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Fabula de Yu  作者: モモ⊿
二章-妖精王の帰還-
37/43

第三十六話-聖なる焔-

走る、奔る、疾る。


立ち塞がる無数の悪魔を斬り捨てながら突き進む。

さすが、一代で築き上げられたエルフの王国の城。

バナーたちと二手に分かれたものの、片方だけでも相当に広い。


侵入者対策だろう、細かく折れ曲がる廊下は所々が朽ち果てていて、その隙間から悪魔が獲物はどこだと顔を覗かせている。

その隙間をマナが生み出した特大氷柱でぶち抜き、出来た大穴にサザナミくんとヨシキリくんが突っ込んで暴れ、生き残った悪魔を俺とクロウさんが斬り捨てる。

大体ずっとこんな調子だ。


廊下を疾駆していると、ヌッと大きな影が現れた。

天井に届くかという体躯。

丸太のように太い腕。

キバもツノも鋭く大きい。


『グハハハハハハハ!! 少しはやるようだなニンゲン!! しかしこの百人隊長ゲベルツ様が現れたからにはゲフォォォ!?!?』


「「「「「邪魔」」」」」


殴り(サザナミ)貫き(マナ)叩き折り(ヨシキリ)切り裂いて(クロウ)斬り捨てた(ユウ)


一瞬にしてドス黒い煙を上げながら灰になっていくゲベなんとか。

壁は壁でも薄っぺらいトタンの壁だったようだ。

何事もなかったかのように走り続ける。


「さっきの悪魔、百人隊長とか言ってましたね」


「ん? あぁ、そんなこと言ってたか」


「悪魔って統制が取れない有象無象の集まりだと思ってました。自分のやりたい事しかしない、みたいな」


「殆どの悪魔はそんなもんだ。誰の下にもつかず、誰の指図も受けない。オレたちが蹴散らしてきたヤツらがそんなのだ」


「じゃあ違うのもいるって事?」


「あぁ、マナ。そりゃいるさ。悪魔にも階級意識ってのはある。まぁある程度の強さを持ったヤツしか意識しないだろうがな」


「ある程度の強さを得た個体っていうのは、どうやって生まれるんですか?」


「そりゃあれだよ、悪魔同士で戦い合って何度も勝ってきたヤツとか…」


「多くの人間を殺してきたヤツ、とか…?」


「…そうだ」


「……じゃあ倒せば倒すほど世界が平和に近付くって事ですね」


「うん、きっとそうよ。わたしたちでこの国から悪魔を一掃してやりましょ」


「あぁ」


「いいねぇ若いってのは」


「なにじじ臭いこと言ってんのよ。あんた歳取らないでしょ」


「それはお前も一緒じゃねーか」


「そうよ、わたしは創世の頃から生きてるの。あんたより歳上なんだからもっと敬いなさいよね」


「へーへー、分かりましたよお(つぼね)さま!」


「ん?お局さまってどういう意味?」


「そりゃーもーあれさー。綺麗で美しい歳上のお姉さんって意味さ〜」


「急に言葉が薄っぺらくなったんだけど。ねぇユウ、どういう意味?」


「あー、俺も知らない。この戦いが終わったらゆっくり調べような」


「ボク知ってムググググ」


とんでもない事を言い出したサザナミくんの口をヨシキリくんが慌てて塞ぐ。

なんとかマナには聞こえずに済んだみたいだ。


「広間に出るぞ!」


廊下の向こうにあるのは、はるか昔に壊され、取り除かれた大きなドアの跡。

その向こうは大きくて長い広間になっていた。


走り続けて来て荒くなった息を整えながら慎重に進む。

いつの間にか傾いてきていた夕陽が窓から差し込んでいた。

悪魔は闇の眷属だから陽光に弱いのだが、この城はリドニスの魔力の影響により、陽が当たると即消滅という事はないようだ。


それにしても大きな部屋だ。

天井は高く、吊られたシャンデリアには燃え尽きたロウソクがドロドロにこびり付いていて、長いテーブルに載せられたお盆には何か分からない炭のようなものが載っている。

もしかして果物の成れの果て…?

