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Fabula de Yu  作者: モモ⊿
一章-アカデミー -
4/43

第三話-暗躍と躍動-




……

………

…………



暗闇の中で蠢く者達がいる。

まるで誰かに聞かれる事を恐れているかのように、彼らは声を潜め、囁き合っていた。


その者達は、己らの主人の帰りを待っている。

その身なりは、全身を覆う深く濃い青色のローブと、黒い仮面。

その仮面をよく見れば蛇の形を模しているようだ。

発する声は小さいながらも、この場はザワザワという雰囲気に支配されている。

自らの不安に押し潰されないように、口を動かし続けているようだ。


そして彼らが待ち侘びた瞬間が訪れる。


ーーーギィィィィーーー


不快感を抱かせる不協和音を響かせながら開いた大きなドア。

その向こうから現れた数人の男達。

その中心で歩いて来る者を見て、部屋にいた者達は恭しく跪いた。


「待たせて済まない。皆、楽にしてくれ」


他の者達と同じ青のローブを纏う男。

しかし、身に付けた仮面は光量の少ないこの部屋の中でも分かるほど銀色の光を放っている。

この男が他の者達の主人なのだろう。


部屋に配置されている歪な形をした椅子に腰掛ける彼ら。

銀仮面の男は他の者達より一段上に位置する蒼色の豪華な椅子に腰掛ける。


「さて、遅くなった理由を話そう。先日実行した、共和国元首襲撃計画だが…どうやら失敗したようだ」

「なんと…!?」

大蛇(アングウィス)のロキ様が同行したのにも関わらず!?」

「他にも手練れがいたはず。その者達はどうなったのですか!?」


ザワザワと騒ぎ出す者達。

それを見ながら、その声を聞いていた銀仮面は静かに右手を上げる。

それを合図にピタッと話し声が止んだ。


「落ち着くのだ皆の者。総勢二十一名で襲撃したのにも関わらず失敗した事はとても残念だった。襲撃現場から逃げおおせた者も、共和国の者の執拗な追跡により、帝国領内に入る前にやられてしまったようだ」

「そんな…この支部の最大戦力を投入したのですぞ…!その全てが帰還も叶わずなんて…」


蛇の仮面を着けた者達全てが悲嘆に暮れ、中には啜り泣く者もいた。

それら全てを見回して銀仮面の男は立ち上がった。


「聞くのだ皆の者!!貴重な戦力を多数喪ってしまったのは、今後の計画に支障を来すであろう。しかし、この計画だけが全てでは無い!!我らは必ずや、我らを騙し、我らの持つべきものを奪っていった悪逆非道な共和国のカスどもを駆逐せねばならない!!そう、敢えて言おう、カスであると!!!」


『ウオオオオオオオ!!!』


という何重にも重なった怒号に包まれる室内。

なおも声を張り上げ、銀仮面は続ける。


「我らの力はまだ尽きてはいない!!全ての世界を我らが不協和音(ディソナンティア)で満たすまで!!!必ずや不和を(ディスコルディア)!!」


「「「必ずや不和を(ディスコルディア)!!!」」」


何度も続く唱和の声を聞きながら満足そうに部屋を後にする銀仮面。

しかし、この支部と呼ばれた施設の出口へと向かいながら部下に向けて話しかける言葉は、辛辣極まりないものだった。


「ふん、バカな連中だ。ロキがやられた時点でこの支部の戦力は底をついた。逃げ帰ろうとした者達も尾行に気付かぬボンクラだったようだし、やはり痕跡を掴まれる前に始末して正解だったな。まったく…是非自分達に行かせてくれというからやらせてやったのに、元首側はほぼ無傷とは!そしてここに残ったのは、戦えぬくせに自分の利権や金の事しか考えられぬ者ばかり。果たして共和国元首と比べて、どちらがカスなのやら…」

