プロローグ
2次選考で落選したものですが、どこにも公開することはないのも少し作品が可愛そうと思ったので、多少書きなおして公開しようと思います。
今のところ落選時とあまり大きく変えるつもりはありませんが、色々思うところがあるので、もしかしたら大きく書きかえて行くかもしれません。
人間界、ブルド王国の城内では盛大な立食パーティが行われていた。
多くの者が魔王に挑み、そして敗れていった。それを一人で倒した勇者は多くの人々に称えられていた。今日はその勇者ラクレットの十八の誕生日である。十八、それは人間国でいう成人の歳だ。それ祝うが為の盛大なパーティ、要するに勇者ラクレットのバースデイパーティだった。
盛大なパーティに相応しく、料理も最高峰の料理人を呼び作らせた極上の一品が並んでいる。その一つ一つの品が、舌の肥えた王族や大富豪の舌をうならせていた。
しかし、勇者は取り皿にほんの少しだけ料理を取り、よく味わうこともなく、一、二回咀嚼した後に、一口分の量が有るか否かという僅かにワインが注がれただけのグラスを口にした。
「はっはっは……勇者殿も相変わらず小食ですな」
ここ、ブルド王国の王であるフォーツ=キーグ=ブルドが勇者にそう語りかける。
「ああ、すいません。別に料理が美味しくなかったというわけではないので、ご心配なく。ただあまりお腹が空いていないものでして」
微笑みながらラクレットはそう言った。
勇者ラクレットはその特殊な立場からいろいろなパーティに呼ばれるが、欠席が多く、出席した際もあまり料理に手を付けることはない。だから、無欲な勇者などと呼ばれることも多い。
「お口に合わなかったのならば申し訳ない」
お腹が空いていないから気にしないでほしいという意思を伝えられたとはいえ、流石に手を付けた量が極少量だったので、国王はそう謝ってから言葉を続けた。
「勇者よ、出席者も大半は集まってきた。そろそろスピーチをお願いできるかな」
「ええ、もちろんです」
今回の主賓であるラクレットがステージ台の上に立ったのを確認すると、隣の魔術師が魔法を発動した。するとラクレットの口元に魔法陣が出現する。この魔法陣に音を通すとあらかじめ部屋に設置してあった魔法陣からも同じように音が出るという仕組みの魔法だ。こういった場面などでのスピーチでは、よく使われる魔法である。
「あ、あー、魔法の動作確認。魔法の動作確認……よし、問題ないようだな……皆さん、お忙しい中、私の成人祝いなどという些細な事を祝いに訪れてくださったことを、そして、ブルド王国の方々には、こんなに盛大なパーティを開いてくれたことを感謝いたします。私が用意したわけではないのに、こう言うのはおかしいかもしれませんが、今晩は楽しんでいってください」
ラクレットは当たり障りのない言葉を述べてから、ステージ台を下り国王のもとへ向かった。そこでは、この国の第一王女であるミミ姫と、銀髪の長いポニーテールの少女がいた。
「あ、えっと、ここにいたのか」
「失礼だが、勇者よ、その娘は一体?」
ラクレットがその場に着くや否や国王はそう尋ねた。返答によってはこの後の話に詰まってしまうどころか、国としても問題となる事態になってしまいかねないからだ。
「あー、すいません。紹介するのが遅れていました。ほら、自己紹介しろ」
「はい、勇者様」
ラクレットにそう言われると、料理を随分と美味しそうに口に運んでいた少女は、手を止めナプキンで口元を拭き取ってから、国王とミミ姫に向き合って自己紹介をした。
「国王様、第一王女様、私はシキ=ドールと申します。勇者様に窮地を助けられ、以来、勇者様の従者をしております」
その姿勢は見事な物だった。まるで長年従者をやっていたかのような振る舞いに、国王、姫共々、彼女が勇者の従者ということに納得した様子だった。
「すいません、魔界にいた彼女を助けたのは良かったのですが、住む場所もなかったようなので、私の屋敷に住まわせたところ、ただで住むのは申し訳ないと言って仕方ないので、従者として雇っているんです」
