第四十二話-妖精王の帰還-
『ふざけるな!! 我がどれだけの時を掛けてこの計画を遂行してきたと思っている!! 離せカイン!!!!』
『諦めろ。既に貴様の味方は全て滅びた。 貴様はこの国の王に相応しくない』
カインの魔力で編まれた黒い糸はリドニスを拘束して離さない。
そして遂に、グラディオとアヤネがリドニスの前に立った。
「この瞬間をどれだけ待ち望んだことか、お前には分からないだろうな。 悪魔に満ちたこの国で、我々は二百年間を生きた。
泥を啜り、木の根を齧るような日々もあった。
食糧を得られずに、産まれたばかりの子供が幾日も経たずに死んでいく。
世界の希望であるはずの子供から真っ先にだ。
どれだけの絶望だったと思う。
この国を支配する闇の王よ。 お前は欲をかき過ぎたのだ。
身に余る程の強大な欲に支配され、己が分を弁えないままに行動に移した。
その結果が、一つの国の滅亡。
そして、絶望に立ち向かう者を生んだ」
光り輝くクラウ・ソラスを手に、グラディオが語りかける。
その隣に立つアヤネも静かに口を開いた。
「あなたはこの世界に居てはいけない。
奪う事しかせず、与える事が出来ないあなたは、闇の底で永遠に揺蕩うといいわ」
『待て!!! 我と貴様が手を結べば世界を手中に収められる!! 我がこの国で悪魔とヒトの交配種を作ろう! 然すれば海を越える悪魔の軍勢となろう!! 貴様が王となり、我が軍事を司る。世界を貴様の掌に捧げてみせようぞ!!!我は、我ならば!!我にしか出来んぞ!!! さぁ我の手を取れ英雄王よ!!』
リドニスが片手を伸ばす。
カインが引き戻そうとするより前にグラディオが進み出た。
『そうだ!! この手を取れ!!! 我が貴様の望む世界を作ってやる!!!』
「望む…世界…」
アヤネは数歩後ろからその様子を見ている。
この場にいる誰もが、グラディオの選択を待っていた。
「俺の…望む世界は…」
呟きながら、グラディオはクラウ・ソラスを地面に置き、リドニスへあと一歩の所まで進んだ。
聖剣を手放した事により、周囲の兵士たちに動揺が走る。
本当にこのまま悪魔王の手を取ってしまうのでは、と。
そしてリドニスの前に膝を着いたグラディオは、左の腰に佩いた彼本来の剣を抜き、リドニスの身体を刺し貫いた。
『グ…ア…?』
「俺の望む世界は既にお前に奪われた」
リドニスの耳元で静かに語るグラディオは、地面に置いたクラウ・ソラスを手に取った。
己の身に何がもたらされるのかを察した悪魔王は必死になってもがき始める。
もがいたことと、カインによる糸の締め付けが合わさり、リドニスはグラディオの前に首を差し出すような体勢になった。
「この次に俺が望む世界は、お前が居ては作れない!! 俺は!! お前を滅する為に戻って来たんだ!!!」
リドニスの頭上に振り上げられた聖剣。
振り下ろされたクラウ・ソラスは、音を立てずに悪魔王の首を落とした。
それはさながら、この数百年もの間、悪魔が好んで使い続けた断首装置のように。
地面に転がるリドニスの首。
通常の攻撃ではそれは何のダメージにもならないが、クラウ・ソラスは龍が鍛えた聖剣であり、更に神樹ユグドラシルの聖なる魔力を帯びている。
いかに強大な存在だろうと、悪しき魔力を糧とする存在である限り、その身体に受ける傷は治せない。
先に分かたれた体の方が霧散し始めた。
そして首の方はというと。
『覚えておけ!!必ずや復活を果たし、この国を再び闇に染め上げてやる!!貴様の孫子でも飽きたらぬ。子々孫々まで永遠に苦しめ続けてやる!!!』
口汚く罵り続けるリドニス。
誰もその言葉に耳を貸さない。
ただ消滅を待つのみのその首が、最早この世界になんの影響も及ぼさない首が、その眼に映る全ての存在に呪いの言葉を吐き出し続けていた。
そして、リドニスの結界が払われ、この大陸に朝日が差した。
崩壊したフロスタル城の瓦礫の隙間から差した朝日がリドニスの首を照らす。
