 二人は、その推定ゴブリンとされる群れへ向かった。


 距離は、それほどに遠くなく、少しすると、襲い来るゴブリンの群れに対して魔法で応戦している少女がいた。しかし、明らかに劣勢、押し切られるのも時間の問題だろう。


「うおおおおらあああ! 助太刀するぞ」


「ええ、私達が来たからには安心ですよ」


 シキとラクレットは気配を消して近づき、油断している数体のゴブリンを背後から攻撃しながら、少女の前に登場した。


 ラクレットは剣を家に置いてきているため武器はないし、魔法は上手く制御できず巻き込む可能性があるので、現在素手で戦っている。


 シキは、回復魔法は使えるものの攻撃魔法はほとんど使えず、使える攻撃魔法も魔族特有のもので、魔族であることを隠している以上、使えないために素手で戦っている。


 そんな二人をみてゴブリンに襲われていた少女は思った……不安であると。


「さて、行きますよ、ご主人様」


「ああ、蹴散らすぞ、シキ」


 だが、それも束の間、その不安は取り除かれる。


 二人は素手でありながら、ゴブリンの群れを圧倒していた。


 男性の方は、そもそもゴブリンを寄せ付けず、そのパンチはゴブリンを数メートル先の暗闇まで吹き飛ばしていた。


 女性の方も、その華奢な体のどこからきているのか、次々とゴブリンを一撃で仕留めて行く。


 ゴブリンが全滅するのにそう時間はかからなかった。


「え、えっと、ありがとうございます」


 ゴブリンだったものに囲まれる中、少女は礼をした。


 それに答えてシキ。


「いえいえ、困っているようでしたので助けたまでです……よね、ご主人様」


 そう言って振り向くと、そこには地面に倒れこんだラクレットの姿があった。


「って、ご主人さまぁあああああっ!」


 叫び駆け寄るシキに抱きかかえられながら、ラクレットは口を開いた。


「そろ……そろ……限界のようだ……」


「な、やめてくださいよ、冗談は……嘘……ですよね……?」


「いや、今回は、マジだ……悪い……シキ……」


「その人、何かあったんですか?」


 事態を察して、先ほどの少女も駆け寄ってきた。


「ええ、この人は、いま……」


「いま……なにか、大変なんですか?」


「ええ、少し……」


 シキはどうするか考えた。今、自分が大量に屋台で買い物をしたせいで持ち金はない。どうするべきか考えた。そして、恥を忍んで目の前の少女に頼みごとをする決心をした。


「ああ、そうです、出来れば一つお願いを聞いていただけませんか? 対価は後程お支払いいたしますので……」


「え、まぁ、今の私に出来ることならば……こちらこそ、先ほど助けていただきましたし


「ありがとうございます。それでは……」


「シキ……俺の口から言う……」


 言葉を続けようとするシキを止め、自分の口で言うと言ったラクレットの顔色は決して良いものではない。その顔を見て、少女は深刻な事態なのだと思った。


「……すまない」


「なんでしょうか……?」


「すまないが……食べ物を分け与えてくれないか?」


 これ以上ないくらいの真剣な表情をして、ラクレットはそう言った。それが少女には面白く感じられたらしい、真剣な話をしているのはなんとなく伝わっていたが、生死にかかわるほどの空腹が想像できなかったのだろう、少女はつい我慢できずくすりと笑ってしまった。


 なにも少女が悪いわけではない、ゴブリンの群れを素手で殲滅するような強い人が食べ物に困るというのを想像できなかったのと、ラクレット本人はともかく、シキからは演技らしさが感じられたのもあったからだ。


「えっと、そのすいません、笑ってしまって……でも、その、本当に動けないほどにお腹が空いているんですか?」


「あ、ああ……すまない……諸事情で今手持ちのお金が無いのでな、すぐに対価は払えないが……ラビリンスに付いたら確実に支払わせてもらう。だから……どうか、食べ物を……」


 相変わらず、今にも死にそうな声でラクレットはそう言うが、空腹時に戦闘行動をとったために訪れた血糖値不足のめまいはすでに治まって来つつあった。なので、もしも食べ物を貰えなくとも、なんとかなるかもしれないと思い始めていたところではあったが。


「いえ、先ほど助けていただいたお礼です、対価はいりません。私の手持ちの食料でよければ、召し上がってください」

 と、少女がいうので、せっかくということでラクレットはご厚意に甘える事にした。


「あー、なるほど、えーと、私は、こちらの方にお仕えしておりますシキ=シフル=ドールと申します、えっと、ご主人様の名前は後程。失礼ですが、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」


 丁寧かつ上品な物言いで、シキが話しているのを聞いて、空腹で倒れている男性は、きっと身分が高いのだと、少女は思った。そんな方の付き人に名前を尋ねられたならば、それほど身分の高くない、むしろ低い方である少女は名乗らずにはいられなかった。


「えっと、私は、キャッタと申します。魔術師をしています。先ほどは本当にありがとうございます」


「いえいえ……先ほどご主人様が申し上げられかけましたが、私たちはラビリンスに向かう途中でして、そちらがよろしければ、一緒に参りませんか?」


 それは、魅力的なお誘いだった。


 薬草採りに夢中になっているうちに、いつのまにか夕暮れになっていることに気付き、急いでラビリンスに戻ろうとしたのだが、キャッタはラクレットやシキとは違い普通の人間である。


 それに、特段体力のある職業ではない魔術師をやっている。


 そんな彼女が夕暮れになってからラビリンスを目指したところで、夜までに辿りつけるはずもなく、辺りは暗くなり、方向も分からなくなって彷徨っている所であった。なので、そのお誘いは実にありがたい物であったのだ。


