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魔女集会で会いに来て

作者: はまさん

 辺境のとある草原を満月が照らしていた。すると月光と共に、空からホウキに乗った魔女が舞い降りる。それも数人、数十人、次々と魔女の団体さんが草原にやってくる。中から一人の魔女が地面に種を植えて、呪文を唱えた。あっという間に芽が出て、みるみる大木に成長する。

 大木は成長しながら、根のコブがイスとテーブルに。木のうろはキッチンや図書室に。葉は魔女たちから夜露を防ぐ傘に、形を変えた。

 魔女たちは大木が成長をし終えると、めいめいが準備を始めた。瘤のテーブルにクロスをかけ、お茶の用意を。うろに出来た棚へ霊薬の瓶を並べて、商談を待ち受ける。

 今夜は魔女たちの集会なのだ。


 一年に一度、夏至に最も近い満月の夜になると、魔女の集会が開かれる。場所は不定。ただし魔女の元にだけ送られてくる招待状に、開催場は書かれている。

 魔女は人間たちとの争いを避け、普段は人里離れた場所に住んでいる者が多い。だが集会の夜だけは魔女だけで集い、情報交換したり。霊薬を売り買いしたり。魔道の技を競ったり。単にお喋りを楽しむだけの者もいる。


 魔女の集会にやってくるのは主に、《善良》の領域に属する者か、《中立》でも話好きな魔女になる。一応、あらゆる魔女に門戸を開いている集会であったが、人嫌いな魔女や、《邪悪》の領域に属する魔女が参加することは、まずなかった。

 だが今夜は様子が違うようだ。

 満月は天球高くに登り、宴もたけなわな頃合いに、異変は起こった。


 清浄な月明かりの中、ほんの一角に出来た影。そこから、しゅうしゅうと瘴気の煙が細く立ち上ったかと思ったら、ぼこぼこと毒の水たまりが湧いた。まだ誰も気づかない。

 毒水は泉となり、汚泥を噴き出し始める。汚泥はもがく腕を、嫌らしく嘲笑する顔を形作り、ねじくれた人体となった。そして初夏の草花を毒気で枯らしながら、ゆっくりと歩き始めた。魔女の集会へ向かって。


 最初に気づいたのは、お喋りを楽しんでいた魔女だった。お茶を嗜んでいた彼女はティーカップを取り落とし、悲鳴を上げる。それで他の参加者も駆けつける。だが見てしまったのは絶望的な存在。

「もしかして、あれは……《穢れ沼》の魔女!?」

 誰ともなく呟く。それは名を口にするのも恐ろしい、伝説的な魔女だった。


 《穢れ沼》の魔女。伝説にあるだけでも、遙か太古から存在し、いったい何世紀を生きているのかも分からない。魔女の中でも《最古の四人》のひとりとされている。

 そして性格は奔放にして残酷、短気で気まぐれ。《邪悪》に与しているとされているが、《邪悪》の領域でも扱いかねているというのが実際のところ。誰か長くつるんでいる相手がいるとは知られず。謎の多い存在だった。


 ただ、ともかく巨大な力を持っている。そのくせ気まぐれ過ぎる。突然現れたかと思ったら、たかが子犬一匹を助けるためといって、疫病を振り撒いて国をひとつ滅ぼしてしまう。

 世界を襲う厄災を、誰に頼まれるでもなく、片手間に救ってしまう。巨大すぎる力を使うことにためらいもしないが、他人の命令は絶対に聞かない。

 とうとう《邪悪》の領域からも、自然災害のような扱いを受けるようになっていた。


 齢が百年にも満たない、年若い魔女たちは伝説の存在に恐怖し、悲鳴を上げ逃げ惑っている。

 中から腕っ節自慢の魔女たちが前へ出て、魔術を《穢れ沼》へと放った。氷柱が、火の鳥が、雷光が飛び交う。しかし、それらの魔術が《穢れ沼》に命中すると、どぷんと波紋が生じて、体の中に沈んでしまった。

 《穢れ沼》はいかなるモノも、底無しに食らってしまう。腕っ節自慢とはいえ、さすがに数百年程度しか生きていない魔女では相手が悪かった。


「おい、誰か《長老》を呼んでこい」

「そうだ《長老》ならば、《穢れ沼》にだって負けはしない」

 《長老》。彼女こそ、魔女の集会の主催者。そして、秩序の守護者、人と魔女との仲介者。《善良》な魔女たちの規範となる、リーダー的存在。彼女もまた古き魔女のひとりだった。

