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Fabula de Yu  作者: モモ⊿
一章-アカデミー -
6/43

第五話-陽に向く花-

ゼルコバ共和国内に数ある州の一つ、ブルースカイ州。

その州都である、マリー。

周囲は草原に囲まれ、小高い丘の上に作られた街。

ほぼ全ての建物がレンガで出来たこの街の中心には、これもまたレンガで作られた大きな風車がある。

その風車は建てられてから数百年が経過しているが、いまだに現役で動き続け、いつでも清浄な空気を街に運んでいる。


郊外には向日葵(ヒマワリ)の畑が広がり、その花や葉や種を使った特産品や名産品が手土産として人気を博していて、都会の喧騒を離れたい人や、牧歌的な雰囲気を味わいたい人達にとって人気の観光地となっている。


そして中心の大風車以外にも街の中に建っている風車。

その風力を使って様々な物を動かしているこの街には工場のような排煙を伴う建物が無く、更に街全体で車を使わずに馬車を使い、田舎風の雰囲気作りをしているせいか、空がとても綺麗なのである。

観光に来た人達は口々にこう言うそうだ。



「青空が違う」



☆★☆★☆



「わぁー!綺麗〜!」

「着きましたよ四人共。ここがマリーです」


ヤージュ先生の運転でマリーへと着いたユウ達一行は、まずは本日の宿に入る事になった。

学院のあるセントラル州都ゼルコバから真っ直ぐ北東方向にブルースカイ州があり、そのやや南寄りの位置にマリーがある。

今回調査する例の森はマリーから更に半日ほど北西に向かった先だ。


学院を出たのが朝早かったとは言え、今はもう陽も暮れかかっている。

先程のマナの歓声は、夕陽に染まる向日葵畑に対してのものだった。




宿に到着し、ヤージュ先生、ユウとバナー、マナとアサギ、の割り振りで部屋に入る。


「なぁなぁユウ!旅行みたいで楽しいな!?」

「お前なぁ、これは調査任務だぞ?そしておそらく、道中の俺達の行動や発言は評価対象になってる」

「評価対象って?」

「考えてもみろ。あの時はヤージュ先生も話してくれたとは言え、この任務はナオ先生から俺達に依頼されたんだ。という事は…」

「あっ!魔法聖騎士団(マジックパラディン)選抜試験!!」

「そうだ!これはその第一段階だと思っていいはずだ…」

「なんてこった…って事は、女風呂を覗いたり、枕投げしたり、就寝時間後に抜け出して女子の部屋に行ったり、女子の風呂を覗きに行ったり、お前好きなやついんのかよ?とか、女の子の風呂を覗きに行ったりとかが出来ないって事か!?」

「覗いてばっかりじゃねーか!!ダメに決まってんだろーが!」

「またまたぁー!ユウさんはムッツリスケベでいらっしゃる!」

「違う!」

「違くないねー!」



〜隣室〜



「はぁー、いいお風呂だったねアサギ!」

「うん、ホントに!!あ、そういえば前から思ってたけど、マナは氷属性の持ち主なのに、お湯とか熱いものって全然平気なのね?」

「あー、だってわたしの体を構成してるのは氷じゃなくて魔力だからね。体を構成する時の魔力は無属性になるんだよ。属性を持つのは、わたしが発動させる魔法の方。わたしがわたしの魔力を使おうとすると、わたしの魔力回路の中で属性が付与されて、外に出てくるの」

「へー!初めて知った!なら他の属性を持つ精霊とか魔物もそういう事なの?」

「うん、わたしと同じような存在は大体そうだね。でも土精霊(ノーム)風精霊(シルフ)なんかは体自体がその属性の魔力で出来てるから、もし戦おうとしたらそれに相対した属性を持ってないと厳しいよ」

「例えば、土には風?」

「そう。火には水、とかね。この世界の属性は大きく分けて六つ。土水火風(どすいかふう)の四つと、光と闇の二つ。土水火風はお互いに干渉しあっていて、光と闇はその二つでしか干渉し合わないって言われてる」

「うん」

「そして、土水火風の上位の属性となるのが、地、氷、炎、雷、の四属性。これらは下位の属性を極限まで混じり気なしに練り上げる事が出来る存在にしか使用する事が出来ない。だからあの歳で氷を扱えるユウはかなり凄いんだよ。あの年代で使えるヒトなんて聞いた事ない…。もしかして、あの夢が原因…?」

