第三十五話-底にある光-
全部で十階層からなる王都フロスタル。
二階層から四階層までは難なく進む事が出来た。
ヤージュ先生のあの大魔法によって周囲の悪魔は姿を消している。
…あれに耐えうる悪魔はそれこそリドニスやその側近クラスの個体くらいだろう。
だから俺たちはこの作戦の“本番”の開始位置まで進む事が出来た。
共和国にてグラディオさんからフロスタルの話を聞いた時から、悪魔と正面切って戦うのは無謀だと思われていた。
だから千人もの魔法騎士団を率いて悪魔の軍勢と戦っている間に、少数精鋭でリドニスの元へ行き、リドニスを討ち倒す。
その為にはアヤネさんの力が絶対に必要だった。
道案内はグラディオさんやランドさんが引き受けてくれるはずで、アヤネさんはリドニス戦での最後の鍵だったのだ。
だがその彼らは今は不在。
本音を言えば、グラディオさん達が西の霊峰スピラから戻るまで待ちたかったのだが。
だがあのルドーの襲撃と、それを悪魔王に監視されていた事により待つ事は不可能になってしまう。
グラディオさん達が到着するまで時間を稼ぐ。
それが俺たちの使命になった。
俺たちはここから本隊と別れて進む。
本隊はこのまま階層を上がり続け、王城の真正面に展開、城にいる悪魔との戦いを繰り広げる。
千人だった部隊はその数を減らし、今は約六百人ほど。
怪我人を運んでいる二百人は、それが済めばまた戻ってくる。
別働隊となる俺たちは全部で十人。
俺とマナ、バナー、アサギ、フマイン師匠、クロウさん、ヨシキリくん、サザナミくん、ロコマさん、リナさん、というメンバーだ。
ヤージュ先生とスカイさんはこのまま本隊と一緒に攻め上がっていく。
五階層の入り口付近、崩れた家屋の脇を歩く。
すると、天然の岩壁が目の前に現れた。
一見するとただの行き止まり。
だが俺が持つこの指輪と呪文。
それにより隠された道が姿を現わすはずだ。
『紡げ光。咲けよ大輪。其は永久に』
フロスタルの永遠の繁栄を願った言葉。
この街に張り巡らされた隠し通路に入る為の合言葉。
繁栄を願うと同時に、万が一の時の為の策でもあった。
静かに開いていく岩の扉。
中を覗き込むと、入口に近い場所にあった松明に火が灯った。
それはポツポツと奥の方へと続いていき、やがて道が曲がっているのか見えなくなった。
「明かりの用意はいらないみたいだ…」
「よっしゃ、行きますか」
顔を合わせ、頷き合う。
ここから王城へ向かう。
少なくともリドニスと、悪魔を率いていた手強そうな剣士二人がいる。
他にも色々な悪魔が道を塞いでくるはずだ。
俺たちはその全てを打ち破らないといけない。
自分たちの足音だけが響くこの空間。
ここが最後に使われたのは二百年前。
この街の殆どの人が悪魔に転化させられ、逃げ出せたのはオラトリオ伯やその周りの人たち、そしてグラディオさんを身篭っていたお妃様。
彼らが決死の決意で脱出していなければ、この国は未来永劫、悪魔が支配する死の国のままだった。
それを今日、俺たちが解放するんだ。
…
……
………
……
…
どれくらい進んだだろうか。
最初は緩やかに登っていた隠し通路は、いつの間にか下り道に変わり、数十分前からずっと下り続けている。
どうなってるんだ?
