15話・決戦、そして決着。
目を覚ますのは、決戦直前。三人は言葉少なく、決戦前最後の準備をしていた。
装備、道具の確認。軽い準備運動。そして何より、心の準備。
「準備はいいか」
いつもより何割も増してまじめな様子で、ラクレットはそう言った。
ここまでまじめなラクレットはおそらく誰も見たことがないだろう。
魔王と戦ったときだって、ここまでではなかったはずだ。そんなのは当然だ。
ラクレットが初めて打ち負かされた相手、それに立ち向かうのだ。
彼だって人間だ。一度負けた相手に修行もすることなく立ち向かうのだから、当然、緊張する。
それに、誰かと一緒に戦うことが本当はここまで緊張することだなんて、ラクレットは知らなかったのだ。
誰かと一緒に戦ったことはある。
けれど、仲間がやられるなんて微塵にも感じたことはない。
だから、この緊張を、この恐れを知らなかった。
誰かが死ぬのは当たり前だ。
そんなものは幾度となく目にしてきた。
何者かが自分を苦しめるのも当然だ。そんなことは幾度となく経験してきた。
だが、自分の仲間が死ぬのは経験したことがない。
それに、そうなると思ったことすらない。
それがこんなに怖いことだとは思わなかった。
自分が死ぬのは不思議と怖くはない。全くかと言われればそうではないが、でも、シキやキャッタが死ぬのに比べれば、自身が死ぬことなんて不思議と怖くは無かった。
もしかしたら、キャッタも同じ気持ちなのかもしれない。
俺やシキが死ぬことに比べたら自分が死ぬのなんて怖くないのかもしれない。そう思ったラクレットは一つ納得した。
ラクレットが魔王の間の奥、その中央に堂々と置かれてあるその椅子に腰をかけると同時に、その扉は開かれた。
「なるほどな、まだ魔王の座を譲る気は無いようだな……人間ッ!」
入ってきたのは、当然グラート=ヴォーク。ラクレットを唯一打ち負かした者だ。
彼から放たれる威圧はすでに牽制攻撃に匹敵するほどの効果を持っていた。
ラクレットはともかく、キャッタはおろかシキでさえも、体が硬直してしまって動かなくなってしまっていた。
その状態から二人を解放したのは空間を引き裂くような轟音であった。
音の主は二人の男。ラクレットとグラート。二人の拳や腕がぶつかり合うたびにそのような音が建物を揺らし、その余波が部屋を破壊していった。
「はっ! キャッタさん、直接あの中には参加できませんが、私たちも勇者様のサポートをします」
「は、はいっ!」
経験の差で一歩早く気を取り戻したシキが魔法の詠唱を始めた。
それを見たキャッタも、いつでも使えるようにと回復魔法の詠唱を始めた。
二人の男は攻撃を繰り出し合う。
ラクレットが拳を出せば、グラートがそれを受け、カウンターで足を出す。
その足を全力で受け止めた後、ラクレットは、一旦、距離をとる。
その距離はグラートによって一瞬で詰められたが、それは推定済み。ラクレットは向かってくる相手の速さも利用して、重く鋭い拳を突き放つ。
しかし、それもグラートに片手で受け止められてしまう。とはいえ、それを受けて無傷でいられるほど弱い一撃ではない。グラートの腕にはわずかとはいえダメージが入る。
ラクレットとグラートとの間に微妙な距離が開く、ラクレットは今度こそと剣に手を伸ばそうとするものの、その手は柄に触れることすらなく防御に回った。
わずかな距離など無いに等しい。剣を抜けるはずもなかったのだ。
「なんだよ、さすがに剣はきついか?」
ラクレットは挑発するようにそう言うが、グラートは至って冷静、それにプライドを持とうと本質を見失ってはいなかった。