主人(ヴィルム)よ、お言葉が過ぎます」

「おっと…そうだな。確かに彼らは、今まで忠義を尽くしてくれた。せめて丁重に扱ってやらねば。夢を見ながら死ねるのはシアワセな事だと思わんか?」

「そうかもしれませんな。ではこの蛇の支部は…」

「潰せ」

「御意」


そこで立ち止まり、主人に向けてお辞儀をする真紅の仮面を着けた部下の男。

銀仮面が扉を開けた外には、同じく真紅の仮面を着けた男達が。

その数は数十人。


「狩り尽くせ」


銀仮面が発したその一言を受け、施設の中へと入っていく男達。


「なかなか思い通りには行かんな…まぁいい。計画はまだまだ続く。この世界はどう足掻いてくれるかな?せいぜいワタシを楽しませてくれ…クックック…」


昏い笑みを浮かべながら、銀仮面はその施設を後にする。

その背中に、直前まで会っていた者達の悲鳴を浴びながら。


…………

………

……




リーンゴーン…リーンゴーン…


聴き慣れた鐘の音が聞こえる。

この鐘が鳴ると講義の一コマは終了だ。

ユウは勉強道具を片付けつつ伸びをする。


「…ふぁぁぁ…」

「なんだ?珍しく眠そうだなユウ」

「あぁ、予習をしていたら就寝時間を過ぎていてな。いつもより短い睡眠時間だったからちょっと眠いんだ」

「あなた、睡眠時間が決まっているの?」

「そういう訳じゃないさ。ただ、いつもより眠れなかったな、と思うと眠くなってこないか?」

「うーん、確かに?」

「じゃあ目を覚ます為にも、メシ食いに行こうぜ〜」

「そうするか。アサギとマナも一緒にどうだ?」

「ええ、ご一緒するわ」

「ふごっ!?」

「…おいマナ。君も一応学生という立場なんだ。少しは真面目に授業を受ける姿勢を見せたらどうだ?」

「んむむ…ふぁぅぁぁ…だってね、ユウ…この世界の歴史やら魔方陣の描き方の練習やら、わたしには必要無いんだもの…真面目に聞くよりやってみせた方が早いんだよ…?」

「たしかにそうかもしれんが、目の前で眠られる先生の気持ちも考慮してくれてもいいと思うんだが」

「それこそ知らなくていい事だよ。他人の気持ちなんてものに固執してたら時間が勿体無いよ?」


飄々と嘯くマナ。

この世界が出来てからの悠久の時を過ごして来た彼女だ。

ヒトの生が短い事も重々承知しているのだろうし、その言葉にはしっかりとした重みがあった。


「時間が勿体無いと考えるのは、まだまだマナはヒトの気持ちというものからは遠いようだ。そういった、他者を思い遣る事こそが、ヒトが多種多様な生物の中で一番繁栄している種族である事の証明になるのではないか?」

「まーたユウが変な事を言い出した。バナー、あとよろしく〜」

「えぇ!?また俺!?たまにはちゃんと付き合ってやってよマナちゃん!!」

「だって話長いんだもん。ていうかわたし達の事なんて気にせず喋り続けてるし」

「…であるからして、ヒトが巨人族やゴブリン族などに技術や文化を提供している事からも…ん?聞いてるか?」

「聞いてないわよ。マナとバナーは先に行ったわ。あなた、お昼はいらないの?」

「いるよ!いります!」

「じゃあ早く支度して?」

「ごめんなさいっ!早くするからその目やめてくださいっ!!」



始業式から一ヶ月が過ぎ、季節は春も半ば。

新入生がクラスや学院、寮での生活に慣れて来た頃である。

ユウ、バナー、アサギ、そしてマナ。

この四人はいつも一緒にいる仲良し四人組として、既にクラスの中での位置が確立していた。

マナは今年から設けられた特待生枠で入学したと伝えられている。

その他のクラスメイトの事は全員覚えたとは言え、やはり元々仲の良かった者で固まってしまうのは道理である。

それに、この四人はいつも一緒にいる理由があった。



『ユウ君。君とマナは正式に契約を結んだ。これは有史以来初となる事例だ。マナはあまりヒトに関わらないようにしてきたからね。だからこれからの君の学生生活はマナと一緒に過ごしてもらう事になる。マナも、これからヒトという生き物の事を学んでいくんだ。いいね?あ、そうそう、ユウ君とマナの同調率が高まるまではロキは氷漬け(あの)ままにしておく事にした。下手にいじったら氷と一緒にロキの体組織まで溶かしてしまってそのまま死んだと気付かないまま排水口に流れていってしまうからね』