たちまち消滅していく悪魔王の最後のひとかけら。
ついに、罵詈雑言の限りを尽くしていた最後の一言が光に呑まれて消えた。
「終わった…」
誰かが呟いたその一言が、闇を振り払った戦場に浸透していく。
カインがリドニスを縛るために放っていた漆黒の糸が消えた。
死してのち二百年もの間、この地に留まっていた理由はリドニスがその魔力を用いて意識や記憶、人格がある最上位の不死者に仕立て上げたからだ。
カインに関しては後悔の念に押し潰されかけていたので、意識が混濁していたようだが。
そうして彼ら三人を含めたかつてのフロスタルの騎士達が、リドニスによって魂を縛り付けられ、多くの者は意識すら定かでないまま二百年間さまよい続けていた。
その呪縛がリドニスの消滅により効力を失った。
今ここにいるのは、輪廻に帰るべき魂たち。
幸いにもここは戦場であり、死者を弔う事のできる光の魔法の使い手も相当数参戦していた。
未熟ながら、アサギもその一人だ。
次々と詠唱されていく輪廻転生の魔法。
朽ちた肉体から解放されていく魂。
去り際に放つ光は喜色に彩られていた。
カイン達三人の前に立つグラディオとアヤネ。
アヤネがグラディオを見る。
『大きくなったな、グラディオ』
「っ…!」
言葉に詰まるグラディオより先にカインが声を掛ける。
『とは言え、お前が産まれたのは私たちがリドニスに囚われた後だ。会うのはこれが初めてか』
「お会い出来て嬉しゅうございます、父上…!」
『あぁ、私もだ。アヤネにも、この二百年間苦労をかけたな』
「良いよ、カイン。楽しい瞬間もあったし、何よりグラディオとカイン、ロイドとルークが一緒にいる所を見る事が出来た。これだけで十分だよ」
『そうか。私の愛する息子、グラディオを護ってくれてありがとう。おかげでこうして、最後の最後に会う事が出来た』
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二週間後。
戦後処理に追われるフロスタル城内に、彼らの姿があった。
「そうですか、戴冠式の翌日にお帰りになる、と」
残念そうな表情を浮かべながら、ヤージュを見るグラディオ。
「ええ。既に魔法騎士団の本隊は先発しましたし、我々もそろそろ帰らねば。いつまでも外部の者である我々が留まり続ける事は、この国にとってよくありません」
「こちらとしては、いつまでも居てもらって構わないんですけどね。既に貴方達は我らの家族だ」
「ありがとうございます。ですが、やはりこれからこの国を作っていくのは、この国に住まう人たちなのです。もちろん、我が国としては今後も援助を惜しみません。ゼルコバ共和国は龍王国フロスタルの同盟国として、今後も共にあり続けます」
悪魔王斃れる。
このニュースは既に全世界に知れ渡っている。
新しく起こる国の名も、この地を護る龍と共に生きる国である事を表していた。
王都としての機能を停止していたフロスタルの街は、まだまだ復興に向けての準備段階だ。
人や物資が大量に必要となる。
だが、その対価はリドニスが居城としていたフロスタル城の宝物庫に山と積まれていた。
悪魔たちがこの国のみならず、悪魔界からこの世界に顕現した時に略奪した宝物が惜しげもなく詰め込まれていたのである。
見せつける相手もいないだろうに、リドニスは二百年をかけてせっせと集めていたようだ。
現在、グラディオやアヤネ、ヤージュたちがいるのは、グラディオの育ての親であり兄でもあったオラトリオ伯が二百年間護り抜いた結界の町。
この国に住まう全住人に英雄王として迎え入れられたグラディオは、この国の復興を掲げて世界各国に協力を募るつもりでいる。
それは翌日に控える戴冠式の後に、王として世界に発信する初めての言葉となる。
リドニスを倒して二週間。
既に世界中にいるエルフがこの国に続々と集まってきていて、今後もどんどん増える見込みだ。
