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Fabula de Yu  作者: モモ⊿
一章-アカデミー -
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第四話-初任務-

ユウ達の朝は早い。

フマイン師範に指導してもらうようになってから、全ての講義が終わってからの数時間を基礎トレーニングと自分の戦闘技能を高める為の訓練に費やしている。

そして誰とはなしに、夕方だけではなく朝も基礎トレーニングをしないか、と言い出して、翌日からそれを実践している。



それぞれの訓練の様子は…



ユウは、師範と小太刀二刀流の稽古。

マナとはまだ一度も訓練はしていない。

型や動きを覚えていっている途中であり、遠距離からの魔法がメインのマナとは訓練にならないからだ。


勿論、今まで使ってきた弓の練習も欠かしていない。

こちらはマナと協力しての技を考案しようとしていた。


「ロキを氷漬けにした時の技は、おそらくまだ使えないと思う。あの時はマナからの魔力を全部そのまま使ったから、あれだけ純度の高い氷になった。今の状態でマナから魔力を借りても、すぐに俺自身の魔力と混ざってしまってコントロールが出来ないんじゃないかな…」

「うん、その可能性は高いね。魔力は高きから低きへと流れるから、ユウの魔力がある時はすぐ混ざっちゃうと思う。それに魔力が空になるなんてこれからはほとんど無いだろうし。だからわたしの魔力だけを使おうとするんじゃなくて、混ざり合った魔力を練り上げて何かに使った方がいいかも」

「なるほど…混ざり合った魔力を、か…分かった!ちょっと試してみる。また魔力借りてもいいか?」

「うん、いいよ!」


と、こんな様子だ。

剣術と直接的な攻撃手段は師範から。

魔法と間接的な攻撃手段はマナから。

この世界の軍に所属している魔法使いの中でもかなり少ない割合しかいない、遠近を極めた万能魔法(オールラウンド)使い(ソーサラー)への道を、知らず識らずのうちに歩み始めていたのだった。





バナーはというと、師範との徒手空拳の稽古に明け暮れている。

師範は剣術の達人であると共に、徒手空拳も使える。

そしてその基本の動きは魔力を用いた身体能力の高さから来ている。

魔力を体の内側に巡らせつつ体の外側に纏い、それにより身体能力を引き上げているのである。

だからまずは、自らの魔力を体内と体外の両方に巡らせる為の訓練を重点的に行なう予定だ。

だがその前に、その事の重要性をバナーに分かってもらう必要があった。


「さぁ、バナー君はまず座禅だ」

「ざ??」

「ざ、ぜ、ん!」

「えぇぇ〜…俺マジでジッとしてるの苦手なんスけど…」

「だからだよ。君は戦っている時は物凄く集中しているが、それは相手のどこをぶっ叩くかとか、どうやって防御を崩してやろうかとか、そういうものだ。要するに殺気を放ち過ぎている。そこらへんのチンピラならこれでもどうにかなるだろうけど、本当に強い相手とぶつかった時、それは通用しないよ」

「…それはやってみないとわからないじゃないですか」

「フフ。君は真っ直ぐでいい子だ。だが戦闘において、更に言うと拳で戦うという点において、それは強さでもあり、弱さでもある。一直線にぶつかってくる力は防御するにはそれなりの力が必要だが、いなすのは容易いんだ。どれ、座禅を組む前にそれを証明しよう」