「ああ、そうだな、今はお前より強いが、剣をもたれるとどうなるか分からない以上、一応それを抜かせるわけにはいかない」
前回、剣を持ったラクレットに勝利したからといって、グラートは決して油断しない。
剣を抜こうとして一瞬の隙を見せてしまったラクレットの腹に、グラートの一撃が入った。
ラクレットはそのまま後ろに吹っ飛んでいき、壁にひびを入れてその後進は止まった。
むせかえるほどの血が口に溜まる。ここまでに自分の血が口の中に広がっていると、死を感じてしまう。
腹が痛い、体が動かない。だが、ここで立たなければ、何をしに来たか分からない。
それに……シキは分からないとしても、キャッタは確実に殺される。
させるわけにはいかない。それをさせる訳にはいかない。ラクレットは倒れそうになりながらも、何とか踏ん張って意識をグラートの方へ向ける。
口に溜まった血を床に吐き出した。すると、ラクレットの体から不思議と痛みは引いていた。
キャッタが回復魔法をかけていたのだ。
だが、ラクレットは己が回復しているかどうかなんて気にしてはいられない。
痛みが引いたならばとすぐさまに飛び出した。
「うおおおおおおおっ!」
不意を突けたのだろう。剣を抜くことも出来た。力を目一杯込めて、その剣を振り下ろす。
「なにっ!」
受けようとも考えていたのかもしれない、だが、その剣戟は直前で躱される。
縦に振り下ろされた一閃は、その背後にあるもの全てを切り裂いていた。
「その剣……やはり、ただの剣ではなかったかっ!」
戦いの流れが変わった。
受けては返すといった戦いから、躱しては返すという戦いに変わっていた。
その剣は空間をも切り裂く。流石のグラートもそれを受ければただでは済まない。
一方、グラートの攻撃も普通のそれとは違う。確かに彼は素手でなにか特別な攻撃をしているようには思えない。だが、その一撃一撃が必殺に近い攻撃だ。受ければ致命傷は免れない。何度も受けていれば……どころか、次受けたらどうなるか分からない。
避ける切る。
避ける蹴る。
返しでその足を切ろうとする。
足を止めて後ろに下がる。
剣を止め切り上げる。
戦いは互角のように見える。
あと一手があればその剣が体の一部を引き裂く。そうなれば、きっと、この戦況は大きく傾くだろう。
しかし、その一手はきっとラクレット自身がなんとかするしかないのだ。
実はシキは先ほどから何度も魔法を放っている。それもそれなりに強力なもの、だが、目くらましにすらなっていない。
二人の男はそれが直撃しようと何も反応を示さない。
まるで、その魔法がないもののように錯覚するほどに、まるでそれを受けつけていない。
戦いに置いては魔族であるグラートに軍配が上がる。
一瞬の隙、いや隙と呼べるほどでもない瞬間を突かれて、ラクレットがまた一撃をもらってしまい吹っ飛ばされる。
だが、一度立てたのだ、二度立てない道理はない。
そんな屁理屈を自分に言い聞かせて、彼は立ち上がる。
すると、またしても、痛みは消えていた。
ラクレットは剣をすぐに構え、グラートに斬りかかった。
その速度は、先ほどよりも速い。
剣の切っ先がグラートの頬を掠めた。少量の血と数本の髪の毛が宙を舞った。
「はぁっ!」
しかし、その直後にまたラクレットは蹴りをもらって後方に飛ばされた。
立ち上がる。次に攻撃を受けたら死ぬかもしれない。次はない。そんなこと、最初の一撃をもらって立ち上がったときも同じことを思った。
倒れるであろう次がいつかなんて分からない。だから、そんなに何回も攻撃を受けてはいられない。でも、それでも、相手にダメージを与えられないのはもっと悪い。
ラクレットは、再び飛び出す。その剣も体も、より速くグラートは躱すので精一杯だった。