 《長老》ならばきっと何とかなるはず。


「わたし、呼んできます!」

 足自慢の魔女が風よりも早く駆けていった。

 その間にもにじり寄る《穢れ沼》を近づけまいと。魔女たちは攻撃の術を次々に放った。だが全て呑み込まれ、効果はない。

 だが攻撃に反応したのか。《穢れ沼》から何十本という触手が生える。獲物は集会の魔女たち。触手は一斉に伸びて、大瀑布となって魔女たちを襲った。


 触手一本一本に込められた呪詛はおぞましく。毒はあまりに強力。掠りでもすれば何者であっても生きてはいられないだろう。

 触手の数は多く、遠くまで伸びる。もはや、どこに逃げても避けられない。その場にいた全ての者が死を覚悟した、その時。


 輝く聖印で編まれた防壁が現れた。壁にぶつかった毒の触手は飛沫となって消える。

「やれやれ、間に合ったかい。危ないじゃないか」

「《長老》!」

 眼光は全てを見通して、なお鋭く輝く。恰幅は堂々と逞しくすらあり、老婆とは思えない。だが肌に刻まれた、岩より深い皺が、長い年月を生きてきたことを感じさせる。手には鉄杖。魔女のコスチュームである、とんがり帽子もローブも純白。

 彼女こそ《善良》に属する魔女の頂点に立つ者。《長老》と呼ばれる魔女だった。


 きっと《長老》ならば《穢れ沼》とて恐れることはない。集会に参加一同から、安堵の空気に満たされる。

 だが《穢れ沼》の魔女の歩みは止まった。明らかに《長老》だけを見つめている。そして《穢れ沼》は高らかに叫びを上げた。溺れるように息苦しく、だが愉快そうに、ゲタゲタと。聞くだけで身の毛もよだつ、それは笑い声だった。

 次はどんな恐ろしいことが起こるというのか。魔女たちは恐怖で身をすくめる。


 そんな中で《長老》だけはマイペースにため息をついて

「会いに来るなら、連絡くらい寄越しなよ」

 途端に《穢れ沼》の笑いがぴたりと止まった。

 それより《長老》のセリフはいったいどういう意味なのか。ふたりは知り合いだというのか。魔女たちが戸惑っている間に、《穢れ沼》に異変が起こる。


 シャワーがかけられたように、泥がざあっと洗い流される。中から出てきたのは、いかにも魔女らしい、とんがり帽子とローブ。色は毒々しい紫色。

 魔女に姿形での年齢は関係ない。だが紫のローブを着るのは、ニヤニヤ笑いに、寝不足そうな目にはひどい隈。生意気そうな十代の小娘に見えた。

 間違いない。彼女こそが《穢れ沼》の魔女。その正体だった。


 《穢れ沼》は楽しげにスキップしてから、ぴょんと《長老》へ抱きついた。

「だってー、しばらく顔も見せないんだもーん。母親が娘に会うのに、連絡も何もあるかーい」

「もう、かーちゃんは仕方ないなあ」

 かーちゃん? 集会は唖然とした空気に包まれた。


 ……それは、ありふれた御伽噺だ。

 昔々、あるところに祟り神がいた。祟り神の怒りを恐れた人々は、身寄りのない子を捨てる代わりに、生贄として捧げた。しかし祟り神は気まぐれだった。気まぐれで生贄の子を育ててみようと思いつく。

 祟り神の本性は、泥と毒と腐敗。まさに死の化身。それが、か弱い人の子を育てるという。まるで冗談のような話。本来ならば、うまく育つはずがない。


 だが、どうしたことか。いくつかの奇跡が重なり、人の子はすくすくと育った。子は祟り神の元で弟子として魔術を学んだ。いつしか魔女たちの指導者と呼ばれるまでに地位を築き上げ、気づけば《長老》という字を得ていた。

 祟り神も年月が過ぎるうちに、呼び名は忘れられ、変容し。いつしか《穢れ沼》の魔女と呼ばれるようになっていた。

 だが今も、娘は自分を育ててくれた母への恩を忘れてはおらず。まだ母も娘への愛を忘れてはいなかった。


「……ということサ」

 自分の側近となる若い魔女に事情を話し終えて、《長老》はキセルの煙を吐き出した。

 テーブルを挟んで《穢れ沼》の魔女は、お茶を美味しそうに、ちびちびと味わっている。

「やっぱキティが淹れてくれると最高だよぅ」

「もうアタシも良い齢なんだ、さすがにキティは勘弁しておくれ。一応、立場ってモンもあるんだしサ」

 同席した魔女たちはキティの呼び名に動揺を隠せない。誰も知らなかった、それが《長老》の名前だったのか。


「母親にとって、娘はいつまでたっても娘なんだよぅ」

「ははは、かーちゃんには敵わないやネ」

 差し出したカップへ、何も言わずおかわりを淹れてあげる。それだけの一連の行為が、よどみなく自然で。たった、それだけで二人の過ごした時間の濃密さ長さを誰にも理解させた。

 いかつい老婆の「娘」と、少女のような「母」。正義の化身がごとき「娘」と、邪悪そのものである「母」。不釣り合いに見える彼女たちは確かに親娘であった。


 魔女の集会の招待状は、魔女であれば誰のもとにもやってくる。開催は一年に一度、夏至に最も近い満月の夜。きっと意外な出会い再会もあるはずだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 短い文章の中でよくまとめられた作品です。 地の文と会話文のバランスもよく、魔女の集会という人間の知らない場所での魔女達の様子や意外性を用いた最後のまとめ方も良かったと思います。 [気にな…
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