第三十九話-天を翔る龍-
怒声、怒号、鬨の声。
戦場には様々な声が満ちている。
目の前の敵に集中していた兵士や悪魔、吸血鬼たち。
彼らのうちの大半は、戦場を横切った大きな影に気付かなかった。
だが、その後に続いた影の大群。
それに気付かずにいる事は出来ない。
中天の空に浮かぶ満月が、闇に呑まれた戦場を優しく照らしている。
その光を受けた大きな翼が力強く羽ばたく。
幾重にも、幾重にも続く翼の音。
やがて、戦場に居る者の全てが、美しい夜空に翻る翼を見上げていた。
『まさか、アレは…』
吸血鬼の王が呟く。
吸血鬼として産まれ落ちてから初めて、彼は冷や汗というものを感じていた。
同時に、普段は他者に味あわせるものである、恐怖という感情も、彼の背筋を凍らせていく。
「来たぞ。ついに来た! 共和国兵士たちよ! 陣形を作れ!! 彼らの為の場所を開けろ!!」
ヤージュが叫ぶ。
それに呼応して慌ただしく動き始める彼ら。
させるものかと追撃を仕掛ける悪魔たちだったが、その前に幾重もの人が立ちはだかる。
『コイツ…死んでるのにナゼ!?』
そう叫ぶ悪魔の前に立つ兵士は、胸に大きな穴が開いている。
悪魔を見つめる目に光は無く、顔に張り付いているのは死の間際に浮かび、そして固まった恐怖の表情だけ。
だがその兵士は悪魔へと掴みかかり、その首をねじ切った。
『どこかに死霊使いがいる!! 早くこいつらを蹴散らせ!!』
一体の将軍級悪魔が叫んだ。
悪魔の持つ爪で切り裂かれようと、槍や剣で貫かれようと、それを無視して悪魔に襲い掛かる人間の死体。
それはまさに異様な光景だった。
人間の姿を持つ何かが、人間を脅かす存在であるはずの悪魔の軍勢を押し戻している。
中には恐怖の表情を浮かべている悪魔すらいた。
そしてそれを離れた所から見ている者が、身を隠している岩陰で呟いた。
「ごめんなさいみんな。少しだけ、その体を使わせてください」
【はじまりの傀儡師】
二年半の時を経たスカイは、ユウたちの先輩として恥じる事のないように日々の努力を欠かさなかった。
それは確実に実を結んでおり、ユウたちが初めて会った頃は数人しか操れなかったが、今では数百人単位を操れるまでになっていた。
そうしてスカイが稼いだ時間で、ヤージュが意図する陣形は完成していた。
「合図を送ります。頼みますよ、グラディオさん!!」
槍を高々と掲げ、魔力を通す。
するとその槍の穂先から荒々しい雷電が迸った。
月夜を照らす一筋の稲妻。
それを見たグラディオは攻撃開始の合図を周囲にいる者たちに送る。
「行くぞみんな!! 借りを返す時だ!!!」
「「ウォォォォォ!!!」」
という兵士たちの声と、それをかき消す程に大きな咆哮。
それはまさに天をも揺るがす程の大音量で、この空いっぱいに響き渡った。
『まさか、西の山の聖龍王ヘパイストスを動かすとは…』
宮殿の影から戦場を覗くヴラド。
彼が見つめる先では、数十頭の龍がその口から聖なる焔を宿すブレスを放ったところだった。
そしてその先頭にいるのは真っ白な身体の美しいドラゴン。
蒼白く輝くその焔に触れたモノは、一切を残さずに散っていく。
千を越す悪魔の群れは、聖なる炎に焼き尽くされた。
『退くぞ。 最早我らには無益な宴だ』
一人、また一人と影の中に消えていく吸血鬼たち。
『いや… リドニスの最期を見物していくのも一興か』
そう呟き、地面の中に潜ったヴラド。
彼はそのまま何処かへと消えた。
王宮前の広場に次々と龍が降り立つ。
