第三十二話-攻略の手立て-
「俺が…カイン王の子…?」
「そう。あなたの身分を隠していたのは、その存在が漏れるのを防ぐ為。でも今はもう関係ない。このままフロスタルへと攻め上がり、リドニスを倒せれば隠れる必要が無くなるのだから。あなたが身に付けているその剣。それはカイン王が産まれてくる我が子に贈る最初のプレゼント。その身を守る防衛魔法と、闇に蝕まれないようにというカイン王の祈りが込められている」
左腰にさげた両手剣を見るグラディオさん。
その表情はまだ戸惑いに支配されている。
今こうしてその剣を見ると、グラディオさんの背丈からするとやや小振りのようだ。
今までは軽々と振り回していたように見えたが、それはグラディオさんの力が剣の重さを上回っているからで、おそらく成長に合わせて新しく作られるはずだったのだろう。
鞘の装飾は欠けたりくすんだ色に汚れていて、約二百年の年月を思い起こさせる。
「少し…ひとりにしてくれないか…」
ふらふらと立ち上がり、おぼつかない足取りで街の外へ出て行くグラディオさん。
罠は全て停止させたとは言え、危険が無いわけではない。
俺はマナと一緒に立ち上がり、後ろを付いて行こうとしたのだが、スッと前に入って来た人がいた。
アヤネさんだ。
彼女は伏し目がちに語る。
「私が行きます。彼とは二百年間一緒に居ました。でも今こうして皆さんの協力を得る事が出来なければ、真実を知らぬまま悪魔に殺されなければならなかった。ようやく話す事が出来て…よかった…」
「アヤネさん。ならどうしてそんなに哀しそうなの?」
マナが問う。
「分かりません。彼の心の揺らぎが手に取るように分かるからかも。あの子は優しい子です。召使いである私の事も慕ってくれていて、気遣ってくれる。オラトリオに対しても、あの町のみんなに対してもそうでした。誰よりも優しく、誠実で、勇敢な子です。今までも、これからも、私が側にいなくては」
そう言って駆け出すアヤネさん。
ここは彼女に任せるしかないだろう。
残された俺たちは自分の寝床を確保したり、食事したりしてその夜を明かした。
翌朝まで二人は帰って来なかった。
地下空間の為、外がどれくらい明るいのかが分からないのが難点だけど、久しぶりに警戒を解いて眠れたので疲れはスッキリと取れていた。
各々が出発の準備をしている。
あの町の人々は当面の間この地下街にいてもらう事になるので、今は魔法で保存されていた食料を確認してもらっている。
奥の方に大きな倉庫があり、そこにかなりの量が備蓄されていたのだそうだ。
よく寝た〜とか、腹減った〜とか言い合いながら支度をしていると、グラディオさんとアヤネさんが帰って来た。
グラディオさんの目はもう、揺らいでいない。
「みなさん、お話があります」
強い決意に満ちた目で俺たちを見回し、話し始めたグラディオさん。
「俺は今まで、祖父から聞かされていたこの国の話を半ば他人事のように感じていました。
あの結界の町にいる限り、悪魔からの脅威はほぼ無く、小さい町にある数少ない幸せを享受していればよかった。
友達と遊んだり、たまに獲れる動物の肉をみんなで仲良く分け合って食べたり。
それがあるから、祖父との魔法の修行、アヤネとの武術の鍛錬を、やり抜く事が出来たのです。
半年前に祖父が倒れ、その病床で語られた話は、今までとはまるで違うものでした。
悪魔の軍勢を打ち倒さない限りこの集落は滅び、そしてこの地に生きるエルフ族もまた、滅びるのだと。
それだけしか聞かされていなかった。
俺は、本当の意味で、救いを待つだけの者ではいられなくなった。
救いをもたらす者にならなければならない。
その為に、今一度皆さんにお願いしたい。
俺にこの国を救う力を貸してください。
お願いします!」
グラディオさんとアヤネさんが頭を下げた。
沈黙が降りる。
なんとなくみんなが、俺たちのまとめ役であるヤージュ先生に視線を送り、それを受けたヤージュ先生が話だそうとした、その瞬間だった。
俺の隣にいる人が言葉を発したのは。
「何を今更な事言ってんのよ。わたしたちは最初から手を貸す為にこの国まで来てんの。負けるつもりなんて無いし、むしろリドニスなんてバコーンとぶっ飛ばして、楽勝だったわね!って言ってやろうと思ってるくらいよ。全く、わたしが出会う男どもはみんなウジウジしてるわね。ねえユウ、どういうこと?」
「…俺に聞かれても困る」
「ふん、まぁユウはこの二年でだいぶマシになってきてるけどね。わたしのパートナーとして相応しい顔つきになったわよ」
「あ…ありがとうございます」
「おーい、これなんの時間?」
バナーからツッコミが入った。
「あ、そうだった。つまりね、力を貸してくれなんて今更言うなって話よ! わたしたちの力なんていくらでも使って、パパッと倒してみんなでパーティーしましょうよ!!」