言いつつ、道場の庭へとバナーを誘う師範。

ユウ達は中で訓練している為、今は二人きりだ。

スッと右手を上げ、クイクイッとバナーを挑発する。


「さぁ、自分は右手でしか防御しないと約束しよう。全力で殴りにきなさい。もし当てる事が出来たら、座禅などと言わずにすぐにでも実践的な訓練を受けさせてあげるよ」

「言いましたね?俺マジで本気で行きますよ?」

「いいから来なさい」

「っ…!!」


師範の声が感情を感じさせないものとなり、発する空気に緊張感が満ちる。

いつもはフレンドリーで親身に話をしてくれる人物だが、こういう時に甘さは介在させないらしい。


「分かりました。本気で行きますっ!!」


ドンッ!!と地面を蹴って、全力の右ストレートを繰り出すバナー。

だが、師範は右手を出したまま動かない。

バナーの拳がそのまま顔面に当たるかと思われた瞬間、師範の右手が動いた。

バナーの右拳の下から、トンッと斜め上に弾いたのだ。

たったそれだけで、バナーは師範の右側を通り過ぎてしまった。

慌てて立ち止まるバナー。

右拳に集中させた魔力も完全に霧散してしまっている。


「え?」


自分の右手に感じた感触は本当に些細なものだった。

例えば誰かに肩を叩かれた時のような。

それなのに、自分が真っ直ぐにぶつけようとしたパワーが全て、師範の直前で左方向に方向転換させられていた。


「ん?もう終わりかな?口だけだったとなると、ちょっとがっかりだ」

「な、にを!!オラァッ!!!」

再び師範に向けて突進していくバナー。

だがその全てを右手だけでいなされてしまう。

ムキになったバナーは全く同じ攻撃を、同じ様に全力で、二十回ほど繰り返した。

そして数分後…


「はぁ…はぁ…」


込める魔力は全て打ち消され、勢いも全ていなされてしまったバナーは力尽き、地面に倒れてしまっている。


「うん。君の真っ直ぐにぶっ叩くっていう気概はとても素晴らしい。その性格と合わさって、仲間の先頭に立って闘うというのは君に凄く向いているだろう。だけどね、それだけ君の存在は大きいものとなる。敵の挑発ですぐにカッとなって突っ込んでしまったり、君が誰か一人に手こずったり、あまつさえ負けてしまいでもしたら、率いている仲間はどうなる?そして、一人で突っ走って負けてしまうような、そんなリーダーの事を、仲間は信用できるかな?」

「………」

「それから、君はユウ君の隣に立ちたいのではないのだろう?」

「っ!なんでそれ…!」

「見ていれば分かる。自分もかつてはそうだったからね。自分には、師と仰いだ人がいて、その人の隣に立てるだけで満足だった。でもそれだけじゃダメなんだよ。偉大な指導者に必要なのは隣に立つ者ではなく、背中を任せられる者なんだ」

「背中を…任せられる…」

「そう。君はもうそこに気付いているよね。昔の自分よりも頭がいい」


両手を広げて笑いながら言う師範。

もう凍り付くような空気は纏っていない。

倒れているバナーの手を取り、立たせてやる。


「さぁ、さっきよりは頭の中もスッキリしたかな?まずはお茶にしようか」

「…勝てねぇわけだ…」

「ん?何か言ったかい?」

「…あの緑茶ってやつ、ありますか?俺、あれ好きです」

「お、嬉しいね。自分の古くからの知り合いの家で作っているんだよ。トキョウから定期的に送って貰っているんだ」

「へー」

「お茶を飲んだら座禅だよ」

「うげ…やっぱやるんスね…?」

「当たり前だよ。今なら落ち着いて出来るはずだしね」

「へーい」


口調は軽いが、その顔には笑みが浮かんでいる。

この偉大なる師範に、急激に成長し出したユウに対する焦りまで見透かされてしまったバナーは、可能な限りこの人に師事しようと心に決めた。





そしてアサギはというと。

師範から剣の教えを受けている。

元々道場に通っていた事もあって、その剣筋や動きはほぼ確立されていた。

それを更に研鑽し、研ぎ澄まされたものへと昇華させる事に時間を費やしているのだ。


試しに一度、フマイン師範が預かる門下生たちと対外試合という形を取ってみたのだが、文句無しに圧勝だった。

まずは中堅どころから、と手堅く当てにいくつもりだった門下生達は、その一人目がたったの二合(にごう)で倒された事から目の色が変わった。

そこからどんどんと強い者が入れ替わり立ち替わり挑んでいったのだが、そのことごとくが数合(すうごう)で打ち負かされ、それまでずっと大将を務めていた者まで(数合では負けなかったとはいえ)倒されてしまったのだ。


対外試合はそれっきりおこなってはいないが、それ以降は道場を門下生が使っている時でも、自由に出入りしていいという事になった。

(対外試合の数日後に門下生達がアサギファンクラブを作ったという事を、アサギはまだ知らない)