その背に乗っていたのはグラディオをはじめとして、アヤネ、ランドを含めたグラディオの護衛兵。
最初に地上へ降り立ったのは真っ白な体を持つ龍で、その背中からグラディオとアヤネが降りるのを待って、純白の龍は人型に変化した。
ヤージュ達と合流したグラディオが叫ぶ。
「地上の悪魔は全て掃討した! 今こそ王の間へ!!」
意気軒昂な兵士たちを更に鼓舞し、聖剣クラウ・ソラスを掲げるグラディオ。
そんなグラディオの背中に、白いドレスを着た美しい女性の姿を取った聖龍王ヘパイストスが語りかける。
「グラディオ、わたしはこのままここで待っておる。我が一族が空を守るから、安心してあの悪魔を塵に変えてこい」
「分かった。ありがとう、聖龍王ヘパイストス。貴女が居てくれてよかった」
「ふふん。そうであろう。よいか、お前はわたしのものだからな。ここで死ぬことは決して許さぬ。わたしが授けたその剣、クラウ・ソラスはどんな悪魔にも負けはせぬ。さっさと帰ってくるのだぞ」
「ああ!行ってくる!」
アヤネと共に駆け出すグラディオ。
その後にはランド達が続く。
ヤージュも、共和国兵士を広場を守る者と突入する者の二つの隊に分けた。
そしてそのままヤージュとスカイを先頭にして百人程が突入していく。
王宮の大きな玄関ホールを抜け、そのまま真っ直ぐ進む。
いくつもの部屋の残骸を横目に見ながら、ヤージュは思う。
ーこれが最期の機会だー
と。
この戦いでリドニスを討ち果たす事が出来なければ、この世界最大のエルフの王国は完全に消え去り、代わりに強大なる悪魔の王国として名を轟かせるだろう。
共和国兵士の精鋭を多数投入し、その全ての帰還が叶わず死に絶えたら、共和国にもたらす実害は兵力の損耗というだけではない。
ヤージュとスカイというナオの右腕たる二人の将が居なくなり、フマインやクロウといった旧友もこの世を去る。
そしてアカデミーの優秀な生徒をみすみす死なせたとして、ナオは失脚。
友誼の厚い現共和国元首ジャヤも、最高戦力保持者であるナオという後ろ盾を失ってしまう。
仮にも元首であるからして、すぐに代わりのものが立てられるわけではないが、情勢の不安定なその隙につけ込んでくる敵意や悪意が、たちまちのうちに共和国に巣食い、やがて滅ぼしてしまうだろう。
つまり、この戦いは勝利しか許されないのだ。
二度目の機会は無く、負ければ故郷は滅びる。
この場においてそこまで思考しているのはヤージュのみであろうが、それでもその思考は確実にヤージュを焦らせていた。
王宮の中にいた悪魔たちと戦いながら、長い廊下を突っ切って王の間へと辿り着くヤージュたち。
まだユウとバナーの別働隊は来ていない。
そして、王の間の最奥、見上げる程高い天井の下。
紅く染めあげられた豪奢な椅子に腰掛け、右腕を肘掛に付け頬杖を付く存在。
漆黒の身体、燃え上がるような赤い目は細められ、口許は愉悦により吊り上げられている。
「…リドニス」
『あぁ、ようやく来たな。勇者たちよ』
気怠そうに話し出す悪魔の王。
ヤージュの周りにいた兵士たちはそれぞれ武器を構え、突撃の態勢を取る。
「ええ。ようやく着きましたよ。もう少し歓迎してくれてもいいと思うんですがね?」
『クッハッハッハ。何を言う、龍族の末裔。我らは最大限のもてなしをしたつもりだ。お気に召さなかったかね』
「あれがもてなしとは。
当王宮の礼儀作法は地に落ちたようですね。これは城主であるあなたの不徳の致すところ。
なのでその非礼を詫びる意味も含めて、大人しく我々に討たれてください」
『クハハハハハハ!!! 焦っているな?』