「夢って?」

「え?あぁー、ヒトが使うようになるのは夢のような話なんじゃないかなーって!」

「ふぅん?じゃあ属性って正確に言えば十属性あるんだね。やっぱり上位の属性は下位の属性より強いんでしょ?」

「う〜ん、それも属性によるね。氷はやっぱり火に弱いし、雷は土に遮られる。地属性なら地中に含まれる岩石とかも自由に操る事が出来るから、物理的な防御力は全属性中最硬なんじゃないかな。でも雷を剣に付与して斬りかかったら、殆どの物質はスパッといっちゃう」

「へー…じゃあ相手の属性を見極めて攻撃しないと、魔力の無駄遣いになっちゃうんだね…」

「うん。でも、どの属性にも有利で、不利な属性が一つだけあるよ。何だと思う?」

「えっと…無属性?」

「当たり!ユウが使う弓矢は氷属性だけど、今覚えようとしてる小太刀や、アサギが使う刀は無属性だね。もちろん属性が無い分、物理的な攻撃力が無いと属性持ち相手には厳しいけどね」

「そっかぁ〜…」

「ふぁ〜〜…なんかもう眠くなってきちゃった…」

「あ、もうこんな時間。明日も早いってヤージュ先生が言ってたし、早く寝よ!」

「うん〜…光と闇についてはまた今度ね〜おやすみアサギ〜…」

「おやすみ、マナ…」






男子二人が馬鹿話で盛り上がり、女子二人がちゃんとした話で盛り上がり消灯した、その頃…

この世界で数少ない竜翼人(ドラゴニュート)であるヤージュは、宿のベランダから飛び立ち、街灯が無く暗闇に包まれた草原にやって来ていた。


「スカイ、居ますか?」


誰も居ない虚空へと語りかけるヤージュ。

しかし、しっかりとした存在感を伴い、返事が返って来た。


「は。ここに。ヤージュ様」

「遅くなってすまない。報告は?」

「二つ。北からは巨躯の男が率いる一団が例の森へと向かいました。人数は三十名程。おそらく、あの組織の者共でしょう。仮面を付けている者も確認しました」

「ふむ…やはり例の遺跡はアジトだったか。痕跡を完全に消す為に来たのか…?だが一ヶ月も空けたのは何故だ…?もう一つは?」

「もう一つは…フレデリカ様が例の森へと向かっているのです」

「フレデリカ様?あの、フレデリカ様か?帝国の?」

「はい、その、フレデリカ様です…しかも、ユリ様もご一緒に」

「ううむ…フレデリカ様がいればユリ様もいるのは当然だけど、そもそも何故あのお二人がいるんだ…?」

「こちらが掴んだ情報によれば、()()軍事演習に参加するはずだったとの事です。ところが、ゼルコバに着いたら姿が無かったと…」

()()軍事演習か…ナオ様が非公式な会談を申し込んだという…という事は、その密談に参加するのもフレデリカ様では…?」


「はい、おそらくその通りかと。ただ、密談は十日後です。軍事演習は二日行われますが、その後は公式な会談が行われ、先日の襲撃事件に関する調査を協力して行う為の、臨時条約の内容を協議する予定です。その協議の為に、前々からの予定であった軍事演習と無理矢理合わせて、全部で十日間の日程が組まれました。その最終日の午前中に調印式が、昼過ぎからナオ様とフレデリカ様お二人での昼食会が開かれます。会見の時間が終わったのち、お二人でお話しなさるのだと思います」


「ふむ、そうか。僕はもう軍部から抜けた身だからな。その辺りまでは知らなかった。しかしそうなってくると余計に分からない。何故あのお二人はこちらに来たんだ…」

「如何しますか?僕が先に接触して真意を確かめて参りましょうか」

「いや、相手はフレデリカ様だぞ。回りくどい話し方をとにかく嫌う。僕が直接話しを聞いた方が安全だろう。あの方は今どこに?」

「例の森と、ここマリーの中間にある宿場町に泊まったそうです。かなり遠目からの監視なので、それ以上は…」


「ふむ、我々を待っている…?まぁとにかく、明日僕達が動いてからもあの方達の位置が変わっていなければ、その町で直接会うしか無いだろうな。スカイは明日から僕達と来るんだろ?」