対外試合の後は、師範に稽古を付けてもらう日々が続いているが、アサギはマナやユウとの模擬戦も好んでおこなっている。

自分は近距離特化だから、遠距離からの攻撃に対する方法を考えなければならない。

そう結論付けたアサギは、マナには魔法で、ユウには弓矢で相手をしてもらい、それぞれと戦闘訓練を受けている。



そうして、三人は堅実に、そして愚直に、成長を遂げていく。



そんな様子を、上空から見下ろす影が二つ。


「どうですか?ヤージュ先生。そろそろ行けそうじゃありません?」

「はい、彼らなら大丈夫でしょう」

「よし。それなら、手筈通りお願いしてもよろしいですか?」

「分かりました。しかしナオ先生、本当によろしいんですか?彼らは確かに著しく成長しておりますが、やはりまだ子供だ。そんな彼らに、いきなり任務を与えるなど…」

「不安はあります。だけど彼らのレベルを測るのに丁度いいと思いますよ。もし不測の事態が起こっても、ヤージュ先生もマナもいる。大丈夫ですよ」

「なるほど、信頼されているんですね、彼らを」

「さぁ?私はヤージュ先生とマナは信頼していますが、彼らが信頼できるかどうかは、この任務で見極めようと思っています。彼らがこの期待に応えられるかどうか、賭けますか?」

「賭けません。では、彼らへの通達は予定通りに明日でよろしいですね?」

「はい、よろしくお願いします」



☆★☆★☆★☆★☆



「よーしお前らー、真面目な態度でよく聞けぇー」

「ギン先生が真面目な態度を取ってくださーい」

「俺はこれが真面目な態度なのー。例え教卓の上に胡座かいてようともこれが真面目スタイルなのー。あー、パフェが食べたい。はい聞いてー!この世界には七つの曜日がありまーす。

ルナ、マールス、メルクス、ユピテル、ビヌス、サタヌス、ソールで一週間ね〜。

この七日間が誕生したのははるか昔だが、各地ではバラバラになっていましたー。それを現在の形にまとめたのは各国の商人ギルドの集まりでー、そのギルドがその後の共和国の成り立ちに関わるんだが、それはまた今度な。その七日のうち、サタヌスとソールは安息日として制定されていて、この二日間はいかなる仕事もしないのが通例となっていまーす。だから先生も宿題作ったり答案の採点なんかは絶対にやりませぇーん」

