12話・ソースの謎と二人の謎。
また尋常じゃない空きが出来て申し訳ないです。ですが、まだ大した変更点はないという。
「ありがとう、シキちゃん」
「うーん、その呼ばれ方慣れませんねぇ……それで、質問とは?」
「ううん、それは後でするよ」
「ええ、分かりました。では、作り方の方を聞きたいのですが、その前にもう一つ些細な疑問があるので、そちらの解消を」
さっそくソースのことを聞くのもいいと思ったが、シキは少し気になったことが出来た。
どうでもいいといえば、それまでなのだが、でもやっぱり気になる。と、そんな感じの疑問の芽が生まれていた。
「うん、なに?」
「えっと、そのシキちゃんっていうのは一体どこから? 可愛らしくので、嬉しいと言えば嬉しいのですが、急だったもので慣れないのですが……」
「シキさんのままの方が良かった?」
申し訳なさそうな雰囲気を出し始めたキャッタを見て、シキまで罪悪感を覚えてしまう。
「いえ、大丈夫ですよ、ちゃん付けままで」
「ありがとうシキちゃん」
満面の笑みでそう言うキャッタに対し、同性ながらも少しドキッとしてしまったシキ。
思いのほかフラストレーションが溜まっているのかもしれない。そうに違いない。そう思うことにして、シキはそれを気のせいだったということにした。
「えっと、それで……ちゃん付けの理由だっけ?」
「ええ、はい、そうです」
「それはね、簡単な話だよ」
一呼吸おいて、キャッタは言葉を続ける。
「シキちゃんともっと仲良くなりたいからだよ」
この台詞に先ほど以上にドキッとしたシキ。誤魔化しがきかないくらいに。自分に言い訳が出来ないくらいに。
シキは役職的にも嘘もお世辞も当たり前である世界に住んでいた。だから、その言葉は眩しいくらいに素直であった。
「私、同年代の女の子があんまりまわりにいなくて、だからシキちゃんとは仲良くなりたいと思って。それでシキちゃんって呼び方に変えてみたの」
「そ、そうなんですか……?」
「シキちゃんも敬語なんか使わなくてもいいんだよ」
「わ、私は、こっちの方が慣れていますので、私自身が落ち着くというか」
シキは己の胸の鼓動を悟られぬように気を付けながら、話題を変えることにした。
このままこの話を続けると、シキは戻れないところまで行く予感があった。
「それでは、そろそろソースのことを教えていただければ」
「あ、ソースのことね、うん」
「はい、ぜひ」
素直なところはこういう時に助かる。先ほどはキャッタが素直であるが故にドキドキしたシキであったが、今はキャッタが素直であることに感謝していた。
気持ちを切り替えると決めればすぐに切り替えが付く、そこは流石に元、いや、今も魔王に仕えているだけはある。
「あのソースはね、色々入っているんだけど……味を決めるにあたってヒントが有りまして」
「はい」
ヒントがある。ということは自身のアイディアだけで作られたわけではない? だとしたら、それは何だろうか。味そのものは関係ないと知ってはいてもシキはそれが何なのか少しだけ気になった。
「最初に二人に助けてもらった時、お礼代わりに料理をさせてもらったよね」
そして、キャッタが次にそんなことを言った。
「はい、確かに、そんな出会いでしたねぇ」
そう言われてシキは少し前の出会いを思い出す。今思えばまさかこんな深い付き合いになるとはこの中で誰一人思ってはなかった。
ラクレットの意志を無視しているとはいえ、まさか一緒に次期魔王を倒しに行くなんて思っていなかった。
シキはそう思うと同時に、まだキャッタに魔王や魔族について詳しく説明していないことに気付き、そのことについても話さなければいけないとシキは思った。
「その時に作った料理。ラクレットさんが美味しいって言ってくれた料理。あの味ならラクレットさんも気に入ってくれると思って、このソースを作ったの」
キャッタの言葉の続きで、シキの意識は再び現実世界に向けられる。
「へぇ……そうなんですか……あれ?」
ここでシキは思い出した。あの日、こっそり食べたキャッタの料理の味を。そして、思った。
その時の料理の味を再現するためのソースって、この世のものとは思えないほど不味いんじゃないかと。