ラクレットの言いなれたその台詞から、シキは正体を疑われることもなく二人に受け入れられた。
「なるほど、ほんの数年でそこまで従者として素晴らしい姿勢が出来るものなのか、良い素質を持っている」
「いえ、私はまだまだでございます。これからも勇者様のお役にたてるよう精進するだけでございます」
国王に対し敬語を使い、丁寧な姿勢を向けるも、あくまで主である勇者を物事の基本に考えるその姿勢もまた評価されたらしい。国王は、これならば勇者の生活も心配ないだろうと安心した顔で、本題に入ろうと話を切り出した。
「それじゃあ、本題に入るとするか」
「……」
一方で姫はいつもの天真爛漫な様子はなく、静かに俯いている。その様子は、少し沈んでいるようにも見える。
「勇者よ、我が王国の第一王女であるミミ=パース=ブルドとの婚約、今ここに果たされよう」
そう、本題とは、勇者がもしも魔王を倒したならば、その暁には多くの富を手にし、ミミ姫と結ばれることによって、王子不在のブルド王国の後継者になるという約束だ。
「……はい、承りました。栄光の至りに存じます」
ラクレットはより一層真面目な態度でそう一言返事を返した。
「うむ……それでは、式の日程の話でもしようと思うが……ミミ、お前からも何かあるか」
国王がそう尋ねるとミミ姫は俯き「いえ」と小さく返すだけであった。俯いている姫の表情はウェーブのかかった髪に隠されていて誰にも見えなかったが、そこには悲しみの色があった。
「そうですね、結婚式はいいのですが……その前に、国王、当人の気持ちをお聞きになったことは?」
勇者ラクレットはそう言う。
国王はその言葉に驚いたように言葉を返す。
「なんと、勇者殿は、我が国の姫、ミミ=パース=ブルドが気に入らぬと申すか」
「いえ、そんなことは滅相もない。私には釣り合わないくらいでございます。ですから、もしや、それ故にミミ姫は私との結婚を望んでいないのではと思いまして、決して私ごときが姫様を拒むことはありません」
なるほど、と国王は一安心した様子で口を開く。
「それならば、とんだ杞憂である。勇者よ、ミミにはとうの昔にその了承を得ている。心配はいらん」
国王のその台詞を聞いて、ミミ姫の表情には更なる哀しみが宿るのだが、髪に隠れたまま相変わらず誰にも見られることはなく、知られることもなかった。
「国王」
ラクレットは強い口調でそう言った。なぜ、今になってラクレットが姫の本心を気にし始めた、少々動揺していた国王はラクレットの強い一言で気が入ったようだ。国王は姫の方に向かい、その本心を聞く姿勢になった。
「姫さま」
「は、はい……」
ラクレットは、優しく語りかけるように姫に尋ねた。
「ミミ姫様は、本当にこの結婚を……私との結婚をお望みなのでしょうか……」
「……はい……うれしい……限りです……」
ミミ姫はそう口にしたが……その声は、明らかに喜んでいる人のものではなかった。それもそのはず、ミミ姫はラクレットの言うとおり、この結婚を望んではいなかった。だから、今にも泣きそうな声で、そう答えるのが精一杯だったのだ。
この声を聞いて、流石に国王も少しこの先が心配になり始めた。姫は父のため、国のためと自分に言い聞かせて、国王に勇者との婚約について尋ねられもそれを喜んで受け入れる姿勢を見せていたのだ。だが、実際にその結婚が迫ってくると、まだ齢十五歳である彼女の心はそれを受け入れられなかったのである。
勇者が嫌いなわけではない、勇者はそれなりに良い顔立ちでもあるし、富も名声もあるだろう。ただ、一点。姫がこの結婚を望まない理由はただ一つだ。
姫には好きな人がいたのだ。
天真爛漫とはいえ、一国の姫である。自分の役目は知っている。だから、この結婚を拒むことは出来ない。その思いが彼女を苦しめていた。
「ミミ姫様……どうか素直な気持ちを」
「……」
口一文字にして口を開こうとしない。開いてしまえば、何を言ってしまうか分からなかったからだ。だからこそ、口を開くことは出来ない。
「姫様……」
「……」
なおその口は堅く閉ざされている。
「姫っ!」
