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14話・決戦準備と少女の勇気


 魔王城に着いてから一時間くらいが経過して、話し合っていた三人は大体の作戦を練り終えていた。と言ってもそれは大したものではなかった。


 ただ、魔王の間で待つというだけだ。


 なにせ、相手がどれくらいの力なのか全く分からないのだ。相手の情報がただ強いという情報と呼べるか怪しいものだけである以上、詳しい作戦など立てようがなかった。


 三人は城内にいる魔族から、グラートは明日の朝ごろに着く予定だという話を聞いたので、それまで束の間の休息をとることにした。


「それにしても、よく考えるとだ……」


 作戦内容を決めて、少し一息ついて、ラクレットの頭の中に一つの疑問が戻ってきた。


 ラクレットがシキの方へ視線を向けた。


「なぁ、シキ」


「はい、何です? 勇者様」


「いやな……素朴な疑問だが……なぜ、キャッタはここまで付いて来ているんだ?」


 そう、今になってラクレットはそのことを思い出したのだ。


「えっと、それは、まぁ、本人が戦いと思っていますし……ねぇ、キャッタさん」


 答えに困ったシキは、隣にいるキャッタの方に視線を向けた。


「だって、私だって戦いに来たんですし、戦わせていただきます」


 まるで最初からそうだったかのように、キャッタは堂々とそう言った。


「いや、キャッタは最初料理を作りに来たって言っていたよな!?」


 もちろん、そんなことで誤魔化されるラクレットではない。だが、ここでシキの援護射撃。


「いえ、キャッタさんは最初から戦うと言っていたじゃないですか」


 それでラクレットは気付いた。この二人、組んでやがる、と……。


「なるほど、グルかよ……」


「何がですか?」


「いや、何でもねぇよ……」


 脳内で何度かシュミレーションしたが口論で二人に勝てる未来が見えない。キャッタ一人ならまだしも、シキが敵側に加わったとすると、ラクレットは口での戦いでは絶対に勝てない。


 どうにかして帰そうとも考えたが、どうしたらいいか分からない。力ずくで、とも思ってはみたもののそれじゃあ意味がない。ラクレットは頭を悩ませた。


「その、大丈夫です。足手まといにはなるつもりはありませんから」


 キャッタはそうは言うが、いや、ラクレットだって、頭では理解していた。キャッタが自分の死を覚悟してきていることくらい。そして、彼女自身が原因で足手まといにはきっとならないということも。


 だが、本当にそれでいいのか、自分を納得させるだけの理由が見つからなった。

 しかし、それを見つけなければ……きっと、キャッタは足手まといになるだろう。

 もちろん、ラクレット自身が原因で……。だから、こうなった以上、ラクレットは自分を納得させるだけの理由が必要であった。


「確か、グラートさんがここへ訪れるのは、明日の明朝なのですよね」


 シキがこの一件の終幕を感じて話を変えて来た。

 ラクレットの心の中ではまだ、この一件の落としどころ掴めていないのだが、そうだとしても、普通に考えればラクレットの負けでこの話は終わったのだろう。ラクレット本人ですら、頭ではそう理解している。

 その一件を引きずるのは、ラクレットの心ただ一つだけであった。


「少し、仮眠させてもらってもよろしいでしょうか。キャッタさんと勇者様は、寝ていたので大丈夫だとは思いますが。私は今のところずっと寝ていないものでして、恥ずかしながら少々眠いのでございます。戦いへの支障は微々たるものでしょうが、念を押し過ぎるということはない敵でしょうし、万全を期して挑みたいので睡眠をとらせてください」