「なに…?」
『驚く事ではなかろう? 我は悪魔だ。
ヒトの心を読む事など造作もない。貴様は焦っている。ここで我を確実に倒さねばならないと。
しかし、断言しよう。その望みは決して叶わぬと。
悪魔たる我は、たとえこの身体が幾多の槍に貫かれようと、街を消し去る程の雷撃が直撃しようと、燃え盛る聖なる炎に巻かれようと、決して滅びぬ。
この身体は朽ちようが、我という存在は消えはせぬ。
貴様が瞬きをするほんの刹那の間に、またこの椅子に座っておるであろうな。
分かるか? 貴様らのここまでの戦いは何もかも無駄だったのだ。
貴様らこそ大人しく我の軍門に降るがよい。
さすれば手勢として未来永劫使ってやる。
どうだ。悪い話ではなかろう?』
ゆっくりと、真綿で首を絞めるかのように浸透していくリドニスの言葉。
それと同時に遅い来る、絶対的強者が放つ威圧。
しっかりと槍を握っていた手からは力が抜け、膝が震え出す。
構えた盾は木の葉のように頼りなく、全身を覆う鎧は精霊の加護を失い光が消える。
そんな、幻覚。
兵士たちが瞬く間にそれに呑み込まれていく。
しかし、その中心に立つ男は違った。
彼は手に持つ槍を静かに掲げ、そして振り下ろした。
槍の穂先の反対側、石突きと呼ばれる部分が地面に叩きつけられ、フロスタルで最高品質の大理石の床が大きな音と共に砕け散る。
ただ、それだけ。
だが、それだけで周りの兵士たちの心には熱い火が灯り、顔からは恐怖の表情が消え去る。
『ほう…』
リドニスはまた口の端を吊り上げ、お気に入りのオモチャを見るかのような目でヤージュを見る。
「悪魔王リドニス。確かにあなたの言葉は真実なのでしょう。
あなたの身体が朽ちても、あなたの核は無事だ。だが、その核を打ち砕くものが存在します。
あなたが滅ぼしたエルフの王国の最後の王子、グラディオさんが持つ聖剣クラウ・ソラス。
かの剣ならば、あなたの核は完全に破壊され、あなたは再生出来ずに悪魔界に囚われ続ける。
つまり、この場において私よりも焦っているのはあなただ。違いますか?」
『…言うではないか、小僧が』
「あなたは焦っている。本当に余裕があるのならば、我々がここに至る前に叩き潰してしまえばよかったのだ。
それが一番手っ取り早いのだから。
だがあなたはそうしなかった。
いや、そうは出来なかったのだ。
この国の中心に顕現し、圧倒的武力と圧倒的数量で瞬く間に制圧を完了したあなたは、戦のやり方を知らない」
『もうよい、黙れ』
「だからあなたは二百年もの間、グラディオさんやアヤネさんが隠れ住む小さな町すら発見出来ず、この国をウロウロする我々を押し潰す事も出来なかった!!
それはひとえに、目の前の敵を殺す事は簡単に出来ても、自らの手勢を操る事が出来ないからだ。
あなたには圧倒的武力がある。
だが、与えた命令を完璧にこなす部下も、あなたの敵を先んじて倒そうとする忠義に篤い仲間もいない。
あなたは、戦争の勝ち方を知らないのだ」
『黙れと言っている!!!』
リドニスが立ち上がり、真っ黒なオーラを吹き出させた。
それまで座っていた玉座は粉々に砕け散り、リドニスを中心として放射状に床が割れた。
「ほら、図星だ」
『貴様…』
「聞け!! 勇壮なる共和国兵士たちよ!!
我らの目の前にいるあの悪魔は一人!!
対して我らはどうだ!
お前たちの横に居るのは信頼している仲間!!
手に持つは自らが一番と恃む武器!!
悪魔の王なぞ恐るるに足らん!!
我らはこの世界で最も大きな栄光を勝ち取りに来たのだ!!!