テーブルクロスは引き裂かれ、なにかで汚れ、食器が散乱している。

食堂、だったのかな。


片隅には大きなピアノや楽器類の残骸がある。

華やかな音楽を奏でていたのだろう。


ふと、一番奥のテーブルに何者かが居る事に気付いた。

いや、()()()()()()

そいつが立ち上がったからだ。


燃えるように真っ赤な長髪。

どこか幼さの残る端正な顔立ち。

そして腰に刺した曲刀。

そいつは悪戯そうな笑みを浮かべて俺たちのことをまっすぐ見ている。

人間じゃないのはすぐに分かった。

目が真っ赤に染まっていたから。


そしてヤツは大仰に両手を広げて話し出した。


『やあ、こんな所までよく来ましたね。あの数の悪魔も敵ではないということですか。百人隊長である、体の大きな悪魔がいたと思いますが?』


「倒したよ」


『ほう! なるほどなるほど。あなた達はある程度の強さをお持ちのようですね。

いいですねえ、すごくちゃんとしている。

さて、この部屋は大食堂。

かつてはエルフの王族がこのテーブルに着き、部屋の中央で行われるダンスパーティーを見ながら優雅な音楽に身を委ね、この国や諸外国から輸入したありとあらゆる食材を使った贅沢な料理に舌鼓を打っていました。そう、()()()()

愚かな王族が悪魔を喚ぶその時まで、この部屋に満ちていたのは笑い声。それが次の瞬間には阿鼻叫喚の地獄絵図に変わりました。想像してご覧なさい。

楽しくお喋りしていた相手の首が目の前のスープの皿に浮かび、肉汁滴る肉料理にかかるのはソースではなく飛び散った血飛沫だ』


「…もういい」


『ワイングラスには目玉が浮き、サラダには切り落とされた様々な』


「もういい!!」


『…おや? 気分を悪くしてしまったかな? 愚かな愚かなあの日の事を詳らかに語ってあげたかったのに』


右の唇を少し上げ、皮肉げに目を細めた表情で凄惨な出来事を飄々と語る。

俺はその様に吐き気を感じ、同時に怒りでどうにかなってしまいそうだった。

だが、そんな俺の肩を掴んで冷静さを取り戻してくれた人がいた。


「おーおー、そりゃ事細かに語ってくれそうだなぁ。なにしろお前は愚かな王族の一人、だもんなぁ?」


クロウさんの問い掛けに、ピクリと赤髪の眉が動いた。


『ほう、分かりますか?』


「あぁ。賢王カインの三人の息子。

彼らはそれぞれ異なる容姿を持って生まれた。特にその髪色は三人の性格をよく表していたとされる。

常に冷静沈着だった長男のロイドは闇夜のような漆黒の髪。

この国を彩る花々など、煌びやかな魔法を好んだ三男のオラトリオは輝くような金髪。

そして勇猛果敢に敵に挑み続けた次男のルークは燃えるような赤髪。

お前はその日、この部屋で起こった殺戮を間近で見ていた。そうだろ?」


『ふふ。よくご存知ですね、三王子の髪色まで。そして正解です。俺の名前はルーク。古代のエルフ語で、聖なる焔という意味です。…それがこんな姿(アンデッド)になっているのは、皮肉が効いていると思いませんか?』


「それはそれは残念だったな。悪魔を喚び出して、悪魔に殺されて、悪魔に使役されている。この二百年間を思うと可哀想で仕方ねえ。それならお前、道を開けてくれるんだよな? 俺たちは悪魔王を倒しに来た。 お前をこの世に縛る足枷を解き放ってやる」


『そうしてあげたいのはやまやまなんですがね。俺はもうかつてのルーク(聖なる焔)ではなくなってしまった。あの悪魔に操られる、ただの人形。つまりこの先に進みたければ…』