「うおおおおああああぁぁ!」
縦に、横に。袈裟に剣を振り、敵を仕留めようと突き進む。猛進するラクレットは止まらない。
鎧なんて飾りだった。肩が外れた、腕が折れた、腹が潰れた、足がえぐれた。関係ない。
感覚が無くなる。血が抜け、肉が落ち、体が軽くなる。体が言うことを聞かなくなる。
それでも、ラクレットはグラートに向けて剣を振るう。だが、体にダメージを受ければ受けるほど、その速度は落ちていき、またしても後ろに吹き飛ばされた。
もう意識が薄れている。どんなに自分を奮い立たせようとも、体がピクリとも反応しない。まだ倒し切れていない、まだだというのに……。
一方グラートはその男が気になっていた。
なぜ、何度倒れようとも立てるのか、既に致命傷の攻撃を何度も受けたはず、それなのになぜ立てるのか、回復魔法を使ってるにしても致命傷から数秒で復帰するほどのものを使えるのか。
それも、あの死に体の状況でそれを使えるはずがない。では、なぜ彼は何度も立ち上がれるのか。それが気になっていた、そして、その理由が分かった。
一人の少女が男に回復魔法をかけていた。
手放しかけた意識を握り潰すように掴み、全力でそれをたぐり寄せる。
またしても、痛みは消えていた。その視界にはキャッタがいた。
「キャッタ……?」
ラクレットは思わず呟いていた。
「はぁ……はぁ……大丈夫……ですか? ラクレット……さん」
そこで気づいたのだ……痛みが消えていたのは己の気力でもなんでもなく、今そこにいる少女が治してくれていたのだと。
なぜ自分を治せるか気にはなるが、それどころではない。
彼女は息絶え絶えの状態。致命傷を負った自分をすでに何度か助けてくれているのだ、魔力が尽きてもおかしくない、そんな中、未だに自分を助けてくれていた。
今すぐにでも駆け寄りたいが、そんなことをしたら、彼女の頑張りが無駄になる。
ラクレットはグラートに向けて、もう一度飛び出した、今日一番の速さで。
グラートもまた、向かって飛び出してきた、ここで決めようというのだろうか。
ラクレットは剣を振るった。だが、その剣はグラートに触れることはなかった。それどころか、グラート自身ラクレットに触れることはなく、そのままのスピードでラクレットの脇を抜けていった。
その方向には、キャッタがいた。
「まずっ……!」
なぜ、その男が倒れないのか。
それは気にも留めていなかった少女のうちの一人が原因だった。
彼女がいる限り、おそらく彼は止まらないだろう。それどころか、強くなっていく可能性もある。
事実、彼は立ち上がる度にその速度を上げ、力を上げていた。
だから、まずは彼女を倒さないといけないと思ったのだ。
「させませんっ!」
シキが立ちはだかるが、その程度の力ではグラートは止められない。
先ほどと同じく魔法は効かない、近接戦も始まる前から終わっていた。
シキは、グラートに片手で弾かれて、ノックダウンさせられた。
人間の少女。まだ二十年も生きていないだろう。
おびえる彼女を目の前にしてグラートはそう思った。
だが、躊躇は一瞬、すぐさま思考を切り替え、胸を一突きしようとした。
だが、その一瞬の躊躇のうちに、キャッタは最後の抵抗を試みた。
どうせ死ぬならば、いや、死なないためにと、攻撃魔法を放った。
「フレイムショット!」
唯一使える中級功性魔法。それを放つ。
自分よりも何段階も上の魔法を使っていたシキですら彼にダメージを与えることはかなわなかった。自分の魔法が効くとは思っていない。でも、何もしないで無抵抗のまま死ぬのは違うと思った。
その火炎魔法はグラートに直撃し……彼を後退させた!