「あ、ヤージュ先生だ」

「嘘ですよヤージュ先生ぇ。ちゃんとね、自分家に帰ったらちゃんとやってますってぇ〜」

「嘘だよギンちゃん」

「…お前ちょっとそれは無いわ…俺の魂で根性入れ直してやる!」

「ちょっ!?木刀で何すんの!?あ、ヤージュ先生」

「騙されるか!」

「ホントだってホラ!」

「あぁん!?」

「…何やってるんですか、ギン先生…」

「あ、ヤージュ先生…」

「………」

「………」

「あとで教員室で話しましょう」

「ハイ…ワカリマシタ…」

「ところで、三人ほど生徒をお借りしても?」

「エ?えぇ、どうぞ?」

「ありがとうございます。ユウ君、バナー君、アサギ君。荷物を持ってついて来てください。今日はこのまま下校してもらいますので」


名前を呼ばれた三人は戸惑いつつも支度をして、教室を後にする。


「あのー、ヤージュ先生?俺達はどこへ…?」

「いい質問ですバナー君。ですがまずはマナ様と合流します。ユウ君、居場所は分かりますか?」

「えっと、食堂、ですね」

「分かりました」


今は昼前な為にガランとしている食堂。

全生徒が入れる程大きなこの空間も、昼休憩前のこの時間は人の気配は希薄で、奥の調理場で職員の方が仕込みをしている音以外は静かなものだ。

だがその静寂を破る声が響き渡る。


「だーかーらー!何度も言ってるじゃん!チャーシューは脂身が多い方がジューシーで美味しいんだってば!!」

「いや、コッテリと重めなスープならそれが合うかもしれないが、今回は魚介ベースのあっさり塩スープだ。脂身が多いとその脂が溶け出してスープのバランスを崩してしまう」

「でもスープがあっさりなら具でボリューム出さないと、ただの塩そばになっちゃわない?」

「だからこそだな、ん?ヤージュ先生?」

「え?あれ、ユウ達もいる。どしたの?」

「お前、よく食堂にいるのは知ってたけど、こんな事してたの…?」

「まぁね!ここの大将や他の職員さんたちの料理の腕はこの世界でもトップクラスだから。美味しいものを食べることは何よりの幸せだもん!」


目をキラキラさせながら語るマナと、腕を組んで何度も頷いている、油そばの写真がプリントされたピンク色のTシャツを着ている大将。

気が付くとバナーまでそれに同調している。


「マナ様、マダラジ大将、美味しい料理の探求はまた次の機会にお願いします。奥様もチラチラとこちらを気にしておいでですよ?」

「おっとやべぇ。カミさんは仕事も家事も有能な上に怒るのまで有能なんだ。マナちゃん、頼むからあいつは怒らせないでくれよ?」

「分かってるって。でも、奥さんには気に入られてると思うよ。この前もショウギってゲームを教えてくれたし。それにね、わたしが来るようになって、大将が楽しそうにしてるのを見られるのが嬉しいって言ってたよ」

「あいつが…そんな事を…?」


マナから、奥さんが言っていた言葉を聞いて涙ぐむ大将。

パッと振り返って、厨房にいる奥さんを見つめている。

それに気付きこっちを向いた奥さんに向かって手を振りだした。

テーブル数個を挟んで手を振り合う夫婦を見つめるマナとユウ達。


「わぁ〜!なんか感動しちゃった!人間の夫婦って素敵だね!」


マナはそんな事言ってるが、残り四人は完全に置いてきぼりである。


「なんだこの時間…」

「さぁ…」

「僕にも分かりません…」

「時間を浪費している事だけは確かね…」


大将がそのまま、エンダァァァァァ…なテンションで厨房に戻って行った為、ようやくマナと合流を果たした四人。

その足で向かった先は、学院の中央棟最上階にある学院長室だった。


コンコン。

扉を叩くヤージュ先生。


「どうぞ」


中から応答があり、ヤージュ先生がドアを開けて四人を招き入れる。

執務机の上で楕円形のサングラスをかけて、乗らないのなら帰れ!とでも言いそうな表情で手を組んでいるナオ先生。


「やぁ…待っていたよ…」


変なテンションも相まって生徒三人は混乱している。

そこでマナが掌で素早く精製したツララをナオ先生のおデコにぶつけた。

衝撃で真っ二つになるサングラス。


「痛ぁっ!?何するんだマナ!あー!?サングラスがぁ!?」

「そっくりそのまま返すわよ!人を呼びつけておいて何ふざけてんのよ!」

「今のはさすがにナオ先生が悪いです…」

「そんな!ヤージュ先生は私の後ろに控えて、そうだな…って言ってくれると思ってたのに!?」

「意味がわかりません。異界渡りは程々にしてくださいね」

「はーい…えっと、なんだっけ?」

「イラッ」

「うお!?口でイラつきを表現してくるとは…マナもやるようになったな…」

「マナ様、ここは抑えて。この方を楽しませるだけです。僕が進めます」

「そうね、任せるわヤージュ…」

「はい。ではナオ先生、そろそろ彼らに説明しますよ?」

「もう少しやっても良かったのになぁー。でもいっか、またツララ当てられたくないし。ヤージュ先生、お願いしまーす」


まだブチブチと文句を言ってたが、やっと説明する気になったらしく、イスにもちゃんと座り直したナオ先生(学院長)


「待たせたね、三人とも。マナ様も。今日みんなを呼んだのは、ある任務を遂行してもらいたいからです」

「任務?」

「はい。事の発端は、この共和国を構成している州都のひとつ、ブルースカイ州の州王(しゅうおう)が、元首ヤージュに相談事を持ち掛けたのが始まりでした。それがそのまま秘密裏に騎士団長でもあるナオ先生の元に。そしてナオ先生は、君達四人にこの件を任せたいと考えておられます」

「私がヤージュから聞いた内容はこうだ。ブルースカイ州の北西部の森林地帯。その中に古代からの遺跡がある。森の入り口から遺跡までの一帯は観光地として整備されているんだが、今年に入ってから、そこに観光に行った人々が帰ってこないんだそうだ」