「はい。そのようにナオ様より言付かっております」

「わかった。じゃあ明日の朝、家に挨拶に行くから。それから出発しよう」

「畏まりました。お手間を取らせて申し訳ありません」

「そんな事気にするな。手間でも何でもないよ。じゃあ、また明日」

「は。お待ちしております」


ヤージュが飛び立ち、スカイと呼ばれた青年は闇の中に消えた。







-翌朝-





それぞれが支度を済ませ、車の前に集合した一行。

半日ほどかかるとの事で、朝七時集合である。

彼らは普段からそのくらいには起きている為、何の苦もなく集合している。


「おはよう、みんな。今日はまず、ここマリーの州王(しゅうおう)の邸宅に挨拶に行く。この国の最高魔導師であるナオ様直々の任務だから、形式上な挨拶も必要なんだ。そこで一人同行者を拾って、全部で六人で調査対象の森へと向かう。では、行こうか」


ヤージュ先生の号令で車に乗り込む彼ら。

車が走り出して早々、腹ペコの二人が騒ぎ出す。


「ねぇヤージュ、お腹がすいたわ?」

「俺もです〜」

「もう少し我慢してください。これから伺う邸宅で人を拾ったら、その後に朝食にします」

「「は〜い」」

「美味しいものがあると良いわね、バナー」

「そうなー。この街とか州の特産とか食えたらいいなぁ」

「この街は、栽培している麦を使ったパンや麦酒、そして向日葵を使ったものが特産品なんですよ。種を使ったスナック菓子とか、大きな葉で包み焼きにしたお魚とかお肉とか、色々ありますよ」

「おぉー、美味しそう!」

「お肉食べたいー!」


賑やかなバナーとマナとは対照的に、後部座席で静かなユウとアサギ。

小さな車内で各自の空気感を共有しながら、車は進む。


マリーの中央にある大風車。

そのにブルースカイ州王の邸宅がある。

世襲制ではないが、この州が誕生してからはずっと同じ一族が治めている。

最終決定は州王の一族が行うが、そこに至るまで国民の意見を最大限に取り入れ、国民選出の議員達がそれを協議し、採択されたら国政として取り入れる。

実際に建国当時から善政が続いているので、州民からの支持率が高いのである。


大きな正門から入り、これまた広い車止めのスペースに車を止める。

ふと見ると、これまた大きな玄関の前に、スーツ姿の男性が立っているのが見える。


「ここが州王の邸宅です。あちらの青年が紹介する相手ですよ。まずは降りましょう」


車を降りて青年が立つ場所まで進む。

全員が揃ったところでスーツの青年が自己紹介を始めた。


「はじめまして。僕はスカイ・ヤオライト。この州を治めるヤオライト家の者で、公務で不在の父上に代わり、ご挨拶させていただきます。それから、この国唯一のナオ様直属部隊八烏頭(やおず)の総隊長を務めさせていただいております。あなた方四人のお話はナオ様から伺っていますよ。今回はこれからご同行させていただきますので、よろしくお願いします!」


「スカイは総隊長として今も色々な任務を遂行して、ナオ先生の手足となって動いてくれています。学院の卒業生でもあるから君達の先輩にもあたりますし、今後も会う機会があると思うから、今回の日程で親しくなってくださいね」


各自が挨拶を交わしていく。

ユウとアサギは如才なく。

バナーは畏まった態度に慣れていないため、少しぎこちなく。

マナは少し気になるところがあるのか、握手しながら考えていたようだが、やがて手を離した。


「さて、では行きましょうか。まずは朝食と休憩。そして例の森との中継地点でまた休憩をします」


合計六人になった一行を乗せた車が走り出す。

車内では助手席のスカイを質問責めにするバナーと、窘めながらも興味を隠せないユウ、アサギとマナは後部座席でまた属性について話し合っている。


「スカイさん!ナオ先生の直属部隊ってどうやって入ったんですか?」


「僕はアカデミーを卒業した後はパラディンに入る予定だったんだけど、入隊式の前にナオ様に呼び出されてね。何を言われるんだろう、まさか入隊取り消しかな!?って、めちゃくちゃ怖がりながら行ってみたら、そこには今の同僚、他の部隊の隊長もいたんだ。そこで初めて会う奴もいたけど、アカデミーの同級生もいた。そして、ナオ様の私設部隊である八烏頭(やおず)の設立と、その活動内容や部隊編成、そして僕の総隊長就任が発表されたんだ。その時は元首のジャヤ様もいらっしゃってて、ガチガチに緊張していたのを覚えてるよ。後日改めて辞令書が送られてきて、更に自分の部隊の隊員との顔合わせもあって、その辺りでやっと実感が湧いてきたんだ。そして、その実感はそのままやる気になって、五年後である今に至る。こんなところかな」