「なっ! 馬鹿なっ!」
その身に魔法でダメージらしいダメージを受けるのは初めてだった。
それ故の後退。ダメージそのものは中級魔法のそれと変わらない。
だが、一般の人が受けるであろう中級魔法によるダメージ量、それですら、彼にとっては初めてのものだった。だから、そのダメージを信じられなかったのだ。
「くそっ!」
ラクレットもその隙を逃したりはしない。
「うおおりゃあ!」
直前で回避したものの、躱しきれずグラートのその肩に浅く剣が入った。
この戦いで、初めてダメージらしいダメージが入ったとも言える。
「チィッ」
二度もダメージを負ったことによって出来た、その隙も逃すつもりもない。
ここが攻め時とばかりに、ラッシュをかける。
ラクレットは自分の出せる全てを持って、敵を倒しにかかった。
「ぬぅ……」
浅いとはいえ、先ほどの剣の当たり所はあまりよろしくない。
グラートの右肩はうまく動いてくれない。躱すことは出来ても、反撃がしづらい。それに、反撃が出来ないということは一方的に攻撃を受けることになる。
それらを全て躱し続けるのはいくら実力差があろうとも難しい。
次第にグラートの体には傷が増えていった。
「これでッ!」
ラクレットの手に持つその剣に魔力が流れていく。そして、その魔力は放たれる。
「バーストッ!」
放出されるその一撃。受ければひとたまりも無いであろう魔力の塊にグラートは飲み込まれた。
しかし、このグラートという男もまたただ者ではない。
自然とその体に内包する膨大な魔力を自然と解き放っていた。
無意識のことである。ただ、それをしないとまずいと分かった瞬間にその行動をとっていた。
結果、ダメージは与えられたが致命傷には至らない。
それどころか、決め手にすら一歩足りなかった。
「ぐっ」
しかし、そのダメージ量が決して少ないものではないのはその表情からしても分かる。余裕なんてものは既にない。剣の切っ先をその身に受けてから余裕など捨てていた。
次に一撃をもらえば倒れてしまうだろう。グラートもその境地に至っていた。
「おおおおおお!」
「なにっ!」
先ほどとは逆の展開。
聖剣による魔力砲に耐えると思っていなかったラクレットが不意を突かれた形になる。
咄嗟に剣の峰でグラートの拳を受けるが、その一撃は重く両手から力が抜けてしまった。筋肉が硬直するほどの威力。その一撃を受けたのだ、その隙は小さくない。
上に突き上げられたかと思えば、後ろに飛んだ。後ろに飛ばされたかと思えば、横に弾き返された。横に弾き返されたかと思えば、地面に叩き付けられていた。
超高速の連続攻撃。体の至る所がダメになっている、なっていく。だが、もう動かないだろうと思われる体はまだ動いた。
ラクレットはその体で立ち上がった。
全身に痛みという言葉では表せないほどの感覚が突き刺さり、そのまま浸透してくる。
キャッタの回復魔法を受けるには距離が離れすぎていた。
回復はしていない。自分で回復魔法を使うのもありだがそんな時間を相手は与えてくれないだろう。
ならば、と。ラクレットは思った。
「はああぁぁぁっ!」
体中の魔力が空っぽになる感覚など、未だかつて味わったことはない。魔力なんてものは、無限にある割に使い道が少ないものだと思っていた。
枯渇のその先まで、魔力を剣に込め続けた。
「させるかぁぁぁっ!」
グラートはラクレットに突っ込んでいく。
その魔力の流れに気づかないようなグラートではない。
それを放たれたら、どちらにせよ終わりだ。なればこそ、あれを撃たせる前にやつを倒さなければいけない。
そう考えるのは、戦う者としてはあまりにも当然だ。
魔力を込め終わり放つまでの時間は長いものではない。しかし、短いものでもない。
それに対して、グラートが距離を詰めてラクレットを叩くことなど短いにもほどがあるというほどの時間で達成できてしまう。
その一撃は不発に終わる。
そのままだったならば……。
だが、ラクレットの後ろには……一人の少女がいた。
「フレイムショット……三連弾」
中サイズの火球が三つ飛んでくる。全力で前進していた体はもう止まらない。いや、止めることすら意味を持たない。
なぜなら、止まってしまったら、その剣の一撃を受けてしまうから。
グラートは魔法を受け倒れる寸前になりながらも、全力の一撃をラクレットに加えた。
ラクレットの手を離れ、剣に込められた魔力は霧散していく。
全身が壁にたたきつけられる。この戦いだけで何回目だろうか。もう体は動かないと言っている脳味噌なんて無視して、ラクレットは自らの体を立ち上がらせた。
「はぁ……はぁ……」
「はぁ……くっ……」
お互いに向き合って立っている。だがお互いに立つのがやっとだ、歩み寄ることさえも出来ない。