「えっ…」

「…でもそれって、遺跡からそのまま帰ったって可能性もありますよね?」


目を見開くバナーと、冷静に質問をしたアサギ。


「勿論その可能性もある。事実、その森林地帯を抜けた先の町で保護された人達もいたそうなんだが、その人達には記憶が操作された形跡があった。その森に入ってから保護されるまでの数時間もしくは数日間にわたり、何をしていたか全く覚えていないらしい。そして、こちらは悪いケースなんだが、森の中に入ったまま行方不明になった人達もいる。そういった事故が立て続けに起こった為、州としてはその森一帯を立入禁止にした。それが三ヶ月程前の事だ。そうして、この件での被害者はもう出ないはずだった。だが、一ヶ月前の元首襲撃事件の数日前に、その森から二十人くらいの団体が出て来て、同じ方向に向かったそうなんだ」

「まさか、その人達が?」

「そのまさか、でね。向かった方向はこの学院がある、セントラル州の方角だったらしい。ブルースカイ州は隣で、セントラルの北東に位置している。その集団はセントラル州への州道を、大きなトラックで進んでいったそうだ。これは君達生徒には発表していないが、あの襲撃事件の後、私はパラディンの人員を使って逃げた者達を追跡させた。しかし、ある地点でパッタリと痕跡が途絶え、次に発見した時には全員が殺されていたそうだ。それは、この学院と(くだん)の森との間だったそうだ」

「っ…」


次々と明かされる事実に言葉を無くす生徒達三人。

マナも話の行方を伺っているが思い当たる節があったようだ。


「ねぇ、ナオ。この子達にやらせる任務って、その森の調査って事?」

「その通りですマナ様。ブルースカイ州王からヤージュにされた相談事とはまさにその事だったのです」

「もちろん私はすぐに部隊を送るつもりだった。だけどタイミングが悪く、帝国軍の要人が共和国軍との合同演習に出向いて来ているんだ。パラディンの主力部隊はそちらに向かわせないといけない。私の私設部隊もいるにはいるんだけど、そっちは別の方面から探らせている最中なんでね。だからこそ、君達四人に調査に行って欲しいんだ。あの事件の戦闘を生き残り、それに胡座をかかずに日々鍛錬を積んでいる君達に。それにこの任務に危険は無いはず。その森はずっと見張らせているけど、少なくともこの一ヶ月は人の出入りは無い。観光地化していると言ったが、あくまでも道が整備されているくらいでね。周囲には街はおろか宿泊施設もなく、更に森の中にも川は通っておらず、畑に出来るほどの敷地もない事から、内部で食料を調達するのはほぼ不可能。おそらく森林内部には誰もいない。マナとヤージュ先生、それからブルースカイ州に送っている私の部下と合流して、六人で向かって欲しい。君達なら、出来るでしょ?」


最後に三人を煽ったのは謎だが、話の大筋からたしかに危険は無さそうだと判断出来る。

それにこの部屋に呼ばれ、本来なら部外者であるはずの四人にここまでの事情を聞かせたという事は、これは断る事が出来ないという事だ。

それくらいは三人共理解出来ていた。

目を見合わせる彼ら。

マナはその決定に従うつもりのようで、一歩引いた位置から見守っている。

そして、代表してユウが前に出て答える。


「行かせてください」


それを聞き、ニヤリと笑うナオ。


「君達ならそう言ってくれると思ってたよ。じゃあ早速、今日のうちに発って欲しい。移動の為の車は用意させたけど、さっき言った通りここにいる五人での行動になるからそのつもりで。ではヤージュ先生、あとはよろしくお願いします」

「はっ。お任せください」


ヤージュの返答に頷くや、すぐさま部屋を出て行ってしまうナオ。

おそらく軍事演習とやらに向かったのだろう。


「さて、僕達も行こうか。制服を脱ぎ捨てて、楽しい旅の始まりだ。各自私服にて支度を済ませて、一時間後に裏門に集合してくれ。何泊かする予定だけど、服は着ていく分だけでいいからね。マナ様も、よろしいですか?」