我らの前に敗北無し!!!」
「「「「 我らの前に敗北無し!!!! 」」」」
ヤージュの言葉を復唱し、槍を、剣を、盾を、鎧を、一斉に打ち鳴らす兵士たち。
その顔には、もはや恐怖などカケラも存在していない。
見据えるのは敵の親玉ただ一人。
『よかろう… 貴様らは我がこの手で直々に縊り殺してくれる。 末代までの呪いをその身に刻み、その手で愛する者の首を引きちぎらせてやる!!!』
「行くぞ!! 槍隊構え!! 突撃!!!」
鋭い槍の先をリドニスに定め、渾身の力で突撃する槍隊の兵士たち。
その槍が数本、リドニスの身体に突き立った。
「なっ!?」
『…それで終わりか?』
真紅の眼を見開き、両手を振るリドニス。
その直後、兵士たちの身体から鮮血の花が咲く。
崩れ落ちる兵士を全く見る事なく、身体に刺さった槍を手に持つと、それを易々とへし折った。
身体に刺さったままの部分は自然に抜けていく。
カラン、と乾いた音を立てる数本の槍。
『もう一度言う。それで終わりか?』
「くっ…」
『あぁ、それとな、さっきは散々我が一人だと言ってくれたが。よもや忘れた訳ではあるまいな?
我がどうやってこの地に数多の悪魔を喚んだか』
そう言うリドニスの背後に突如出現した大きな魔法陣。
「ヤツを止めろ!!」
ヤージュの声に、また数人の兵士が突っ込んでいく。
それを払い除け、爪で引き裂き、奪った槍で突き殺しながらリドニスは両手を広げた。
『来たれ、我が同胞よ。この地を再び血で染めるのだ』
魔法陣が赤く輝き、中心に真っ黒い穴が開く。
続いてその穴から出て来たのは禍々しく尖る爪。
下卑た笑いを貼り付けたその悪魔たちは、自身の王を見定めるや、その眼前にいる敵に対して躍りかかった。
現れた悪魔たちとの戦闘が始まる。
「落ち着け!! まだ数は多くない!! 数人で一体を囲んで押し留めるのだ!!」
王の間の中心に固まっていた兵士たちは隊列を解いてバラバラになる。
壁を走り、翼で飛び回る悪魔と戦うにはこの部屋の広さを使わねばならない。
ヤージュ、スカイ、グラディオ、アヤネ、ランド。
歴戦の猛者たちもその中で猛然と戦っている。
アヤネがその背中から抜き放った身の丈ほどもある大刀。
その名はドリームライナー。
毎夜夢を見るヒトに寄り添い、助け、その夢を支える彼女だからこそ持てる無双の剣。
鞘から解き放たれたそれは、美しい鈴の音を奏でた。
その細腕からは想像も出来ない力で軽々と振ると、目の前の悪魔は紙のように切り裂かれていった。
グラディオがクラウ・ソラスで悪魔の身体を斬る。
するとその切り口から明るく輝く炎が巻き起こり、悪魔を灰に変えた。
聖龍ヘパイストスの炎が封じられたその剣は、敵対する者全てを焼き尽くす。
ひと薙ぎするだけで、無数の悪魔を倒していく。
まさに無敵の剣とも言える性能だった。
ランドが持つ方天戟は槍と斧の特性を併せ持つ武器だ。
突き、切り裂き、叩き潰す。
人が密集する中では使い辛いかと思いきや、僅かに空いた隙間を通すように、その穂先が走っていく。
身体を捻り、軸足を入れ替え、踊るように悪魔を斬り捨てていく。
かつては賢王カインの部下として護衛部隊の長を務め、そして彼の親友でもあった。
元々は異なるエルフ部族の長だった二人は、戦い、語り合い、そして意気投合した。
ランドはカインを支えると決め、カインは支えてくれるランドを完全に頼りにしていた。
だが、それを理由に護衛部隊長という立場であったわけではない。
ランドには確かなる武術の腕前があり、カインの息子であるロイドとルークに剣術を教えた師匠でもある。
名実共にフロスタル最強の戦士、それがランドだった。
王の間での戦いが始まって暫くして、ユウが率いる別働隊の五人が合流。
すぐさま戦闘を開始し、徐々に悪魔の軍勢を押し返していく。