「ほぇ〜すげぇ〜」

「…スカイさん、肝心の、どうやって入ったかってところは話してくれてませんけど?」

「ありゃ、バレちゃったな。うまく話せずにいけたと思ったんだけど」

「あれ?そういえばそうじゃん!」

「気付かなかったのかバナー」

「ユウ!お前はまたそういう目をする!お前以外の奴までお前みたいに頭が良いと思うなよ!?」

「そんな事思ってないが」

「いーや思ってるね!」

「自覚症状は無い」

「他覚症状がハンパねぇんだよ!顔に滲み出てんの!」

「そうか、悪かった」

「悪かっただぁんん?」

「はーいはい、そこまでー!狭い車内でケンカしない!」

「だってヤージュ先生!こいつが!」

「バナーくーん?これ以上騒ぐならここで降ろすよー?例の森までは歩いたら二日くらいかかるかな〜。僕達に追い付けたら帰りは車に乗れる。もし追い付けなかったら森から一週間くらい歩いて学院まで帰ってくる事になる。出発前に財布を持って来ない様に言ったのには二つ理由がある。まず一つは、これが正式な任務であるからして掛かる経費は我が国のお金で払われるからだ。その全部は僕が立て替えて払っている。ここまでは分かるね?そしてもう一つの理由は、こういう時の為なんだよ。君達は学生だし、旅行気分を持ってしまうのは分かるが、羽目を外していいわけではない。分かったかな?」


「……」

「分かったら返事!」

「はい!すみませんでしたぁー!!」

「よろしい。さてスカイ、話の続きをどうぞ?」

「…すごく…話しづらいです…ヤージュ様…」

「ん?」


前方二列で男性四人が気まずい雰囲気になっているが、後部座席の女性二人は真剣に話し合っていた。


「昨日は土水火風(どすいかふう)地氷炎雷(ちひょうえんらい)について話したよね。じゃあ残る二つ、光と闇について話そうかな」

「よろしくお願いします、マナ先生!」

「な、なにどうしたのアサギ…?」

「うん、昨日の夜に改めて思ったの。今はこうして友達として一緒に過ごしているけど、やっぱりマナは凄い知識や経験を持った人なんだって。勿論いつも修行をつけてもらってる時もその凄さは感じてるんだけどね。だからこそ、教えてもらう時はちゃんとした態度で接しなきゃ!って思ったんだ」

「…わたし、アサギの事大好き!!」

「わっ!ちょっとマナ!?」

「ふふっ!じゃあ光と闇について話すね!」

「うん!」

「昨日も言った通り、光と闇はお互いにしか影響し合わない。これは、光の魔力と闇の魔力が他の八属性と発生源が違うからなの。光は太陽の光から、闇は月の光から発生する。どちらも光源は太陽なんだけど、どういう訳か月に当たった後は属性が反転するようになってるみたいなのよね」

「マナでも理由を知らないの?」

「うん。最初に属性を作ったのって天帝様だから。その後に各属性に何人かずつ振り分けられて、その属性に相応しい地形とか天候とかを作っていったのよ。でも光と闇を扱える天上族って、本当に数人ずつしかいないんだよね。わたしも全員の属性を知ってる訳じゃないし」

「うわぁ、凄い話…人間の世界でもね、光魔法を自在に扱えるのはナオ先生だけなんだって。何千年もある歴史の中で、他にはまだいないらしいよ」

「ふーん、そうなんだ。闇魔法使いは?」

「それは本当に知らない。だから普通の人は、光魔法と闇魔法の扱い方を知らないの」


「やっぱりそうなんだね。まぁそんな理由で、光魔法や闇魔法は魔術体系として成り立ってない。もしかしたら、使えるのに使えないって言ってる人がいるのかもしれないけど…」