「うん。この子達が決めた事だし、わたしに文句は無いよ」

「分かりました。ではみんな、また後で」


ヤージュ先生と共に学院長室を出た四人は男女で別れて寮へと向かう。

他の生徒は講義を受けている為、廊下には人がいない。

緊張のせいか、ほぼ黙ったまま支度を済ませ、裏門に集まった三人。

マナは荷物と呼べるものは無いので真っ先に着いている。

ヤージュ先生が上空から、翼をしまいながら降りてきた。


「早かったですね、三人共。今上から見ていましたが、この先の天気なども心配は無さそうです。準備が良ければすぐに出発しますが、どうですか?」


再び目を見合わせる彼ら。


「「「大丈夫です」」」


今度は三人が声を揃えて答える。

ニコッと笑うヤージュ先生。


「よろしい。では行きましょうか」


五人を乗せた車が静かに学院を出発する。




そしてその頃………



-セントラル、軍事演習場-


「おいいたか!?」

「いや、いない!」

「何故だ!同じ車に乗ってきたはずだろう!?」

「そのはずだった!だが途中の給油地点で、お二人とも寝ると言い出して、その後は誰も話しかけなかったんだ。食事もお済みになっていたし…」

「あぁそうか…!ならばその時点で降りていた可能性が高いな…」

「どうする…もう共和国の偉いさんもここに向かってるらしいぞ!」

「どうもこうもないだろ!そのまま全部話すしかない!幸い、今回の演習の指揮を執るのはあの方ではない。今回は顧問としてお越し下さった形だからな。捜索は引き続き行わせるが、おそらくあのお方の用事が済むまでは見つからないだろう。困った事にそういうお方なのだ、フレデリカ様は…」




-セントラル州とブルースカイ州の州境-


「よし、我が軍からの追手はいないようだ。上手く撒けたようだぞ、ユリ」

「そう…なら良かった。どうしても、こっちに来たかったの。ワガママ言ってごめんね、とも…」

「何を言う。私はユリの道を切り拓く為にいるんだ。それに、これくらいはワガママでも何でもないさ!」

「ありがとう…」

「ふふ。さぁ!言われるがまま進んで来たが、こっちに行くと何があるんだ?暗い森しか無さそうだぞ?」

「懐かしい人に逢えそうな気がするの。それから、新しい出逢いも。その出逢いは、わたし達の力になる…と思う…」

「ふ。そうか!それは楽しみだ!ならば前進あるのみだな!」

「あはは!わたし、ともといると楽しい!」

「うむ、私もだ。それに私はユリのパートナーだからな!初めて出逢ったあの時から、私は生涯を通してユリを護り抜くと誓った。この愛刀にもな。だから安心しろユリ!私がいる限り、もう二度とお前は悲しむ事は無い!」

「…本当に、ともと出逢えてよかった…」

「うむ!それもお互い様だ!よし、行くぞ!」

「うん!」



-ブルースカイ州のとある地点-


「ここが蛇の支部がある森か?」

「それはもう少し向こうですね。まずは湿地帯を抜けましょう。そしてその先の森の中にある遺跡が目的地です。そこに置いてきた荷物を回収せよ、との主人(ヴィルム)からの指令です」

「ふん…つまらん仕事になりそうだ。だが途中で会う敵は殲滅していいんだろう?」

「はい」

「よーしよし!それなら精々、オレ様の運が良い事を願おうか。敵さんにとっては運が悪い事だがな。ガハハハ」


豪快な笑みを浮かべる大柄な人物。

共に歩く他の者達の二倍程の身の丈があるようだ。


そんな彼らを遠くから監視する目がある。

大柄な人物とその部下達が動き出したと同時に、監視者の姿も宵闇に溶けるようにいなくなった。





-セントラル州都・ゼルコバから伸びる州道-


「ヤージュ先生ぇ、どれくらいで着くんですー?」

「なんだいバナー君、もう飽きたのか?フマイン師範の下で禅の心を学んでいるのだろう?」

「ぶー。でもこのセントラル州道って周りが遮音壁で囲われてるから何も見えないじゃないっすかー」

「はっはっは!確かにな!だけど、もう見えて来るはずだ」

「何が…?」

「ほらあそこ、遮音壁の切れ目だ」

「へ?」


ヤージュ先生が前方を指した瞬間、遮音壁が切れ、その向こうに輝くような景色が見えた。


「うーおー!すげーー!!!」

「おぉー!」

「綺麗…!」

「スヤァ…!」


四人それぞれに、彼方に見える水平線を眺めながら車は進んでいく。

遥か前方に、新たな出逢いが待ち構えているとは知らずに。

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