一ヶ月前、学院長であるナオ先生にそう言われたユウとマナ。

最初のうちは面倒臭がっていたマナだったが、最近は学生生活を満喫しているようだ。

今は食堂のラーメンにハマっていて、どんなラーメンが食べたいと食堂の大将にアレコレ注文していた。

大将も大将でその状況を楽しんでいるようであり、普段はだらしないのにあの子が来るようになってからはやたら楽しそうだ、と一緒に働く有能な奥さんに言われている。


昼食を終えれば午後の講義だ。

一日で五つのコマを受ける事になっており、受ける講義は生徒それぞれが決めている。

四人は一日中一緒にいる事もあれば、鍛えたい魔法の方向性によっては違う講義に別れる事もある。

一日の始まりと終わりには各々のクラスに集まる決まりなので、別れたとしても結局は集まって放課後を過ごす事にしている四人。


なんとなくダラダラと過ごす日もあれば、一緒に鍛錬を積む日もある。

今日はユウとマナの戦闘訓練にバナーとアサギが付き合っていた。


「はっ!!」

「なんの!!」

「ちっ!!」

「逃がすかぁ!!」


ただ、ユウとバナーは付き合いが長い。

ユウが矢を放ち、バナーがかわし、ユウが矢を放ち、バナーがかわす。

その繰り返しになってしまう。

ユウが矢を放つタイミングを熟知しているバナー。

バナーが避ける方向を予測出来るユウ。

一進一退のまま、どちらも決定打に欠ける。

ユウは遠距離型で、バナーは近距離型。

必然、攻撃に必要な距離が違うので、なかなか決着が着かない。

今回は、ユウが矢を番えるタイミングにある僅かな隙を突いたバナーが、その拳をユウの眼前で止め、勝負が着いた。


「はぁっ…これで何勝何敗かな、俺達の戦績」

「さあな…引き分けの方が多い事は確かだが…ふぅ…」

「確かにな。ユウと俺とじゃ、もうちゃんとした勝負にならないんだよなぁ」

アサギとマナ(あっち)はどうなってる?」

「さすがに、アサギの方が分が悪いな。地力の差が大き過ぎる」


バナーの見立ては正しい。

大小様々な魔法を織り交ぜて距離感を掴ませないように、アサギの攻撃範囲に入らないように立ち回るマナ。

武装創造で刀を出しているアサギだが、その魔法に翻弄され、防御だけで精一杯だ。

だが、マナは決定打を放とうとしない。


「アサギ!魔方陣が光ってから構えたんじゃ遅いよ!魔方陣から放たれる魔法はある程度の方向が予測出来る!(くう)に描かれた魔方陣の斜めの位置取りを心掛けなさい!」

「はい!」


「なぁユウ、マナちゃんてやっぱ凄いんだな。アサギが反応出来るギリッギリのところを攻め続けてる」

「あぁ、アサギの集中力が切れたら終わりだが、切れない限りは最高の訓練環境だろう」

「俺も後でああいう風にやってくれないか頼んでみよっと」

「それはいいかもな。だが、俺には向いてなさそうだな…」

「そりゃそうだろ。遠距離対遠距離だし、マナちゃんの魔法の手数はユウより多いよな?」

「あぁ、確実にな。乱打戦になったとしても、すぐに撃ち負ける」

「やっぱお前も、近距離戦用の武装を使えるようにならないと、なんじゃないか?」


バナーの言葉に頷きながら、考え込んでしまうユウ。

その指摘は至極もっともであり、ユウがこの数年間絶えず考えている事なのだった。


マナとアサギの訓練が終わり、バナーがめんどくさがるマナに頼み込んでいる。

そんな風景を眺めながらもずっと考え込んでいるユウ。


「どうかしたの?また難しい事を考えてる顔ね」

「…アサギは、どこで剣を習ったんだ?」

「地元の道場。私の地元はちょっと変わっててね。東方の剣術や武術の達人たちが興した街なの。至る所に様々な流派の道場があって、それぞれが鎬を削っているわ。私もそんな街に生まれたから、道場に通うのは必然だった。小さい頃からそれが当たり前で、魔法を覚えるより前に剣を覚えたわ」

「そう、か。だから太刀筋や体捌きがあんなに自然で綺麗なんだな。俺とバナーは完全にケンカ慣れだ。ケンカを売られやすかった俺と、ケンカっ早いあいつ。なんとなく同じ相手とケンカして、なんとなく二人で組むようになってた。それが縁で、今も一緒にいる」