「フ…ハッハッハ!! パーティーか! いいなそれは! フロスタル城は大きな食堂があるらしい。ユグドラシルが正常に魔力を供給出来るようになれば、この大地にも命が戻ってくる。そうすればご馳走だって沢山作れるようになる! 地下には秘密の貯蔵庫があって、そこにはワインや飴色に輝くブランデー、ウイスキーなど二百年ものの酒があるだろう。それを手に何日でも飲み明かそう!!」
マナの言葉に大口を開けて笑っているグラディオさん。
その顔はとても楽しそうで、俺たちならばそんな未来を勝ち取ることが出来ると、本気で信じているようだ。
勿論俺たちもそうだ。
他の方はどうかな?と思い周囲を見回すと、ヤージュ先生とフマイン師範とランドさんはお酒の話で盛り上がっている。
あの三人ならいくら飲んでも平気そうだ。
「それで? アヤネ、何か手があるんでしょう?」
「…マナさん。あなたの洞察力、とても怖いです」
「フフン。この世界で起きてる時間はあなたより長いはずだもの。他の人の表情を読むのは嫌でも得意になったわ。さぁ!早く話しちゃいなさいよぅ!」
マナがアヤネさんの後ろに回り込んで脇をコチョコチョやりだした。
「アハハハッ!!やめて!くすぐったいから!やめてってば〜!」
アヤネさんが逃げ、マナが追いかけて、二人で笑い転げている。
微笑ましい光景だ…
「尊い…」
誰かが発したその言葉、まさにその通りだと思った俺たちは、同時に首を縦に振った。
ようやくマナに解放されたアヤネさんが、居住まいを正して話しだした。
「んん。 この街の後方にそびえる山、スピラには龍がいます。そして、聖剣クラウ・ソラスがあれば、その龍に協力を願う事も出来るかもしれません」
「まさか、スピラには本当に龍がいて、更に対話が可能なのですか?」
「私はその龍に会ったことがあります。カイン王がオルナーテ王国を築いた後、彼はこの国の守護をかの龍にお願いしに行ったのです。当時ですら伝承しか残っていなかった存在でしたが、スピラの頂上付近に大きな洞窟があり、そこに確かに存在していました」
「龍が…?」
「でもカイン王は協力を得られなかった…?」
アサギが言う。
確かに、もし借りられていれば、悪魔の侵攻の際にその力を発揮していたはずだ。
「いいえ。協力は約束されました。その証としてクラウ・ソラスを授けられた。クラウ・ソラスは龍のブレスによって鍛えられた聖なる焔を宿す光の剣。その剣が光り輝く時には必ず駆けつける、と。
ですが、クラウ・ソラスはその神性ゆえに王宮とは別の場所に安置され、自分たちではどうしようもない程の危機に陥った時にだけ頼ろうと決められたのです。
リドニスの侵攻はまさにその時でしたが、カイン王は王宮にて戦死。生き残ったオラトリオをはじめとした私たちも、身を守る事しか出来ないまま二百年もの時間が経ってしまった…
ですが、今私たちはここにいる。霊峰スピラの麓に」
そう言いながらアヤネさんは、この街の中の大きな壁を見上げる。
そこには大きな山が、昨日この目で見たあのスピラが描かれていた。
太陽に照らされ、月明かりに輝く、聖なる山。
その様子を見て、俺は直感した。
「クラウ・ソラスがあるのはスピラのどこか…?」
俺の言葉にアヤネさんが振り向いた。
「その通りです、ユウさん。
スピラに祠と結界を築き、更にその場所を巧妙に隠してあります。その場所を知るのは今となっては私だけ。
あの街を離れる事が出来ても、私ではクラウ・ソラスを持ち帰る事は出来ない。あの剣は自らの所有者を選ぶのです。
あの山に住む龍にその資格を認めてもらわない限り、触れる事すら出来ない。
だから、あの剣を入手するのは今しかないと判断しました」
「なるほど。では共にクラウ・ソラスを取りに行きましょう」
ガタガタと椅子から立ち上がって支度を始める俺たち。
が、アヤネさんが慌てて止めに入った。
「待ってください!」
「どうしました?」
「龍のもとへは、私とグラディオの二人だけで行きます」
「なっ…!?」
「それはいくらなんでも無謀では?無事に帰って来れる保証など無いんですよ?もし龍と戦闘にでもなったりしたらどうするんです。こちらも人数を揃えていかなければ」
「いいえ。遙か昔、カインが初めて龍に会った時も、私と彼の二人だけだったのです。その後幾度か足を運び、カインは龍と友誼を結びました。家臣達はその度に護衛を付けましたが、洞窟の手前で皆一様に動けなくなるのです。そして洞窟に入れるのはカインと私の二人だけでした」
「それは本当です。私も親衛隊を率いて護衛をしていましたが、ついに洞窟内に立ち入る事は出来なかったのです」
アヤネさんの話をランドさんが補足する。