 そう言ったシキは、少し離れたところに行って横になった。


 ラクレットとキャッタは、擬似的な二人きりとなった。


「キャッタ、なんで付いて来た」


 何度目だろうか、ラクレットはそんな質問をキャッタに投げ掛けた。


「……料理を作るためです」


「それなら、なんでここまでついてくる必要がある。ドラコの背中で待っていればいいだろ。別に魔王城の中にまでついてくる必要は無かった。そうじゃないのか」


 門番の魔族も言っていたが魔王城の中に入るというだけで死のリスクが付きまとう。もしも、既にグラートが着いていたら、既に死んでいたかもしれない。

 料理を作るという目的であるのなら、わざわざここまで付いてくる必要はないはずだ。

 ラクレットはキャッタと向き合って視線を逸らすことなくじっと見つめていた。


「なんで、ここにいる」


「……戦うためです」


「戦うって言っても、敵はかなり強いぞ。俺だって、勝てるか分からないような相手だ。それなのに、キャッタはどうするって言うんだ」


 死ぬだろう。

 高確率で死が待ち受けている。

 人数が多ければ多いほど、確かに勝つ確率は高くなるだろう。だが、それはほんの些細な物だ。命をかけるほどの数字ではない。


「足手まといにだってなるかもしれないんだぞ」


 少し強めな口調でラクレットがそう言う。本人が意識したわけじゃない。

 ただ、心の中に広がる納得できない部分、もやもやする部分が彼にそうさせたのである。


「それは、だって……」


 どうやって役に立つかなんて言っても仕方がないとキャッタは思った。

 どんな人だって、最悪の場合、壁や囮という役目をするならば役には立つ。そして、ラクレットもそれが分かっているだろう。そのことをキャッタは理解している。

 そして、その上で言えること。それは……。


「ラクレットさんは、私がここについて来た理由分からないですか?」


「ああ、分からない。俺は、お前が、何を思ってここまで付いて来たか、それが分からない」


 ラクレットはずっと一人だった。

 村では老夫婦に拾われて育てられた。

 まるで童話のキャラクターのように。


 ラクレットは本当の親も知らない。

 育ててくれた老夫婦もラクレットが少年から青年になる境目くらいにはこの世を去った。

 そして、その後はずっと一人である。


 人との付き合いが無かったわけではないが、本質的には一人であった。

 まだ青年にすらなりきっていなかったラクレットは生きる為にすることがたくさんあったのだ。


 食べ物、お金、居住空間の維持、どれも当時のラクレットには簡単なことではなかった。それを苦に思っていたわけではないが、そういった事をしている以上、高度な学校はもちろん、村の寺子屋にすら行っていなかった。


 勇者として旅に出た後も、彼は一人だった。何回かパーティを組んだことだってあったが、ラクレットの強大過ぎるその力の前では大して役にも立たず、むしろ囚われたり、怪我をしたりと足手まといになることばかりだった。だから、途中から、彼は一人で旅を始めた。すると、一年間魔界と人間界の境目辺りで燻っていたのが嘘のように前進し、そこからたったの一年で魔王城に辿り着いた。

 そして、ラクレットは思ったのだ。



 戦うことだけで言えば一人でいる方が楽だと。



 魔族と交流することが多くなった今のラクレットは、流石にそうまでは思っていない。


 それでも、人間が戦いの場にいると少し戦いにくいとは思っている。

 普通の害獣や魔族くらいならそれでも全く問題にならないのだが、今回の戦いは一人で戦ったとしても、勝てないかもしれないとラクレットは考えている。

 なので、キャッタに関しては過剰なまでに優しいラクレットも、今だけは彼女がいることに少し苛立ちを感じている。


「ラクレットさん……分かりました。じゃあ、言います……私がついて来た、その、理由を……」


 そう言ったキャッタは覚悟を決めた。


 死ぬ覚悟ではない。いや、むしろ、この後に死ぬかもしれないなという事実がキャッタに勇気を与えてくれた。


 それにキャッタはこの場を離れてくれたシキの好意にも気づいている。

 その好意を無駄にしないためにも、なおさら、この機会を逃すわけにはいかない。

 だから、普段なら出せないほどの勇気が溢れ出て、それがキャッタの口を動かした。


「私が……ラクレットさんに付いて来た理由」


 キャッタの口は動く。


 必死でその口は動かす……心を。キャッタ自身のその心を。


「好きだからです」


「……戦うのがか? だとしても、人間界のゴブリンに苦労しているお前の力じゃ、今回の相手は荷が重すぎるぞ」


 勘違いするラクレットのその言葉に反論するように、勇気はキャッタの口を動かし続ける。


「私が……その、好きなのは……ラクレットさん。あなたです」


「そうか、ありがとうな。だが、誰かの事好きだからって、そこまでするもんじゃねーだろ。まぁ、俺も人間の事好きだし、魔族のことだってそう悪くは思っていない。だから、今から戦うわけだし、勇者もやった。けれど、それはあくまで俺に力があるからだ。キャッタが無理してやる事じゃない」


 ラクレットが言う。言葉からも分かるくらいの、ライクな愛だ。


 違う。そうではない。

 ストレートなだけじゃ駄目だ。もっと詳しく、この気持ちを伝えないといけない。

 キャッタの心には、ついに焦燥の気持ちも現れた。

 訪れる度に緊張を高めていく、いよいよ自分の気持ちが相手に伝わってしまう。そう思える場面も既に三回目。

 キャッタの心臓はもはや破れる寸前かと言わんばかりに、バクンバクンと大きな鼓動を刻んでいる。


「違います。ラクレットさん。分かります、ラクレットさんの言っている好きの意味が。でも、違うんです。私の好きという言葉は、もっと、違う好きなんです」


「好きに違うも何もあるか、お前は俺の事を好きという気持ちで付いて来たんだろ」


 キャッタは思った、感じた、もしかしたら、ラクレットはこの愛を知らないのではないかと。


 きっと、その愛を知らないと思ったのだ。だから、伝える方法を探した。その愛を、短時間で、短絡的に、しっかりと伝える方法を。

 そして、その方法を思いついた。


 だが、それをラクレットにする勇気があるか。

bキャッタは自らの気持ちと自らの勇気、その二つの力だけで自らの心臓を壊してしまうほどの緊張と、あらゆる物事を失敗させてしまうであろう程の焦燥の中、既にピークなど突き破った羞恥を打ち負かさなければいけない。