「え、やだそれ怖い…」

「だってこの世界にはまだまだ人跡未踏の地があるじゃん。もしかしたらそこに隠れて暮らしている人達がみんな光魔法か闇魔法の使い手、なーんて事もあるかもよ?」

「うーん、たしかに…」

「そう考えると、こうして色んな所に自分で行くっていうのは大事なんだよ。わたしは色々見てきたけど、アサギはまだまだ、見なきゃいけない景色がたくさんある。いつか、わたしが好きな所に案内出来たらいいな!」

「ふふ。それ、凄く楽しみだね!」

「ね!」



そのまま数時間走り続けた車は、とある町に差し掛かった。

ブルースカイ州を南北に走る大きな幹線道路を州道と呼ぶ。

その州道沿いの大きな街と街の間はかなり広く、そしてこの町はその間を埋めるように出来た宿場町である。

ブルースカイ州にはこうした小さい宿場町が多く、その地域によって特色が違うので、敢えて大きな街に行かずに宿場町巡りをするというのも、この州の観光ルートとして人気である。



「さて着きましたよ。ここで朝食を摂りましょう」

「やったー!お腹すいたー!!」

「うおおお!!」


一目散にレストランへと駆け込んだバナーとマナに続いて入店した一行は、各々好きなメニューを頼んでいった。

中には向日葵の葉を使った包み焼きハンバーグなんてものもあり、想像以上のインパクトに全員で笑ってしまった。

その笑い声が呼び水となったのか、初対面であるスカイを交えた食卓はとても楽しく、中でもスカイがしたピンチケ族という原始人のモノマネは周りのお客さんまでも爆笑させた。