ランドさんは元々カイン王の友人だった。
ただのカインだった頃から側にいて、それはカイン王になってからも変わらず、そして今はカイン王のご子息を守護している。
「では、本当にお二人だけで行かせるしかないんですね…」
「ええ。信頼を得る為にも。でもどうせ、ランドたちは付いてくるんでしょう?」
「当然ですな!カイン王に何度断られても付いていった我々が、グラディオ様に断られたからといって諦める訳がありますまい」
フンス!と意気込んで話すランドさんと部下の方たち。
その様子にアヤネさんは苦笑気味だ。
「うん。ランドたちにはやはり付いて来てもらおう。道中に危険が無いとも限らないし、慣れた者が一人でも多くいればその分だけ心強い」
グラディオさんがまとめる。
「では聖剣入手の段取りはその様に。その間僕たちは一度、東の軍港に戻りましょう。共和国からの本隊が数日中に到着するはずです。その為に北にあるこの国本来の港を抑えておかねば」
「ええ。僕とヤージュ先生が先導します。まずは潜入、敵勢力の調査、それから攻撃が可能なら全員で行き、港を奪取しましょう」
確かに、エルドラドまで来るのに使った南のルートは、既に悪魔たちに見張られているだろう。
あの結界の町の近くを通るのもリスクが高い。
ここまで来る間に襲撃が少なかったのは幸運でしかないのだ。
グラディオさん達はスピラ登山の準備を。
俺たちは北に向かう準備をし始める。
そして、グラディオさん達が先に出発した。
フロスタルでの再会を約束して。
それから俺たちの準備が完了し、さあ出発だ、となった時にクロウ先生が口を開いた。
「あー、今から行こうとしている北の港だが、もう陥落してるかもしれん」
「え?」
「いや、実は俺ら三人の他にあともう二人、一緒にこの国に来ててな。俺らの船は北の港の近くの海岸に着岸して、そこから二手に分かれたんだ。残った二人のうち一人がやたら好戦的でな。出来るなら落としちまえ、とは伝えたが、あいつらなら本当にやってるかもしれん」
「あいつら…?」
☆★☆★☆
オルナーテ大陸北部。
大陸で最大の港湾都市、ダトポルカ。
悪魔に制圧されてからは人間は住んでおらず、放棄された軍船や大型船、ボートなどの船舶が、乗り手が現れぬままの二百年を波に揺られながら過ごしている。
そんな、時が止まった港。
普段は悪魔たちが闊歩するだけの死んだ街。
だが今だけはその静寂は打ち破られ、そこかしこから爆発音が響いている。
その音を立てているのは一人の少女。
活発な雰囲気を醸し出すショートヘアーを揺らしながら、快活な笑顔を見せ、一本のバットを振り抜いた。
打ち放たれたのはボールではなく、魔力による球。
それは凄まじいスピードで飛び、触れた悪魔の腕や胴を消し飛ばしながらその先の建物にぶつかり、数度目の大爆発を起こした。
「よーっし!次行くぞー!!千本ノック受けたいのは誰だー!?」
『ウオオオオオオ!!!』
「まだまだ元気だね!!どんどん行くよー!!」
反撃しようと迫り来る悪魔たちに向けていくつもの魔力球が打ち込まれていく。
正面にばかり気を取られている彼女は、背後から魔法で攻撃しようとしている悪魔に気付かない。
しかし、悪魔による魔法の詠唱が最後まで行われることは無かった。
【水の牢獄!!】
なぜなら、その悪魔は突如として現れた水の牢獄に捕らえられて身動きが出来ないまま圧殺されたからだ。
「お?」
「もう、リナ!!背後にも注意してっていつも言ってるじゃない!」
「あはは〜ごめんごめん!でもいつもロコマが守ってくれるじゃない?だから安心して前だけ見ていられるんだよね!」
「調子いいこと言って… 単にいつも忘れてるだけでしょ〜?」
ジトッとした視線を送るロコマ。
言葉に詰まりゴニョゴニョと言い訳をしているリナ。
「まぁまぁ!そんな事は後でいいじゃん!今はコイツらを叩いてこの港を制圧しちゃお!」
「はぁ… クロウさんは、やれるもんならやってもいいって言ってたけど、あれは無茶するなって言葉の裏返しだったんだよ?それなのにリナってばもう…」
「いーのいーの!!どうせここは『せんりゃくじょーのよーしょ』ってやつなんでしょ?だったらウチらで落としちゃった方が早いじゃん!」
「そりゃそうだけど…」
「見たところ強いヤツもいないみたいだし、このまま落として、クロウたちを待とう!」
「…うん、そうね!そうしちゃおっか!」
結局、リナの無茶苦茶な提案に呑まれてしまったロコマ。
彼女もまた、リナと同じように無茶を無茶と思わない性質の持ち主なのであった。
リナとロコマは短編集に出てきたキャラクターです。
もしよろしければこちらもどうぞ。
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