「それで、その料理の時に使ったものと同じ食材に火を通して、それを細かく刻んでから、私の水魔法で精製した水を入れて、形が無くなるまで煮込むとソースの完成です。えっと、それで、詳しい食材はね……」
「ちょ、ちょっと待ってください」
シキは慌てた様子で話を中断させた。
「はい、何ですか?」
一つ、聞き逃せないところがあった。それについては、どうしても訊かなければいけないことだ。そう思ったシキは彼女に尋ねた。
「キャッタさんは、そのソース味見したことあるのでしょうか」
それが気になっていたことだ。
あの日の後も、シキは時折ラクレットの余りを少し頂いていたのだが、キャッタの作る料理はとてもじゃないが、美味しいと言えるものじゃなかった。
見た目と味が一致していないものは置いておくとしても、普通に作ったと思われる料理もどこかおかしな風味がして、美味しくはないが食べられる程度の料理にしかなっていなかった。
逆に、ラクレットが不味くて食べられないと言った物は、ほどほどに美味しく出来ていたりすることが多かった。
そのおかしな風味の原因がソースにあって、本人が気づいていないという可能性。シキはそれに気づいたのだ。
そして、キャッタの返答は。
「ないですよ、ラクレットさんのために作ったものですし」
シキの予想通りだった。
だとすると、いつもの料理も……そう思ってシキは続けて質問する。
「もしかして、今までも味見とかって」
「はい、したことはありませんよ」
「はぁ……やっぱり」
これもシキの予想通りだった。
「えっと、キャッタさん、ちょっとあのソースを味見してみませんか?」
これはどうにかしなければいけない。まずは自分の作ったものの味を知るべきだ。そう思ったシキは、キャッタにソースの味見を提案した。
「え……でも、ラクレットさんのために作ったものですし」
そう断るキャッタだが誰かのために作ったからといって、自分が口にしちゃいけないというわけではない。それは理由にはならなかった。
「そんなことは気にしなくてもいいんですよ。むしろ誰かのために作るからこそ、味見は大切なんです。ですから、一度味見してみてください」
シキはラクレットのもとへ行き、ソースの入った瓶を半分強奪に近い形で渡してもってから、キャッタの近くに戻った。
「渡してもらってきました。どうぞ、一度でいいので味見を」
「じゃあ、味見してみるね」
余りにもシキが味見を強く勧めるので、キャッタは瓶に小指を入れ、ソースを口へ運んだ。
「……うえっ……」
そして、凄く不味そうな顔をした。
「あ、あれ?」
その後、キャッタは不思議そうに首を傾げながら、何度もそのソースを口へ運ぶが、その度に不味そうな顔をしていた。
「どうしよう、こんなのをラクレットさんに出していたんなんて……」
急激にキャッタの顔が青ざめていく。そして一つ思い出した。一度だけそのソースを料理に入れなかった時、ラクレットが格別においしいと言っていたことを……。
「なんで、こんな……」
ガックリと項垂れるキャッタを見て、「やっぱり」とシキは呟いた。
「えっと、シキちゃん。なんか心当たりでも……?」
「まぁ、それなりには」
シキはそれを言おうかどうか迷ったが、言った方が本人のためである。そう思って意を決し、その言葉をキャッタへ向けて発した。
「キャッタさん。あなたは料理が下手です」
「ええっ!」
どうやら自覚もなかったらしい。キャッタは驚嘆の声を上げた。
「確かにたまに失敗しますけど、自分で食べられるくらいには美味しいはず……」
普段から自炊しているとなるとキャッタの味覚もラクレット同様に少しおかしいという可能性も考えられもする。けれど、先ほどソースを口にして凄く不味そうな顔をしていたのでそれはないとシキは判断した。
だとすれば……考えられるのは……。
「だとしたら、そうですね……キャッタさんがずっと勘違いしていたということです」
「勘違い?」
「はい、その通りです。いや、勘違いと言うのもおかしいですね。私達が詳しく説明してこなかったのが悪いんですから」
シキはラクレットにかけられた呪いについて詳しくキャッタに話す覚悟を決めた。
それを話すということは、自分の正体を明かす事でもある。だが、これから死地に向かうという自分達についてきてくれた彼女に、それを隠しておくのは良くないと思ったのだ。