楽しい食事のひと時を過ごした一行。

レストランを出て、近くの商店で飲み物などを買い込んでから再出発となった。



「皆さん、ここからまた数時間後に次の目的地に着きます。そこは州都マリーと最終目的地との中間地点の宿場町です。そこまで休憩は無いので注意してくださいね」

「「「「「はーい」」」」」

「なんでスカイまで答えているんですか…」

「いやぁ、なんかアカデミー時代が懐かしくなってしまって。ヤージュ先生はヤージュ先生ですね」


そう言ってニコニコと笑うスカイと、ちょっと照れた様子のヤージュ先生。

それを見てニヤニヤする現アカデミー生達。


「何ですかその顔は…?」

「「「「なんでもありません」」」」

「くっ…」


最初こそワイワイとしていた車内だったが、時間が経つに連れて静かになっていく。

最初に寝息を立てたのは、一番騒いでいたバナー。

続いて、マナ、アサギは後部座席で仲良く眠りに落ちた。

ユウは流れていく車窓の景色を眺めている。

助手席のスカイは静かな声音でヤージュと話し続けていた。



そして数時間後。


宿場町のひとつ、イトゥンに到着。

その町中にある一件の酒場。

車を降りたあと、ヤージュがそこに向かうと話した。


「ねぇヤージュ…」

「何ですかマナ様?」

「そこに誰かいるの…?」

「えぇ、います。僕たちというか、特にユウ君とマナ様が、今後の為に必ず会わなければならない人達が」

「そう、やっぱり…そうなのね…」


二人だけで行われたその短い会話に気付いた者はいない。




そして全員が酒場に着いた。

店内は満席近く、かなり騒々しい雰囲気に包まれており、学生達三人は尻込みして入れずにいる。

仕方なくヤージュが最初に入るべく両開きの扉を開けて一歩踏み入れた瞬間、何処からともなくナイフが飛んで来た。

さすがにヤージュは反応が出来ていたが、ヤージュが避ける前にナイフは空中に浮かぶ氷に突き刺さっていた。


「遅い!!いつまで待たせる気だ!!!」

「あれ、あの氷ってもしかして…」


続いて聞こえてきた声が二つ。


「はぁ…やれやれ、相変わらずですねフレデリカ様。ユリ様もお変わりなく。そして、ありがとうございますマナ様」

「気にしないで。念の為だったし、貴方にはそれも必要無かったし。それより…」


ヤージュと会話をしながら店内に入ったマナ。

入り口から数メートル先にあるテーブルで中腰になっている女性が二人いる。


その内の一人がマナを見て、満面の笑顔になった。

そしてそのまま駆け寄ってきて、マナに抱きついた。


「久しぶりっ!!マナ!!!」

「やっぱりあなただったのね。久しぶり、ユリ!」


抱き合って再会を喜んでいる天上族の二人。

それを見ながら、あとの五人はテーブルへと向かう。


「ほう、ユリが懐かしい誰かに会えるかも、とは言っていたが。まさか彼女もユリと同じ存在なのか?」

「えぇそうです、フレデリカ様。そしてお久しぶりですね」

「む?おぉ、確かに久しぶりだな!そっちの子達はお前の生徒か。なかなか良い面持ちをしているな」

「えぇ、黒スーツの者以外の三人はそうです。ナオ様が彼らを指名しました。任務の詳細についてはまた後ほど…」

「うむ、分かった。ではみんな、ついて来たまえ。二階の個室を用意してある。そこで自己紹介をしたい」


ヤージュにフレデリカと呼ばれていた女性。

簡素ではあるが、高級感のある服装に身を包んでいる。

そして、彼女こそが、あのナイフを投げたのである。

そのナイフは既に酒場の店員が片付けていた。

入り口で抱き合っていた二人も一緒に、二階の部屋に移動した。


「さて、ヤージュ以外は初めまして、だな!私の名前は、フレデリカ・T・ローゼンバーグ。バルーバ帝国軍の大佐を務めている。そしてこっちはユリ。そちらのマナさんと同じ存在だ、と言えば分かって貰えると思う。さぁユリも」

「うん。初めまして、皆さん。ヤージュさんはお久しぶりです!わたしの名前はユリ!よろしくね!」


「ユリ、なんか明るくなったね?」

「ホント!?だとしたらね、それはとものおかげなんだよ!ともと出逢ってからずっと、楽しい事でいっぱいなの!」

「へぇ〜。良かったね、ユリ」

「うん!」


再びにこやかに笑い合うマナとユリ。


しかし、学生達三人はそうはいかない。

覇権戦争から三十年が経つとはいえ、フレデリカはかつての戦争相手の帝国の大佐である。

更に、長らく平和を享受している世界だからこそ、誰が世界最強か?という噂話は尽きぬもの。

そしてこの女性、フレデリカはその様な話の際に必ず五指に入る強者として名が知れ渡っているのである。

武勇伝は数知れず。

その中には三人の師匠であるフマインと激闘を繰り広げた、というものまである。

三人が緊張してしまうのは仕方ないのである。


恐る恐る全員が自己紹介を終え、マナとユリも共に話を聞く体勢となった。


まずはヤージュが今回の任務について話し、それを聞いたフレデリカが自分達のこれからについて話し出した。


「単刀直入に言うが、私達も君達に同行させて欲しい。私達も調査せねばならん事が、例の遺跡にある。それに…我が軍に関わる者が、そこにいる可能性がある」

「何ですって?それは本当ですか?」

「確証ではない。だからそれも含めて調査したいのだ。だが、もしこの情報が確かで、関わっている者が本当にその者ならば、私が断固として捕縛せねばならん」

「その人物についてお聞きしても?」

「あぁ…その者の名は、ベルジアント。我が軍からは既に退役した人物だが、覇権戦争の折には各地で勇名を馳せた。質実剛健で豪放磊落な男でな、自らが先頭に立ち戦う事を至上とする。その勇猛果敢な姿を見て、他の兵士達も奮い立っていた。話していても気のいい男で、大雑把な所はあるが、仲間の事を誰よりも考える男だった。そんな彼が何故、正体不明な仮面の一団を引き連れているのか。何故その仮面の男達と行動を共にしているのか、それが、知りたいのだ」


勇将ベルジアント。

フレデリカと共に、世界で五指に入ると噂される強者。

覇権戦争やその他の戦役での功績で貴族位を賜り、ベルジアント卿と呼ばれる。

退役時には少将だった。


この場にその名前を知らない者はいない。

だからこそ、おそらく敵として相対せねばならない者としてその名が出て来た事に驚きを隠せないでいる。


「つまり…俺達はその人と戦わなければいけないのですか?」


ユウが口を開く。


「分からん。だが、その可能性は充分にある。だから私達も同行させて欲しいのだ。私ならば、彼の相手が出来る」


再び訪れた沈黙。

階下では賑やかな声が響いているが、この部屋だけはその雰囲気を拒絶していた。


「やるしかねーんなら、やるしかねーんじゃないんすか?」


重苦しい空気を破ったのはバナーだった。

皆が見つめる中、言葉を続ける。


「俺たちはその遺跡に行く。そこにはその人がいる。もし俺たちと意見が違うって事になったら、戦う。こえーけど、フレデリカさんがいるし、ヤージュ先生もいる。それに俺たちだって戦える。ここで怖気付いて帰りでもしたら、フマイン師匠に合わす顔がねぇよ」