そして、無限に悪魔を排出する魔法陣に突然ヒビが入った。
『なに!?』
周囲の兵士やヤージュ、スカイと戦っていたリドニスはそれを確認し、驚愕した。
ヒビを発生させた原因を探すが、それは見ただけで分かる。
アヤネが持つ大刀が突き刺さっていたのだ。
『おのれ、アヤネ・ダズリング!! 貴様はいつまで我の邪魔をすれば気が済むのだ!!』
「もちろん、あなたが死ぬまでよ」
『がああああ!!』
リドニスが獣のように叫ぶのと同時に、魔力を放出させた。
周りにいた者は全員吹き飛ばされ、多少の違いはあれどダメージを負う。
「ぐっ!? 何を!?」
ヤージュが見上げると同時に、漆黒の翼を拡げたリドニスが王の間を飛び去っていく。
向かう先はヘパイストスたちがいる王宮前広場。
「まずい! 早く追い掛けないと!!」
アヤネが叫ぶ。
「言われなくても! 追うわよヤージュ!!」
「マナ様! ユウ君たちも。 よく無事で」
先頭を切って走り出したアヤネとグラディオに続き、ヤージュ、マナ、ユウが続く。
スカイとクロウたち三人は残った悪魔の掃討に当たるようだ。
走りながら、マナがヤージュに話し掛ける。
「ヤージュがわたし達に気付いてなかったなんて。それ程にリドニスは強いのね?」
「えぇ。 僕の槍が擦りもしなかった。 嫌になりますよ、いつまで経っても上には上がいます」
「フン。そんなもの、蹴倒して踏み潰して乗り越えていくしかないのよ。わたし達はいちいち立ち止まってなんかいられない!」
「その通りです。それに俺にとってヤージュ先生はいつまで経っても上の存在ですし」
「マナ様、ユウ君、ありがとうございます。そうですね。弱気になっても良い事はありませんし、踏み越えていきますか」
「ええ。アイツもすぐに踏み潰して命乞いでもさせてやるのだわ」
頷き合いつつ、全員が広場に出た。
先程までは満月がこの国全体を照らしており、夜とはいえ地面は見えた。
だが今は違う。
満月の光は広場に届いていない。
ヘパイストスの眷属であるドラゴンも姿を消している。
「黒い、霧…?」
「気を付けろグラディオ!!」
「ヘパイストス!? どこだ!!」
『ココだ、エルフ王家の最後の一人グラディオよ。コイツには我の魔力の肥やしになってもらう』
グラディオたちが空を見上げると、そこにはヘパイストスを羽交い締めにしたリドニスの姿があった。
『我々悪魔がなぜ夜を好むか知っているか?』
応える者はいない。
皆一様に武器を構えつつリドニスの出方を窺っている。
他のドラゴンの姿が見えないのは、おそらくこの黒い霧の外側にいるのだろう。
どうやらこの霧は結界の役割を担っているらしい。
『夜は闇を連れてくるからだ。闇から生まれし悪魔は、闇の中でこそ真価を発揮する。 つまり、今この場は我の…我々の為の空間なのだ!』
宙に掲げた右手をヘパイストスの胴体に突き刺す。
「ぐあっ!!」
「ヘパイストス!!!」
『我に魔力を寄越せトカゲめ。我の国にいつまでも居座りおって。今夜で全て終わりにしてくれるわ』
「させるか!!」
ヤージュが飛び掛かり、リドニスの不意を突いて右腕を切り落とす。
右手が刺さったまま落下していくヘパイストスを、グラディオとアヤネが抱きとめた。
「大丈夫か!!」
「くっ… ヒトの身体は過ごしやすくて好きだが、弱く脆くなってしまうのが欠点よな… 安心しろ、この程度で死ぬ訳がなかろう。 魔力を奪われたが、それだけだ…」
「あいつ、また何かするつもりだ…」
その場にいた者は皆、空中で戦っている二人を見上げる。
ヤージュが繰り出す槍を爪で弾き、翼で逸らし、的確な打撃で反撃しているリドニス。
「ヤージュ先生が苦戦してる…」
確かにリドニスは戦争のやり方を知らないが、それは軍勢を操る必要が無かったからだ。