だからこそ、全て話そうと思った。
「キャッタさんに話さなければならないことがあります。おそらく長くなりますので、よろしければ先に質問のほうをどうぞ。関係ないとも限りませんし」
なにせ、キャッタからしたら二人は謎多き人物であろう。ある程度は質問される内容と話さなければいけない内容が同じだろうとシキは考えたのだ。
「えっと。私の質問も、それはそれで長くなりそうなんだけど」
キャッタが控えめにそう言う。話が長くなるので、その前に質問をどうぞということなのに、その質問の返答自体が長かったら意味がないと思ったのだ。
「別にかまいませんよ。先ほども言いましたが、ある程度は関係があると思いますし」
だが、シキがそう言うので、キャッタは質問をすることにした。
「その……シキちゃんたちはいったい何者なの?」
キャッタはそれが気になっていた。だから、この際に尋ねようとしていた。
「そうですか、やっぱり、そうですよね。でも、丁度いいですね」
改まった口調で、シキは言う。
「私達が何者なのか。まずはそこから説明させていただきます」
「う、うん」
「まず、ラクレット様……私のご主人様です。私達の会話などでうっすらと分かっているとは思いますが、勇者であって、そして魔王でもあります」
勇者であって、魔王である。矛盾している。ラクレットがそういう存在であることは、
二人の会話を聞いて知っていたキャッタだったが、その矛盾の理由までは知らない。
「勇者様が魔王であるのは、魔王のルールからなのです。魔王というのは人間の王とは違い、血の繋がりで決まるものではないのです。魔王は、前代の魔王を倒した者がなるのです。ですので、今の魔界のルールでは勇者はその使命を達成すると、自身が魔王になるようになっています。そして、それを達成した勇者ラクレットは、魔王になりました。昔の魔界は随分と荒れていたらしいですが、今の魔界は人間界に負けないほど、法が整備されており、知性的に機能しております。ですので、王が決まれば、ある程度は魔族を動かすことが出来るのです」
シキは言葉を続ける
「それで、前魔王もある程度その意思はあったようなのですが、勇者様が魔王の座を引き継ぐことによって、魔族と人間の和解が形の上ではありますが実現したのです。降伏でなく和解である点や、人間との小競り合いに飽きてきた魔族も多いことから、あまり反感もなく受け入れられました。ほら、今は少しずつ人間と魔族の交流も増えて来たでしょう?」
「確かに、言われてみれば、たまに街で魔族の人見るような……」
大歓迎というムードではないが、責められるようなこともなく、嫌なものを見るような視線を向けられているわけでもない。物珍しいが故に視線を集めてしまってはいるが、負の視線を向けられているわけではい。
人間界に来ている魔族、逆に魔界に来ている人間も、少しずつではあるが、増えては来ている。
「ですが、魔族にも古い派閥。要するに保守派というのがいまして、そこまで数は多いわけではないのですが、魔王は魔族でなければならないという派閥がいるのです。今回、勇者様を倒したのはきっとその派閥の者でしょう、そして、その派閥がもし魔王の座をとったとしたら、魔族と人間の関係がどうなるか分からないのです」
目指すところは人間と魔族の和解。それは一回でも両者の中が険悪になったら、達成しえなくなってしまう。少なくともその代のうちは絶対に成せなくなるだろう。
「だから……」
「はい、もう一度、魔王の座を取り返すのです。厳密に言えば、まだとられたわけじゃないんですけれども」
キャッタは、今回のこの戦いがどれほど大切な物なのかを理解した。
今回の戦いは、人間と魔族、その両者の未来が決まる大切な戦いだ。もし、自分たちが負けてしまえば、多くのものが命を失うかもしれない戦いなのだ。
「それで、次に私の事ですが……その、非常に申し上げづらいのですが」
「なに? シキちゃんは、確か……魔界にいたんだよね」
「はい……ですが、人間界から魔界に移されたわけではありません」
「じゃあ、最初から……? っ! もしかして……!!」
「はい、私は、魔族です」
「あ、え……」
キャッタも、流石にこれには衝撃を隠し切れない様子である。