「そう…そうね。私達は任務でここまで来た。それはナオ先生が私達に任せてくれたという事。だったら、やり遂げなければ。ね、ユウ?」


「…あぁ、そうだな。ヤージュ先生。バナーとアサギの言う通りです。俺達はもうここまで来てしまった。ここでこの任務を遂行せずに帰る事は出来ません。それに、敵に大きな脅威がいるならこちらの戦力も多い方がいいと思います。ベルジアント卿の相手にはならないでしょうが、周りの仮面の男達の相手なら務まるはず。露払いくらいはさせてください」



三人の決意は固い。

言葉からもだが、何よりその目が物語っていた。



「なぁヤージュ?この任務が終わったらこの子達を我が国にくれないか?悪いようにはしないぞ?」

「何を言っているんですか。そんな事を良しとするわけないでしょう。この国の将来を担う子達ですよ。バナー君、アサギさん、ユウ君。君達の意思は伝わりました。やはりこのまま、全員で向かいましょう。スカイも、それでいいね?」

「僕はもとよりそのつもりですよ。ナオ様とヤージュ様の大事な生徒さんですから、いざとなったら僕が守りながら撤退します。念の為に僕の部隊も知られぬように待機させてありますし、なんとかなるでしょう」


「分かった。ではみんな、これより例の遺跡へと出発する。相手方と遭遇した場合、おそらく戦闘になる。あちら側の人数は三十名程だという情報も掴んでいます。対してこちら側は八人。決して無理はせぬように。いいですね?」


ヤージュの締めくくりに頷く全員。


そのまま軽く食事を摂り、車に乗ろうとしたのだが。


「そういえば、この車は六人乗りです。フレデリカ様とユリ様はどうやってここまで来たのですか?」

「む?こいつに乗ってだが?」


言いながら、フレデリカはポケットから小さな笛を出した。

大きく息を吸い込み、その笛を鳴らす。


ピィィィィィィ!!


という高い音が辺りに響き渡る。

その音が聞こえなくなった瞬間、代わりに高らかに響き渡る力強い蹄の音。

果たして姿を現したのは、世界有史以来目撃例が殆ど無い伝説の精霊獣、蒼幻獣(キリン)であった。


驚き固まる六人。


「キ、キリン…?キリンに乗って来たと言うんですか…?」

「そうだ。陸なのに珊瑚が生えた地が、北の方の山岳地帯にあってな、そこに雷の被害が酷いという軍への通報があったのだ。ただの天災なら人の手ではどうしようもないが、どうにもそうではないという事になって調査をした結果、キリン(こいつ)が原因だった。私がぶっ飛ばしたら大人しくなって、それ以来は私の足となってくれている」

「キリンだからリンちゃんって名前なんだよ〜」


驚き固まる六人はそのまま固まり続けている。

ユリがほんわかとした口ぶりで名前を教えてくれたが頭に入っているかは謎だ。


「さぁ!いつまで呆けている!行くぞ!!」

「は?は!はい!!」


既にキリンの背に跨ったフレデリカとユリ。

今にも駆け出しそうな勢いを見た六人は慌てて車へと乗り込む。


「よし!いいな皆の者!!目指すは調査対象のカイドゥ遺跡!!遅れるなよ!!」


フレデリカが高らかに宣言し、一気に走り出したキリン。

ユリはフレデリカの背中に抱き着きながら、楽しそうにキャーキャー言っている。


「僕もこれまで色んな人に会って来ましたが、あそこまで型破りな人はナオ様とフレデリカ様しか知りません。ここで君達を紹介したかったのは、フレデリカ様がこの世界でも格別に頼りになるからです。彼女の背中を、よく見ていてくださいね」


猛スピードでキリンの後ろを走る車中でヤージュが語る。

ため息混じりな気もしたが、その顔は笑っていた。


「はははっ!!普通の車にしてはやるではないか!よしリン!もう少し速くしても良さそうだぞ!」

「いけいけー!あははっ!」


馬が嘶く代わりに、その身体から雷光を迸らせるキリン改め、リン。

空は晴れているのに、その周囲だけが稲光に照らされていた。


目的地まであと少し。

更なる出逢いがユウ達を待ち受けている。

次回から戦闘編です。


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