ルークが腰に差した曲刀を抜いた。

右手でクルクルと弄びつつ、ピタリと俺たちへと向ける。


『俺を倒してから行け、ってね』


「ふん、やるしかねぇわけだ。幸いにも他の悪魔はいねえからな、五対一なのは許せ」


『構いません。この悪夢の日々を終わらせてくれるならそれで』


俺たちも武器を取り出し、構える。


『さあ、殺し合おうか』


突然、ルークの雰囲気が変わった。


右手に持つ曲刀を後ろに思いっきり引き、地面を擦るかの勢いで下から上に振り抜いた。


『地旋剣』


曲刀から放たれた衝撃波が食堂の床を割りながらせまってくる。

バラけて飛び、避けた俺たち。

だが地面に釘付けになっていたせいでルークへの対応が遅れる。

地旋剣を放った後すぐ、ルークは獲物を狙い定めていたのだ。


飛んで避けた先で、突然目の前に現れたルーク。


「えっ!?」


サザナミくんの反応はさすがの速度だったけど、それでも様々な軌道の斬撃の全てを受け流す事は出来ず、身体の前で交差した両腕には無数の傷が付いていく。


「ナミ!!」


ヨシキリくんが飛びかかる。

掌に力場を作り、その力場を相手にぶつけることによって攻撃となすヨシキリくん。

ルークは、サザナミくんを部屋の隅まで蹴り飛ばしてからヨシキリくんに向き合った。

そして自分の身体の目前に迫っていた掌をスルリとかわして手首を掴む。

突っ込んできた勢いをそのまま利用して、ヨシキリくんの身体を床に叩きつけた。


「ガハッ」


床が大きく陥没し、大きく息を吐いたヨシキリくん。


「クソッ!」


悪態を吐きながらクロウさんが攻撃を仕掛ける。

両手を鋭いメスのように変化させ、ルークに猛攻を仕掛けていく。

ルークが手に持つ曲刀は幅広い刀身を持ち、重くて硬い。

それを巧みに操ってクロウさんの斬撃を全て防いでいる。

そして唐突に手首を返した。

曲刀でクロウさんの両手を巻き取るように。

その結果…


「ちっ!!」


メスに変化した手首より先がスッパリと切り落とされている。

その場から飛び退いたクロウさんに追撃を仕掛けるルーク。


「させない!」


マナはクロウさんの前に氷壁を作り出す。

空の左手を壁に付き、追撃を止めたルーク。

俺とマナでルークを挟み撃ちにしている立ち位置となった。

ルークの動きが止まった事で、クロウさんが態勢を立て直す。

クロウさんの身体は流体金属だ。

鉄の硬度と柔軟さを同時に備え、斬り落とされたとしても、その部分は身体に戻り、元のように再生する。



マナが氷の剣を作り出し、ルークに斬りかかる。

曲刀を繰り応戦するルーク。

マナは奮戦するが、ルークの方が早い。

競り勝ったルークがマナに向かって右手を振り上げる。

しかし、その刃が振り下ろされることはなかった。

俺の放った矢がルークの右手首に命中し、横にあった氷壁に突き立ったからだ。


『ぐぁ!?』


「さっきのおかえしだー!!」


氷壁に縫い止められたルークを、瓦礫から飛び出してきたサザナミくんがフルパワーでぶん殴った。

大きな音を立てて崩壊する氷壁。

ぶっ飛ばされたルークは、後方にあった窓枠も突き破り建物の外へ飛ばされていった。


「よっしゃー!」


「よくやったヨシキリ!!」


「追いましょう!」


瓦礫と化した窓枠を飛び越え、俺たちも外に出た。


「これは…!」


王城前の大きな広場では人魔入り乱れる戦いが繰り広げられていた。

煌びやかな鎧に包まれた前線部隊。

その鎧は所々が凹み、血や泥で激しく汚れている。


対する悪魔たち。

石像の悪魔(ガーゴイル)魔樹悪魔(イビルトレント)などが暴れ回り、指揮を取るのは悪魔軍の指揮官級(ソルジャークラス)

数で勝る騎士団とはいえ、戦況は拮抗していた。

視界の端、翼を持つ悪魔が空中で鋭い槍にひと突きされ、灰になっていく。

ヤージュ先生だ。

先生はこちらに気付かないまま、次の悪魔へと向かっていった。

一瞬だがスカイさんの指揮する声も聞こえた。


本隊はちゃんとここまで進軍出来たんだ。


『あぁ、やけにうるさいと思ったらこんなトコまで攻め込まれてたのか』


ルークがすぐそばに立っていた。

アンデッドだからなのか、それとも優れた武人だからなのか、俺たちはルークの気配を微塵も感じられずにいる。


今この時も。


『さぁ、続けようぜ』


口の端から黒い血を流しながらニヤリと笑う。

俺たちも武器を構え、どちらともなく切り結んだ。


何度も何度も刃を交わした。

最上位のアンデッドであるルークの身体は魔力によって構成、維持されていて、彼を解き放つにはその魔力を削らないといけない。


身体構造の修復などは大きく魔力を消費する為、俺たちは文字通り、彼の身体を削っていくしかなかった。

…それがルークにとってどれだけの苦痛だったことか。


彼が力尽きて地面に倒れた時、傾斜し始めだった夕陽はもう三分の一程度になっていた。


『やっと…死ねるなぁ、俺…』


『おい、そんな顔をしないでくれ。最後の最後で()い敵と戦えた。リドニス相手には満足に戦えなかった。この二百年、それだけが心残りだった。でももうそれも晴れたから、安心して死ねる』