でも、自分の気持ちに嘘をつけない性格である姫の強がりは、そこまで長くは保たなかった。いや、もう十分長く保っていた方なのだろう。なにせ魔王が倒されてからもう二年の月日が経とうとしているのだ、彼女は十分に耐えたのだろう。今、ダムが崩壊するかのように二年の月日をかけて貯めに貯まったミミ姫の気持ちが溢れ出た。
「す、すいません、お父様っ!、勇者様っ!、私っ!、お慕いしている人が他におりますのでっ!!」
ミミ姫はそう言い残すとその場から走り去ってしまった。
その場の空気が固まった。その中で二人ほど動いている人が。
「あ~あ、どうするんですかぁ~、ごしゅじんさまぁ~」
ラクレットの耳元で、やたら甘ったるい声でいたずらっぽくシキはそう囁いた。
「はぁ……えっと、すいません、ちょっと探してきます」
大きなため息をついてから、そう言ってラクレットもまたその場を走り去った。
「はい、いってらっしゃいませ、勇者様」
先ほどの甘い声はどこへやら、シキは整然とした態度でラクレットを見送った。
ミミ姫は走り去った後、城の中庭にある花壇の花々の中に縮こまり身を潜めていた。
身を潜めたのは見つかると不味いと思ったからだろう。でも、花壇という見つかりやすい場所に身を隠すということは見つけてほしいとも思っている気持ちの表れでもある。
そう、見つけてほしい、心に決めたあの人に。
辺りは静かである、それはもう、僅かに揺れる葉の音がよく聴こえてくるほどに。衛兵たちはまだ動いていないのだろうか。それとも城の外を探しているのだろうか。ミミ姫はそんなことを考えながら俯いた。天窓から差し込む月の光が妙に眩しく感じられたのだ。自分がしていることは決して正しいことではないと知っていが故に眩しく感じられたのかもしれない。
ミミ姫が俯いて数分。ミミ姫にはその数分がひどく長く感じられた。そうして、待っていた音が聞こえてきた。がさりがさりと、中庭の花のかき分けて歩く音だ。
人影が眩しかった月の光を遮った。待っていた人が来たのかと、ミミ姫は顔を上げると。
「ミミ姫様……えっと、すいません」
それは勇者であった。出会ってまず、勇者はミミ姫に頭を下げた。
「勇者様、申し訳ありません」
ミミ姫は、そんな勇者を見て途端に罪悪感が込みあがってきて、謝罪の言葉を述べた。勇者に非はない。むしろ、自分を思ってくれていた。そう思うと謝らずにはいられなかったのだ。
「いえ……気にしておりません。それよりも、私こそすみません。姫に負担をかけてしまったようで」
「いえ、私が悪かったのです。私が自分の気持ちを抑えられなかったから」
「そんなことはありません。私との結婚が嫌ならばそう申し上げてください。そうなさるなら、私もまたそれで良いと思っているのです」
「でも、この結婚は多くの人が望んだもの。私個人で決めていいものではありません」
その言葉が決め手となったのだろうか、勇者は黙りこくった。だが、一向にその場を離れようとはしなかった。そうして数分して、勇者は口を開いた。
「……えっと、先に謝っておきます、すいません」
ラクレットは姫の横に腰を下ろした。そうして勇者の言葉は続く。
「姫、自分の好きなように動けばいい。別に俺はお前が嫌いというわけではないが……俺は今、結婚することに興味が無い。だから、姫……好きなようにすればいい。確かに、個人で決めていい事かどうかなんてのは知らないが……まぁ、世界を救った勇者の推奨でもあれば、国だってきっと認めてくれるだろ」
いつもと違い、とても強い口調。それに敬語でない事も加わり、姫はたじたじの体だった。
「え、いえ、でも……」
「でもも何もねぇよ、まぁ、だから俺にお前の好きな奴を教えろ、微力ながら手助けをしてやる」
「そ、それは……」
それは、ミミ姫にとっても魅力的な誘いではあった、しかし、それに乗ってしまってもいいのかどうか、それを判断する力はなかった。だが、
「好きな人がいるなら、一度はアタックしてみろ」
最後の一押しで、ミミ姫は折れた。ラクレットの誘いに乗ることを決めたわけじゃない。自然に口が動いていたのだ。