「なるほどね。あなた達二人の訓練が何でもありなのはそのせいなんだ。…ねぇユウ。あなたも剣を習ってみたら?」

「剣術を?」

「そう。この学院にも道場があったし、そこで剣術を教えているのは、覇権戦争で剣聖って呼ばれた東方出身の人らしいわよ。あなた、武装創造(アームズクリエイト)出来るのって弓だけなの?」

「いや、ちょっと前から短剣を練習しているんだが、なかなか一人ではうまくいかなくて。いいかもしれないな、道場」

「なら早速行ってみましょうよ」

「今から?まだその先生はいるのか?」

「行ってみないと分からない。早く!立って!」

「あぁ分かったって!そんなに急かすなよ!おーい、二人ともー!」


訓練を続けていたマナとバナーに断りを入れようとしたのだが、マナは訓練を終わらせたがっていたらしく、付いていくと言ってきかなかった。

結局四人一緒に、学院の東側にある道場へと行く事になったのだが…


「誰もいなさそう、だな…?」

「うーん、鍵も掛かってるし、電気も付いてないようだ…出直し、かな」

「そうね、残念だけど」

「ふぁぅぁぁ…」


四人それぞれの反応を示していたら(一人はどうでもよさそうだったが)、道場の裏手から人が歩いてきた。


「どうかしたのかな?」

「あっ、もしかして道場の先生ですか?」

「左様。今日はここに通う生徒の稽古は休みなんだが、用があるのなら聞こう」

「あの…私に剣を教えて頂けませんか?」

「む?門下生として稽古を習うのであれば、その為の手続きが必要なのだが、どうもそういう訳では無さそうだな…?とりあえず、話を聞こうか」



………




「なるほど。近距離戦用に短剣の練習、か」

「はい。剣道の道場だと、勝手が違うのかもしれませんが…」


剣道場の裏手に位置し、先生の住まいである離れに案内されたユウ達は、その一室で事情を説明していた。


「ふむ。たしかに、自分が普段教えているのは長刀や長剣の為の剣術だ。だが、自分の故郷では長刀と共に、脇差と呼ばれる短剣を()くのが常なのだ。剣術の主は長刀だが、長刀より取り回しが楽な脇差や、小太刀といった名前の剣を使ったものもある。君にはそれらが合っているのではないかな。えっと、そういえば名前を聞いてなかったね」

「はっ!失礼しました!私はユウです。こちらの三人は、バナー、アサギ、マナ、です」


それぞれを手で示しながら自己紹介をしたユウ。

それを柔らかく笑いながら眺めている先生。


「うん、ありがとう。自分の名前はフマインという。道場の子達からは師範と呼ばれているから、先生でもどちらでも構わない」

「はい、分かりました!」

「うん。では話の続きだが、ユウ君。短剣といっても種類がいくつかある。この道場、というか自分が教えられるものは四種類だ。あとはユウ君自身が見つけ出さなくてはいけない。いいね?」

「はい」


「まず一つめ。脇差術。これはさっきも説明した通り、本来ならば長刀とセットで体得するものだ。脇差術だけではあまり効果は期待出来ない。


二つめ。ナイフやそれに準ずるものを使用した暗殺術。的確に敵の急所を突き、静かに速やかに目標を排除する為のもの。これは、敵と相対した時にはあまり役に立たない。なにせリーチが短いからね。急所を突こうにも、真正面からでは簡単に防がれてしまう。


三つめ。小太刀術。小太刀とは、脇差よりも長く、長刀よりは短い、両者の中間くらいの長さの刀だ。脇差の取り回しの良さと、長刀の切れ味を絶妙なバランスで組み合わせたもので、対人戦ではかなり役に立つ。その反面、扱いがとても難しい。熟達するには長い時間が必要だろう。


四つめ。小太刀二刀流。これは呼んで字の如く、小太刀を二刀使った剣術。まず、二刀流というだけでとても難しい。右手側を振った反動や重心の動きを利用して左手側を振る。それを繰り返し続ける事により、反撃を許さない連続攻撃が可能となる。敵の生半可な防御なんてそれこそ、紙のように破る事が出来るだろう。だがその(たい)さばきは独特で、体の軸を回したり、腕の勢いを殺さないように常に動いていなければならない。それこそ実戦で使えるレベルにするには、体力作りから始めて何年も必要だろうね。これを扱えた人物は自分の故郷にあった資料や文献でもただ一人だけだった」