常に先頭で戦い、真っ先に敵の大将を殺してきた。
多数対多数の戦闘を掌握することに長けずとも、一対一の戦いは必ず制する。
それがリドニスを一人の王としてのし上がらせた。
その実力を、真価を、発揮している。
一際キツい一撃を受け、ヤージュが吹っ飛ばされた。
王宮の方へ飛び、落ちていく。
「まずい、気を失ってる!!」
慌てて何人かが駆け出すが、ヤージュが地面に叩きつけられる方が早い。
誰もがそのまま落ちてしまうかと思ったその時、王宮の玄関から二つの影が飛び出してきた。
「キャーーーッチ!!」
「負けたーーーー!!」
ヤージュを受け止め、何故かそのままクルクルと回り、見事に着地したのは。
「リナさん!!」
「ユウくんヤッホー! ヤージュ先生の怪我、治しちゃうね!」
ヤージュを抱きかかえながら治癒魔法を発動するリナ。
「よ!」
バナーが片手を挙げてユウに駆け寄っていく。
後ろからはロコマ、フマイン、アサギも出て来た。
「王の間に着いたら誰もいねーからこっちに来たら、ヤージュ先生が降って来たから焦ったぜー。受け止めたのはリナさんの方が早かったのが悔しいケド」
「誰も居なかった? クロウさん達が居たはずなんだが」
「いや? 本当に誰も居なかった。 辺り一面は血の海だったけどな…」
「そんなはずは…」
「リドニスが!!」
誰かが上げた叫び声につられ、未だ浮かぶリドニスを見上げるみんな。
リドニスは魔力を両手から放出しながら、巨大な魔法陣を構築している。
すかさずユウやマナが遠距離攻撃を仕掛けるも、その全ては魔法による障壁を貫く事が出来なかった。
『貴様らはよくやった。我をここまで苛立たせるとはな。これから起こる事はそれに対する礼だと思うがいい』
「なにを…」
【開け 地 獄 の門】
リドニスが両手を拡げる。
その背後には構築完了した魔法陣が赤く輝き、その中心が開いていく。
その向こうに見えるのは永遠の虚空。
その虚空から二つの影がゆっくりと出てくる。
「あ、あれは…」
アヤネが呟く。
『よく来た。我が盟友たちよ。アレなるは我に対する最後の障壁。滅ぼす事が出来れば、この地は永遠に我々のものだ』
『黒。それ程の強者には見えぬが、本当に助けが必要なのか?』
『黄の言う通りだ。お前なら一人でも殲滅出来るだろうが。つまらん用事なら殺すぞ』
『そう言うな赤。お前たちを喚んだのは、我からあやつらへの手向けだ。原初の悪魔である我らに殺されるなら、それは本望であろう?』
悠然と会話をしている三体の悪魔。
それを見たマナとアヤネの顔色は青ざめている。
「原初の悪魔… リドニスはその一体だった訳ね…」
「原初の悪魔ってなに…?」
「この世界とは異なる世界である魔界に生まれた最初の悪魔の事よ。一体でも国を滅ぼす事が出来るのは、知っての通りね。彼らは全部で五体。そのうちの三体がここに集った…」
「それって、ちょーヤバくねぇ…?」
『さて。これから貴様らを順番に、最後まで、殺し尽くす。この結界の外には出られぬし、外にいる羽虫も脆弱なる人間どもも全てだ。この世界におけるこの地は未来永劫、闇に閉ざされる』
『青が消えてからは魔界もつまらなくなってしまったからな。暇潰しには良いか』
『然り。調停役の白もおらんのだ。久しぶりに自由に暴れさせてもらおう』
三体の悪魔が地上に降り立つ。
圧倒的な魔力の波動が敵対者たるユウたちを威圧している。
「やるしかない、か。みんな、ここからが本番らしい。生き残るぞ」
「あぁ。ガツーンとぶん殴って魔界に送り返してやる」
「普段通りのバカ発言。こんな時なら和むのね、ありがとう」
「アサギの言う通りね。普段通り、実力を出し切るわよ!」
ユウの元に他のみんなが集まる。
それぞれが武器を構え、態勢を整えていた。
最後の戦いが始まる。