「ごめんなさい。ずっと黙っていて、ただ、話すわけにはいかなかったのです」
「……」
シキは悪いと思った。だが、伝える訳に行かなかったのもまた事実だ。一体何が起こるか分からない以上、自分が魔族であるということは誰にも言うわけにはいかなかったのだ。
自分が魔族だと知って、きっとキャッタは離れていくだろう。そう思うと、シキは少し寂しい気持ちになった。
「し、シキさん……」
キャッタの誇称もまた元に戻った。これで、きっと縁が切れるかもしれない。そう思ったのだが……。
「ご、ごめんなさい。と、年上に、なんて言葉遣いを……、ああ、やっと同年代の友達が出来たと思ったのに……」
その言葉に、凄く気が抜けた。そして、シキは思った。
キャッタの「料理を作りに来た」発言は、意外と素なのかもしれないと。
「その、失礼ですが、年齢は?」
急に恭しくなった。
「143歳ですが……まぁ、あまり気にしないでください。人間でいえばキャッタさんとあまり変わりませんから、同年代として扱ってください」
「でも、その、悪いですし……」
「いえ、むしろこちらからお願いします。なんか、先ほどまでと態度が変わりすぎて、凄く気になりますし」
「す、すいません、えっと、し、シキ……ちゃん……?」
急にたどたどしくなった。
「その急な年上扱いもそれはそれで傷つきますし、本当にお願いですから、さっきまでのキャッタさんに戻ってください」
「う、うん」
シキちゃんは同年代、シキちゃんは同年代、シキちゃんは同年代。キャッタは頭の中でそう唱えて、会話を再開させた。
「よし、それで、シキちゃんはどんな種族なの? 魔族って、種族がいっぱいあるんでしょ」
「え、あ、はい」
急な切り替えに、少し戸惑いはしたものの、元のキャッタに戻ったことで、シキは少し安心した。
「そうですね、私は、うーん、本当に聞きます? それ」
言おうとはしたものの、もしかしたら、引かれるかもしれないのでシキは直前で止まった。
「えっと、私の種族、結構人気が無いのですが。人気が無いというか、その、若干引かれるというか……」
「うん、出来れば教えて。大丈夫、種族なんて関係ないよ」
キャッタがそう言うのだったらと、シキは自分の種族を話すことにした。
「淫魔です」
「ええっ!」
キャッタが、結構な大声で驚いた。
「うう……これだから嫌だったんですよ、種族言うの。というか、私の種族自体が……」
自分が何故サキュバスとして生まれたのか、今の時代、その事自体を悔いる者も多い。シキもその一人であった。
「ご、ごめんなさい」
自分の反応がシキを傷つけてしまったと、とっさに気付いたキャッタは謝った。
しかし、シキの肩は震えている。泣き出してしまったのだろうかと、キャッタは慌て始めた。
「ん、どうした?」
気付けば、二人の近くにラクレットがいた。
先ほどのキャッタの声を聞いてきたのだろうと二人は思ったのだが、実際はキャッタにソースを渡してもらうために来ただけであった。
だが、シキと付き合いの長いラクレットはこの状況を見て、なんとなく何が起きているか分かった。
「ああー……そういうことな」
「いや、その、まさかこんなに傷つくとは、思っていなくて……」
ラクレットに嫌われるかと思ったキャッタは、なにかしらの言い訳をしようとしたが。
「いや、まぁ、気にしなくて大丈夫。うん、シキも慣れているはずだし、まぁ、こいつ、結構悪戯好きなところあってな……多分、からかわれてるぞ、キャッタ」
ラクレットがそう言ったため、シキに注目してみると。
「く、ククク……」
笑いをこらえているだけであった。
「もうっ! ひどいです、シキさん」
「まぁ、このくらいはさせていただきますよ、さっき急に敬語で話されたのは結構傷ついたりしたんですからね、そのお返しです」
泣いている訳ではないと分かり、キャッタはホッと息をついた。
「うん、まぁ、これでいいか。それで、ソースを渡してくれないか?」
ラクレットはそういうものの、キャッタは、そのソースのまずさを先ほど身を持って、体感した。なので、その純粋な不味さの劇物を渡す気にはなれなかった。
「え、えっと、その、す、すいません……これは……」
ラクレットが無理して食べて、美味しいと言ってくれているに違いない。キャッタは今、そう思っていた。