「いいの…?」


『ふっ。いいもなにも、君たちは俺を倒して先に進むんだろう? だったらこの先に向かうといい。 その壊れた窓のすぐそばにあるドアから入って、螺旋階段を上がれ。そうしたら中央宮(ちゅうおうきゅう)の二階部分に出る。そこを真っ直ぐ進めば、王の間だ』


ルークはこれ以上話すことは無い、とでも言いたげな顔で空を見上げている。

この二百年間、常に薄曇りの空を。


「わかった。行くぞ」


走り出したクロウさんの後にヨシキリくん、サザナミくんが続く。

俺も向かおうとしたら、マナが。


「マナ?」


「……ルーク」


『なんだ、氷雪の姫。最期の瞬間くらい一人にしてくれよ』


「…あのね」



…………




「おいおせーぞユウ、マナ!」


「すいません!」


「なによぉー、ちょっと位いいじゃないのケチ!」


「んだとぉ!?」


「まぁまぁクロウ様…」


「ったく。マナ、()()()()()()()()()()()()()()()()?」


「わたしが後悔するくらいなら全然構わないわよ。でも何も知らないまま逝ったら、ルークが可哀想だもの。ルークはルークなりに、この壊れた国をどうにかしたがってた。だからわたしたちと正面から戦った。クロウもそれくらい分かってたでしょ」


「まぁな…」


「だったら、その功績に免じてルークが知らない事を教えてあげるくらいは、許されるべきだと思わない?」


「あーもうわかったよ!俺が悪かった!」


「いいわよ別に。それに正しいかどうかは、まだ分からないし」


「まぁな。悪い結果になったらどうにかしてやるよ」


「うん、ありがと。 あ、螺旋階段ってあれじゃない?」


「あぁ、どうやらそうらしい。クロウさんお先にどうぞ」


「おう、行くぞ二人とも」


「はい」

「はーい!」


「後ろは頼むぜマナ、ユウ」


「ええ。安心してよね」


クロウさんたちが上っていくのを確認して後ろを警戒しつつも階段に足を掛けたマナを呼び止めた。


「どうしたの?」


「ここから先に進んだら、リドニスと戦う事になるだろ」


「ええ、そうね。その為に来たんだもの。もしかして怖いのぉ〜?」


マナが意地悪い笑みを浮かべて茶化してくる。

そんなマナの手を握り、目を見つめて話す。

俺の中に古の悪魔の因子が眠っていること。

結界の街近くでの戦闘で語り掛けてきたのは、もしかしたらリドニスではなくて、俺の中の悪魔なのではないかということ。

リドニスと戦っている時にもしその悪魔が暴走してしまったらという不安と恐怖。

もしそうなったら俺の事は見捨てて欲しいということ。

その全てを簡潔に話した。


黙って全てを聞いたマナは、話し終えて俯く俺の顔を両手で挟んでグイッと持ち上げた。

目の前にはマナの澄んだディープブルーの両眼があった。


「いいこと、ユウ。これから先貴方がどんな悪魔になろうと、わたしが必ず元に戻してあげる。絶対よ。

貴方の中にどんな悪魔が居ようと関係ない。ユウはユウだもの。わたしのパートナーはこの世界でただ一人。そのパートナーをわたしが簡単に諦めると思う?

わたしだけじゃない。バナーもアサギもフマインもヤージュも、他のみんなもそう。貴方のことを簡単に諦める訳がない。

だから安心して。わたしたちが必ず貴方を元に戻すから」


力強く断言するマナの美しく凛々しい表情に、マナの中の本気を見た。

この人は、いつも俺の想像を簡単に超えていってしまう…

本当に…


「敵わねえな…」


「ん?なに?」


「いや… 安心したって言ったのさ。 もしもの時は頼むぜ、パートナー」


「当たり前よ!大船に乗った気でいなさい!このマナ様がなんとかしてあげる!パートナーの為だもの!さぁ行きましょう、クロウたちを待たせちゃってるわ」


「あぁ。行こう」


二人で並んで螺旋階段を上っていく。


俺の中の不安の闇はすっかり消え去っていた。


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