別れ道は無かった。
道を間違えたわけではない。
それなのに、フロスタルの土台であるあの大きな岩山を登るはずの道が、今は深く深く地下に潜っている。
やがて道の先に松明のものではない光が見えた。
青白い光。
それは段々と大きくなっていき、代わりに壁の松明は姿を消した。
そして、光に満ちた大きな空間に出た。
その青白い光の光源は大きな地底湖。
底の方から出る光が、ドーム状に広がるこの空間を照らしだしている。
「ここはなんなんだ? 凄い魔力に満ちている…」
全員で先に進む為の道を探す。
しかし半分は地底湖に占められているこの空間で、上に進むような道は無いようだ。
俺は入ってきた場所から動かず、ずっと考えている。
「おーいユウ、何考えてる?」
「バナー。おかしいと思わないか?」
「何が?」
「俺たちが使った入り口の場所は五階層。城から脱出する為の通路にしては出る場所が中途半端過ぎる」
「まあな。でもここまでずっと歩いて来ても別れ道なんてなかったじゃんか」
「そう、別れ道は無かった。だから尚更おかしい。城からの通路が一本だけなわけが無いし、フロスタルの外に通じる道が無いのであれば、この道の事を脱出路とは言わないはず。何かカラクリがあるぞ」
「まさか、エルフの人しか使えない、とか?」
「いや、当時のフロスタル城には人間の使用人も居たと聞いた。兵士としても召使いとしても相当数が居たんだ。ならあの大侵攻の際にオラトリオ伯と一緒にこの道を通った人も居ただろう。例えば、この空間に人間の骨や死体があった形跡はありましたか?」
探索を終えて俺とバナーの周りに戻って来ていたみんなに聞く。
「ううん、私たちが見た方にそんなものは無かったよ。ね、ロコマ」
「うん、無かった!」
「俺たちが見た方にも無かったな?」
「はい、クロウ様。ボクもサザナミも見ていません」
「やはり… この魔力はどこから来てるんでしょう?」
俺はクロウ先生に聞いた。
分析と解析に長けた先生なら魔力の発生源を特定出来ると思ったからだ。
「あぁ、気になってさっき調べておいた。 お前の見立て通り、この地底湖の底の方から来てる。 湖面から湧き出て、この空間だけじゃない、この通路全部を満たしてる。 しかも、だ。 今も湧き出し続けてるって事は、この底に何かとんでもねえモンが居るんじゃねえのか」
「…行くしか無いでしょうね」
「おいユウ、聞いてたか? この魔力量、俺の見立てではナオの野郎より多い。 もし底に居るのが悪いモンだったら、近付いた途端に殺されるかもしれねえんだぞ?」
「大丈夫ですよ、きっと。この魔力に悪意は感じません」
「それには同感だが… 本当に行くんだな?」
「ええ。俺一人で行きます」
「え?」
当然のようについて来ようとしていたマナたちが動きを止める。
「聞いてくれ。 多分ここはそういう場所なんだ。 入口はいくつもあるはずなのに別れ道は無い。つまり全部の道はこの地底湖に繋がっていて、底にいる何者かと対話をする事で道が開ける。その為には一人で行かなくてはならない」
「何でそんな事が分かるのよ! 底に何かがいるなら、わたしたちもついていかないと危険だわ!」
「感じるんだ。この空間を占めているこの魔力が、俺を呼んでる」
「答えになってない!! どうしてユウだけが行かなきゃいけないのよ!」
「マナ、ここはユウに任せましょう」
「アサギ!? なんでそんな簡単に…」
「簡単じゃない。私だってついて行きたい。でも、こういう場面でのユウの判断は間違っていた事は無いじゃない」
「そう、だけど…」
「私たちは仲間を信じて待つ。それが、この二年で私が学んだ事よ」
「ん〜〜〜!! 分かったわよ!! でもユウ、危険だと感じたらすぐに報せなさい! この地底湖全てを凍らせてでも助け出すから!」
「あぁ、分かった」
マナとアサギと頷き合い、クロウさんたちにも同じ事をする。
そして振り返って湖面に向き合うと、そこにはこちらに背を向けているヤツの姿があった。
そいつの横に並び、話しかける。
「バナー」
「おう」
「頼んだ」
「おう」
視線は合わせずに拳を打ち付け合う。
それだけで言いたい事は全部伝わった。
大きく息を吸い、湖面に飛び込む。
水の音が耳を打つ。
底へ、底へと泳ぐ。
無限に息が続くわけではないが、魔力で身体能力の底上げをしている為、数分間なら余裕だ。
そうして潜っていくうち、周囲の岩壁が中心部に向かってすり鉢状になっていき、湖面では淡かった光はハッキリとした明度で輝いている。
そしてすり鉢の底、溢れる光へと手を伸ばした、次の瞬間。
真っ白い空間に浮かんでいた。
水中ではない。
フワリと浮かんでいる俺の身体は少しずつ下に降りていく。
その向かう先に、あの魔力の持ち主らしき者がいる。
不意に、声が聞こえた。
『ほう…これは珍客だな』
そこにいたのは、光り輝く…球。
『球とは失礼なやつだな』
聞こえているのか?
『ああ。ここは我の魔力によって生じた水の中。呼吸の必要も無ければ、言葉を用いる必要も無い。念じればそれは我に届く』
そういえば、もう息苦しくない。
じゃああんたがここの主なのか。
『いかにも』
俺たちをフロスタル城へ行かせてくれ。
『ふむ。行ってどうする? かの城は魔の者どもに支配されておる。よもや、取り戻しに来たなどとは言うまい? 物見遊山ならやめておけ、得るものは何も無いぞ』
いや、取り戻しに来た。
『まことか…』
あぁ。
この国の正統な後継者であるグラディオ殿と一緒に。
『グラディオ… あの時の胎児か』
やっぱり、彼は二百年前にもここを通ったんだな。
『うむ。 我をここに閉じ込めたのはその者の父である初代エルフ王。悪しき心を持っていた我を倒したのち、何を思ったかここに、な。逃げ出して再び悪さをしてやるぞと脅してもどこ吹く風。飄々と我に言ったのだ。この地底湖の主となりここを通る者たちの力になって欲しい、と。以来、我はここにおる。役目を果たしたと認めてもらえるまでな』
そうだったのか。
なら俺たちにも力を貸してくれ。
『力にはなりたいが、そのせいで貴様らを死なせたとあっては、王に顔向けできぬ』
義理堅いんだな。
元は悪魔だったんだろ?