「ああ、悪戯のお詫びにその事も話します、キャッタさん。まぁ、どっちにせよソースは少し待ってくださいね、勇者様」
「うえぇ、もしかして、悪戯の内容ばらしたからか?」
「違います、一つ思いついたことがあるからです。それはともかく説明させていただきますと……。キャッタさん、勇者様は、今、呪いがかかっているんですよ。まぁ、かけたの私なんですが……」
呪いという聞き慣れない言葉に、キャッタは不安な気持ちを掻きたてられた。
「そ、その呪いとは……」
「ええ、私が一度はその命を捨ててまで発動させた呪いですから、凄まじい呪いです。実のところ、私が勇者様と一緒にいるのは、その呪いの解除法を探るためなのですが……その呪いは……」
「その呪いは……」
シキほどの実力の持ち主が命を使って発動させる呪い、それはどれほど恐ろしい物であろうか。キャッタは、その先が怖くなった。自分の唾を飲む音が、やたらと大きく聞こえる。それによって、キャッタは自分が緊張していることに気付いた。
「……口にはいるものすべてが不味くなる呪いです……」
「……あれ?」
「全てが不味くなる呪い。それが、私の使った呪いです」
「うーん?」
自分の耳がおかしいのか、それとも自分の中での物事に対する基準がおかしいのか、どちらがおかしいのかをキャッタが考えだしたところで、ラクレットが助け舟を出した。
「最初はそうなるよな。かけられた当人である俺も最初はそんな感じだった。だけどな、この呪いは実際かけられてみると凄まじくてな。まず、味なんてものは感じなくなる。あらゆる食べ物が魔界の種になるというか、味とかそういうレベルじゃなくて、この世の不味さを全て濃縮したような、そんな感じの世界が口に広がるんだよ。食感も何も無視して、どんなものを口に入れても、同じ感じにな……。ああ、口で上手く説明できないな。なんて言うか、もう、二度と食べ物が食べられないんだって、覚悟させられるぐらいの呪いだ」
その呪いの本当の恐ろしさは、ラクレット本人にしか分からないが、ラクレットが必死に説明しようとしている辺り、とんでもなく酷いものなのだろうということは伝わった。
「で、でも、それじゃあ、私の料理だって……」
「いや、そこだ、そこ。それでやっと見つけたんだ。一年間探しても見つからなかった人がようやく見つかったんだ。俺に食べ物の味を再び感じさせてくれた人。それがキャッタ、お前だ……」
「え?」
「えっと、勇者様の手前言いにくい所なのですが、実のところ、キャッタさんの料理スキル自体は、その……まぁ、何と言いましょうか……すごいものではないのです。その、ただ、ラクレットさんにかかっている呪いがすごすぎると言いましょうか、なんと言いましょうか。おそらく、味という概念を感じられただけでも、今のラクレットさんからしたら物凄く美味しいのだと思います」
シキの説明を聞いて、キャッタは嬉しさ半分寂しさ半分といった感じだった。
自分の料理の実力が全然すごくない、むしろ微妙なことに気付かされたのは少々落ち込みそうになったが、ラクレットが無理して食べていて、それを美味しいと言ってくれていたわけじゃないことを知ったので安心もした。
「じゃあ、美味しいって言ってくれていたのは」
キャッタはラクレットに向き合う。
「ああ、事実、美味かった。だから、ソースをくれ」
ラクレットに言われたまま、キャッタはソースが入った瓶を渡そうとしたところ、シキに止められた。
「ちょっと待ってください」
「なんだよ、何で止めるんだ、シキ」
「そうです、シキちゃん、ラクレットさんがこれでいいと言うのなら……」
二人の視線がシキへ向かう。
そんな視線どこ吹く風、シキは自分の思っていることを口にした。
「キャッタさん、多分、それ、ソースじゃなくて、キャッタさんの精製した水でもいいんじゃありませんか?」
しばらく、その場は無言となった。そして、キャッタは飲み干して空になった水筒の中に水を生成し、ラクレットに手渡した。ラクレットはパンにその水を浸み込ませて口へ運んだ。
その後、ラクレットは無言のまま水を付けたパンを食べ、キャッタはそれを無言で見ているだけだった。
その後、三人に会話は無く、ドラコが高度を下げ始めた頃になって、ラクレットはパンを食べ終えた。