「ウィード様が……ウィード=パース=ラビリンスが好きなのですっ!」
ミミ姫は気付いたら叫んでいた。立ち上がって、その名を叫んでいたのだ。
「あー、なるほどな、パースってのは確か王子と姫がもつミドルネームで、ラビリンスって事は……あの魔法王国の王子ってところか?」
「え、ええ、そ、そうです、魔法王国の第二王子の……」
先ほど叫んだことが恥ずかしくなったのか、少し動揺した感じで姫様がそう呟いた。
「あー、なるほどな……で、そいつは、今日のパーティに参加してくれているのか?」
「え、ええ、恐らく……」
「そうか、じゃあ、さっそく戻るとしよう」
ラクレットはミミ姫を抱き上げ、走り出した。
「わわっ! きゃあ」
「おっと、暴れるなよ、落とすと悪いからな」
世界を救った勇者の全速力は、それはそれは速いもので、ミミ姫は目が回りそうだった。パーティ会場に戻る頃には、フラフラのくらくらで、立つのがやっとなくらいに素早くアグレッシブな走りであった。
「さて、王様、姫様を連れてきましたよ、それと……」
ラクレットは辺りをきょろきょろと見渡して、記憶の中の魔法王国第二王子と照らし合わせて、同じ顔の人物を見つけるや否や、人混みを避けながら駆けつけ、その手を引き国王とミミ姫のもとに連れて行った。その動きは華麗になもので、流石は勇者といったものであった。
「よし、連れて来たぞ、姫」
「い、一体なんなんですか、勇者様。それに、ミミ……姫もいったいどうしてそんなに疲れているんですか……」
「ああー、国王。悪いが、今から主賓は変更だ」
「な、なにを仰られるか、勇者よ」
破天荒な勇者の行動に国王は動揺を隠しきれないでいる。それも仕方のない事であろう。姫が結婚を望んでいないことを察しそれを指摘して、逃げ出した姫を連れ帰って来たかと思えば、今度は会場を走り魔法王国の第二皇子を連れて来た。状況がつかめない国王が驚くのも無理はなかった。
「さてと、ミミ姫は魔法王国の第二王子が好きみたいだぜ、国王様。だから、認めてやってくれよ、勇者である俺からも推薦するぜ」
「な……そ、そうだったのか……ミミ……」
ウィードは驚いた様子でそう言った。
「おう、なんだ、両思いか、なら、なおさら推薦させてもらおう、国王様」
「だ、だが……それでは……」
「大丈夫だ、だって、第二王子なんだろ、ウィードは。なら、婿に貰っちまえよ、大丈夫、俺は今丁度ラビリンスに住んでいるし、俺からも伝えておくからよ」
「だがなぁ……」
そこまで言われては流石の国王も言いよどんだ。それに、丁寧な口調はどこへやら、先ほどから勇者の口調がため口になっているのが、国王を戸惑わせているのもあって、余計その口は開き難いものとなっていた。
「大丈夫、勇者を信じろ」
そして、とどめの一言である。
国王も口を閉ざし何かを諦めたかのような顔をした。気持ちを切り替えていつもの調子に戻る頃には目の前に勇者の姿が無くなっていた。
「あ、あー、魔法の動作確認。魔法の動作確認。よし、オッケー」
いつの間にかシキを引き連れステージ台に立っていたラクレットは、魔術師に例の魔法を使わせ、会場全体に声と届かせていた。
「えっと、俺の成人パーティはこれを持って終了いたします。そして、これからは、ブルド王国第一王女ミミ=パース=ブルドと魔法王国ラビリンスの第二王子ウィード=パース=ラビリンスの婚約パーティとします。この二人の結婚は、勇者が推奨します」
会場が静まり返った。当然である。というよりも、静まり返らない方がおかしいくらいだ。
ラクレットは国王の元に戻っていつものように言い慣れた台詞を言った。
「料理は大変美味しかったって、料理人さんには伝えておいてください」
果たしてその言葉が耳に入っているのかどうかも分からないくらい、国王はフリーズしていた。もちろん、会場全体も。
「さ、シキ、帰るぞ」
「ええ、勇者様」
そして、ラクレットはその会場の静けさが消える前に城を出て宿に戻るのだった。
「それにしても……やっぱり不味かったな、料理……」
ラクレットは、誰にも聞こえないような声でそう呟いた。