「ええ、出来ればこちらからお願いしたいくらいです。どうぞよろしくお願いいします」


「はい、じゃあ……そうですね、慣れていない人の夜の移動はあまりお勧めできませんし、今日はここで野宿いたしましょうこれだけゴブリンの死体が転がっていれば、獣は寄ってきても、害獣は寄ってこないでしょうし、丁度いいです。では、役割分担しましょう」


「えっと、じゃあ、料理は……」


 お願いします……そうキャッタは続けようとしたのだが……


「ご主人様はダウンなさっているようですし、私はテントの用意をいたしますので、料理の方よろしくお願いいたしますね」

 と言うシキに対し、キャッタはその役割を交代してほしいとは言えなかった。


 キャッタがなぜ料理をシキに任せようと思ったか。


 それは、彼女の作った料理はいままで誰からも美味しいと言われたことがなかったからだった。それに、見た目もいいものではない。


 命を助けてもらったお礼に食べさせるには、幾分質が悪すぎるとキャッタは思ったのだ。


 しかし、手早く行動しているシキは、既にゴブリンの死体を片付けたり、テントを設置し始めているため、余計に交代してほしいなどとは言えなくなっていた。


 こうなっては自分が作るしかない。そう決心をしたキャッタは料理を作り始めた。


 何時もの通りに作ってはいるが、キャッタはそれが上手くいっているとは思えなかった。


 そうして、十数分が経った。


 シキは野営を準備も終えていて、キャッタも料理を完成させていた。


 料理の見た目としては、そこまで良い物ではない。


 良く言えば家庭的ではあるが、魔王の配下だったり、ラクレットの付添だったりで、色々な高級料理を見て食べて来たシキからすれば、あまりいい見た目には見えなかった。


 キャッタからしても、人に出す以上あまりいい見た目とは思えなかったようで目上の人に出すのを不安に感じていた。


「ご主人様、ご主人様、キャッタさんが料理を作ってくれましたよ、早く起きて食べてください」


「ん、ああ、分かった」


 気怠そうに身体を起こして、キャッタとシキのいる場所まで向かうラクレット。その顔色は先ほどよりかは良さそうである。


「えっと、キャッタだっけ? ありがとう。食べ物を用意してくれて」


「いえ、でも、そのあまり美味しくないと思いますよ、お二人が普段食べているものに比べたら」


 想像での二人の身分からして、きっといいものを食べているのだろう。そう思ったキャッタは、あとから文句を言われても困るので、先にそう断っておいた。


「いいや、別に味なんて、どの料理もあまり変わりない」


 ラクレットはそう呟いた。

 その表情が少し悲しそうだったことに、キャッタもシキも気付いた。また、同時にシキも少しバツの悪い顔をしたのだが、キャッタはそちらに気付くことはなかった。


「じゃあ、いただきます」


 ラクレットが目の前にしているのは、いくつかの携帯食を燕麦と共に飯盒で煮て、調味料で味付けしたものだ。


 携帯食はそのままでも食べられるのだが、料理を頼まれた以上、そのまま出すのも悪いと思ったキャッタはそれを使ってリゾットのようなものを作ったのだ。


 見た目はあまりいいとは言えないが、ラクレットは今更それを気にすることもない。


 ラクレットはキャッタから借りたスプーンで飯盒の中身をすくって、それを口に運んだ。


 瞬間、ラクレットの口の中は……――――




      ――――――様々な食品の混ざり合った、混沌とした味が口に広がった。




 シキや王族や貴族といった舌の肥えた人だけじゃなく、一般の人からしても分かる。これは美味しくはない。



 だが、ラクレットはそうは感じなかった。



 なぜなら、食べ物の味がしたからだ。




 ラクレットが普段感じている……何にもたとえがたい、絶望しかない異世界が口に広がることはなく、広がったのは食べ物の味なのだ。それがなぜかは、ラクレットには分からなったが、でも、これだけは分かった。


 この料理ならば、食べられると……


 二年間。彼が食べ物の味を最後に感じてから二年が経っているのだ、そんな彼が、どんな味だとしても、食べ物の味を感じて不味いと感じるはずがない。それどころか、美味しくすら感じる。


 呪いは強力だった。それまで何か一つに没頭することのなかった彼を、食べ物のためだけに動かしたほどに強力な呪い。


 そんな呪いにかかっていた彼が、食べ物を口にして食べ物と感じたならば、極上の料理にも勝る味に感じるはずだ。


 彼は、呪いにかかってもなお、様々な料理店を巡ってきた。


 もしかしたら、自分でも食べられるものがあるのじゃないかと……しかし、それは見つからなかった。


 だからこそ、一年間それを続けた末、彼は自分が食べられる料理を探すのをやめ、料理を食べずとも栄養を摂取する方法だけを追求したのだ。


 だけど、やはり食べ物の味を求めて、シキが買ってくるものに一口手を付けることが多く、どこまで行っても、食べ物を食べるということを諦め切ることはなかった。


 そして、ついに、自分の食べることの出来る料理を、口に入れてもなお料理と感じられる料理を作る人物に、ラクレットは出会った。


 ラクレットはリゾット風味のその料理を掻きこむように全て呑み込み、しばらくの間、余韻に浸っていた。


「え、えっと、その、お味は大丈夫でしたでしょうか……?」


 ラクレットの変わりように驚きながらも、キャッタは恐る恐るそう尋ねた。


 ラクレットは、暫しの夢の世界から現実に連れ戻される。次の瞬間、自然と彼の口は開いていた。


「毎日……」


「え……?」


 その口は、告げる。


 流れるような言葉遣いで、告げる。




「毎日、俺のために料理を作ってくれませんか?」




 それは、満月の夜の事だった。


 月の光が二人を照らし出していた。


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