長い説明を終え、お茶を飲むフマイン先生。

全てを聞き、悩んでいるユウ。

その間に雑談が始まる。


「マナ様、お久しゅうございます。ご息災のようでなによりです」

「ふふ。フマインもね。あなたが求める剣の道は、まだまだ長いの?」

「そうですね…まだまだ道半ばですよ。長い坂の途中ですが、毎日マイペースに過ごしています。焦り過ぎてもよくないですからね」

「うん。それでいいと思う。せっかく悠久の時が与えられたんだし。そういえばさっき言ってた、小太刀二刀流、を極めた唯一の人ってどんな人だったの?」

「あぁ、あれですか。自分の故郷トキョウがまだオエドと呼ばれていた時代の事です。当時の王様がお住まいになっていたオエド城を守る、御庭番衆(おにわばんしゅう)という者達がいまして、その者達をまとめる人物だったそうです。名は、アヲシ。抜刀術を自在に操る伝説の人斬りと壮絶な死闘を繰り広げたとか、小太刀二刀流と共に徒手空拳も極めていたとか、自分の目的の為に師匠を斬ったとか、少ないながらも強烈な逸話が残っています」

「へ〜!そんな人がいたんだね。トキョウって今も独立国だよね?」

「左様です。歴史上、いまだどの国にも完全に支配された事の無い国ですよ」

「わたしまだ行った事ないや。結構遠いもんね」

「そうですな。共和国からだとほぼこの星の真裏に当たります」

「遠過ぎ!でも、いつか行ってみよっと」

「是非とも。面白い国ですよ」


「決めました。フマイン先生」


マナとフマインの談笑を黙って聞いていた生徒三人。

話が落ち着いた隙間を見つけたユウが切り出した。


「ほう。聞かせてくれるかな?」

「…小太刀二刀流にします」

「…一番難しいというのは考慮したかい?」

「はい。ですが、それを補って余りある攻撃力がある、ともご説明してくださいました。今の私には弓しかありません。接近された際の迎撃用の手段が必要なのです。それに遠距離攻撃者が潰されてしまっては、前線で戦う者達を援護出来ない。なので接近して来た敵を速やかに排除しなければなりません。それには、小太刀二刀流が一番適していると考えました」

「ふむ…」


今度はフマイン先生が考え込む。


「たしかに、理に適っている。しかし、本当に難しいよ?」

「覚悟しています。私は、守って貰うだけではいけないのです。護れるように…なりたい。その為の力を得たいんです」


真っ直ぐな瞳でフマイン先生を見つめるユウ。

先生はその瞳を見つめ返している。


「わかった。君は自制心も強そうだし、もしもの時には止めてくれるであろう、良き友人もいる。マナ様もいらっしゃるし、ね。自分が責任を持って指導すると誓うよ」

「ありがとうございます!!」

「そうと決まったら早速、道場に行こう。実際に見てもらった方が動きをイメージしやすいだろう」

「はい!!」


道場に移動した一行。

バナー達も、物珍しい剣術が見られるとあってゾロゾロとついて来ている。

壁に立て掛けてあった小太刀の長さの木刀を三本取り出す先生改め、師範。

そのうちの一本をユウに投げて寄越す。

「自分が動くから、ユウ君の思うままに防御してみて。大丈夫、絶対に当てないから」

「分かりました」


ユウはなんとなくで木刀を体の真正面に構えている。

フマイン師範はというと、左手を体の後ろに引き、右手を前に、そしてユウに対しては右半身を正面に向けて対峙している。

それぞれが構えを固めた瞬間から、道場内の空気がピンと張り詰めたものになる。


二人が対峙したまま時が流れていく。

それは数分か、はたまた一瞬か。


不意に、フマイン師範が動いた。


右足で床を蹴り、左足で勢いを付ける。

そのままユウの間合いまで一気に詰め、右手の木刀を叩きつける。

ユウはすかさず防御するが、弾いたと思った瞬間には既に左手の木刀が目前に迫っている。

そちらも何とか捌き、次は右、と構えた瞬間、フマイン師範の体がユウの視界から消えた。


「どこに!?」


ービュオッー


木刀が空気を斬った音が聞こえた瞬間には、ユウの背中と左の首筋に木刀が当てられていた。


「…と、このように体の動きを最小限にし、最速の動きで敵の隙を突いて急所を斬る。これが小太刀二刀流の真髄です。極めれば、真正面からぶつかったとしても、敵の防御を打ち破るも掻い潜るも容易い」