 こんな中でそんなことができる訳がないと思った。でも、同時にこうも思った。


 ここまで来て、ここでそれをできなかったら、もし、運よく生き延びたとしても、二度とそんなことは出来ないだろうと。


 それがキャッタへの最後の後押しだった。


「キャッタ。まだ間に合う。好きだっていう気持ちだけでここに来たんだったら、もう戻るんだ。ドラコの背中の上だったらば、何があっても死ぬってことはないだろう」


「戻りま……せん……」


「なんでだ。なんで戻らない、お前がここにいる理由は俺の事が好きだっていうその一点にあるんだろ」


「はい。でも、違います。私はラクレットさんが好きです。でも、ラクレットさんの言っている好きとは違います」


 声のボリュームはだんだんと大きくなっていく。本人の意志なんて微塵も影響できないほどの強いなにかがキャッタの声を大きくしていく。


 キャッタは立ち上がり、床に座りこんでいるラクレットの正面までぎこちない動作で移動した。そして、すぐ近くでしゃがみ、ラクレットと真正面で向き合った。


「だから何が違うんだ。好きに違うも何もないだろう? だったら……」


 早くドラコの背中の上に戻れ……というラクレットの言葉の続きはキャッタには聞こえていない。

 キャッタの声は、ラクレットのその言葉を遮るほどの大きな声になっていたのだ。


「私が言っている好きっていうのはっ!!」


 キャッタは身体と前へと倒していく。だんだんとラクレットへ近づいて行く。


「好きっていうのは、好きって言う意味は……こういう意味なんですっ!!」


 そして、距離はゼロ距離に達してお互いの唇同士が触れあった。


 少し遅れてキャッタの体が倒れ込み、ラクレットの体に受け止められる。



 最大限の勇気。

 最大限の行為。



 ――――――キスをした。




 もう二度と出せないような勇気で羞恥に打ち勝ち、熟したストロベリーのように顔を真っ赤にしながらも、ラクレットに愛を伝えた。


 慣性で動く体が受け止められるや否や、キャッタはその唇を離した。

 その時間は一秒に満たない短い時間だったが、キャッタには物凄く長く感じられた。

 全ての動きが遅すぎるくらいの世界だった。


 キャッタは成し遂げた。キャッタがやりたかった事、その先まで。

 自分の気持ちを伝えることすら難しかった彼女にとって、その相手に自分からキスをするなんて、考えるだけでも倒れてしまいそうなことだったのだがそれを成し遂げたのだ。


 しかしながら、キャッタの勇気はそこで枯れ果ててしまった。

 もう、勇気の一滴すら湧いても来ないであろう。


 唇こそ離したとはいえ、そんなキャッタの体はラクレットに受け止められた時のまま、かなり密着している。

 互いの顔の距離もかなり近く、顎の動きだけで再び唇が触れてしまえるほどに近い。

 だからといって急に離れたら、実はそんなに好きでもないと思ってしまわれるかもしれない。

 そしたら、せっかくしたキスが無駄になる。そう思うとパッと離れることは出来ない。だから、キャッタは少しずつ身を離して行こうと思った。

 しかし、背中にはラクレットの手の感触。気づけば抱かれていた。


 キャッタの頭は既にオーバーヒートしていて何も考えられない。その上、今のキャッタには、僅かばかりの勇気すらない。その結果、こういった事にいつも以上に耐性のないキャッタが出来上がった。


「え、えっと、その、こ、こういう、こ、こここ、事です」


 目がぐるぐる回り、今にも気絶寸前のキャッタは踏ん張っては見たものの、そのまま意識を手放してしまった。


「ここまで騒がしいキャッタっていうのも珍しいな」


 そう呟いたどこまでも鈍感な男には、キャッタの伝えようとした意図はほとんど伝わってはいなかった。ただ、それでも少しだけ照れくさい何かを感じた。


 それに……


「やっぱ、お前を死なせたくないな」


 なぜだか分からないが、ラクレットはより強くそれを思った。


 そのキスの意味は分からない。

 キス自体はいつもシキが迫ってくるので、その意味は知っているはずだ。

 だが、そのキスはどこかシキのそれとは違う気がした。欲望の赴くままに……というのはキャッタのものからも感じられたが、違う。

 言葉では説明できない何か、本質的な何かが違うような気がした。


 ラクレットはそんなことを考えながら、気を失ってしまったキャッタをシキの隣まで運んで寝かせてあげた。


 自分も覚悟を決めなければいけない。

でなければ、キャッタの覚悟も無駄にして、ただ自分だけが勝手にキャッタを気にして、勝手に彼女を足手まといにしてしまうだろう。

 ラクレットはそう思いながら、女性陣から少し離れたところに腰をつけて眠りについた。


前話ほどではないですが、若干加筆しています。

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