世界に点在するエルフの里は、魔法技術に長けるエルフを捕らえようとする者たちから隠れるために、殆どがその存在を知られていなかった。
そしてそんな隠れ里に住むエルフたちは、かつてこの地が花の都だった頃に交流を持っていた者たちも多い。
かつての賢王カインの事をよく知る者も少なくなく、その子息であるグラディオを新王として起こるエルフの王国に、移住したいと考える者が多数いても、それは至極当然だった。
「この国は大きくなりますよ」
窓の外を忙しそうに動き回る人たちを眩しそうに見やりながら、グラディオは言った。
「なー、ホントに明後日かえるのかー?」
シルトタウンにある家の一室。
そこにユウたち四人がテーブルを囲んで駄弁っていた。
「そうよ。ヤージュ先生がそう言ってたじゃない」
「なんだバナー、帰りたくないのか?」
「だってせっかくヘパイストスたちとも仲良くなれたんだぜ?龍の力を使えたらすっげー技も使えるようになると思わん?」
「はぁ…。ねぇバナー。あなたの体に龍の血は流れているの?」
「え?んなわけねーじゃんかアサギ!俺はふつーの人間だぞ?」
「そうよね?いい?龍があれ程までに強力な存在なのは、その身に流れる血が特別だからよ。この世界の創世期に生まれたと言われる龍は、創造神がこの世界の守護者たれと願いを込めて、強大な力と悪に染まらぬ清廉な魂を授けたと言われているわ。そしてその力と魂を繋ぐのが、全身を流れる龍の血であり、その血こそが尽きぬ魔力の源なのよ。だから龍の力を使うには龍の血が必要で、それは人間には無理なの。分かった?」
「ねぇアサギ、バナーは食堂に行ったわ」
「………」
アサギの向かいに腰掛けたマナが、両手で頬杖をつきながらしれっと言った。
陽光が惜しげもなく降り注ぐ街路を歩くユウとバナー。
「ホントに人が増えたよなー」
「そうだな。復興の手伝いをしていても、最初は教えられる側だった俺たちが新しく来た人たちに教える側になってるほどだ。そういえば、バナーは副親方になったんだって?」
「そうなんだよ。親方がさ、免許皆伝である!とか言ってめんどくせーこと全部俺にやらせんの」
気難しいドワーフの親方のモノマネをしつつ愚痴るバナー。
それを見て少し笑いながら、ユウが応える。
「お前の魔力量は普通の人より遥かに多い。だから頼りにしやすいんだろうな」
「まぁなー。でも俺ってば、明後日帰るんだぜ?」
「分かってるさ。だからこうして親方が休憩する頃を見計らって食堂に向かっているんじゃないか」
「え?そうなの?アサギの話がなげーかろ逃げてきたんだと思ってた」
「それはお前だけだ。あとで一緒に親方のところに行くぞって言っておいただろ」
そんなやり取りをしていると、この町唯一の食堂に着いた。
食堂といっても、悪魔たちの襲撃により半壊した町で、かろうじて屋根が残っていた家を使っただけの簡素なものである。
食糧などの物資は限られているが、悪魔に怯えなくても良い今ならば、大手を振って森になった果物、川や海の魚介類などを採る事が出来る。
復興を成すには人手が必要だが、もっと必要なのはその人手を養えるだけの蓄えだ。
最も近い国でも船で十日ほどかかるので、交易路の整備もこれからの課題の一つである。
「あ、いたいた。おーい、親方〜」
食堂の奥の席に座って昼食をとっていた親方を見つけ、バナーは食堂に入っていった。
ユウはその背を見送り、遮るものの無い青空を青が見ていた。
澄み渡った蒼天の空を、数頭の龍が飛び去って行った。
ーーー遥けき時の此方にて
ーーー時を駆けゆく都あり
ーーー世界に馳せしその名前
ーーー龍声轟く龍都
ーーー聖樹の輝き満ち溢れ
ーーー咲き誇りし花の園
ーーー遥けき時の彼方にて
ーーー花の都と呼ばれたり
【近代史篇・蘇りし花都 より抜粋】
【 Fabula de Yu 第ニ章:妖精王の帰還 完 】