木刀をユウの体から離してゆっくりと話す師範。

その身には汗ひとつかいていない。


「み、見えたか?」

「いいえ…本当に消えたように見えたわ」

「横から見てた俺達でさえ、こうなんだ。目の前だったユウは何がなんだか分からないだろうな…」


「どうかな、ユウ君?さすがに今のでは動きをつかむ事は出来なかっただろうけど、ちょっとでもイメージの足しになれば…」

「いえ…」

「ん?」

「なんとなくですが、見えました」

「本当かい?」

「はい…動いてみます。どこか違うところがないか、見ていてください」


そう言いながら、師範からもう一本木刀を借りて構えを取る。

右半身を前に、左半身を後ろに引いた構え。

そのまま誰もいない空間に向かって右足で床を蹴り、右、左と木刀を振った後、上半身を左に捻りながら沈め、その勢いのまま一回転し、ピタリと止まる。


師範がユウに対して行った動きをそっくりそのまま真似して見せたユウ。

そのスピードは遠く及ばないが、真似してみせたという事は、バナーとアサギが目で追えなかった動きが、ユウには見えていたという事になる。

これには師範も目を見開いている。


「驚いた…ユウ君は元々剣術を?」

「いえ、まったく…最近はアサギと模擬戦をやったりしてますが、アサギの剣筋はとても真っ直ぐで強いので、この流水のような動きは今日初めて見ました。自分にも、何故目で追えたのか分からないくらいで…」


「多分、わたしと契約したからだね」


「マナ…?」

「ユウ、ナオの言ってた事を思い出して。わたしと契約した事の本質はなんて言ってた?」

「魔力回路…」

「そう。わたしとあなたの魔力回路は繋がってる。魔力は血と一緒に全身を巡ってるの。その巡ってる魔力の質が高まれば、身体能力は向上してく。この世界で高い実力を持つ者達はその全身に練り上げられた上質な魔力を纏ってて、その魔力を使って筋力や速度を上げてるのよ。さっきのフマインのように。ユウに巡ってる魔力量はこの一ヶ月で段々と増えてるし、質も上がってる。わたしとの同調が始まった証拠だね」

「そうなのか…たしかにさっき、師範の動きを目で捉えようとして集中していたら少しだけ動きがゆっくりと見えたんだ。俺自身が動く時も、次にどう動くかをイメージしながら動いたら、体が以前よりうまく動いた気がした…」

「ふむ、そうか。君がマナ様の契約者なんだね。先ほどの動き、とても素晴らしかった」

「あ…ありがとう…ございます。もう一度やれと言われたら、出来るか分かりません。だからそれを出来るようにする為に、稽古を積むんですね…」

「その通りだよ。やらなければ出来ない。やり続けなければ出来るようにはならない。何事もそうだろ?」


笑いながら茶化しているが、その顔は真剣そのものだ。


「さて、ユウ君。早速だが明日から講義が全て終わったらここに来れるかな?ここの流派の子達が来ている場合があるから同じ場での稽古は付けられないが、時間の許す限り稽古を付けると約束しよう」

「ありがとうございます!よろしくお願いします!」

「うん、よろしくお願いします。バナー君とアサギさんも一緒に来るといい。徒手空拳や本来の剣術も教えてあげられると思うからね」

「いいんですか!?やった!!」

「バカバナー!まずはお礼でしょう!」

「おっと!?」


「「ありがとうございます!よろしくお願いします!!」」


翌日から弟子入りした三人は、全部の講義が終わった後に走り込みをしてから道場に向かう日々が始まった。

マナとフマイン師範が誰か一人の稽古をつけ、一人が休憩や一人稽古などを行う。

夕食時までのわずかな時間ながら、今までよりも質の高い放課後を過ごすようになった三人。

来たるべき時に向け、地道に力を付けていくのであった。


毎日マイペースな師範。


毎日マイペースにだらしない大将と、そんな大将と一緒にご飯を食べる事が大好きで有能な奥様。

大将の名前はこれから出ると思います。

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