「どうした……来ない……のか……」
かすれた声でラクレットが挑発をする。
「ふん、お前こそ」
そう答えるグラートも声こそは気張っているものの、それが声だけであることなんて、誰の目からしても分かる。
「動けないんだろ……もう……」
ラクレットはあと少し、あと少しと、声を絞り出す。
「ああ、そうだな、動けない。だが、それはお前も同じだろう」
グラートも同じだ。もう少しで相手が倒れると、そう思い、声を出す。
先に意識を手放した方の負け。
そんなのは分かっていた。だからこそ、言葉を発していた。無言でいたらすぐにでも倒れてしまいそうだったのだ。
お互いに動けない、動いた瞬間倒れてしまうから。
互いの発言からこの戦いは良くて引き分け、最悪の場合種族のスペック差でグラートが先に回復され負ける可能性がある。
だが、その答えを聞いたラクレットはニヤリと笑った。
「はは……そうか、動けないか……」
「何がおかしい……」
「おかしくは……ない……ただ嬉しいだけさ……」
「なに……?」
「動けない、それなら……俺たちの勝ちだ」
その一言は、この戦いにおいて、最後の一言だった。
「フレイム……ショット」
すでに、グラートの後ろではキャッタが魔法の使用の準備を終えていた。
魔力を空っぽにして出した火球が、グラートを飲み込んだ。
そして、その炎が消えた時、立っていたのは……二人の人間だった。
切れ切れの息のかすかな音だけが、部屋に響いていた。
ラクレットは親指を突き上げ、キャッタに向けた。
「や、やりました……勝ちました……ラクレットさん」
ラクレットはキャッタに笑顔を向けると……そのまま地面に突っ伏した。
「ら、ラクレットさんっ!?」
駆け寄ろうとしたところ、不意にその右腕が上に持ち上げられる。
もしや、まだ、グラートは動けるのだろうか。そう思い後ろを振り向くと、そこにはシキがした。
「あれ……?」
シキによって、キャッタの右腕は掲げられている。そして……。
「勝者。キャッタさん」
シキは、そう言って……二人と同様に倒れた。
「え? え?」
そして、この状況にキャッタは追いついていけないのであった。
★ ☆ ★ ☆ ★
広い魔王の間で三人が倒れていて、自分一人立っている。
だが、これはどうしたらいいのだろうか。回復魔法をかけようにも魔力切れ。どうすることも出来ない。
魔力回復のアイテムも使い切ってしまったし、どうするか悩んでいると、キャッタの視界に先ほど倒れたシキの姿が映り込んだ。
「あ……あった」
シキの腰についたポーチ、その中には、魔力回復薬があった。大きな丸薬を頑張って飲み込むと、全身に血が行き渡るような感覚を覚えた。
「えっと、まずはシキちゃんから」
比較的軽傷なシキに回復魔法をかけた。案の定あまり魔力を使わずに回復させることが出来た。次にラクレットを回復させた。残りの魔力では足りなかったので、途中で丸薬を二つほど口にして、完治させた。
そして、最後に、グルートも治すことにした。だが、残り丸薬は一つ、その一つを使っても魔力が足りず、完治には至らなかったが、死にはしない程度までは治すことが出来た。
一安心だ。敵とはいえ、このまま死なせるもの嫌だったので治したが、もしも完治していたら、もう一度戦いになる可能性もあるので、この程度に止まったのは丁度よかったのかもしれないと、キャッタは思った。
少しして、シキとラクレットが目を覚ました。
「あれ……勝った。勝ったんだな、キャッタ」
「ええ、キャッタさんは勝ちました」
ラクレットとシキは目を覚ますやいなや、二人して喜び合った。
そうして、二人が喜んでいると、グルートも目を覚ました。
「負けた……人間に……」
ぼそり、そう呟く。
「ああ、そうだ、俺たちの勝ちだ」
ラクレットはその独り言に、言葉を返した。
「それに、この体……治してもらったのか」
人間に情けをかけられるなど、屈辱的なもののはずだ。だが、不思議とそうは感じなかった。グルートはどこか清々しい気持ちでこう言った。
お前たちの勝ちだ……と。
「なら、俺が魔王続行ってことでいいんだな」
「気にくわないがそうなるな」
二人の間でその話が完結しそうになっていた時……
「いえ、違いますよ?」
シキが唐突にそう言った。
「「なに?」」
二人の声が被った。
「じゃあ、誰が魔王だって言うんだ」
戸惑った様子でラクレットはそう尋ねた。
「まさか、俺か?」
次に少し期待のこもった声でグルートがそう尋ねた。
二人に対して、シキは予測外の答えを返した。
「いえ、キャッタさんです」
「「「………」」」
三者三様各々考えていることはあるだろうが、ただ同じくして口を開けてぽかんとしていることだけは同じだった。
――――――かくして、新魔王キャッタが誕生した。