『ふん、悪魔だったのは数百年前のことだ。我はあやつに倒された時から存在の在り方を変えた。エルフどもの役に立つ為に。 話は変わるが、この姿になった我を悪魔だと断じたのは貴様が初めてだ。貴様の中の悪魔の因子がそう感じさせた理由か?』
…なん、だと?
『気付いておらなんだか。貴様の中には悪魔の因子がある。大昔の遺伝子だが。貴様、両親を亡くしてないか?』
………
『その沈黙は肯定と取る。貴様に流れている血の源流を辿れ。そうすれば貴様の出自が分かるはずだ。 既にその因子に飲まれかけた事もあるようだし、取り急ぎでこの指輪を授ける。肌身離さず常に身に付けておけ。指に着けられぬのであればネックレスなどにしてもよい。ポケットに入れておくだけでもな。とにかく、身に帯びていろ』
これは…?
『対魔の封力を込めた。貴様の内なる悪魔にも、外敵なる悪魔にも、抗する力となる』
封力ってなんだ?
『この西の果てにある地より遥か北。雪と雲に閉ざされた国がある。そこで独自に生み出された、魔力を用いず行使される力だ。魔力の塊である悪魔や精神体である霊体に効く。もし、貴様の内なる悪魔が手に負えないようになったら、その国に行くといい。ま、命の保証はしないがな』
ありがとう。
親切なんだな。
ついでに城に行かせてくれるんだろ?
『ちっ。忘れておらなんだか、しつこい奴よのぉ』
これが目的で来たんだ。
忘れるかよ。
今は俺の事なんかより、グラディオさんたちを助ける力になりたい。
その為に城に行って、リドニスをぶっ飛ばす。
『クハハ。その豪鬼さ、気に入った。この世界の歴史上最悪の悪魔王を前にその意気を保っていられるか、見ものだ。結果がどうあれ、楽しみにしておるよ』
あぁ、目を見開いてしっかり見とけ。
目ん玉あるのかは知らないけど。
『その一言は余計なお世話だ』
ニヤリと返した俺の全身を、フワリとした浮遊感が包む。
『さらばだ、人魔入り乱れる奇特なる者よ。この国の暗雲が晴れる事を願っておる』
地底湖の主の姿が消えた。
違うな、俺が主の前から姿を消したんだ。
フワフワした浮遊感に、何かに引っ張られる感じが追加される。
時間にしてみれば数秒だったと思う。
気付けば足の裏にはしっかりとした地面の感触があり、あの浮遊感は綺麗さっぱり消え去っていた。
少し目眩を伴いながら目を開けると、目の前にいた人物と目があった。
「ユウ…?」
「マナ」
「ユウ!!」
勢いよくガバッと抱きついてきたマナのせいで後ろによろけると、俺の背中を支える手が二つ。
「おかえり、ユウ」
「おら、さっさと行くぞ」
「…あぁ、行こう」
周りを見回すと、俺以外のみんなもちゃんと揃っていた。
「ヨシキリ、ここはどこだ?」
「はい、クロウ様。どうやら使われていない倉庫のようです。この部屋があるのは王宮の外周部の更に端っこ。潜入するには最適な場所ですね」
「周囲に敵は?」
「いません」
「よし。さて、無事に潜入出来たわけだが、ここからどうする?」
クロウさんに問われ、フマイン師匠が懐から地図を出した。
グラディオさんから預かった王宮の地図だ。
「地図によると、王宮は左右対称になっていて、右の宮と左の宮、王の間がある中央宮の三つの宮に分かれている。この倉庫はちょうど中央宮の真後ろ。ヤージュ先生やスカイくんが進軍してくる正面入り口は中央宮の真ん前だから、完全に真裏にいるようだね」
「好都合ですね。元からの作戦通り、正面での戦いが始まってから裏口から侵入。王の間にいるリドニスの元へ最短距離で駆け上がる。俺たちがここにいる事はまだバレてないですし、それでいきましょう」
と、俺が話した所で王宮がある方角から大きな爆音が聞こえてきた。
「これは」
「始まったか。どうやらタイミングバッチリのようだな。ヤージュとスカイが踏ん張ってる間に行くぞ!」
「はい!ここからは二組に分かれて進みます。右の宮には俺とマナ、クロウさん、サザナミくん、ヨシキリくんの五人で」
「左の宮は俺とアサギ、師匠、ロコマさん、リナさん、だな!」
バナーの言葉に頷き、ここにいる全員と目を合わせる。
「みんな、無事に王の間で!!」
こうして、この国で最後の戦いの火蓋が切って落とされた。
次回、侵入。




